オリジナル10の横浜FMと鹿島の違いを考えた/六川亨の日本サッカーの歩み

2022.08.10 22:00 Wed
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J1リーグは第24節を終了し、依然として横浜F・マリノスが首位に立っている。先週末の試合では、川崎フロンターレとの“新旧王者"の対決で、後半アディショナルタイム9分にジェジエウのヘッドから決勝点を許して10試合ぶりの敗戦を喫した。

もしもこの試合を横浜FMが勝利していれば勝点は51の大台に乗っていた。2試合消化の少ない川崎Fが連勝したら2位に浮上するものの勝点は43。残り10試合で逆転が可能かどうか微妙なところ。すでに柏、C大阪、鹿島、広島といった上位陣との対戦は終えているだけに、横浜FMの優位は動かない。

そんな横浜FMの“強さ"の秘訣にシティグループとの提携を指摘できるだろう。宮市亮のたび重なる負傷は、本人はもちろんのこと、チームにとっても痛手だったはず。すると昨日9日のことだ。チームはポルトガル2部モレイレンセの元ブラジルU-17代表だった23歳のFWヤン・マテウスの獲得を発表した。
チームには、得点王レースで首位に立つレオ・セアラを筆頭に、攻撃的なブラジル人選手が4人いる。マテウスは23歳と若いだけに、完全移籍で獲得したのは来シーズン以降を視野に入れてのことかもしれないが、それにしても打つ手が早い。絶えず先を見ての補強には感心するばかりだ。

その一方で、疑問に思ったのが鹿島アントラーズである。かつての“常勝軍団"も16年の優勝を最後に、ここ5シーズンは国内タイトルから遠ざかっている。とはいえ下位に低迷したわけではなく、17年が2位、18年と19年は3位、20年が5位、21年が4位とリーグ優勝こそ逃したもののACL圏内を狙える好位置につけてきた。

にもかかわらず、17年から3年間に渡り監督を務めた大岩剛(現U-21日本代表監督)が19年に退任すると、20年に就任したブラジル出身のアントニオ・カルロス・ザーゴは21年4月に解任。後任の相馬直樹(現大宮アルディージャ監督)も21年末に退任するなど、ここ3年間で3人も監督が交代している。

そしてレネ・ヴァイラー監督である。クラブ初の欧州出身監督で、元スイス代表でもあるヴァイラー監督だったが、横浜FM戦に続き6日に広島に0-2で負けて5位に後退すると、クラブは7日、ヴァイラー監督の解任を発表した。「フットボールにおける現状と今後の方向性について協議した結果、双方合意のもと契約を解除することとなった」と解任の理由を説明し、8日には岩政大樹コーチの監督就任を発表した。

鹿島は20年に就任したザーゴ監督の時代は「ポゼッションスタイル」への変更を模索したものの、すぐには結果が出なかった。しかしヴァイラー監督になり、トレンドである“強度"の高い守備と、“タテに速い"サッカーで一時は首位に立った。

ところが得点源のFW上田綺世がベルギーへ移籍すると、FW鈴木優磨も孤立して深刻な得点力不足に陥った。にもかかわらず、チームはFW染野唯月を東京ヴェルディへ期限付き移籍で、MFファンアラーノをG大阪へ完全移籍で放出するなど、攻撃陣のタレントを失った。

その一方で補強はベルギー2部ベールスホルトから完全移籍で獲得した、ナイジェリア出身のFWブレッシング・エレケだけ。単純計算でも戦力のプラス、マイナスは後者だろう。このため不振・低迷の原因を監督に求めるのは簡単だが、それではいつまでたっても「その場しのぎ」の悪循環を繰り返すだけではないだろうか。

過去にはそうやって衰退し、気付いたらJ2に降格したチームも少なくない。

その点、これまでの鹿島は、フロントのブレない強化方針と確かなスカウティングで数々のタイトルを獲得してきた。いま早急に手をつけるべきは、監督を交代するのではなく、上田に代わる実績のあるストライカーの獲得が急務であることは誰の目にも明らかだろう。さらには中長期的なチームの強化プランの策定も必要である。

かつて“常勝軍団"だったからといって、過去の名声で毎年リーグ優勝できるわけではない。そのことはフロントが一番よく知っているはずだが、19年7月にメルカリが親会社となってから、監督交代のサイクルが早まったことと関係しているのだろうか。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた

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カタールW杯ラウンド16PK戦での課題/六川亨の日本サッカーの歩み

カタールW杯は大会17日目を終えてベスト8が出揃った。日本に敗れてグループステージで敗退したドイツに続き、ラウンド16では日本に続いてスペインもPK戦で3人連続して止められてモロッコに敗れた。 これでグループEを勝ち抜いた2チームはラウンド16で敗退。ベスト8に進めなかったのは唯一グループEの勝者だけで、さらにグループステージで2勝しながら敗退したのも日本だけだった。 ドイツとスペインに逆転勝ちを収めたことは評価できる。しかし「世紀の大番狂わせ」と自画自賛する前に、JFA(日本サッカー協会)の技術委員会は改めてドイツとスペインの実力を過大評価することなく冷静に分析するべきだろう。 さて日本とスペインは、いずれもPK戦で敗退した。PKは「キッカーが有利」だと言われる。さらにPK戦になると「ロシアンルーレットのようなもの。運次第だ」といった意見もある。いずれも一面を言い当てているに違いない。 しかしスペインのルイス・エンリケ監督はPK戦への備えをしていたにもかかわらず、敗軍の将となった。延長後半13分、エンリケ監督はPKキッカーのパブロ・サラビアを6人目の交代選手としてピッチに送り出した。終了間際にはフリーとなったサラビアのボレーシュートが左ポストをかすめた。決まっていれば、指揮官の采配がズバリ的中したことになる。 ところがである。PK戦に突入すると、スペインの選手からは“闘志"がまったく感じられなかった。延長戦ではモロッコの鋭い攻撃に遭い、決定的な場面を作られたからなのか“怯えている"ようにすら感じられた。そして3人目のキャプテンであるセルヒオ・ブスケッツまで止められ敗退が決まった。 正直に「ワン、ツー、スリー」のタイミングで蹴りに行ったため、GKもセービングのタイミングが合わせやすかったのではないか。そしてそれは、まるで日本対クロアチア戦の再現を見ているかのようだった。 日本はPK戦を迎えて、誰が蹴るのかは選手の自主性に任せたと後から知った。用意周到な森保監督にしては意外だった。なぜならPK戦は想定できただろうから、キッカーの人選と順番、さらには相手GKがどちらに飛ぶのかもリサーチして備えていたと思ったからだ。GK権田修一に対しても、相手キッカーの癖を伝えていると思っていた。 なぜなら過去の代表コーチやGKコーチは、そうした細かな分析とタブレットを使ったレクチャーで事前に選手に伝えることを「日本のストロングポイント」と話していたからだ。ところが残念ながら、今回はそこまでの準備をしていなかったようだ。 過去のW杯やアジアカップで積み上げた経験値は、技術委員長の交代により技術委員会のメンバーも代わるとリセットされて次世代には受け継がれない。紙媒体やデジタル化した資料も残されていないようで、これもまたJFAの悪しき伝統と言える。 そして森保監督には、ウソでもいいからPK戦の人選は「私が決めました」と言って欲しかった。 今回のラウンド16における日本とスペインのPK戦を見て、改めて正確でパワフルなシュートを打つことの重要性が指摘されることだろう。技術の向上はいつの時代も必要だからだ。しかし、PK戦は技術だけの問題ではない。メンタルの強さや相手を欺く狡猾さも必要になる。 10年南アW杯のパラグアイとのPK戦では、3人目のキッカー駒野友一がシュートをバーに当てたシーンが今回も紹介された。覚えているファン・サポーターもいるだろう。しかし、4人目のキッカーのシュートを覚えているだろうか。 当時24歳の本田圭佑は、GKのタイミングをずらした“ころころシュート"を中央に決めた。 こうした駆け引きも含め、重圧のかかる状況でのPKは練習環境がないのが現実でもある。シュート練習を繰り返せば技術の向上と同時に自信にもつながるだろうが、それとプレッシャーとの戦いは別だ。 かつて全国高校選手権で、広島県代表の常連高校がPK戦で何年か連続して敗退した。その高校の監督はPK戦の特別練習をするかと聞かれて、「いっさい練習はしません」とムキになって答えた。それもまた“真実"だろう。練習はしょせん練習に過ぎず、“修羅場"を経験するしかない。ただ、W杯は4年に1回しかなく経験を積めないのが恨めしい。 そういえば、クロアチア戦でPK戦に登場した4人のうち、シュートを決めた浅野拓磨は四中高出身で一発勝負の高校サッカー経験者だ。当然PK戦も経験したかもしれない。そして残りの3人は、小・中学生年代からいずれもJリーグの下部組織出身でリーグ戦での経験が多いのではないだろうか。ここで「負ければ終わり」の高校サッカーの“功罪"を問うつもりはない。今年もまた高校サッカー選手権の季節がやって来た。彼らがカタールW杯をどのように見たのか聞くのも楽しみでならない。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2022.12.08 21:00 Thu
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カタールW杯開幕で気になったカタール・サポ/六川亨の日本サッカーの歩み

「やはり」と言うべきなのだろうか。ある程度は予想されたことだった。 そう、昨日開幕したカタールW杯のオープニングゲーム、ホスト国カタールが南米4位のエクアドルに0-2で敗れた。 W杯の開催国が開幕戦(初戦)で敗れたのは過去21大会(日韓大会は2か国共催のため試合数は22)で初めてのことである。今大会に参加している32か国で初出場はカタールの1か国のみ。過去に出場経験が一度もなく、開催国枠として出場できただけに、選手としてもチームとしても“経験不足"は明らかだった。 それを象徴しているのが2点目のシーンで、左サイドからのクロスに対してゴール前には5人のDFが揃っていたものの、GKも含めて全員が全員「ボールウォッチャー」になっていた。ゴール前にいるエクアドルの選手には“目もくれて"いなかった。 フリーで走り込まれては、33歳のベテランFWエネル・バレンシアが外すはずもなかった。 カタールの国土は秋田県ほどだ。このためブラジルW杯やロシアW杯のように事前キャンプ地を入念に調べる必要はない。キャンプ地はドーハ市に集中しているからだ。さらにスタジアム建設の遅れとコロナ禍でプレ大会を開催できず、『強化試合』の足かせになったのだろう。 過去2年間、地元でヨーロッパや南米の中堅・強豪国とのマッチメイクはゼロ。アメリカでのゴールドカップ(ベスト4)や自国開催のアラブカップ(3位)で格下相手と対戦するしかなかった。 加えて育成年代の指導を評価されて代表監督に就任したフェリックス・サンチェス監督の経験不足も感じた。ポゼッションスタイルのサッカーを目指しているものの、所詮はアジアレベル。付け焼き刃がW杯で通じるわけがない。 となると“伝統"のカウンターということになるが、ブラジル以外の南米勢はどこもカウンターを武器にしている。“王国"に対抗するにはそれしか手段がないからだ。ご多分に漏れずエクアドルもシンプルなタテパスや、サイドに展開したら手数を掛けずにアーリークロスで勝負を仕掛けてきた。 この試合開始早々からのアーリークロスにカタールはリズムをつかめず失点した。マイボールになり攻撃に転じようとしても、エクアドルは前線からのチェックと素早いリトリートでFWアリモエズ・アリらにスペースを与えない。せっかく192センチの長身FWムハンマド・ムンタリがいるのだから、もっと早く投入してパワープレーに切り替えるべきだったのではないだろうか。 初戦のエクアドル戦を落としたことで、残す相手はオランダとセネガル。10年南ア大会に続き、開催国のグループリーグ敗退という不名誉な記録もチラついてきた。 中東初のW杯ということで、何かと話題の多いカタールだが、開幕戦のゴール裏には違和感を覚えたものだ。 これまで中東での取材は、イランのアザディ・スタジアムを除けばまず満員になることはなかった。試合開始直前になって、イスラム教の民族衣装である純白の「トーブ」(オバQのような衣装。大会マスコットのライーブをイメージしてほしい。こちらは一反木綿にも似ている)を着た大人や子供(いずれも男性)がサンダル履きでのんびりとスタジアムにやってきた。 試合中は中東独特の音楽が流れ、観客はヒマワリの種を食べながらノンビリと観戦する。そして試合に勝てないとみるや、後半途中から帰途につくためバックスタンドやゴール裏の人の流れは一目でわかった。 ところがW杯では、カタール・ホームのゴール裏はお揃いのエンジ色のTシャツを着たマッチョな男性であふれていた。カタールでは同性愛は禁じられていて、最高刑は死刑だからゲイのはずはない。しかし中には両腕にびっしりとタトゥーをしている男性もいる。イスラム教ではタトゥーも禁止されているはずだ。 彼らは、「トーブ」を身にまとうような裕福なカタール人ではないようだ。かといって中東では重要な労働力であるインド亜大陸のパキスタンやバングラデシュからの出稼ぎ労働者にしては屈強な体つきをしている。だいいち出稼ぎ労働者は仕事優先のため、ゴール裏で応援している余裕などないはずだ。 そんな疑問について、ブラジル人ジャーナリストのリカルド・セティヨン記者が日刊ゲンダイ紙に書いた記事がある。 「チケット代も航空券も2週間の滞在費もタダ。さらに毎日8000円のお小遣いまでもらえる。それはW杯の公式ファンリーダーになること。参加国からそれぞれ30~50人が選ばれ『開会式で自国のチャント(応援歌)を歌う』『SNSで公式の投稿をリツイートする』『いいね!を押す』『カタールW杯の素晴らしさを発信する』のが条件」というものだ。 ただ、それでも人は集まらなかったらしく、開幕戦限定でさらに応募をかけて、お揃いのTシャツを着せて体裁を整えたそうだ。いったい彼らはどこから来たのか。そして25日のセネガル戦でもゴール裏を埋めて、タテノリ応援をするのだろうか。こちらはこちらで気になるところだ。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2022.11.21 22:45 Mon
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阿部引退試合で俊輔の凄さを再認識/六川亨の日本サッカーの歩み

日本代表の海外組が各国リーグの終了と同時に続々とカタール入りし、話題はW杯へと切り替わっている。そんななか、先週末の12日は埼玉スタジアムでの「阿部勇樹 引退試合」を取材した。 対戦カードは浦和レッズOBで07年と17年のACL優勝メンバーを中心とした『URAWA ASIAN KINGS』と、阿部とはジェフ市原/千葉、04年アテネ五輪と日本代表時代のチームメイトによる『JEF・JAPAN FRIENDS』の両チームだ。 浦和OBチームには最年長の岡野雅行(50歳)からいまも現役のGK西川周作まで、幅広い年齢層が集結。対する混成軍にはジェフ時代のチームメイトであるDF中西永輔やFW巻誠一郎、アテネ五輪世代のDF今野泰幸、MF松井大輔に加えてMF中村俊輔やCB中澤佑二ら南アW杯のメンバーも参加するなど豪華な顔ぶれ。監督は浦和OBチームがホルガー・オジェック氏、混成軍はアテネ五輪代表監督の山本昌邦氏が務めた。 試合は田中マルクス闘莉王が岡野にロングパスを出そうして息が合わずにやめて会場を沸かせたり、岡野が得意の俊足を披露したりするなどして“お祭りムード“を盛り上げた(岡野のダッシュは50歳にしては超速! やはり持って生まれた才能だろう。しかし1回スプリントした後は休憩が必要だった)。 対する混成軍ではボランチの稲本潤一が、スローペースな試合展開になるとDF陣からパスを引き出す巧みなポジショニングと、視野の広さによる展開力は相変わらず上手いところを見せた。 そして中村俊輔である。先週木曜のコラムでは「パスよりもシュートの方が印象的」と書いたが、それを撤回したい。それほど右サイドでボールを持つと、正確なミドル、ロングのパスとシュートで浦和サポーターのため息と拍手を誘った。敵チームの選手に浦和のサポーターがこれほど拍手をしたり、ため息をついたりするのは、阿部の“引退試合“とはいえそうあることではない。 今シーズンでの現役引退を表明したものの、まだ横浜FCの練習には参加しているだけにプレーは現役だ。そんな彼のプレーを見ていると、「まだ来シーズンもやれる」と思ったファン・サポーターも多いのではないだろうか。かえすがえすも右足首の負傷が残念でならない。 さすがに主役である阿部は、現役を引退してから1年しか経っていないのと、今年からユースチームのコーチとして毎日早朝から汗を流しているそうで、プレーは現役時代と遜色ない。そして引退試合だからからか、現役時代以上にゴール前に飛び込みハットトリックを達成するなど得点嗅覚の鋭さも見せた。 終わってみれば阿部の先制点(混成軍)で試合は始まり、闘莉王の連続得点、阿部のPKによる追加点(混成軍)、武藤雄樹と梅崎司、興梠慎三のゴールに加えて阿部の2人の息子による得点、そして最後は父親の3点目(浦和OB)でゴールラッシュを締めくくった。 この試合で一番のサプライズはすでに書いたように中村俊輔のプレーだったが、他にも新鮮な発見があった。それは阿部の2人の子息のプレーである。2人とも、視野の広さと意外性のあるプレーは父親譲りというか、父親を超える予感をいまから漂わせていることに驚かされた。 父親がJリーグにデビューした当時は『ジェフの選手らしい』パサー・タイプだった。しかし息子たちは相手に囲まれても苦にしない落ち着きと自信があり、さらにドリブルで局面を打開できるアイデアもある。長男は来年には浦和のユースチームに昇格すると聞いた。もしも「浦和の阿部」という選手の名を聞いたら、是非ともそのプレーを見ることをお薦めしたい。それほど2人の息子は埼玉スタジアムで異彩を放っていた。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2022.11.15 22:10 Tue
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中山雄太の代わりに町野修斗?一足遅れてきた「サプライズ選出」/六川亨の日本サッカーの歩み

さて中山雄太(ハダースフィールド)である。彼が11月2日のイングランド2部リーグ、対サンダーランド戦でアキレス腱を断裂。今シーズンの復帰は絶望的となり、彼に代わる選手を森保一監督は招集せざるを得なくなった。 負傷者は中山だけではない。「代えの効かない選手」の1人であるCB冨安健洋(アーセナル)も11月3日のEL、対チューリヒ戦で右足ハムストリングス辺りを負傷して途中交代を余儀なくされた。冨安に関しては以前から負傷が多く、『治って復帰したと思ったら欠場』を繰り返してきた。日本でもアーセナルでも“必要な選手“からくるジレンマだろう。 しかしそのせいでケガをしっかり治すことができず、今回はハムストリングスという重傷に結びついてしまったのではないだろうか。森保監督は現地への出発前の7日に取材に応じ、冨安については「開幕までに回復して、良いコンディションで臨めると聞いている」と話していたそうだが、あくまでドクターなどの関係者から「聞いている」に過ぎない。だとすれば、どこまで回復しているかどうかは合流後の“ぶっつけ本番“になる可能性も高い。 さらに9月に膝を傷めた板倉滉(ボルシアMG)も、チームの全体練習に復帰したとはいえリハビリ中だし、谷口彰悟(川崎F)はJリーグの最終戦で鼻骨を骨折した。 こうした状況では、ただでさえ守備陣に不安材料が多いのだからDF陣の選手を追加招集するのが『常道』だろう。実際、左SBとCBをそれなりのレベルでプレーできる佐々木翔(広島)や、両サイドで攻守にアグレッシブなプレーのできる原口元気(ウニオン・ベルリン)、SBとボランチ、サイドMFとポジションを選ばずにプレーできる旗手怜央(セルティック)らの名前が候補としてあがった。 ところがである。中山の代わりに追加招集されたのは、1トップ候補の町野修斗(湘南)というのだから驚きである。日本代表のW杯メンバー発表の「サプライズ選出」が一足遅れてきたかとビックリした。 彼を選出した理由を森保監督は明らかにしていないが、4人目のFWとしてどう起用するのかイメージがなかなか描けないというのが正直なところである。9月のドイツ遠征時の米国戦でも、サイドからのクロスに対してどうアプローチしていいのかわからず、ゴールマウスで棒立ちになっていた印象が強いからだ。 例えばの話として、百歩譲って原口や旗手ら海外組は今後もケガのリスクがあるため招集を見送り、リーグ戦の終わっている国内組からチョイスしたとしよう。攻撃陣で唯一国内組である相馬勇紀(名古屋)と同じ理由ではないかと推測する。 しかしそれなら広島時代の教え子でもある、佐々木翔でいいのではないか(個人的には前回のアジアカップに参加し、UAEのアル・アインで4シーズンをプレーした塩谷司を推したい)。 過去のW杯では巻誠一郎や矢野貴章ら『逃げ切りのための前線からの守備要員』としてFWを招集したこともあった。だがそれは、DF陣が万全の状態にプラスしての選択だった。何をどう考えても、中山の代わりに町野を追加招集した理由がわからない。 いくら考えてもわからないため、大会中に「サプライズ」として何が起こるのか、代表戦を静観することにした。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2022.11.08 21:40 Tue
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日本代表、W杯メンバー選出の難しさ…監督の方針に見る歴史/六川亨の日本サッカーの歩み

前回のコラムの続編をお届けしよう。 4年に一度、W杯最終メンバー発表時における「サプライズ選出」と「サプライズ選外」だが、日本が初出場した98年フランスW杯での"キング"カズこと三浦知良の「メンバー外」は衝撃的であり驚きでもあった。 25名の選手をキャンプに帯同して、最終的に22人にメンバーを絞る――それ自体は悪いことではないと思われたものの、「落選」した3選手の心情に対する配慮が欠けていたことは否めない。 テレビ的にはたぶんに"ショー的要素"があり、ましてや落ちたのがカズだけに多くの反響を呼んだ。しかしJFA(日本サッカー協会)はこの反省を生かし、それ以降のメンバー発表は必ずホテルで、選出された選手のみの発表にとどめてきた。選外となった選手への質問には監督、技術委員長とも一切答えなかった。そしてそれは現在も続いている。 話を20年ほど前に戻すと、カズに続き4年後の2002年日韓W杯でも「サプライズ選出」が続いた。負傷の名波浩から『背番号10』を受け継いだ中村俊輔のメンバー落ちである。代わりに入ったベテランの中山雅史と秋田豊は「サプライズ選出」だったものの、さほど世間の注目は集めなかった。 中村俊の選外については、同じポジションに小野伸二や三都主アレサンドロらがいたためポジションがないとか、彼のプレースタイルをフィリップ・トルシエ監督が嫌ったと言われたものだ。それらも外れた理由の一つかもしれないが、さらなる原因として彼のベンチでの態度を問題視する関係者もいた。 当時の中村俊は6月に24歳になったばかり。2年前には最年少でJリーグの最優秀選手賞と、日本年間最優秀選手賞を受賞するなど選手としてピークにあった。しかし代表の試合でベンチにいると、仲間とチームを応援するというよりは「自分の世界」に閉じこもっている印象を受けた。 選手には、「格」というものがあると思っている。その「格」から言うと、当時のカズも中村俊もベンチスタートの選手ではなかった。ベンチにいてチームを盛り上げるような、"裏方"の選手ではないのだ。だからこそ、「サプライズ選出」はゴンであり秋田だったのかもしれない。地元開催でベスト16進出がノルマとなる、これまで経験したことのないような強烈なプレッシャーのかかる大会では、2人のベテランの力が必要だったのだろう。 2006年のドイツW杯は中村俊を始め中田英寿、小野伸二、小笠原満男、稲本潤一ら中盤にタレントを擁し、なおかつ選手としてピークを迎えているため期待も高かった。「サプライズ選出&選外」はケガの多かったFW久保竜彦に代わり長身選手の巻誠一郎がメンバー入りしたことだろう。 しかし多くのタレントをジーコ監督は使い切れずと言ったら語弊があるかもしれないが、競争原理からメンバーを固定したことで、かえってチームの統率を欠くことになった。ここらあたりが外国人監督の難しさ、日本人のメンタリティーとの違いと言えるかもしれない。 2014年ブラジルW杯のアルベルト・ザッケローニ監督もメンバーを固定する傾向にあり、「サプライズ選出」として2年ぶりに大久保嘉人を代表に復帰させた。しかしジーコ監督と同様に初戦でコートジボワールに1-2と逆転負けすると(ドイツW杯ではオーストラリアに1-3)、固定メンバーの弊害からかチーム内に不協和音が出始める。 続く第2戦で勝っていれば良かったが、ブラジルではギリシャに、ドイツでもクロアチアに0-0と引き分けて窮地に追い込まれ、第3戦で大敗してグループリーグ敗退が決まった。本田圭佑や岡崎慎司、香川真司らがピークを迎えたブラジルW杯だっただけに、もったいない敗退だった。 その一方で、2010年の南アW杯では2度目のチャレンジとなる岡田武史監督がベスト16進出を決めた。34歳のベテランGK川口能活に、出場機会はほとんどないながらもチームのまとめ役を託した。そしてエースの中村俊が右足首からの負傷が最後の最後まで癒えないと判断すると、本田圭佑を中村俊とポジション争いをしていた右MFではなく1トップに抜擢。阿部勇樹をアンカーに、松井大輔と大久保嘉人を両サイドMFに起用する4-1-4-1の布陣を採用してグループリーグ突破に成功した。 この柔軟性は18年ロシア大会の西野朗監督にも当てはまるのではないだろうか。4年前の"絶対的なエース"だった本田と岡崎、香川はヴァイッド・ハリルホジッチ監督の下ではポジションを確約されるかどうか微妙な立場だった。「個人的なスター」を嫌うのはトルシエ監督とそっくりで、それはフランス人のメンタリティーではないかと疑ったものだ。 そんな彼らをジョーカーとしてベンチに置きつつ(香川はスタメンで起用)、要所で起用した。ケガがあったとはいえ岡田監督は中村俊を、西野監督は本田や岡崎にベンチスタートを納得させた。これは、日本人監督ならではの「和をもって貴しとなす」といった選手の起用法ではないだろうか。 そうした視点からすると、繰り返しになるが森保一監督に「サプライズ選出」も「サプライズ選外」もないだろう。注目すべきは誰をスタメンに起用し、ベンチに温存するか。これに関してはカタール入りしてから試合前日まで悩むことだろう。そこで選手の序列に変化があるのかどうか。それも森保監督の采配の見どころと言えるかもしれない。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div 2022.10.31 19:00 Mon
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