突如活動停止の江蘇から脱出! 元アトレティコのDFミランダがサンパウロに10年ぶり復帰

2021.03.18 11:20 Thu
Getty Images
エルナン・クレスポ監督が率いるサンパウロは17日、ブラジル代表DFミランダ(36)の加入を発表した。契約期間は2022年12月31日までとなる。

ミランダはコリチーバでキャリアをスタート。フランスのソショーへの移籍を経て、2007年3月にサンパウロへと完全移籍で加入した。

その後、2011年7月にアトレティコ・マドリーへと完全移籍。2015年7月にインテルへとレンタル移籍すると、2016年7月に完全移籍。2019年7月から中国スーパーリーグの江蘇蘇寧(江蘇足球倶楽部)へと完全移籍していた。
中国スーパーリーグでも22試合に出場し2ゴール1アシストを記録していたが、2月28日に江蘇足球倶楽部が活動停止を突如発表。選手たちの移籍も凍結されるなど大きな問題が生まれていた。

カンピオナート・ブラジレイロ・セリエAで118試合に出場し4ゴール3アシストを記録。ブラジル代表としても58試合に出場し3ゴールを記録していた。
所属先がなくなり、およそ10年ぶりにサンパウロへと復帰することとなったミランダは、加入に対してコメントした。

「僕は自分の家に戻ります。ここで僕は成長し、多くのことを成し遂げた。僕を世界の舞台に送り出したのはクラブだったので、このチャンスを与えてくれて感謝する。僕はタイトルとサンパウロを再び勝利に導きたいという願望に飢えている」

「僕は野心的で、全てに勝ちたいと思っている。サンパウロで達成したのは歴史であり、今は新しいページを書きたいと思っている。タイトルを獲得したいし、クラブの歴史に自分の名前を残したいと思う。だから戻った」

「ムリシ(スポーツ・コーディネーター)は、僕の状況を知るために何度か電話をかけてきた。サンパウロに戻るかどうか明確な質問をしていた。彼は僕が勝ちたいという願いを持っているサンパウロに出会えるといった。そうでなければ、僕はここにいない。それがあった」

「クレスポと一緒に戦えて光栄だ。彼は若い監督だけど、サンパウロが軌道に乗るのに十分なカリキュラムや経験を持っている。私は自分の価値を示すことができるクラブにいることに、とても意欲的だ」

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