ギグスが古巣の新たなSBテレスに求めるものとは?「リバプールの2人のように…」
2020.10.23 21:32 Fri
マンチェスター・ユナイテッドのレジェンドであるライアン・ギグス氏は、古巣の新戦力であるブラジル代表DFアレックス・テレスに大きな期待を寄せているようだ。イギリス『デイリー・メール』が伝えている。
ユナイテッドは今夏の移籍市場で、ポルトからテレスを基本移籍金1500万ユーロ+ボーナス200万ユーロの最大総額1700万ユーロ(約21億円)で獲得。層の薄かった左サイドバックの補強に成功した。
このテレスについて、ギグス氏はユナイテッドを向上させる重要な存在になると考えているようだ。YouTubeチャンネル『Webby & O’Neill』において、現プレミアリーグ王者であるリバプールのサイドバックたちと同じような活躍をして欲しいと語っている。
「テレスは我々に欠けていたものだと思う。リバプールのトレント(・アレクサンダー=アーノルド)や(アンドリュー・)ロバートソンを見れば明らかだろう。彼らはゴールやアシストを(チームに)提供している」
「今のサイドバックにはそれが求められているんだ。もしもウィングが切り込んだら、サイドバックは幅を作ってゴールを創出する必要がある」
テレスはポルト時代に公式戦通算195試合26得点57アシストを誇っており、プレミアリーグに上手くフィットすれば、ライバルクラブのサイドバックに匹敵する存在となるだろう。
なお、テレスは20日に敵地で行われたチャンピオンズリーグ(CL)グループステージ第1節パリ・サンジェルマン(PSG)で、ウィングバックとしてプレー。アウェイの地で2-1の勝利に貢献した。このポジションについて、イギリス『BTスポーツ』に出演したユナイテッドOBのオーウェン・ハーグリーブス氏は、「彼に適したポジションだ」と評価している。
「彼(テレス)は攻撃的な選手としてとても素晴らしい。アシストもするし、アップダウンの動きもいとわない。(サイドバックより)ウィングバックに適していると思う」
「アシストという点で、彼の数字は驚異的だ。セットプレーにも優れており、ユナイテッドにとっては良い強化になるだろうね。現代的なサイドバックだ」
開幕から低調なスタートを切っていたものの、公式戦で2連勝を飾り調子を上げてきているユナイテッド。24日に開催されるプレミアリーグ第6節では、チェルシーとの大一番が控えており、テレスがどのような活躍をするかにも期待したい。
ユナイテッドは今夏の移籍市場で、ポルトからテレスを基本移籍金1500万ユーロ+ボーナス200万ユーロの最大総額1700万ユーロ(約21億円)で獲得。層の薄かった左サイドバックの補強に成功した。
このテレスについて、ギグス氏はユナイテッドを向上させる重要な存在になると考えているようだ。YouTubeチャンネル『Webby & O’Neill』において、現プレミアリーグ王者であるリバプールのサイドバックたちと同じような活躍をして欲しいと語っている。
「今のサイドバックにはそれが求められているんだ。もしもウィングが切り込んだら、サイドバックは幅を作ってゴールを創出する必要がある」
ギグス氏が理想として名前を挙げたアレクサンダー=アーノルドはこれまでリバプールで140試合に出場し36アシストを記録。ロバートソンも134試合で32アシストを記録している。
テレスはポルト時代に公式戦通算195試合26得点57アシストを誇っており、プレミアリーグに上手くフィットすれば、ライバルクラブのサイドバックに匹敵する存在となるだろう。
なお、テレスは20日に敵地で行われたチャンピオンズリーグ(CL)グループステージ第1節パリ・サンジェルマン(PSG)で、ウィングバックとしてプレー。アウェイの地で2-1の勝利に貢献した。このポジションについて、イギリス『BTスポーツ』に出演したユナイテッドOBのオーウェン・ハーグリーブス氏は、「彼に適したポジションだ」と評価している。
「彼(テレス)は攻撃的な選手としてとても素晴らしい。アシストもするし、アップダウンの動きもいとわない。(サイドバックより)ウィングバックに適していると思う」
「アシストという点で、彼の数字は驚異的だ。セットプレーにも優れており、ユナイテッドにとっては良い強化になるだろうね。現代的なサイドバックだ」
開幕から低調なスタートを切っていたものの、公式戦で2連勝を飾り調子を上げてきているユナイテッド。24日に開催されるプレミアリーグ第6節では、チェルシーとの大一番が控えており、テレスがどのような活躍をするかにも期待したい。
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本田圭佑が世界選抜の同点弾演出にPK成功、ベンチには中田英寿氏! カカ、リバウド、フォルラン、ダビド・シルバら豪華レジェンド揃い踏み、ギグス&ルイス・ガルシアが躍動し香港選抜とPK戦決着
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元フランス代表DFラファエル・ヴァランが、マンチェスター・ユナイテッド時代の内情を暴露している。 今シーズンはユナイテッドからセリエAのコモへ移るも、デビュー戦でヒザを負傷し、現役引退を決断したヴァラン。役員の1人としてクラブにとどまり、ユース年代の育成のサポートなどに注力している。 『The Athletic』のインタビューに応じたヴァランは、2021年夏から3シーズン過ごしたユナイテッド時代についてコメント。EFLカップ(カラバオカップ)やFAカップを制したものの、プレミアリーグでは8位フィニッシュもあったエリク・テン・ハグ体制を振り返り、当時の内情を明かした。 「彼が(2024-25シーズンも)残留したのは驚いた。チームとの繋がりはもはやなかった」 「適切な言葉を見つけるのは難しい。非常に緊迫した時もあった。彼(テン・ハグ監督)は選手たちのフィードバックに耳を傾けようと努力することもあった。時には選手たちの気持ちを聞かずに決断を下した。だから浮き沈みがあった。状況が複雑なこともあった」 また、序列が下がった2023年10月から12月付近の状況についても語ったヴァラン。指揮官と衝突した側面もあったようだ。 「僕らは真剣に話し合った。お互いに本音をぶつけたけど、その後はほぼ2カ月間プレーしなかった。彼とチームの関係について、いくつかのやり方には同意できないと言った」 「一部の選手がまったく満足していなかったから、チームにとって良くないことだと思った。監督との関係という意味でも良くなかった」 さらに、チームを去ったポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドや、元イングランド代表MFジェイドン・サンチョ(チェルシー)への扱いにも言及。マネジメント面の問題を指摘した。 「恐怖によってリスペクトを得たかったのかもしれない」 「彼はマンチェスターにいる間、常に孤立する選手を必要としていた。少なくとも1人の重要な選手に対してそうしていた。常にグループの特定のリーダーたちと対立していた。それが彼のマネジメント法だ」 「浮き沈みがあった。すべてが悪かったとは言えない。複雑な瞬間もあった」 指揮官についての辛辣な見解を述べた一方で、ユナイテッドの上層部も問題視。以前所属したレアル・マドリーと比較し、責任の所在が曖昧になっていると指摘した。 「選手として内部から見ても、物事をどのように進めていくかの明確な構造はなかった。何年もの間、決まったやり方が確立されていなかった」 「マドリードでは、クラブのあらゆるレベルで物事を進めるための明確なやり方があった。マンチェスターではどのように選手を獲得し、どのようにプレーし、どのようにコミュニケーションを取るのかが明確でなく、十分に定義されていなかった」 「意思決定プロセスに関わっている人が多すぎたため、誰が実際に決断を下しているのかわからなかった。誰が責任を負っていたのかわからない。全員が少しずつ責任を負っているようでもあったし、誰もが少しずつ責任を負っていないようでもあった」 古巣に対して厳しいコメントを送った31歳だが、「クラブに対しては大きなリスペクトと愛情を持っているため、ポジティブなことしか言えない」とのこと。あくまでもクラブが良い方向へ進むための提言だと主張している。 「うまくいっていないことに言及したとしても、それは善意から出る建設的な意見だ。誰かを非難するためではない。ただクラブや彼らの成功を祈っているだけだ」 2025.02.19 22:45 Wed4
伝説のGKカーンが語る意外な後悔「あそこに移籍すれば良かった」
▽フットボール界のレジェンドである元ドイツ代表GKオリバー・カーン氏が、キャリアにおける後悔として、「マンチェスター・ユナイテッドへの移籍」を挙げた。 ▽カーン氏は現役時代、1994年にカールスルーエから加入したバイエルンで14シーズンにわたって守護神として活躍し、8度のブンデスリーガや2000-01シーズンのチャンピオンズリーグ制覇を経験した。また、ドイツ代表としては86試合に出場し、1996年のユーロ優勝や2002年の日韓ワールドカップ準優勝を経験した。 ▽ドイツ『スポーツ・ビルト』のインタビューに応じたカーン氏は、海外移籍に挑戦してみたかったという思いを吐露し、当時アレックス・ファーガソン氏が率いていたユナイテッドへの移籍についての後悔を口にした。 「アレックス・ファーガソンは未だに私に怒っているんじゃないかな。2003年か2004年、彼は私がユナイテッドに移籍すると思っていただろうからね。でもバイエルンで締めくくることが私にとってより重要だった」 「振り返ってみれば、移籍してみるべきだったと思う。私にとっていい挑戦になったはずだ」 ▽当時ユナイテッドは、2005年にGKエドウィン・ファン・デル・サールが加わるまでGKに確固たる存在を立てることができずにいた時代が続いていた。ファン・デル・サールと共に2007-08シーズンには欧州王者に君臨したユナイテッドだが、カーンが加わっていたらまた大きな違いが生まれていたことだろう。 2017.12.15 14:09 Fri5
