新型コロナ感染の元アーセナルGKレーマン氏が持論を展開「若い人には大きな問題ではない」
2020.05.13 18:20 Wed
元ドイツ代表GKイェンス・レーマン氏が世界で猛威を振るう新型コロナウイルス(COVID-19)について持論を述べた。イギリス『ミラー』が伝えた。
シャルケやミラン、ドルトムント、アーセナルでプレーしたレーマン氏は先日、ヘルタ・ベルリンの監査役会メンバーに就任。ヘルタ・ベルリンを含むブンデスリーガは新型コロナウイルスの感染拡大により中断されていたものの、16日から約2カ月ぶりに再開することが決定した。
しかし、そのレーマン氏は、3月に新型コロナウイルスに感染していたことを告白。「インフルエンザにかかった時よりも気分が悪くなった」と『beIN Sports』に明かすと共に、自身の見解を示した。
「感染した選手が多くいたが、ほとんどの選手は症状を示さなかった。だから私は、免疫力があり健康な若い人にとっては、それほど大きな問題ではないと思う」
「ロックダウンに基づく唯一のものは、最終的に我々がワクチンとそれを治療するいくつかの薬を見つけるという希望だ。しかし、希望でしかない。今は何もない」
「常に練習したいことはないだろう。試合がしたいはずだ。そして、前向きに考え、自分自身と免疫力の全てを考慮すれば、おそらく感染したり、ひどいダメージを受けることはないだろう」
また、16日からブンデスリーガが再開することが決まったことについては、喜びを露わにした。
「議論自体が延期されるという話もあったので、私たちは非常に安心している。不確実であった。今は再びキックオフすることは明らかであり、我々は皆それを楽しみにしている」
シャルケやミラン、ドルトムント、アーセナルでプレーしたレーマン氏は先日、ヘルタ・ベルリンの監査役会メンバーに就任。ヘルタ・ベルリンを含むブンデスリーガは新型コロナウイルスの感染拡大により中断されていたものの、16日から約2カ月ぶりに再開することが決定した。
しかし、そのレーマン氏は、3月に新型コロナウイルスに感染していたことを告白。「インフルエンザにかかった時よりも気分が悪くなった」と『beIN Sports』に明かすと共に、自身の見解を示した。
「ロックダウンに基づく唯一のものは、最終的に我々がワクチンとそれを治療するいくつかの薬を見つけるという希望だ。しかし、希望でしかない。今は何もない」
「そのため、すべてをシャットダウンすることはできず、うまく対処する必要がある。症状がそれほど悪くないのであれば、選手たちはそれに対処する必要があると思う」
「常に練習したいことはないだろう。試合がしたいはずだ。そして、前向きに考え、自分自身と免疫力の全てを考慮すれば、おそらく感染したり、ひどいダメージを受けることはないだろう」
また、16日からブンデスリーガが再開することが決まったことについては、喜びを露わにした。
「議論自体が延期されるという話もあったので、私たちは非常に安心している。不確実であった。今は再びキックオフすることは明らかであり、我々は皆それを楽しみにしている」
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ブラジルで異なる2クラブがほぼ同時に同じ監督の就任を発表。しかし、二重契約ではないのだという。スペイン『Relevo』が伝える。 9日、ブラジル4部(セリエD)のナシオナル・デ・パトスが、マルセリーノ・パライバ氏(49)が新監督に就任すると発表。 マルセリーノ・パライバ氏は通算5キャップの元ブラジル代表FWで、サンパウロやフラメンゴを渡り歩いた同国のトッププレーヤー。ヘルタ・ベルリンや長谷部誠氏が加入した頃のヴォルフスブルクなど欧州でもプレーし、ブンデスリーガでは通算77得点…45歳で引退してからは、ブラジルの下部リーグで監督を歴任する。 そんな氏はナシオナル・デ・パトスとの契約が発表された翌10日、今度はリオデジャネイロ州2部のアメリカーノFCも監督就任を発表。これは一体どういうことなのか。 二重契約の疑惑が持ち上がったことにより、アメリカーノFCがこの謎を説明。 どうやらナシオナル・デ・パトスとの契約は2月限り。ブラジル全土のクラブが年明けから州選手権に参戦するなか、マルセリーノ・パライバ氏はナシオナル・デ・パトスでパライバ州選手権の残り3試合を指揮するのだという。 一方で、アメリカーノFCとは3月からの通常契約に。同クラブではリオデジャネイロ州選手権が終了後のレギュラーシーズン「リオデジャネイロ州2部」を指揮していくとのことだ。 2025.02.11 13:45 Tue3
フェイエノールト、元オランダ代表MFディルロスンを完全移籍で獲得!8年ぶりの母国帰還に
フェイエノールトは11日、ヘルタ・ベルリンから元オランダ代表MFジャバイロ・ディルロスン(24)を完全移籍で獲得した。契約期間は2026年6月30日までで、背番号は「11」を着用する。 アヤックスやマンチェスター・シティのアカデミーで育ったディルロスンは、2018年の夏にヘルタ・ベルリンへ完全移籍。ヘルタでは毎シーズンケガに悩まされながらも、3シーズンで公式戦59試合に出場し6ゴール8アシストをマーク。 ボルドーへレンタル移籍した昨季は、負傷離脱することなくシーズンを戦い抜き、リーグ・アン32試合を含む公式戦34試合に出場し2ゴールを6アシストを記録していた。 8年ぶりの母国復帰となるディルロスンは、公式サイトで以下のように喜びを語った。 「アルネ・スロット監督とは、以前から連絡を取り合っていた。彼やテクニカルディレクターのフランク・アーネセンも含めて、僕が加入することを望んでくれ、話をする中で好感触を与えてくれた。このクラブには野心があり、それが魅力的だったんだ。長くボールを持つことが多いチームの中で、攻撃的なサッカーをしたい。だから、フェイエノールトでプレーできることは幸せなことなんだ」 2022.07.12 01:40 Tue4
ヘルタのベルギー代表ボヤタ、母国クラブ・ブルージュに移籍 25年までの契約にサイン
ジュピラー・プロ・リーグのクラブ・ブルージュは22日、ヘルタ・ベルリンからベルギー代表DFデドリック・ボヤタ(31)の獲得合意を発表した。契約期間は2025年までとなる。 アカデミー時代から過ごしたマンチェスター・シティでプロとしての一歩を踏み出したボヤタ。ボルトンやトゥベンテ、セルティックを渡り歩くなかでベルギー代表に上り詰めたセンターバックで、2019年夏からヘルタに活躍の場を移した。 ヘルタでは通算76試合でプレーし、昨季もトータルで27試合に出場。今季もDFBポカールの1試合で延長戦を含む120分間にわたってプレーしたが、ブンデスリーガでは開幕から3試合連続でメンバー外だった。 なお、これまでベルギーの外を主戦場としてきたボヤタにとって、母国でのプレーは初。今年11月にカタール・ワールドカップ(W杯)が迫るなか、母国から本大会のメンバー入りを目指すこととなった。 2022.08.23 12:15 Tue5