「勇敢な決断だ」。ナポリ行きを断ったヴェルディに元イタリア代表が賛辞
2018.01.17 23:30 Wed
▽ボローニャのイタリア代表FWシモーネ・ヴェルディがナポリへの移籍を断ったことを、パオロ・ロッシ氏が称賛した。イタリア紙『ガゼッタ・デロ・スポルト』が伝えている。
▽ヴェルディはこの冬のナポリへ行く可能性があったが、ボローニャに残留することを選んだ。この決断は「サプライズ」と捉えられている。
▽元イタリア代表のロッシ氏は、「ナポリは競争が激しいから、どれだけ出られるかわからないということを恐れたと思う」と分析。「選手というのは、向上する義務があると思う。その一方で、ヴェルディは今が適切なタイミングではないと考えている。これからの5ヵ月、ボローニャでレギュラーポジションがあれば、彼はよりピークに近づくことができるという判断だ」と話した。
▽同氏はこの判断が正しいという印象を持っているようで、「人間らしい決断だ。頭を使って、勇敢な決断をしたね」と述べている。
▽ヴェルディに断られたナポリは、バルセロナのスペイン代表FWジェラール・デウロフェウの獲得を目指すと言われている。
▽ヴェルディはこの冬のナポリへ行く可能性があったが、ボローニャに残留することを選んだ。この決断は「サプライズ」と捉えられている。
▽元イタリア代表のロッシ氏は、「ナポリは競争が激しいから、どれだけ出られるかわからないということを恐れたと思う」と分析。「選手というのは、向上する義務があると思う。その一方で、ヴェルディは今が適切なタイミングではないと考えている。これからの5ヵ月、ボローニャでレギュラーポジションがあれば、彼はよりピークに近づくことができるという判断だ」と話した。
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