古巣凱旋試合で6失点大敗…スモーリング「前半の頑張りが台無し」

2021.04.30 10:30 Fri
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ローマのイングランド代表DFクリス・スモーリングが肩を落とした。ヨーロッパリーグ(EL)準決勝でマンチェスター・ユナイテッドとぶつかり、29日の1stレグで敵地に乗り込んだローマ。前半のうちに2つのアウェイゴールで逆転に成功したが、ユナイテッドが猛攻を仕掛けた後半に一挙5失点と守りが崩れ、2-6の先勝を許した。

前半だけで3選手が負傷して、それだけでカードが使い切ったとはいえど、決勝進出が望み薄の大敗を喫したローマ。PKのチャンスを献上するなど、個人としてもほろ苦い古巣初凱旋になってしまったスモーリングも試合後、イギリス『BT Sport』で落胆した。
「前半にいくつかのチャンスを作り、リードした状況でハーフタイムに入っていったにもかかわらず、それを生かせなかった」

「後半は純粋にがっかりだ。失点はどれもずさんなもので、前半の頑張りが台無しになってしまった」
「今季の僕らはケガ人が多い。これだけの大量失点は言い訳にならないが、理想的な準備ができずにいる」

「そのなかで、前半に交代が相次いだにもかかわらず、ブレイクに入った段階でリードしてもいたんだ」

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