フェルナンド・トーレスが驚異のバルクアップ! アジア企業のアンバサダー就任発表も注目は違うところに
2021.01.20 18:00 Wed
先日久しぶりにメディアに姿を現した元スペイン代表FWフェルナンド・トーレスの見た目の変貌ぶりが話題となっている。サガン鳥栖でのプレーを最後に、2019年にそのキャリアに幕を落としたトーレス氏。昨年夏からは古巣アトレティコ・マドリーのBチームで監督を務めており、第二の人生を歩み始めている。
引退から1年以上が経った中、トーレス氏は自身の公式インスタグラムを通じて、カジノウェブサイトを運営する東南アジアの会社『AW8』のアンバサダー就任を発表。しかし、関心を集めたのは久々に披露されたその見た目だった。
現役時代のトーレス氏はスラリと長い手足とその端麗な顔立ちで、モデルとしても通用するような体型だった。プレースタイルもスピードや嗅覚を生かしたものだったが、最新のトーレス氏は、両腕にレスラーのような筋肉をつけ、胸筋も見事に発達。これまでのイメージを払拭する驚きの姿となっていた。
これには驚きを隠せないファンが多く、SNS上では大きな話題となっている。
引退から1年以上が経った中、トーレス氏は自身の公式インスタグラムを通じて、カジノウェブサイトを運営する東南アジアの会社『AW8』のアンバサダー就任を発表。しかし、関心を集めたのは久々に披露されたその見た目だった。
これには驚きを隠せないファンが多く、SNS上では大きな話題となっている。
情報によると、トーレス氏は引退後、ボクシングやジム通いを始め、現在のような体つきになったとのこと。現役時代からその願望はあったのかもしれない。
Fernando Torres bulked up pic.twitter.com/PSs3QI9vIs
— ESPN FC (@ESPNFC) January 19, 2021
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「簡単に去るべきじゃなかった」…クラウチがリバプール退団の決断を悔いる
現役時代に身長201cmの長身ストライカーとして名を馳せた元イングランド代表FWのピーター・クラウチ氏。昨夏に惜しまれながら現役生活にピリオドを打ったが、キャリアのなかで後悔が残っているようだ。イギリス『ミラー』が報じた。 2011〜2019年まで在籍したストーク・シティ時代を除くと、複数クラブを転々とする印象が強いフットボールキャリアだったが、2019年7月の現役引退まで代表的なゴールパフォーマンスの“ロボットダンス”や豪快な一撃でどこに行っても人気を博した。 <div style="margin:0 auto; min-width:300px; " id="cws_ad"><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJpbm03d2tOZiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div> そんなクラウチにとって、キャリアにおけるハイライトの1つは2005〜2008年までのリバプール時代だろう。2007年夏に元スペイン代表FWのフェルナンド・トーレスが加入してから出番を減らしたが、在籍3年間で公式戦134試合42得点の数字を残した。 イギリス『デイリー・メール』で当時を振り返ったクラウチ氏は、出場機会を求めてリバプールから去った過去の自分が下した決断を悔いた。 「キャリアにけちをつけるとすれば、2008年のリバプール退団だ。ラファ(ラファエル・ベニテス監督)は放出をいとわず、僕もプランBでしかなかった」 「ポーツマスに行った理由の1つはスティーブン・ジェラードとフェルナンド・トーレスのコンビが非常にダイナミックな関係性だったからだ」 「しかし、1年半ぐらいが経って、(アンドリー・)ボロニンと(ダビド・)エヌゴクがプレーしているのを見て、残っておけば良かったと思ったものさ」 「リバプールのようなクラブを簡単に去るべきじゃなかったね」 2020.04.11 15:30 Sat3
トーレス氏、リバプールからチェルシーに移籍した理由を告白「私には時間がなかった」
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