
U-20イスラエル代表
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ホームタウン | エルサレム |
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今日の誕生日は誰だ! 3月31日は、超有名超能力者からのアドバイスでチェルシーへ?! プレミア渡り歩いたイスラエル代表DF
◆タル・ベン・ハイム 【Profile】 国籍:イスラエル 誕生日:1982/3/31 所属:マッカビ・テルアビブ 身長:180cm 体重:74kg ▽『今日の誕生日は誰だ!』本日、3月31日はチェルシーなどに所属した現マッカビ・テルアビブのイスラエル代表DFタル・ベン・ハイムだ。 ▽母国の名門マッカビ・テルアビブでサッカーを始めたベン・ハイムは、2004年にボルトン・ワンダラーズに移籍してトップリーグ入り。2シーズン目には素晴らしい守備を披露して評価を上げると、チェルシー、トッテナム、ウェストハムなどからの関心が取り沙汰されることに。 ▽結局、ベン・ハイムは2007年夏にフリートランスファーでチェルシー入り。しかし、同選手が憧れを口にしていたジョゼ・モウリーニョ監督(現・マンチェスター・ユナイテッド)は入れ替わるように、新天地へ。ベン・ハイムは、当時新しく就任したアブラム・グラント監督あまり出場機会を与えられず。監督を批判したことで騒動が巻き起こり、8万ポンド(現在のレートで)の罰金が科された。 ▽結局、チェルシーでは公式戦9試合のみの出場に終わったベン・ハイムは、2008年に退団。その後、マンチェスター・シティ、サンダーランド、ポーツマス、ウェストハム、QPR、スタンダール・リエージュ、チャールトンを渡り歩き、2015年に育ったクラブであるマッカビ・テルアビブに帰還した。 ▽そんなベン・ハイムには、ある意外な人物と交友関係がある。移籍先をニューカッスルにするかチェルシーにするか、その人物に相談したという。その意外な人物とは、超能力者として一世を風靡したユリ・ゲラー氏だ。その際は、「チェルシーでも能力を発揮できる」というアドバイスをもらったようだが、その後の同選手のチェルシーでの扱いを考えれば、助言に未来視や透視などの超能力は使われなかったと思われる。 ※誕生日が同じ主な著名人 カール=ハインツ・シュネリンガー(元サッカー選手/西ドイツ代表) セザール・サンパイオ(元サッカー選手/サンフレッチェ広島など) パブロ・ピアッティ(サッカー選手/エスパニョーラ) アンガス・ヤング(ギタリスト/AC/DC) ユアン・マクレガー(俳優) ルネ・デカルト(哲学者) アーサー・グリフィス(政治家) 朝永振一郎(物理学者) 大島渚(映画監督) 舘ひろし(俳優) 戸川純(歌手) 小川直也(柔道家) 宮迫博之(お笑い芸人/雨上がり決死隊) 佐々木優介(お笑い芸人/磁石) 2018.03.31 07:00 Sat2
ロシアがAFCへ? イスラエル転籍の歴史/六川亨の日本サッカーの歩み
去る2月1日、バーレーンのマナマで第33回AFC(アジアサッカー連盟)コングレス2023が開催され、JFA(日本サッカー協会)の田嶋幸三会長がアジア選出のFIFAカウンシル(理事会)メンバーに再選された。 任期は2027年までの4年間で、3選は元JFA会長の小倉純二氏の2選を抜いて最多。2016年にJFA会長に就任した田嶋氏は、来年で4期8年の任期を終え、その後は名誉会長に就任予定だが、FIFAカウンシルのメンバーとしての公式活動は今後4年間続くことになる。 アジア選出のFIFA理事選には定員5名に対し7名が立候補した。満票は45票で、過半数を取らないと理事として認められない。田嶋会長は39票を獲得して7人中2番目で当選した。他にはカタール、サウジアラビア、フィリピン、マレーシアの4人が理事に選出され、中国と韓国の2人は過半数に届かず落選した。 このAFCコングレスには、UEFA(欧州サッカー連盟)からAFCへの転籍が噂されるロシアサッカー協会の会長も出席したことを田嶋会長は明らかにした。その上で「まだ最終的な議論をするまでには至っていません。かつてイスラエルの例もあったが、同じにしていいとは思わない。スポーツと政治は分けて考えるべきだと思う」と私見を述べた。 そのイスラエル、現在はUEFAに所属しているが、かつてはAFCに属していた。 アジアのチームがW杯に出場したのは54年スイス大会の韓国が初めてだった(38年フランス大会のオランダ領東インド=現在のインドネシアは除く)。次が66年イングランド大会の北朝鮮で、グループリーグでイタリアを倒してベスト8に進出したのは長らくアジアの最高成績だった。 そして3番目にW杯に出場したのがイスラエルで、70年メキシコ大会ではイタリアと0-0、スウェーデンと1-1で引き分ける健闘を見せたがグループリーグで敗退した。 そのイスラエルと日本は73年の西ドイツW杯予選で初めて対戦。ソウルでの集中開催だったが、組分け予選で1-2と負けたものの南ベトナムに4-0で勝って準決勝に進出。しかしイスラエルとの再戦となった準決勝では延長戦の末0-1で敗れた。アジア予選を勝ち抜いたのは韓国だったが、オセアニアとの最終予選でオーストラリアに敗れてW杯出場はならなかった。 このイスラエル、本来なら中東のグループに所属するはずだった。しかし67年の第三次中東戦争でイスラエル軍がパレスチナ自治区を占領したことで起こったパレスチナ問題やその後の中東戦争などにより周辺のアラブ諸国との関係が悪化。アラブ諸国はもちろん北朝鮮や中国、イスラム教徒の多いインドネシアなどもイスラエルとの対戦を拒否したため、消去法から予選は東アジアと対戦することになった。 彼らは64年に自国開催のアジアカップで初優勝を飾ったが、72年のタイ大会から出場辞退を余儀なくされ、74年にはクウェートの主導による投票の結果、賛成17、反対13、棄権6によりAFCから除名され、地域連盟に未加盟の状態が続いた。 それでも76年3月のモントリオール五輪予選、77年3月のアルゼンチンW杯予選で日本はイスラエルと対戦。いずれも韓国との3か国によるホーム・アンド・アウェーの対戦だったが、日本はイスラエルの来日に際して安全を保証できないとの理由から、モントリオール五輪予選のホーム・ゲームはソウル(0-3、1-4)で、W杯アルゼンチン予選は2試合ともテルアビブ(0-2、0-2)で開催され、完敗を喫したのだった(通算対戦成績は7戦7敗)。 その後、“さまよえる"イスラエルは一時期UEFA(82年スペインW杯予選)やOFC(オセアニアサッカー連盟)の暫定メンバーとなり、86年メキシコW杯と90年イタリアW杯の予選はオセアニアで戦った。90年大会ではオセアニア代表としてコロンビアとのプレーオフに臨んだものの2試合合計0-1で敗れてオセアニア代表としてのW杯出場はかなわなかった。 そんなイスラエルが長年望んでいたのが、距離的にも近いUEFAに加盟することだった。ようやく92年にUEFAに受け入れられると、94年からは正式なメンバーとして昨年のカタールW杯まで8度の欧州予選に参加。EUROにも96年イングランド大会から参加しているものの、いずれも予選で敗退している。 果たしてウクライナ侵攻によりヨーロッパで孤立しているロシアのサッカーがアジアに転籍してくるのか。パリ五輪の参加資格も含めて注視したい。そして3月24日に国立競技場で開催されるキリンチャレンジカップ2023の対戦相手はウルグアイに決まったが、日本代表のレベルアップのためには日本がUEFAに転籍することも一考ではないだろうか。 2023.02.13 23:00 MonU-20イスラエル代表の選手一覧
1 | GK |
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トメル・ツァルファティ | |||||||
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2003年10月16日(21歳) | 185cm |
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18 | GK |
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オフェク・メリカ | |||||||
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2005年01月23日(20歳) | 187cm |
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21 | GK |
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ニタイ・グレイス | |||||||
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2004年07月08日(21歳) | 191cm |
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2 | DF |
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イレー・ファインゴールド | |||||||
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2004年08月23日(21歳) | 175cm |
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3 | DF |
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オル・イスラエロフ | |||||||
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2004年09月02日(20歳) | 187cm |
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4 | DF |
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スタフ・レムキン | |||||||
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2003年04月02日(22歳) | 190cm |
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5 | DF |
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ション・エドリ | |||||||
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2003年10月24日(21歳) | 186cm |
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0 |
12 | DF |
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ロイ・レヴィヴォ | |||||||
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2003年05月22日(22歳) | 183cm |
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0 |
13 | DF |
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ノーム・ベン・ハルシュ | |||||||
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2005年05月13日(20歳) | 176cm |
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19 | DF |
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ハダル・フックス | |||||||
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2003年12月13日(21歳) | 196cm |
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6 | MF |
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エル・ヤン・カンスポルスキー | |||||||
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2003年12月22日(21歳) | 181cm |
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0 |
7 | MF |
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アナン・カライリ | |||||||
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2004年09月03日(20歳) | 183cm |
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0 |
8 | MF |
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イライ・マドモン | |||||||
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2003年02月23日(22歳) |
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11 | MF |
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ハムザ・シブリ | |||||||
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2004年08月19日(21歳) | 190cm |
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0 |
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14 | MF |
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ロイ・ナヴィ | |||||||
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2004年03月04日(21歳) | 178cm |
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0 |
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0 |
15 | MF |
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タイ・アベド | |||||||
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2004年08月03日(21歳) | 176cm |
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0 |
16 | MF |
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ラン・ビンヤミン | |||||||
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2004年02月06日(21歳) | 180cm |
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0 |
9 | FW |
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ドル・トゥルゲマン | |||||||
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2003年10月24日(21歳) |
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0 |
10 | FW |
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アリエル・ルガシ | |||||||
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2004年11月24日(20歳) | 168cm |
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0 |
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17 | FW |
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オーマー・セニオル | |||||||
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2003年02月23日(22歳) | 182cm |
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0 |
20 | FW |
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アーメド・イブラヒム | |||||||
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2004年03月22日(21歳) | 185cm |
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監督 |
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オフィル・ハイム | ||||||||
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1975年04月21日(50歳) |
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