デヤン・スタンコビッチ
Dejan STANKOVIC
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| ポジション | 監督 |
| 国籍 |
セルビア
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| 生年月日 | 1978年09月11日(47歳) |
| 利き足 | |
| 身長 | 181cm |
| 体重 | 75kg |
| ニュース | 人気記事 | クラブ | 監督データ | 代表 |
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豪快シュート3連発!インテル黄金期を支えたスタンコビッチが決めたハットトリック【ハットトリック・ヒーローズ】
サッカーにおいて、1試合で3得点以上を決めることを表す「ハットトリック」。元々はクリケットで打者を三者連続アウトにすることをそう呼んでいた。(クリケットにおいて打者を連続でアウトにすることは相当難易度が高い) サッカー選手にとって、「ハットトリック」は実力を証明する功績でもあるが、そう簡単にはお目にかかれない。この企画『HAT-TRICK HEROES』では記憶に残る「ハットトリック」を紹介していく。 今回は、元セルビア代表MFデヤン・スタンコビッチ氏がインテル時代に決めたハットトリックだ。 <div id="cws_ad">◆名手スタンコビッチの豪快シュート3連発<br/><div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiI5MDJZRHVCZCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script></div> 母国の強豪ツルヴェナ・ズヴェズダでプロデビューを飾ったスタンコビッチ氏は、ラツィオで頭角を現すと、2004年夏にインテルに加入。リーグ、カップ戦、チャンピオンズリーグ(CL)の3冠を達成するなど、黄金期を築いたチームの中核を担った選手の1人としてプレーした。 類稀なフットボールセンスに加え、ハードワークを厭わない姿勢を持ち合わせたスタンコビッチ氏は、パンチのあるミドルシュートも武器の1つであったが、2010年11月28日に行われたセリエA第14節のパルマ戦では、豪快なハットトリックを記録している。 開始早々にパルマに先制されながらも、迎えた18分、相手陣内中央でボールを持ったスタンコビッチが、ゴールほぼ正面の位置からロングシュート。相手DFの背中にあたり、急激に進路を変えたシュートはゴール右に決まり、ややラッキーな形で同点ゴールを挙げる。 直後の19分、インテルがボックス内に攻め入ると、FWジョナタン・ビアビアニがボックスの外でフリーになっていたスタンコビッチにマイナスのボールを落とす。スタンコビッチがダイレクトで強烈なシュートを放つと、地を這うようなグラウンダーのシュートがゴール左に決まり、すぐさま逆転に成功した。 最後は4-2とインテルリードの75分、MFヴェスレイ・スナイデルからの鋭いパスをペナルティーアーク内で受けたスタンコビッチは、ファーストタッチで相手のマークを外すと、ボックス内からシュート。強烈なシュートをゴール右に突き刺し、試合を決定付ける5点目を奪い、ハットトリックを達成した。 試合は、スタンコビッチのハットトリックを含む大量5得点を奪ったインテルが、そのまま5-2で勝利している。 <span data-sg-movie-id="721" data-sg-movie-title="【豪快シュート3連発!】インテル黄金期を支えたスタンコビッチが決めたハットトリック"></span> 2021.02.03 10:00 Wed2
インテルのバレッラが憧れの選手の名前明かす 「いつも彼の良いところを取り入れようとしていた」
インテルのイタリア代表MFニコロ・バレッラが憧れの選手を明かした。『フットボール・イタリア』が伝えている。 2019年夏にカリアリからインテルにレンタル移籍で加入し、昨夏に完全移籍となったバレッラは、ここまで公式戦96試合出場8ゴール26アシストを記録しており、昨季のスクデット獲得にも多大な貢献を果たした。今シーズンから就任したシモーネ・インザーギ監督の信頼も厚く、ここまで公式戦9試合全てでスタメン出場を飾っている。 今夏にはイタリア代表でユーロ優勝を果たすなど充実のキャリアを過ごすバレッラは、インテルの公式インスタグラムに出演した際に背番号23番を選んだ理由や自身のベストゴールについて語った。 「僕がインテルに来たとき、お気に入りの背番号だった18番はクワドゥオ・アサモアのものだった。だから僕は23番を選んだんだ。今は変わってしまったとしても、僕のアイドルだったレブロン(・ジェームズ)が当時つけていた番号だったからね」 「僕のベストゴールはコッパ・イタリアのフィオレンティーナ戦で挙げたものだ。あれは調整が難しかったけど、ボールが上手くゴールの隅に入ってくれて良かった」 また、バレッラは自身の憧れの選手についても言及。かつてインテルで公式戦326試合に出場して数多くのタイトルをもたらした元セルビア代表MFのデヤン・スタンコビッチ氏の名を口にしている。 「僕のアイドルの1人は、デヤン・スタンコビッチだ。サッカー選手として、ずっと好きだった。僕はいつも彼の良いところを取り入れて、彼がインテルでやっていたように上手くプレーがしたいと思っていたんだ」 2021.10.12 15:28 Tue3
レジェンドたちがミハイロビッチ氏に別れ... ラツィオは全選手が葬儀に参列
前ボローニャ指揮官、シニシャ・ミハイロビッチ氏の葬儀にレジェンドたちが参列した。イタリア『TuttoMercatoWeb』が伝えている。 2019年の白血病公表以降、病と闘いながらもボローニャで精力的に指揮を執り続けてきたミハイロビッチ氏だが、今季序盤に成績不振で解任に。そして今月16日、53歳の若さで息を引き取った。 19日にはローマ市内で葬儀が執り行われ、イタリア代表のロベルト・マンチーニ監督を始めとする親交の深かったOBが続々と参列。元イタリア代表のブルーノ・コンティ氏やモルガン・デ・サンクティス氏、マルコ・ディ・ヴァイオ氏ら往年のレジェンドたちが駆け付けた。 その他にも、同胞であるサンプドリアのデヤン・スタンコビッチ監督、フランチェスコ・トッティ氏、ダニエレ・デ・ロッシ氏らの姿も。また、ミハイロビッチ氏が選手キャリアの最盛期に在籍したラツィオからは全選手が参列したという。 現役時代は黄金期のセリエAで世界最高峰のフリーキッカーとして鳴らし、引退後もイタリア国内の多くのクラブで指揮したミハイロビッチ氏。我々日本人にとっては、DF冨安健洋(現アーセナル)を育て上げた指導者としても印象深い。 それら全ての功績が、後世にも語り継がれていくことだろう。 <span class="paragraph-title">【写真】ミハイロビッチ氏の棺を運ぶマンチーニ監督やスタンコビッチ氏</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="tl" dir="ltr">L'ultimo saluto a Sinisa Mihajlovic <a href="https://t.co/c7b3TQuJ2d">pic.twitter.com/c7b3TQuJ2d</a></p>— Bologna Fc 1909 (@Bolognafc1909) <a href="https://twitter.com/Bolognafc1909/status/1604853601511301120?ref_src=twsrc%5Etfw">December 19, 2022</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2022.12.20 14:22 Tue4
インテルGKスタンコビッチが昇格組のヴェネツィアにレンタル移籍…買い取り義務の発生オプション付き
ヴェネツィアは12日、インテルのセルビア代表GKフィリップ・スタンコビッチ(22)をレンタル移籍で獲得したことを発表した。 1年間のレンタル移籍で、一定の条件を満たした場合の買い取りオプションと買い取り義務が付帯している。 セルビア代表として活躍したデヤン・スタンコビッチ氏を父に持つフィリップは、父も所属したインテルで下部組織に加入。2020年9月にファーストチームに昇格した。 2021年8月から2シーズンにわたってフォレンダムへとレンタル移籍。2023-24シーズンはセリエBのサンプドリアへと武者修行に出ていた。 フォレダムでは2シーズンで公式戦64試合に出場。サンプドリアでは公式戦38試合に出場し、セリエBで37試合を経験した。 自身初のセリエA出場の可能性もあるスタンコビッチは、クラブを通じてコメントしている。 「ヴェネツィアを選ぶことは簡単だった。昨年僕が対戦相手として来た時、スタジアムには素晴らしい雰囲気があり、ヴェネツィアの関心を耳にしたときは考えることはなかった」 「新たなスポーツセンターも見たけど、モダンで機能的で、第一印象はとてもポジティブだった。ファンのみんなに会えることが待ちきれない。きっと、彼らは目標達成に向けて後押ししてくれるだろう」 2024.08.13 11:30 Tueデヤン・スタンコビッチの移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 2013年7月6日 |
インテル |
引退 |
- |
| 2004年2月1日 |
ラツィオ |
インテル |
完全移籍 |
| 1998年7月1日 |
ツルヴェナ・ズヴェズダ |
ラツィオ |
完全移籍 |
| 1994年7月1日 |
Red Star U19 |
ツルヴェナ・ズヴェズダ |
完全移籍 |
| 1992年7月1日 |
|
Red Star U19 |
完全移籍 |
デヤン・スタンコビッチの監督履歴
| 就任日 | 退任日 | チーム | 種類 |
| 2024年7月1日 |
スパルタク・モスクワ |
監督 |
| 2023年9月4日 | 2024年6月30日 |
フェレンツヴァーロシュ |
監督 |
| 2022年10月6日 | 2023年6月27日 |
サンプドリア |
監督 |
| 2019年12月21日 | 2022年8月26日 |
ツルヴェナ・ズヴェズダ |
監督 |
| 2017年3月6日 | 2019年12月20日 |
UEFA |
- |
| 2015年6月19日 | 2016年6月30日 |
インテル |
監督 |
| 2014年6月4日 | 2015年6月15日 |
ウディネーゼ |
アシスタントコーチ |
デヤン・スタンコビッチの代表履歴
| デビュー日 | 引退日 | チーム |
| 2006年8月16日 | 2013年10月11日 |
セルビア代表 |
| 2003年3月27日 | 2006年6月21日 |
セルビア・モンテネグロ代表 |
| 1998年4月22日 | 2002年11月20日 |
ユーゴスラビア代表 |

セルビア
インテル
ラツィオ
ツルヴェナ・ズヴェズダ
Red Star U19
フェレンツヴァーロシュ
サンプドリア
UEFA
ウディネーゼ
セルビア代表
セルビア・モンテネグロ代表
ユーゴスラビア代表