レーティング:ローマ 1-0 フェイエノールト《ECL》
2022.05.26 06:10 Thu
ヨーロッパ・カンファレンスリーグ(ECL)決勝、ローマvsフェイエノールトが25日にアルバニアのティラナにあるアレーナ・コムバターレで行われ、1-0で勝利したローマが初代王者に輝いた。超WSの選手採点結果と寸評は以下の通り。
▽ローマ採点

GK
1 ルイ・パトリシオ 7.5
後半に圧巻の連続スーパーセーブでチームを救う守護神の存在感。ポルトガル代表でのビッグマッチの経験を生かして安定したゴールキーピングを披露。的確なコーチングで最終ラインを落ち着かせた
DF
23 マンチーニ 7.0
立ち上がりこそ攻守両面で硬さも見受けられたが、シニステラなど相手の攻撃陣にうまく応対。先制点をアシストする決定的な仕事も果たした
6 スモーリング 7.5
圧巻の守備でデサースを完封。地対空の対人の強さに加え、カバーリングや読みを利かせた前向きな守備でピンチを未然に防いだ
3 イバニェス 7.0
ザレフスキと協力しながら自サイドで起点を作らせず。身体を張った守備に加え、マイボール時は局面を変える持ち出しやパスでアクセントを付けた
2 カルスドルプ 6.0
唯一の古巣対戦。後半はかなり消耗を強いられたが、要所で身体を張った守備を見せてチームを救った
(→ビーニャ -)
77 ムヒタリアン 5.5
ハムストリングのケガから1カ月ぶりの戦列復帰。ぶっつけ本番での起用となったが、前半15分過ぎに無念の負傷交代…
(→セルジオ・オリベイラ 6.5)
ムヒタリアンの負傷を受け、スクランブル投入。クリステンテと共に中盤で献身的な守備をみせ、終盤はうまく時計を進める賢さも見せた
7 ペッレグリーニ 6.5
決定的な仕事はできなかったが、最後までチームを鼓舞するカピターノの存在感を発揮。攻守両面で多くの仕事をこなした
4 クリスタンテ 6.5
持ち味の展開力を発揮する場面は少なかったが、中盤のフィルター役を完遂。90分を通して球際で戦い続けた
59 ザレフスキ 6.0
自身初の大舞台でも全く物怖じしないプレーで前半は攻守に機能。後半はチームの劣勢と共に苦手の守備に追われる展開に
(→スピナッツォーラ 6.0)
後輩から役目を引き継いだ中、相手陣内深くで仕掛けて時間を作るなど逃げ切りに貢献
FW
22 ザニオーロ 7.0
チームを勝利に導く決勝点を記録。フィジカルを生かした突破やボールキープで守勢のチームに休む時間を与えた
(→ヴェレトゥ 6.0)
2点目は決めれなかったが、疲労困憊の中盤に活力をもたらした
9 エイブラハム 6.0
初代得点王獲得はならずも、前線で身体を張り続けて優勝に貢献
(→ショムロドフ -)
監督
モウリーニョ 6.5
最後はらしいウノゼロ勝利。勝負弱いチームに勝者のメンタリティをもたらし、個人として5つ目のヨーロッパのトロフィーを獲得
▽フェイエノールト採点

GK
1 バイロウ 6.0
失点はノーチャンス。ぶっつけ本番での起用となった中、見事な2つのセーブを見せるなど、ポジションを譲ったマルシアノに報いる好パフォーマンス
DF
3 ヘールトライダ 5.5
右サイドバックと最終ラインでプレー。守備では概ね奮闘も失点場面ではボールウォッチャーとなり、攻撃の精度もいまひとつ
18 トラウナー 5.0
失点場面で痛恨の被りで失点に関与。早い時間帯にカードをもらったことで、以降もローマのカウンター対応で後手を踏んだ
(→マルクス・ペデルセン 5.5)
縦への推進力を見せたが、クロスや最後の精度を欠く
4 セネシ 6.0
安定した守備対応に加え、後半は積極的に高い位置を取って攻撃にも関与。アルゼンチン代表初招集の実力は見せた
5 マラシア 6.0
後半に見事なミドルシュートでゴールを脅かすなど、身体能力と攻撃性能を発揮。ビッグクラブ注目の才能の一端を見せた
(→ジャハンバクシュ -)
MF
14 レイス・ネルソン 5.5
後半はハーフスペースでボールを引き出してチャンスメークに絡んだが、決定的な仕事には至らず
(→ブライアン・リンセン 5.0)
試合終了間際のビッグチャンスは何とかボールに合わせたかった。前線に張っていたが、効果的なプレーは見せられず
17 アウルスネス 6.0
中盤の底でバランスを取りつつ、後半は前線にも顔を出してチャンスに絡んだ
26 ティル 5.5
後半立ち上がりに決定機に絡んだが、相手の屈強な守備陣に対して得意の空中戦やキープ力は発揮し切れず
(→トールンストラ 5.5)
キャプテンとして決定的な仕事が期待されたが、なかなかチャンスに絡めず
10 オルクン・コクチュ 6.0
決定的な仕事には至らなかったが、うまく間でボールを受けながら前線と中盤のリンクマンとして上々のプレーを見せた
(→ヴォレマルク -)
7 シニステラ 5.5
崩しの局面での存在感が期待された中、積極的にボールを受けて攻撃に絡んだが、相手の堅守を前に決定的な仕事はできなかった
FW
33 デサース 5.0
初代得点王に輝いたが、決勝の舞台ではスモーリングを筆頭に相手の守備陣に完璧に封じ込まれた
監督
スロット 5.5
格上相手に善戦したが、攻守両面で個のクオリティの差が勝敗を分ける形に
★超WS選定マン・オブ・ザ・マッチ!
スモーリング(ローマ)
圧巻のスーパーセーブでチームを救った守護神の活躍も見事だったが、デサースを完封するなど再三の好守でゴールにカギを懸けたイングランド人DFをMOMに選出。スタンド観戦にも訪れ、過去に6番を背負っていた偉大なるレジェンドのアウダイールのような存在感だった。
ローマ 1-0 フェイエノールト
【ローマ】
ザニオーロ(前32)
▽ローマ採点

(C)CWS Brains,LTD.
GK
1 ルイ・パトリシオ 7.5
後半に圧巻の連続スーパーセーブでチームを救う守護神の存在感。ポルトガル代表でのビッグマッチの経験を生かして安定したゴールキーピングを披露。的確なコーチングで最終ラインを落ち着かせた
DF
23 マンチーニ 7.0
立ち上がりこそ攻守両面で硬さも見受けられたが、シニステラなど相手の攻撃陣にうまく応対。先制点をアシストする決定的な仕事も果たした
圧巻の守備でデサースを完封。地対空の対人の強さに加え、カバーリングや読みを利かせた前向きな守備でピンチを未然に防いだ
3 イバニェス 7.0
ザレフスキと協力しながら自サイドで起点を作らせず。身体を張った守備に加え、マイボール時は局面を変える持ち出しやパスでアクセントを付けた
MF
2 カルスドルプ 6.0
唯一の古巣対戦。後半はかなり消耗を強いられたが、要所で身体を張った守備を見せてチームを救った
(→ビーニャ -)
77 ムヒタリアン 5.5
ハムストリングのケガから1カ月ぶりの戦列復帰。ぶっつけ本番での起用となったが、前半15分過ぎに無念の負傷交代…
(→セルジオ・オリベイラ 6.5)
ムヒタリアンの負傷を受け、スクランブル投入。クリステンテと共に中盤で献身的な守備をみせ、終盤はうまく時計を進める賢さも見せた
7 ペッレグリーニ 6.5
決定的な仕事はできなかったが、最後までチームを鼓舞するカピターノの存在感を発揮。攻守両面で多くの仕事をこなした
4 クリスタンテ 6.5
持ち味の展開力を発揮する場面は少なかったが、中盤のフィルター役を完遂。90分を通して球際で戦い続けた
59 ザレフスキ 6.0
自身初の大舞台でも全く物怖じしないプレーで前半は攻守に機能。後半はチームの劣勢と共に苦手の守備に追われる展開に
(→スピナッツォーラ 6.0)
後輩から役目を引き継いだ中、相手陣内深くで仕掛けて時間を作るなど逃げ切りに貢献
FW
22 ザニオーロ 7.0
チームを勝利に導く決勝点を記録。フィジカルを生かした突破やボールキープで守勢のチームに休む時間を与えた
(→ヴェレトゥ 6.0)
2点目は決めれなかったが、疲労困憊の中盤に活力をもたらした
9 エイブラハム 6.0
初代得点王獲得はならずも、前線で身体を張り続けて優勝に貢献
(→ショムロドフ -)
監督
モウリーニョ 6.5
最後はらしいウノゼロ勝利。勝負弱いチームに勝者のメンタリティをもたらし、個人として5つ目のヨーロッパのトロフィーを獲得
▽フェイエノールト採点

(C)CWS Brains,LTD.
GK
1 バイロウ 6.0
失点はノーチャンス。ぶっつけ本番での起用となった中、見事な2つのセーブを見せるなど、ポジションを譲ったマルシアノに報いる好パフォーマンス
DF
3 ヘールトライダ 5.5
右サイドバックと最終ラインでプレー。守備では概ね奮闘も失点場面ではボールウォッチャーとなり、攻撃の精度もいまひとつ
18 トラウナー 5.0
失点場面で痛恨の被りで失点に関与。早い時間帯にカードをもらったことで、以降もローマのカウンター対応で後手を踏んだ
(→マルクス・ペデルセン 5.5)
縦への推進力を見せたが、クロスや最後の精度を欠く
4 セネシ 6.0
安定した守備対応に加え、後半は積極的に高い位置を取って攻撃にも関与。アルゼンチン代表初招集の実力は見せた
5 マラシア 6.0
後半に見事なミドルシュートでゴールを脅かすなど、身体能力と攻撃性能を発揮。ビッグクラブ注目の才能の一端を見せた
(→ジャハンバクシュ -)
MF
14 レイス・ネルソン 5.5
後半はハーフスペースでボールを引き出してチャンスメークに絡んだが、決定的な仕事には至らず
(→ブライアン・リンセン 5.0)
試合終了間際のビッグチャンスは何とかボールに合わせたかった。前線に張っていたが、効果的なプレーは見せられず
17 アウルスネス 6.0
中盤の底でバランスを取りつつ、後半は前線にも顔を出してチャンスに絡んだ
26 ティル 5.5
後半立ち上がりに決定機に絡んだが、相手の屈強な守備陣に対して得意の空中戦やキープ力は発揮し切れず
(→トールンストラ 5.5)
キャプテンとして決定的な仕事が期待されたが、なかなかチャンスに絡めず
10 オルクン・コクチュ 6.0
決定的な仕事には至らなかったが、うまく間でボールを受けながら前線と中盤のリンクマンとして上々のプレーを見せた
(→ヴォレマルク -)
7 シニステラ 5.5
崩しの局面での存在感が期待された中、積極的にボールを受けて攻撃に絡んだが、相手の堅守を前に決定的な仕事はできなかった
FW
33 デサース 5.0
初代得点王に輝いたが、決勝の舞台ではスモーリングを筆頭に相手の守備陣に完璧に封じ込まれた
監督
スロット 5.5
格上相手に善戦したが、攻守両面で個のクオリティの差が勝敗を分ける形に
★超WS選定マン・オブ・ザ・マッチ!
スモーリング(ローマ)
圧巻のスーパーセーブでチームを救った守護神の活躍も見事だったが、デサースを完封するなど再三の好守でゴールにカギを懸けたイングランド人DFをMOMに選出。スタンド観戦にも訪れ、過去に6番を背負っていた偉大なるレジェンドのアウダイールのような存在感だった。
ローマ 1-0 フェイエノールト
【ローマ】
ザニオーロ(前32)
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【平成史に残るレジェンドチーム50選】vol.34“スパレッティの0トップ”セリエA記録となる破竹の11連勝/ローマ[2005-06]
1989年1月8日に日本で始まった「平成」。日本では31年にわたって使用されてきたが、2019年4月30日をもってその時代が終わりを告げる。 日本サッカーにおいても激動の時代であった「平成」だが、目をヨーロッパに向け、同じ時代で印象に残ったレジェンドチームを超ワールドサッカー編集部が選出。記憶や記録に残る50チームを紹介していく。 <div style="position: relative;margin: 2em 0;padding: 25px 10px 7px;border: solid 2px #FFC107;"><span style="position: absolute;display: inline-block;top: -2px;left: -2px;padding: 0 9px;height: 25px;line-height: 25px;vertical-align: middle;font-size: 17px;background: #FFC107;color: #ffffff;font-weight: bold;">vol.34</span><p style="margin: 0; padding: 0;font-weight:800">2005-2006シーズン/ローマ 〜スパレッティの0トップ〜</p></div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/2005-06roma.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">(C)CWS Brians,LTD.<hr></div><div style="padding: 0.5em 1em;margin: 2em 0;border: double 5px #4ec4d3;"><p style="margin: 0; padding: 0;">監督:ルチアーノ・スパレッティ(48) 攻撃力8:★★★★★★★★☆☆ 守備力7:★★★★★★★☆☆☆ タレント7:★★★★★★★☆☆☆ 連係10:★★★★★★★★★★ 選手層7:★★★★★★★☆☆☆ </p></div> <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">セリエA記録となる破竹の11連勝</div> クラブ史上初のスクデットをもたらしたカペッロ監督が去った2004-05シーズンは、結果が出ずに1シーズンで4人の監督交代が相次ぐなど低迷したローマ。そこで、ウディネーゼで3位という好成績を残したスパレッティ監督に白羽の矢を立てると、翌シーズンに復活を遂げる。 序盤戦こそ不安定な戦いが続いたが、“0トップシステム”を用いるスパレッティ監督の戦術が浸透し始めた第22節から当時のセリエA記録となる破竹の11連勝を達成。カルチョーポリの影響でユベントス、ミラン、フィオレンティーナの3チームがセリエB降格や勝ち点剥奪となったため、2位に繰り上がってシーズンを終えた。 スパレッティ監督に率いられた“ジャッロロッソ”は、その後の2006-07シーズンと2007-08シーズンにおいてもチームの完成度を高めて上々の成績を残した。セリエA・2位、チャンピオンズリーグ・ベスト8、コッパ・イタリア制覇をそれぞれ2年連続で成し遂げ、その称賛された戦術とともに素晴らしいチームとしてヨーロッパに君臨する。ただ、ユベントスが低迷していた当時のセリエAにおいて最強を誇ったインテルの後塵を拝し、スパレッティの下でスクデットを獲得することはなかった。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">スパレッティの0トップ</div> 純粋なセンターフォワードがいなかったため、スパレッティが編み出した策がトッティを最前線に置く0トップシステム。このバンディエラのキープ力を軸に、2列目の選手が空いたスペースに飛び出していくという、当時は稀な戦術を用いた。 中盤に下りてボールを受けるトッティは、抜群の展開力で2列目の選手の飛び出しを生かしつつ、ゴール前に顔を出してチーム最多の得点数を記録。ペッロッタ、マンシーニ、タッデイといった2列目は機動力を生かしてボールを引き出し、縦に鋭いサイドアタックを披露した。 ボランチにおいても、巧みな配球を行うデ・ロッシやアクイラーニは前線に飛び出すプレーを披露。また、守備ではメクセスとキブが好連係で相手の攻撃を防ぎ、両サイドバックのパヌッチやクフレが攻守のバランスを取った。2006-07シーズンと2007-08シーズンはサイドハーフもこなせるカッセッティ、トネット、シシーニョらがサイドバックを務めて攻撃力を格段に高めた。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">ピックアップ・プレイヤー</div> <span style="font-weight:700;font-size:1.1em;">MFシモーネ・ペッロッタ(28)</span> スパレッティ監督によって新境地を開拓したのがペッロッタだ。2001-02シーズンに躍進を遂げたミラクル・キエーボでは中盤を支えるハードワーカーだった2006年のW杯優勝メンバーは、ローマでトップ下の位置を与えられると完璧に順応。卓越したテクニックはなくとも、豊富な運動量と高度な戦術眼で周囲と絡みながら幾度もチャンスを演出し、司令塔タイプと異なる新たなトップ下像を印象づけた。 2019.04.20 12:00 Sat4
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