バルセロナが健闘ラージョに史上初のシーズンダブル許す…カンプ・ノウで屈辱の公式戦3連敗に《ラ・リーガ》
2022.04.25 06:14 Mon
ラ・リーガ第21節延期分、バルセロナvsラージョが24日にカンプ・ノウで行われ、アウェイのラージョが0-1で勝利した。
前節、レアル・ソシエダとの接戦をオーバメヤンのゴールで勝ち切った2位のバルセロナ(勝ち点63)。14位のラージョ(勝ち点37)との延期分では、公式戦連敗中のカンプ・ノウで3試合ぶりの白星を狙った。
3日前のソシエダ戦からは先発2人を変更。ダニエウ・アウベスとピケに代えてデストとエリック・ガルシアを起用した。ただ、その試合で負傷交代したアラウホ、足を気にしていたジョルディ・アルバは共にスタートからピッチに立った。
デンベレが右サイドでの鋭い仕掛けから高精度のクロスでいきなりチャンスを演出するなど、悪くない入りを見せたバルセロナ。しかし、開始7分にはハーフウェイライン付近の右サイドでイシが斜めに入れたラストパスに反応したアルバロ・ガルシアにボックス内へ抜け出されると、DFデストの寄せである程度シュートコースを限定したものの、ボックス右からニア下へ右足のシュートを流し込まれた。
0-1で敗れた前回対戦同様に前半のうちにビハインドを背負ったホームチームは、すぐさま反撃を開始。13分にはセットプレーの二次攻撃からボックス内でこぼれ球を収めたアラウホが反転シュートを放つが、これはGK正面となった。
25分にはジョルディ・アルバの意表を突く右足のミドルシュートがクロスバーを掠めると、右サイドで個的優位を保つデンベレのドリブル突破を突破口にゴール前のオーバメヤンがフィニッシュに絡んでいく。さらに、42分には左CKの二次攻撃からセカンドボールを拾ったガビが絶妙な右足のコントロールシュートを放つが、これもクロスバーを叩いた。
結局、幾度かあったチャンスをモノにできず、1点ビハインドで試合を折り返したバルセロナ。チャビ監督はデストを下げてハーフタイム明けにラングレを投入し、アラウホを右サイドバックに移した。
早い時間帯の同点ゴールがほしいバルセロナは、引き続きデンベレを軸に、左肩上がりの布陣変更によって高い位置を取れるようになったジョルディ・アルバの左サイドと、ピッチの幅を使った攻めでチャンスを窺う。
しかし、前半同様に強度、集中力を落とさないアウェイチームの守備に対して、決定機まであと一歩という場面が目立つ。これを受け、60分にはフレンキー・デ・ヨング、フェラン・トーレスを諦め、ニコ・ゴンサレス、デパイの投入で攻撃のアプローチに変化を加える。
70分には右サイドの細かい繋ぎからアラウホがグラウンダーで折り返したボールをニアのデンベレがスルー。ゴール前で足元に収めたデパイが右足のシュートに持ち込むが、ここは相手の決死のブロックに遭う。
この決定機直後にバルセロナはエリック・ガルシア、オーバメヤンを下げてアダマ・トラオレと切り札のルーク・デ・ヨングを投入。右にトラオレ、左にデンベレとドリブラーがウイングバックに入る攻撃的な[3-4-3]に変更。
力業でゴールをこじ開けにかかるホームチームは80分、ペナルティアーク付近からデパイがブレ気味の強烈なミドルシュートでGKディミトリエフスキを強襲。相手が[5-4-1]と守備を固めてきた中、トラオレの個人技で打開を図るが、トラオレやジョルディ・アルバの際どいシュートはことごとく相手守護神のビッグセーブに阻まれる。
その後、ピッチ内での治療の影響などで11分が加えられたアディショナルタイムにはアラウホを前線に残し、よりリスクを取る。相手のカウンターからのピンチはパテ・シスのシュートが左ポストを叩いて事なきを得るが、ほぼラストプレーで得たFKの流れからデンベレが放った決定的なボレーシュートはDFカテナの見事なゴールカバーに阻まれ万事休す。
ラージョに史上初のシーズンダブルを許したバルセロナは、ルイ・ファン・ハール時代の1997-98、1998-99シーズン以来となるカンプ・ノウでの公式戦3連敗という屈辱を味わうことになった。
前節、レアル・ソシエダとの接戦をオーバメヤンのゴールで勝ち切った2位のバルセロナ(勝ち点63)。14位のラージョ(勝ち点37)との延期分では、公式戦連敗中のカンプ・ノウで3試合ぶりの白星を狙った。
3日前のソシエダ戦からは先発2人を変更。ダニエウ・アウベスとピケに代えてデストとエリック・ガルシアを起用した。ただ、その試合で負傷交代したアラウホ、足を気にしていたジョルディ・アルバは共にスタートからピッチに立った。
0-1で敗れた前回対戦同様に前半のうちにビハインドを背負ったホームチームは、すぐさま反撃を開始。13分にはセットプレーの二次攻撃からボックス内でこぼれ球を収めたアラウホが反転シュートを放つが、これはGK正面となった。
以降は完全にボールの主導権を握るが、コンパクト且つ強度も申し分ないラージョの[4-4-2]の守備に苦戦。遅攻ではなかなか崩し切れないが、セカンドボールの拾い合い、球際を制してのカウンターの形からチャンスを創出していく。
25分にはジョルディ・アルバの意表を突く右足のミドルシュートがクロスバーを掠めると、右サイドで個的優位を保つデンベレのドリブル突破を突破口にゴール前のオーバメヤンがフィニッシュに絡んでいく。さらに、42分には左CKの二次攻撃からセカンドボールを拾ったガビが絶妙な右足のコントロールシュートを放つが、これもクロスバーを叩いた。
結局、幾度かあったチャンスをモノにできず、1点ビハインドで試合を折り返したバルセロナ。チャビ監督はデストを下げてハーフタイム明けにラングレを投入し、アラウホを右サイドバックに移した。
早い時間帯の同点ゴールがほしいバルセロナは、引き続きデンベレを軸に、左肩上がりの布陣変更によって高い位置を取れるようになったジョルディ・アルバの左サイドと、ピッチの幅を使った攻めでチャンスを窺う。
しかし、前半同様に強度、集中力を落とさないアウェイチームの守備に対して、決定機まであと一歩という場面が目立つ。これを受け、60分にはフレンキー・デ・ヨング、フェラン・トーレスを諦め、ニコ・ゴンサレス、デパイの投入で攻撃のアプローチに変化を加える。
70分には右サイドの細かい繋ぎからアラウホがグラウンダーで折り返したボールをニアのデンベレがスルー。ゴール前で足元に収めたデパイが右足のシュートに持ち込むが、ここは相手の決死のブロックに遭う。
この決定機直後にバルセロナはエリック・ガルシア、オーバメヤンを下げてアダマ・トラオレと切り札のルーク・デ・ヨングを投入。右にトラオレ、左にデンベレとドリブラーがウイングバックに入る攻撃的な[3-4-3]に変更。
力業でゴールをこじ開けにかかるホームチームは80分、ペナルティアーク付近からデパイがブレ気味の強烈なミドルシュートでGKディミトリエフスキを強襲。相手が[5-4-1]と守備を固めてきた中、トラオレの個人技で打開を図るが、トラオレやジョルディ・アルバの際どいシュートはことごとく相手守護神のビッグセーブに阻まれる。
その後、ピッチ内での治療の影響などで11分が加えられたアディショナルタイムにはアラウホを前線に残し、よりリスクを取る。相手のカウンターからのピンチはパテ・シスのシュートが左ポストを叩いて事なきを得るが、ほぼラストプレーで得たFKの流れからデンベレが放った決定的なボレーシュートはDFカテナの見事なゴールカバーに阻まれ万事休す。
ラージョに史上初のシーズンダブルを許したバルセロナは、ルイ・ファン・ハール時代の1997-98、1998-99シーズン以来となるカンプ・ノウでの公式戦3連敗という屈辱を味わうことになった。
バルセロナの関連記事
ラ・リーガの関連記事
|
|
バルセロナの人気記事ランキング
1
浦和がバルサ、リバプールと並ぶ!! 『世界の熱狂的なサポーター5選』に浦和サポーターが選出!
▽世界各国のフットボールシーンにおいて、熱狂的なサポーターを抱えることで知られるクラブがいくつかある。日本を代表する熱狂的なサポーターと言えば、浦和レッズサポーターだが、『Fox Sports』が選ぶ『世界の熱狂的なサポーター5選』に見事選ばれた。 ▽浦和が選ばれた『世界の熱狂的なサポーター5選』には、リーベル・プレート(アルゼンチン)、ガラタサライ(トルコ)、リバプール(イングランド)、バルセロナ(スペイン)が入っており、浦和サポーターは世界でも“熱狂的”なファンで知られるクラブと肩を並べることとなった。 ▽浦和については「Jリーグの20シーズン中、14シーズンで最高の平均入場者数を誇り、サポーターが作る最高のコレオグラフィーがある」と紹介。「次東京に行く際は、埼玉スタジアムでの試合を観て欲しい」と、観戦を勧めている。以下、4クラブのサポーターの特徴を紹介。 ◆リーベル・プレート(アルゼンチン) ▽リーベル・プレートは、アルゼンチンで最もサポーターが多いクラブの1つで、ボカ・ジュニアーズとの激しいライバル関係は有名だ。ロス・ミジョナリオス(億万長者)の愛称でも知られ、ボカ・ジュニアーズとのダービーは、死人が出るほどの激しい試合になるとも言われている。 ◆ガラタサライ(トルコ) ▽ガラタサライは、ファンの大声援が地響きを起こすとも称されるほど。悪名高い「Wellcome to Hell(地獄へようこそ)」というバナーは広く知られている。1993年のマンチェスター・ユナイテッド戦、2001年のパリ・サンジェルマン戦ではサポーターが衝突し、まさに“地獄”となってしまった。 ◆リバプール(イングランド) ▽サポーターを「12人目の男」と考えるリバプール。「You'll Never Walk Alone」の大合唱は有名であり、スタジアムが素晴らしい雰囲気で包まれる。2005年のチャンピオンズリーグ決勝のミラン戦では、ビハインドで迎える後半にサポーターの大声援が選手の背中を後押しし、逆転での優勝に繋がったとも。 ◆バルセロナ(スペイン) ▽かつては「ソシオ」がチームを支えるほど、サポーターとの関係が重要視されているバルセロナ。近年、胸スポンサーを入れるようになったが、それまではサポーターの会員費と入場料収入でクラブは運営されていた。かつて、レアル・マドリーへ禁断の移籍をしたルイス・フィーゴが凱旋した時には、豚の頭が投げ込まれるほど熱狂的だ。 2017.10.12 22:45 Thu2
ベンフィカがアルゼンチンの新たな逸材確保! バルサ&マドリーも関心示した小兵アタッカー
ベンフィカがアルゼンチンの新たな逸材の確保に成功したようだ。スペイン『スポルト』が報じている。 名門ベレス・サルスフィエルドでプレーするアルゼンチン人FWジャンルカ・プレスティアーニ(17)は、アルゼンチン国内で将来を嘱望される小兵のアタッカーだ。 現時点で166cmと体格には恵まれていないものの、卓越したアジリティとフットサルで培った圧倒的なボールスキルを駆使したドリブルを最大の特長とする右利きのアタッカーは、10代前半から将来を嘱望される若手として認知されてきた。 そして、昨年5月に行われたコパ・リベルタドーレスのエストゥディアンテス戦で16歳でのファーストチームデビューを果たすと、左右のウイングを主戦場にベレスではここまで公式戦39試合に出場し、3ゴール1アシストを記録。また、U-17アルゼンチン代表としても6試合に出場していた。 戦術理解度やメンタル面のコントロール、当たり負けしないフィジカル作りと、同年代の多くの逸材と同様の改善点を残すが、密集地帯、オープンスペースに関わらず、キレだけでなく駆け引きでも優位に立てるドリブル、パンチ力のあるシュートはすぐにでも通用するはずだ。 その逸材に対してはバルセロナとレアル・マドリーなど錚々たるヨーロッパのビッグクラブが関心を示していたが、同じく早い段階から獲得への動きを見せていたベンフィカ行きがほぼ確実となっているようだ。 ベレスのファビアン・ベルランガ会長は、「ベンフィカからオファーがあり、もちろん我々はそれを分析している。我々はプレーヤーの売却をやめるつもりはない。なぜなら資金が必要だからだ」と、同選手のベンフィカ行きの可能性を認めた。 さらに、プレスティアーニが1月31日生まれということもあり、加入時期は今冬になるとの見通しを語っている。 「現時点で未成年であるため、彼はその日まで移籍できないが、(ベンフィカと)事前の合意がある。得た資金でチームのニーズを満たさなければならない」 なお、ベンフィカは800万ユーロ(約13億円)でプレスティアーニの85%の権利を買い取るオファーによって合意を取り付けた模様だ。 2023.11.18 06:00 Sat3
「ほぼ準備はできていた」バルサFWハフィーニャはイタリア代表だった人生も? 現在はブラジル代表で主軸に「幸運だった」
バルセロナのブラジル代表FWハフィーニャが、イタリア代表としてプレーしていたキャリアがあったことを明かした。 ポルトガルのヴィトーリア・ギマランイスでプロキャリアをスタートさせたハフィーニャはスポルティングCP、スタッド・レンヌ、リーズ・ユナイテッドでプレー。2022年7月にバルセロナへと完全移籍で加入した。 今シーズンはラ・リーガで32試合に出場し16ゴール11アシストを記録。チャンピオンズリーグ(CL)でも13試合で12ゴール9アシストを記録しており、公式戦52試合で31ゴール25アシストと50ゴール以上に絡む活躍を見せている。 バルセロナは3冠の可能性も残っている中で、バロンドール受賞に最も近いとされるハフィーニャだが、ジャーナリストであるイサベラ・パリアリさんのYouTubeに出演。意外な事実を明かし、イタリア代表としてプレーしていた可能性を語った。 「イタリア代表への招集を受け入れるところだった。ほぼ準備はできていた。でもパスポートが届かなかったので、幸運だった」 「イタリア代表から電話があった。ジョルジーニョ(アーセナル)は、いつだって電話をくれた。イタリアのスタッフが僕のために素晴らしいプロジェクトを用意してくれていて、本当に感銘を受けた」 「でも同時に、心の奥底ではブラジル代表のユニフォームを着られるという1%の希望がまだ残っていた。そして幸運なことに、イタリアのパスポートが間に合わなかったんだ」 ハフィーニャはブラジルとイタリアの2つの国籍を保有。父親もブラジル人でありながら、イタリアのパスポートを持っていた。 アーセナルのMFジョルジーニョやウェストハムのDFエメルソン・パルミエリのように、ブラジル人ながらイタリア代表でプレーする可能性も十分にあったが、手続の問題でなれずにいた。 その後リーズでの活躍が認められ、2021年10月にブラジル代表デビュー。イタリア代表を逃してから1年後に心の底にあった夢を叶え、現在では主軸としてプレーしている。 2025.05.05 23:05 Mon4
