経営破綻でカンナバーロ監督と契約解除の広州FC、チェン・チーが選手兼暫定監督に
2021.12.07 19:48 Tue
広州FC(元広州恒大)は7日、元中国代表MFチェン・チー(41)を選手兼任の暫定監督に任命したことを発表した。
オーナー会社の『恒大集団』の経営破綻によってクラブ存続の危機に瀕していた広州FC。選手やスタッフへの給与も十分に支払えず、その影響でファビオ・カンナバーロ監督とも9月末に契約解消に至っていた。
いまだ混迷続く中、12日の中国スーパーリーグ再開に先立ち、選手として今季はリーグ戦9試合に出場していたチェン・チーが暫定監督を務めることが決定した。
中国代表として100試合以上の出場歴を誇るチェン・チーは、深圳や山東泰山でキャリア初期を過ごし、2007年からはチャールトン・アスレティックへ移籍し渡欧。セルティックでもプレーした後、2010年に広州FCに加入し、現在に至るまで公式戦312試合に出場している。
オーナー会社の『恒大集団』の経営破綻によってクラブ存続の危機に瀕していた広州FC。選手やスタッフへの給与も十分に支払えず、その影響でファビオ・カンナバーロ監督とも9月末に契約解消に至っていた。
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中国スーパーリーグの広州FC(旧:広州恒大)は16日、5人のブラジル人選手との契約終了を発表した。 契約終了で退団するのは、FWエウケソン(32)、FWリカルド・グラル(30)、FWアラン(32)、FWアロイージオ(33)、FWフェルナンジーニョ(28)の5名だ。 5選手はいずれも中国国籍を取得し、エウケソン、アラン、アロイージオ、フェルナンジーニョは帰化選手として中国代表に招集。カタール・ワールドカップ(W杯)アジア最終予選にも出場していた。 エウケソンは2013年1月にボタフォゴから広州恒大へと加入。2016年1月に上海上港(現:上海海港)へと移籍。2019年7月に復帰していた。 広州では、公式戦164試合に出場し104ゴール40アシストを記録。4度のリーグ優勝に加え、2度のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝を経験していた。また、中国代表として13試合に出場し4ゴールを記録している。 グラルは、2015年1月にクルゼイロから加入。2019年1月から6月まではパウメイラス、2020年7月から11月までは河北華夏(現:河北FC)へとレンタル移籍を経験したが、それ以外は広州でプレー。今年1月にサントスへと移籍が既に発表されていた。 広州では公式戦174試合に出場し110ゴール54アシストを記録。3度のリーグ優勝、1度のACL優勝を経験していた。 アランはザルツブルクから2015年1月に加入。天津天海、北京国安へのレンタル移籍を経験していた。広州では公式戦113試合で61ゴール32アシストを記録。3度のリーグ優勝、1度のACL優勝を経験。中国代表としても10試合に出場し3得点を記録していた。 アロイージオは2020年1月に広州へと加入。公式戦18試合で4ゴール1アシストと一番歴は浅かった。また、山東魯能や河北華夏などでもプレーしていた。中国代表としては5試合で1ゴールを記録していた。 フェルナンジーニョは重慶力帆、河北華夏でプレーした後、2020年1月に広州へと加入。公式戦18試合で5ゴール6アシストを記録していた。また、1月の日本代表戦に向けた中国代表に招集されていたが、家族の事情で直前で辞退していた。 広州FCは、経営権を保有する中国の不動産大手である「恒大集団」の経営破綻によって、クラブ存続の危機に瀕し、ファビオ・カンナバーロ監督が辞任。その後選手給与が払えないなど、苦しい状況が続いていた。 かつてはACLで2度優勝、中国スーパーリーグの絶対的な王者として君臨し、ヨーロッパでプレーするビッグネームを“爆買い”で集めていたが、今回のブラジル人選手5人の退団でその栄華を終えることとなった。 2022.02.17 11:25 Thu4
バルサ相手に敗戦もスコラーリ「我々は3位を目指せる」《クラブ・ワールドカップ2015》
▽クラブ・ワールドカップ(CWC)2015の準決勝、バルセロナ(欧州代表)vs広州恒大(アジア代表)が横浜国際総合競技場で17日に行われ、3-0でバルセロナが快勝し、決勝進出を決めた。 ▽広州恒大のルイス・フェリペ・スコラーリ監督は、試合後の公式記者会見に臨み、「選手には素晴らしい1年をありがとうと伝えた。彼らの努力や気持ち、成長に感謝している」と感謝の意を述べた。 ▽また、試合についても振り返り「学ぶことができた」と敗戦の中でも得たものがあったことを強調。20日に行われる広島(開催国代表)との3位決定戦に向けた意気込みも語った。 ──3-0という結果については 「他のビッグクラブもこれぐらいのスコアで負けている。そこまで違いは無いと思う。私が言えるのは、選手たちに感謝することだけだ。彼らが1年間やってきたことに感謝するだけだ」 「私たちには違う目標が残っている。2013年は4位で終わったが、今回は1つ上のポジションである3位を目指すことができる」 ──今日の試合について満足しているか 「ゾウ選手については、深刻なケガをした。重傷だと思う。今日の戦術については、対バルセロナという点である程度まではできていたと思う。ただ、バルセロナは他のチームと違いファンタスティックだ。だから、試合が終わった時点で選手たちに感謝を伝えた」 「バルセロナにはたくさんのチームが負けるが、我々は進化している。今日も学ぶことができたと思う」 ──今日のバルセロナの印象は。メッシが居ないと知った時にどう思ったか 「メッシがプレーしない時は、どんなチームも期待してしまう。メッシは世界最高の選手なので。ただ、バルセロナはそうはならない。素晴らしい控えの選手が居る。手元に居る選手で素晴らしいクオリティの試合をしたと思う。我々より遥かに上だったし、それは誰の目にも明らかだ」 「この先の我々の目標は3位になることだ。そして同時に、今日の様な試合から学ぶというのが我々の仕事だと思う」 ──この大会の2試合で中国人選手の成長に驚いたが、どう考えているか 「我々のチームは良いチームだと思う。そして、このチームは特に今年成長してきたし、良い形でプレーしてきた。ただ、世界的なレベルでビッグと呼べるチームよりは、何段階か下になる。何人かの素晴らしいブラジル人選手と、良い中国人選手が居ても、まだこの様な状況だ。ただ、方向性は間違っていないので、この方向性で行くことは間違いない」 ──今日はネイマールもメッシも居なかったが 「ネイマールとメッシと世界でもトップの2人が居なかったが、素晴らしいクオリティだった。そして、バルセロナのスタイルは、どんな選手がいても学校の様で、維持できている」 「我々の可能な範囲で何かをしようと思ったが、バルセロナのチームは素晴らしいと感じたし、何人か出場した若手は良い選手だと感じた。バルセロナに関しては、対戦する時もテレビで観る時も、素晴らしく学べるチームだと思う。負けてもそう感じている」 ──世界最強チームでもあるバルセロナから何を学べたか 「どの様にして美しいサッカーをするか、どの様にしてボールを回すか、どの様に戦術的に構えるかを学んだ。2013年に負けたのはバイエルン、2015年はバルセロナに負けた。クラブ・ワールドカップについては、アジア代表のチームはこの様なチームと対戦することになる。我々がかなり良い試合をして、運があって、なんとか勝てる相手だと思う。そういった大会だ」 「いずれにしても、このような大会は学べることがある。中国に関しては、方向性にはまだ時間がかかる。日本も韓国もサッカーは進歩している。中国は4、5年、あるいは8年かけてそのレベルに達すると思う。我々は負けながらも色々と学んで、その道を進んでいる」 2015.12.17 23:00 Thu5
