「最後のチャレンジをスタートできる理想的な選択」20年ぶりにパルマ復帰のブッフォンが決意を語る
2021.06.23 14:05 Wed
20年ぶりに古巣のパルマへと復帰した元イタリア代表GKジャンルイジ・ブッフォン(43)が、入団会見に臨んだ。パルマの下部組織で育ったブッフォンは、1995年に17歳でセリエAデビュー。以後、パルマの正守護神として公式戦220試合で210失点、85回のクリーンシートを成し遂げ、コッパ・イタリアやコッパ・イタリア、UEFAカップのタイトルに貢献した。
2001年には当時のGK史上最高額の移籍金でユベントスに移籍。そのままイタリアのみならず、サッカー界を代表する守護神として長年君臨。2018-19シーズンのパリ・サンジェルマン(PSG)時代を除く19年間もユベントスでプレー。公式戦685試合の出場で539失点、322度の無失点を誇り、10度のスクデット獲得などに貢献した。
17日に2年契約での加入が発表されたブッフォンは、22日に入団セレモニーに出席。その後入団会見に臨み、来シーズンはセリエBを戦う古巣への愛情と、移籍の経緯を語った。
「この選択で僕が自分自身に与えた唯一のメッセージは、自分を深く知り、感情を伴わなければ、物事はうまくいかないと知ることだった」
「(監督のエンツォ・)マレスカとは何度か話しをしたけど、純粋に戦術的な面での話だった。まずは充電し、自分が一番ワクワクできる選択をする必要があった」
「感情移入が完全にできれば、僕は強力なGKになることができると確信している。最後のチャレンジをスタートできる理想的な選択だった」
「人は変わり、23歳から43歳に成熟した。そうでなければ心配だろう。僕は不遜で冗談が好きな性格だったが、今でもそれがエネルギーとなっている。若い頃の夢がないと続けられない」
また、懐かしさも同時に感じたとしながら、クラブのために野心を持って臨むとコメント。ファンのためにも、パルマのためにも戦いたいと決意。子供たちにもパルマへの想いを伝えられると語った。
「まだ街には行っていないけど、最初の感動は、旧跡に行くために階段を上っているとき、20年も経っているのにどこか昨日のように感じたことだった」
「同じ場所で高いレベルに戻ったと言うことはほとんどできない。ただ、僕はまだ重要なGKであり、クラブの経営陣とともにパルマの重要な目標を持っている。僕をとても信頼してくれる人に、お返しをしたい」
「常にピッチで答えを出すことにフォーカスしてきた。そうでなければ、いつもしてきたことは同じように振る舞うことであり、チームメイトはいつも僕に感謝していた」
「グループに参加し、冗談を言い、必要な時に真剣に取り組むことが好きだ」
「パルマに戻って来ることを決めたのは、今後のチームの成果をパルマのみんなと共有したかったからだ。僕の選択では、ファンは重要だった」
「たまにしかないケースを除けば、毎回スタジアムでの敬意の表現に満足していた。パルマに戻って来るたびに、いつだって幸せにしてくれた」
「僕は彼らが与えてくれたもののために、相応しいものをパルマに与えた。僕は全てのチームで団結力を高め、分裂させる要素にはならなかった」
「この選択をした時、若い人でも自分の好きなチームにブッフォンがいたと言えるようになり、それを誇りに思えるようになったら嬉しいということもあった」
「僕の子供たちは、僕にとってパルマがどういった存在であるかをほとんど知らなかった。でも、今では僕が何故このようなことをしているのかを理解してくれるようになった」
今シーズンのセリエAで最下位となったパルマ。大人になった正守護神のブッフォンとともに1年でのセリエA復帰を果たせるかに注目だ。
2001年には当時のGK史上最高額の移籍金でユベントスに移籍。そのままイタリアのみならず、サッカー界を代表する守護神として長年君臨。2018-19シーズンのパリ・サンジェルマン(PSG)時代を除く19年間もユベントスでプレー。公式戦685試合の出場で539失点、322度の無失点を誇り、10度のスクデット獲得などに貢献した。
「この選択で僕が自分自身に与えた唯一のメッセージは、自分を深く知り、感情を伴わなければ、物事はうまくいかないと知ることだった」
「何かが起こるまでの20日間、自分にできるチャンスを考えた。そして、妻にメールし、パルマに行くことを伝えた」
「(監督のエンツォ・)マレスカとは何度か話しをしたけど、純粋に戦術的な面での話だった。まずは充電し、自分が一番ワクワクできる選択をする必要があった」
「感情移入が完全にできれば、僕は強力なGKになることができると確信している。最後のチャレンジをスタートできる理想的な選択だった」
「人は変わり、23歳から43歳に成熟した。そうでなければ心配だろう。僕は不遜で冗談が好きな性格だったが、今でもそれがエネルギーとなっている。若い頃の夢がないと続けられない」
また、懐かしさも同時に感じたとしながら、クラブのために野心を持って臨むとコメント。ファンのためにも、パルマのためにも戦いたいと決意。子供たちにもパルマへの想いを伝えられると語った。
「まだ街には行っていないけど、最初の感動は、旧跡に行くために階段を上っているとき、20年も経っているのにどこか昨日のように感じたことだった」
「同じ場所で高いレベルに戻ったと言うことはほとんどできない。ただ、僕はまだ重要なGKであり、クラブの経営陣とともにパルマの重要な目標を持っている。僕をとても信頼してくれる人に、お返しをしたい」
「常にピッチで答えを出すことにフォーカスしてきた。そうでなければ、いつもしてきたことは同じように振る舞うことであり、チームメイトはいつも僕に感謝していた」
「グループに参加し、冗談を言い、必要な時に真剣に取り組むことが好きだ」
「パルマに戻って来ることを決めたのは、今後のチームの成果をパルマのみんなと共有したかったからだ。僕の選択では、ファンは重要だった」
「たまにしかないケースを除けば、毎回スタジアムでの敬意の表現に満足していた。パルマに戻って来るたびに、いつだって幸せにしてくれた」
「僕は彼らが与えてくれたもののために、相応しいものをパルマに与えた。僕は全てのチームで団結力を高め、分裂させる要素にはならなかった」
「この選択をした時、若い人でも自分の好きなチームにブッフォンがいたと言えるようになり、それを誇りに思えるようになったら嬉しいということもあった」
「僕の子供たちは、僕にとってパルマがどういった存在であるかをほとんど知らなかった。でも、今では僕が何故このようなことをしているのかを理解してくれるようになった」
今シーズンのセリエAで最下位となったパルマ。大人になった正守護神のブッフォンとともに1年でのセリエA復帰を果たせるかに注目だ。
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日本人が目指すべきCB像、“希少なバロンドーラー“ファビオ・カンナバーロ
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日本人が目指すべきCB像、“希少なバロンドーラー“ファビオ・カンナバーロ
サッカー界においてなかなか評価がされないのが守備的な選手。勝利に貢献する派手なゴールを決める攻撃的な選手はわかりやすい活躍の指標が存在するが、なかなかディフェンダーは評価が得にくい。 もちろん、これまでのサッカー界で高く評価されたディフェンダーは多々いるが、世界年間最優秀選手に贈られる「バロンドール」では3人のみが受賞。元西ドイツ代表DFのフランツ・ベッケンバウアー氏と、元東ドイツ代表DFマティアス・ザマー氏、そして元イタリア代表DFファビオ・カンナバーロ氏の3人しかいない。 DFとして最後に受賞したのが2006年のカンナバーロ氏だが、ベッケンバウアー氏やザマー氏はリベロのポジションを務めており、中盤でのプレー機会も多かった選手たち。一方で、カンナバーロ氏は、純粋にセンターバックを務めており、DFとして最初の受賞者と言っても良い存在だ。 イタリア代表のキャプテンとしてドイツ・ワールドカップ(W杯)を優勝した功績が認められたカンナバーロ氏。現役時代のキャリアで多くのタイトルを獲得しているが、縁がなかったのがチャンピオンズリーグ(CL)だ。 <span class="paragraph-title">◆記録よりも記憶に残るプレーヤー</span> 現役時代はナポリでキャリアをスタートさせたカンナバーロだが、クラブの財政難により放出。パルマへと移籍する。 このパルマでは、GKジャンルイジ・ブッフォンやDFリリアン・テュラムらと強固な守備陣を形成。“ミラクル・パルマ“とも呼ばれ、カンナバーロも2度のコッパ・イタリア優勝や、UEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)での優勝を経験した。 中田英寿ともチームメイトとしてプレーした中、セリエAのスクデット獲得には至らずに2002年8月にインテルへと移籍。しかし、インテルでは監督との確執もあり出番が減り、2004年8月にユベントスへと完全移籍する。 すると、パルマ時代の同僚であったブッフォンとテュラムと再びチームメイトに。2004-05シーズンに見事スクデットを獲得する。しかし、このスクデットは2006年に発覚したカルチョ・スキャンダルといわれた一連の八百長事件の影響で剥奪に。結果、カンナバーロはスクデットも獲得していないこととなった。 チームはセリエBに降格処分となり、カンナバーロはレアル・マドリーへと完全移籍。そこでも本領を発揮すると、難しい中で行われたドイツW杯で優勝。前述のバロンドールも受賞することとなると、FIFA年間最優秀選手賞も受賞した。 マドリーではラ・リーガ連覇を果たすなどしたが、再びユベントスに復帰。その後は、アジアでプレーし引退した。 ビッグクラブに在籍を続けていたカンナバーロだったが、実はタイトル獲得数は多くない。クラブキャリアではわずか7個。そこにW杯が加わり8つと、イメージよりは少ないのではないだろうか。 <span class="paragraph-title">◆縁がないチャンピオンズリーグ優勝</span> そのカンナバーロだが、ことCLとなるとより縁遠くなる。インテル移籍後は毎シーズン出場はしていたが、チームとしての成績は良くなく、最高がベスト4止まりだった。 今でこそ、マドリーやユベントスはタイトルを多く獲得し、マドリーは近年CLを何度も制しているが、ちょうど“銀河系“を形成していたカンナバーロが在籍していた時代は過渡期。2000年から2010年まではラ・リーガも4度の優勝に留まっており、CLも2001-02シーズンを最後に11年間獲れなかった。 最もビッグイヤーに近づいたのは、インテル在籍時の2002-03シーズン。準決勝に駒を進めると、決勝進出を懸けた相手はライバルのミラン。2試合とも引き分けに終わったが、アウェイゴール差で僅かに敗れて敗退した。 その後は、ユベントス時代に2度ベスト8、マドリー時代に2度ベスト16まで勝ち上がっているが、それ以上は進めず。ビッグイヤーを掲げていないどころか、決勝の舞台にすら立ったことがなく、最も意外な選手の1人と言っても良い。 <span class="paragraph-title">◆タイトルは少なくとも才能は抜群</span> 目に見えたタイトルというものにはあまり恵まれていないキャリアのカンナバーロ。そのため、ワールドカップの優勝とバロンドール受賞が輝いて見える。 ただ、ピッチ上で見せるパフォーマンスの評価、そして持ち合わせた才能は世界屈指と言われている。 なんといっても、センターバックとしては身長175cmと小柄。体格に勝るヨーロッパではもちろんのこと、日本で考えても175cmのセンターバックはあまりいないタイプだ。 しかし、持って生まれた強靭な肉体が身長のハンデを埋めることに。まず一対一の守備力が抜きん出ており、相手との競り合いに負けないほか、身長を補う高いジャンプ力を武器としていた。 どんなストライカー相手でも、空中でも地上でも抜かせないという守備力は一級品だが、カンナバーロの真骨頂は守備をする前のパフォーマンスだ。 最も優れているとされたのがポジショニング。相手との競り合いに負けないフィジカルも素晴らしいが、相手よりも優位なポジションを先読みして取ることで、そもそも勝負の前に勝っているのだ。 一対一の勝負もさることながら、簡単にボールを奪い切る能力は抜きん出ている。 そしてもう1つが抜きん出た統率力。センターバックとして周りの選手にコーチングして相手を追い込んだり、優位なポジションを取ったりすることができる。これは、「カテナチオ」と言われるイタリアの堅い守備には欠かせず、ドイツW杯を制した際にもこの点は非常に評価された。チームのパフォーマンスを引っ張り上げる彼の力は、タイトルの数に関係なく、最後まで高く評価され続けた。 日本人と変わらない体格で世界と渡り合ったカンナバーロ。お手本とすべき選手の1人とも言えるだろう。 <div id="cws_ad"><hr>イタリア代表で活躍し、“カテナチオ“戦術の中心としても活躍したファビオ・カンナバーロが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>現役時代に魅せたプレーが『サカつくRTW』でも再現。是非一度チェックしてみよう。<a href=“https://ryan.onelink.me/C7cD/awagt0va” target=“_blank”><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/sega20220713.jpg" style="max-width:100%;"></div></a></div> <span class="paragraph-title">【動画】相手を封殺!カンナバーロの闘志溢れるユベントス時代のディフェンス集</span> <span data-other-div="movie"></span> <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJsdGt2Y1FHSiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> <div id=“cws_ad”><hr>イタリア代表で活躍し、“カテナチオ“戦術の中心としても活躍したファビオ・カンナバーロが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>現役時代に魅せたプレーが『サカつくRTW』でも再現。是非一度チェックしてみよう。<a href=“https://ryan.onelink.me/C7cD/awagt0va” target=“_blank”><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/sega20220713.jpg" style="max-width:100%;"></div></a></div> 2022.07.13 21:30 Wed2
ダルミアンがユナイテッド時代に最も衝撃を受けた選手を明かす「すごい選手ってすぐ思った」
パルマに所属するイタリア代表DFマッテオ・ダルミアンがマンチェスター・ユナイテッド時代に最も衝撃を受けた選手を明かしている。 ダルミアンは2015年夏にトリノからユナイテッド入り。加入初年から出場機会を手にしていたが、徐々に出番を減らし、昨夏にパルマへ完全移籍している。 そんなダルミアンがイギリス『ガーディアン』のインタビューに応対。そのなかで、ユナイテッド時代に感銘を受けた選手として、イングランド代表FWマーカス・ラッシュフォードの名を挙げた。 「僕を本当に感動させた選手がいたよ。マーカス・ラッシュフォードがトップチームの練習に参加したことを昨日のことのように覚えているよ。『すごい。すごい選手だ』ってすぐに思ったね」 「彼は若いけど、たくさん印象的なプレーをしている。彼は細かいことも改善しているから本当に感銘を受けたよ」 「彼が今までと同じように結果を残せば、バロンドールを勝ち取れると僕は確信している。ユナイテッドの選手の中でもっとも感動したね。彼はまだ若いから、さらに上達できる」 「ラッシュフォードは、キリアン・ムバッペのレベルに到達して、今後数年間はバロンドールを争えるだろうね」 ユナイテッドの育成期間で育ち、2015年からトップチームでプレーするラッシュフォード。今季は負傷離脱を強いられながらもここまで公式戦31試合に出場してチームトップの19ゴールを挙げている。 2020.05.04 10:45 Mon3
パルマがラツィオのイタリア代表FWカンチェッリエーリを買取OP付きのレンタル移籍で獲得
パルマは14日、ラツィオのイタリア代表FWマッテオ・カンチェッリエーリ(22)をレンタル移籍で獲得したことを発表した。買い取りオプションもついているという。 カンチェッリエーリは、8歳でローマのアカデミーに加入。U-19チームまで昇格も、ファーストチームに昇格せずにエラス・ヴェローナへと完全移籍、2023年7月にラツィオに完全移籍した。 2023-24シーズンはエンポリへとレンタル移籍となり、セリエAで36試合4ゴール3アシストを記録。左右のウイングや中央でもプレーして経験を積んだ。 ラツィオでも公式戦30試合に出場しており、2022年6月にはイタリア代表デビューも果たしていた。 ドリブル突破やクイックネス、スピードが特徴のカンチェッリエーリだが、得点力も身につけており、パルマでのさらなる飛躍が期待されている。 2024.08.14 23:45 Wed4
インテル黄金期を彩ったルーマニアの名手、鈴木彩艶所属のパルマを救済へ! クリスティアン・キヴが新監督に就任
パルマは18日、元ルーマニア代表DFのクリスティアン・キヴ氏(44)が新監督に就任すると発表。18日午後から練習を指揮するそうだ。 カルチョを彩った名手、クリスティアン・キヴ。現役時代はアヤックス、ローマを経てインテルへ移籍し、セリエA3連覇に2009-10シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)優勝など、青黒の黄金時代に主力DFとして活躍した。 2014年にインテルの一員として引退し、UEFAを経て、インテルの育成年代を指導。2023-24シーズンまでU-19チームを率い、退任後も一時はセカンドチームを発足した場合の初代監督候補ではないかと報じられていた。 今回、日本代表GK鈴木彩艶も所属、ファビオ・ペッキア監督を解任したパルマを率いることとなり、トップレベルで初の監督業に。ルーマニアの名手は、セリエA18位と降格圏に低迷する古豪を救うことができるか。 2025.02.18 20:07 Tue5

