E・サラの死を偲び、故郷のクラブがスタジアム名を変更
2019.10.31 14:00 Thu
10月31日は、故エミリアーノ・サラの29回目の誕生日だった。故郷のクラブ、サン・マルティンはこの日に合わせてスタジアムの名称をエミリアーノ・サラ・スタジアムに変更することを発表した。
同クラブは29日、SNSなどを通じて今回の決定を発表。またスペイン人芸術家のギジェルモ・グリファ氏が描いたサラの肖像画もスタジアムに展示されるという。
31日にはエミリアーノ・サラ・スタジアムでサラの死を偲ぶ式典が開かれる予定だ。
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今冬の移籍市場でナントからカーディフへの移籍が決まったサラは、1月21日にカーディフに渡るために搭乗していた小型飛行機の墜落により帰らぬ人となった。サン・マルティンはサラの故郷、サンタフェ州プログレソに本拠地を置くスポーツクラブ。1917年に設立し、現在はサッカーの他、テニスやバレーボール、バスケットボールに競泳、馬術など多岐にわたってスポーツ面で業績を上げているようだ。31日にはエミリアーノ・サラ・スタジアムでサラの死を偲ぶ式典が開かれる予定だ。
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