ラツィオ戦で負傷のカラブリア、左足腓骨骨折で今季終了…
2019.04.26 01:40 Fri
ミランは25日、U-21イタリア代表DFダビデ・カラブリア(22)が左足腓骨の骨折で離脱することを発表した。
カラブリアは24日に行われたコッパ・イタリア準決勝2ndレグのラツィオ戦に先発出場したが、40分に右足を痛めてアンドレア・コンティとの負傷交代を強いられていた。
そして、試合翌日に行われた精密検査の結果、カラブリアは左足腓骨の骨折と診断された。なお、詳細な離脱期間は明かされていないが、来月にもより精密な検査を行うと明かしている。
今回のケガによりカラブリアは、今季のリーグ戦5試合を欠場する見込み。そして、6月にイタリアとサンマリノで開催されるU-21欧州選手権2019にも間に合わない可能性があるようだ。
カラブリアは24日に行われたコッパ・イタリア準決勝2ndレグのラツィオ戦に先発出場したが、40分に右足を痛めてアンドレア・コンティとの負傷交代を強いられていた。
そして、試合翌日に行われた精密検査の結果、カラブリアは左足腓骨の骨折と診断された。なお、詳細な離脱期間は明かされていないが、来月にもより精密な検査を行うと明かしている。
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