【試合後会見全文】ハリルホジッチ監督「正直者でありすぎた」

2016.06.08 05:26 Wed
Getty Images
▽日本代表は7日、キリンカップサッカー2016決勝のボスニア・ヘルツェゴビナ代表戦を市立吹田サッカースタジアムで行い、1-2で敗れた。この試合を振り返った日本を率いるヴァイッド・ハリルホジッチ監督の記者会見でのコメントは以下の通り。

ハリルホジッチ監督(日本)
「もちろんガッカリしている。我々には他の結果を出せるだけの資格もあったと思うが、2失点に関しては集中力を欠いていたし、正直なプレーが多かった。1失点目は点を取った直後の失点だった。『点を取ったあとの5分間は気を付けろ』とミーティングで言ったばかりだった。2失点目はFKからで、1本のパスで全員が置き去りにされた。
「何人かの選手はすでに頭の中がバカンスだったのか、集中力に欠けていた。選手には『ボスニアはブルガリアとは全然違う』という警告を出していた。後半からは遠藤を出してデュエルでパワーをもたらそうとした。後半はしっかりコントロールできたと思うが、2失点目をこんな簡単にやられてしまうのは正直すぎると思う。多くの決定機をつくったが、同点にはできなかった。ブルガリア戦で我々は少し情熱的になり過ぎた。この2試合目で現実に引き戻された。まだまだやることはたくさんある。特に何人かの選手にはフィジカル的にもっとハイレベルな状態になってほしい」

――後半、最後のところで崩せなかったのは何が足りなかったからだと思うか
「美しい決定機はつくった。ちょっとした差だったと思う。最後の正確性に欠けた。浅野がフリーになった場面もあった。あそこは簡単に決められたと思うが、パスを選択した。まだ21歳。ただ、21歳といっても、たくさんの決定機があった。経験が足りなかったのかなと思う」

「相手はフィジカル的なパワーで勝っていた。FWがすべてのデュエルに勝ってしまう。そのパワーに対抗できなかった。5、6人の選手が190cm前後だった。それは簡単なことではない。改めて思うのは彼らが偶然、FIFAランキングで20位になったわけではないということだ。モチベーションが高かったし、守備もしっかりやってきた。何人かの選手はブルガリア戦と同じプレーをもう一回やろうとしすぎたのかもしれない。プレーを難しくしすぎて、カウンターを受けた。複雑なプレーをしすぎたからだ。ただ、良いレッスンだったと思う」
――W杯アジア最終予選に向けた収穫は
「収穫はもちろんあった。ボスニアは我々よりゲームをコントロールした。我々はそこまで多くの決定機をつくれなかった。ブルガリア戦は決定機に4、5回失敗したが、こういうハイレベルな相手にはそんなに失敗できない。フィジカル的に準備できていない選手もいた。疲労もあって、何人かの選手は本当にきつい状態だった。フィジカル的に100%でないと、我々のやりたいプレーはできない。パワーでは対抗できないし、個人のプレーでもなかなか打開できない。我々の長所は、組み立てをしっかりやって、流動性を持って、最後、リアリストになるということだ」

「2失点に関しては、正直にプレーしすぎた。しっかりブロックを固めて引くこともできたはずだが、2失点目は1本のパスで全員が置き去りにされた。ガッカリしているが、まだやらなければいけないことがあるということが分かった。A代表でプレーしたければ、フィジカル的にもっともっと良い状態になってほしい。100%の準備ができないと、最終予選には呼べない。100回もチャンスはあげられない。みんなが努力してほしい」

「こういう結果になったことは失望しているが、難しい試合になることは予想していた。違う結果になるだけの資格もあったと思うが、ボスニアのほうがリアリストだった。我々は正直者すぎた。疲労もあったが、集中力に欠けていた。何人かの選手は頭がバカンスにいってしまっていたのかもしれない。Aチーム(欧州組を含めたフルメンバー)を率いて初めての敗戦になるが、これも受け入れないといけない。私は負けは大嫌いだが、すべての試合に勝つことはできない。最終予選でこのような敗北をしないことに期待している。このチームの長所も短所も完璧に把握できている。そこまで悪いゲームはしていない。しかし、やられてしまった。2失点に関しては正直者でありすぎたのかなと。あとは集中力を欠いたのかなと思う」

――キリン杯2試合での収穫は
「2試合で8点取った。相手は2チームとも欧州の国だった。ボスニアから4点、5点取れたら良かったが、そんなことはあり得ない。キヨ(清武)や浅野、宇佐美に決定機があった。4、5回チャンスをつくったことはポジティブだと思う。1試合目に関しては熱狂的な結果で、このような結果が出るとは思わなかった。ただ、ボスニア戦に関しても美しいアクションがあった」

「一番ガッカリしたのは、フランス語ではナイーブというが、日本語ではバカ正直ということだ。相手は190cm前後の選手5、6人いた。彼らのFKやCKは毎回、決定的なチャンスになる。マンツーマンで対応したが、190cm対170cmでは簡単に勝つことはできない。今後、いろんなところに行って、身長の高い選手を探さないといけないかもしれない。このチームに何が足りないかはしっかり把握している」

「なぜ集中が足りなかったか。疲労があるのは分かっている。バカンスのことも考えていたと思う。我々は人間なので、10か月もシーズンを送ったあとに休みたい気持ちがあるのは分かる。親善試合でもあった。ただ、最終予選でこういったことは絶対に許されない。結果のみが私に満足を与える。すべての勝利はしっかりとした準備からもたらされるものだ。負けたということは、私がしっかり準備できていなかったということ。私の責任だ。今日の試合は本当に勝ちたかった」

――事前合宿で本田がケガをしたが、監督がしごき過ぎたのか、それとも日本の選手が体力的に弱いからだと思うか
「ゲームの中でケガは起こり得るものだ。海外組はシーズンが終わって、何日か休んでトレーニングした。本田に関してはものすごくパフォーマンスが良かった。本田も香川もこんなにパフォーマンスが良いところを初めて見た。香川は(ブルガリア戦で)見せてくれたが、本田はケガをしてしまった。本田に関しては、(練習中のミニ)ゲームでものすごく足を高く上げてボールを探してしまった。そこで筋肉の問題が起きた。しかし、今までにこうした筋肉のケガは起きていない」

「海外組はシーズンの最後で、心理的にもフィジカル的にも疲れている中で管理するのは難しい。岡崎はシーズンが終わって1週間から10日間ほど、完全にプレーしていなかった。そのあとまたプレーしないといけなかった。これは簡単な調整ではない。日本はダイレクトプレーでパワーを見せられるようなチームではない。スピードがベースになる。2mの相手にどのような守備をしないといけないか。テクニックがあり、落とすのもうまい選手に対応するのは簡単ではなかった。良いレッスンになったと思う」

「これまで筋肉系の問題は起きていなかった。初めて本田で起きた。その原因も分かっている。疲労が原因ではなく、ある現象として、たまたま足を高く上げたときに筋肉の問題が起きた。(ユーロに臨む)フランス代表は4、5人の選手がケガをしてしまっている。完全に休んだあとにまた再開することは簡単ではない。ただ、私は6月のシーズンをどのように準備すればいいか分かっている」

――競技規則が改正されて初の大会だったが、選手に注意したことはあるか
「心の底から正直に言うが、それについては考えてもいなかった。我々にはあまり関係のないことなのかなと思っていた。審判の方が合宿に来て説明は受けたが、私にとってはもっと重要なことがあった。それに関しては本当に考えてもいなかった」

――後半、ある程度ゲームをコントロールできるようになったと思うが
「相手はパワーで対抗してきた。相手の8番と18番が補足関係をうまくつくっていた。18番と8番の関係に対し、パワーが足りなかった。190cm前後の選手が5人いて、FWは2m近くあった。すべてのFK、CKが危険だった。マンツーマンでもっと寄せないといけなかったが、10番がかなり引いて足元でもらっていた。キヨにできるだけ高い位置でマークしろ、そしてハセ(長谷部)には『13番についてくれ』、遠藤には『8番をしっかりマークして森重と(吉田)麻也の近くにいてくれ』と指示した。遠藤は空中戦もデュエルも強い。後半はしっかりゲームをコントロールできた。相手は2点目のシーン以外、危険な状況をつくれなかった。遠藤の入り方には満足している。宇佐美に少し疲労が見え始め、(長友)佑都も体力的に疲れていた。そこで変更を加え、小林祐希や他の選手を入れた」

「ただ、浅野の決定機は絶対に決めないといけなかった。キヨにもあった。我々はこんなに攻撃したのに(相手のゴール前で)一回もFKをもらえなかった。相手はファウルを誘ったが、我々にはそれがない。我々のチームはバカ正直なのではないかと思う。この2試合で、最後の30mのところでFKがなかった。私にとって、それはあり得ない。そこもトレーニングしたい。今回の合宿ではあえてCKのトレーニングをしたが、相手のほうがチャンスをつくっていた。この2試合でチームはかなりスペクタクルなところも見せた。キヨが決めた1点目は素晴らしいプレーだった。2点目も決められたと思うが、キーパーが良いセーブをした。しかし、言い訳はしたくない。負けたら満足してはいけない。ガッカリしているし、怒ってもいる。負けたら私は病気になってしまう。これは私の責任。良いこともたくさんあった。しかし、敗戦を簡単には受け入れられない。私は勝利しか目指していない」
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「中村俊輔2世よりも“山田楓喜”を見て」輝く左足で日本を頂点に立たせたレフティー、“喜”を背負う山田家の長男が見据えるものは「最高の“山田楓喜”」

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「本当に想像もできなかった」一歩ずつ着実にステップを上る平河悠、熾烈なポジション争いに勝ちパリ五輪へ「負けない武器を持つ」

2020年に発生した新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミック。日本でも緊急事態宣言が出されて外出ができなくなったほか、世界中でロックダウンとして街が静まりかえる現象が発生した。 あれから4年。すっかり世の中は元に戻っているが、その影響を諸に受けたのがパリ五輪世代。世代別のワールドカップを含む国際大会がなくなり、その経験値の低さは、大きな不安材料として彼らにのしかかった。 そんな中迎えたAFC U23アジアカップ。パリ・オリンピックの最終予選を兼ねた大会だったが、これもコロナの影響を受けて開催時期が変更となり、1月から4月へズレ込むことに。そして、海外組の招集が非常に困難な事態となった。 もちろん、日本だけが受けた影響ではない。難しい世代だったが、日本は見事に優勝という結果を残し、パリ・オリンピックにアジア王者として乗り込むこととなった。 そのU-23日本代表は4日に帰国。国内組の選手のみが帰ってきたが、今大会で評価を大きく上げた選手は複数いる。その中の1人がFW平河悠(FC町田ゼルビア)だろう。 佐賀東高校出身の平河は、高校時代はほとんど知られない存在。3年次のインターハイで注目されて山梨学院大学へと進学したが、東京都大学1部リーグと、大学サッカーでは3階層目のリーグでプレーしていた。 「あの時から考えたら本当に想像もできなかったことが起きていますけど、やり続ける努力とか、若さ特有の伸びだったりというのは、自分が思っているよりも上にいくんだなと思うことがありました」 「その自信を過信にすることなく、これから地に足つけて、一歩一歩あげていければ、自分の最終的な目標にも辿り着けると思います」 それまで世代別の代表経験もなかった平河だが、町田が目をつけ3年次に加入内定。特別指定選手としてJリーグデビューを果たし、2023年にはプロ1年目でチームのJ1昇格に貢献した。その2023年6月には、この世代で初の代表招集となった平河だが、今大会では全6試合に出場。両サイドで攻撃のアクセントをつける存在感を見せた。 「6試合の中で3試合先発で3試合途中出場で、全ての試合に関わらせてもらいましたけど、波なく全ての試合で自分のパフォーマンスは出せていたと思いますし、通用する部分もたくさんあった中で、数字をつけるところの重要性も感じています」 「そこが今の自分の一番の課題だと思うので、自チームに持ち帰って、すぐにJリーグ始まりますけど、そこでスタメン争いをして、チームで勝って、課題を克服できればと思います」 細かいステップと緩急をつけた仕掛けは、相手のサイドバックを翻弄。ゴールやアシストこそ記録できなかったが、間違いなく攻撃の流れを変えた存在だった。 パリ・オリンピック世代ではサイドは激戦区。今回招集できなかったメンバーでは、MF斉藤光毅(スパルタ・ロッテルダム)がおり、MF三戸舜介(スパルタ・ロッテルダム)やMF鈴木唯人(ブレンビー)らもプレーするポジション。今大会メンバーではMF佐藤恵允(ブレーメン)とポジションを争い、いずれも海外でプレーする選手たちだ。 無名の存在から、着実にステップアップを果たしている平河。今シーズンはJ1でもデビューを果たし、初ゴールも記録。そしてアジア王者にも輝く経験をした。 平河は今大会での成長を自身でも感じるとコメント。「この活動で、対戦相手ではなくチームメイトからもかなり刺激を受けましたし、試合を重ねていくごとに成長するところだったり、逆に出場機会が得られない選手もいる中で、1つの方向を向くことも難しい中でもみんなが100%の力を出して良い準備をしたことが、この結果に繋がったと思います。「23人」という言葉を大会通して監督、スタッフ、選手がよく使っていましたけど、一体感を持ってやれた結果が繋がったと思いますし、このチームメイトで受けた刺激というのも、負けていられないなという方が強く感じました」と語り、チーム一丸となりながらも、その中での競争や切磋琢磨することを肌で感じられたようだ。 その存在感は、観ている人たちも魅了。メッセージも大量に届いたと言い「一番はおめでとうとか、気をつけてとか、体を休めてねというのはたくさん来ました」と、労いのコメントや、パリ・オリンピック出場を決めた祝福のコメントが来たようだ。 ただ、ここにも実直な平河らしさが。よくある話では通知が溜まりすぎているというものがあるが「溜めるのが好きじゃないので、全部返しました」と、1つずつ対応は済ませているという。着実に目の前のことをやっていくスタンスは、ピッチ外でも変わらない。 着実に1段ずつ階段を上がっている平河。次なる階段は、18名という狭き門の本大会メンバーに残ることだ。オーバーエイジ枠も3名まで使用可能というルールの中、仮に3名とも呼ぶのであれば、枠は15名に。通常GKを2名招集するため、13名の枠を争うこととなる。 今大会に臨んだメンバーで考えても10名が落選。今大会招集されていない選手も候補になる状況を考えれば、さらに減る可能性がある中で、ポジションを掴まなければいけない。 その点で平河が考える課題は「数字」。「やっぱりゴール前の質、落ち着くところなど個人戦術になりますけど、自分の良さを出しつつ、そこで数字を残せればより怖い選手になると思いますし、より一個上のレベルに立てると思います」とコメント。「他の選手や前線の選手は数字がついてきている選手もいますし、自分もそこには負けない武器を持たないといけないなと思います」と、数字を求めつつも、より自分の武器を身につけていきたいと考えているようだ。 その武器の1つは「仕掛け」。局面を打開するプレーは、先発でもベンチからでも貴重な存在となり、今大会も6試合で起用された理由はそこにあるはずだ。 「ドリブルは1つの武器だと思いますし、今大会で言えば、ドリブルで優位性を持つ選手が少ない分、自分が違いを作れたなと考えています」 「逆に、そういう選手が絡んでくるのであれば、違う武器を違う形で出せば良いと思うので、やることは変わらないと思います」 自分の武器を1つに絞らず、複数持つことでより価値を高めていきたい平河。成り上がりの選手がどこまで上り詰めていくのか、まずは町田でさらに磨きのかかった仕掛けでJリーグでの活躍を見せてもらいたい。 《超ワールドサッカー編集部・菅野剛史》 2024.05.05 22:25 Sun

「金髪で有言実行」。辛口のセルジオ越後氏から太鼓判を押された右SB関根大輝の可能性【新しい景色へ導く期待の選手/vol.40】

「欧州組招集が叶わない」「タレント的に小粒」「コロナ禍の影響で国際経験が少ない」といった数々の懸念材料があり、2024年パリ五輪出場が危ぶまれていた大岩剛監督率いるU-23日本代表。しかしながら、ふたを開けてみれば、8大会連続切符獲得に加え、AFC U-23アジアカップ(カタール)制覇という大きな成果を挙げたのだ。 キャプテン・藤田譲瑠チマ(シント=トロイデン)がMVPを受賞し、エース・細谷真大(柏レイソル)も重要な準々決勝・カタール戦と準決勝・イラク戦でゴールを挙げる中、大会通して評価をグングン上げたのが、右サイドバックの関根大輝(柏レイソル)だ。 187センチの大型サイドバック(SB)は2023年アジア大会(杭州)から頭角を現し、最終予選メンバーに滑り込んだ選手。それが韓国戦を除く5試合に先発し、定位置を奪取して不可欠な存在へと飛躍を遂げたのだから、本人も周囲も驚きを禁じ得なかっただろう。 「大会前に金髪にして、『この髪と同じメダルを取る』とメディアのみなさんの前で言ったんで、しっかり有言実行できてよかったです」と4日の帰国直後に彼は満面の笑みをのぞかせた。 とはいえ、5月3日のファイナル・ウズベキスタン戦ではヒヤリとするシーンもあった。山田楓喜(東京V)の一撃で1点をリードした後半ロスタイム。背番号4はゴール前でクロスに競った場面でボールが手に当たり、VAR判定の末にPKを献上してしまったのだ。 「映像を見られた時は『ヤバいかな』と思って。でも当たった瞬間は分からなくて、自分も大丈夫だと思ってプレーを続けていたんですけどね…。PKになった時はもう『止めてくれ』と。玲央君(小久保玲央ブライアン)に助けてもらって本当によかったなと。試合中もサッカー以外のところでもすごくコミュニケーションを取ってくれたし、最後に救ってもらって感謝です」と本人は九死に一生を得た心境だったという。 今大会の活躍で、パリ五輪参戦が確実視される立場になった関根。1年前にA代表招集された半田陸(ガンバ大阪)や欧州組の内野貴史(デュッセルドルフ)をごぼう抜きしていく様子を目の当たりにした関係者からは「A代表に入れていい」という声も高まっている。 その筆頭が辛口批評で知られるセルジオ越後氏だ。いつも苦言を呈するベテラン解説者が素直にポテンシャルを認めるのはかなり珍しい。これを受け、本人は「そう言ってもらえているのは知らなかった。本当に有難いですけど、自分としてまだまだだと思います」と謙虚な姿勢を崩さなかった。 関根がそう感じるのも、大会前のJリーグで対峙した毎熊晟矢(C大阪)の一挙手一投足を間近で体感したからだ。 「毎熊選手と対戦して、やっぱすごくうまいし、全然レベルがまだ違うなと感じた。そういう意味でも自分はまだまだ。もっと課題を克服して、ゴールアシストっていう結果を出さないとA代表には辿り着けないですよね」 「特に課題を挙げると、クロス対応の守備。攻撃で良い手応えをつかめたからこそ、守備の部分、1対1のアジリティを含めてもっと突き詰めていく必要があるんです」 「Jリーグの舞台ではこれまで何となくごまかせた部分はあったけど、緊迫した戦いになると1個のプレーで勝負が決まってしまうことを痛感したんです」 「逆に、そういうところを突き詰めれば、上に行けるという感覚は持てた。そこをレイソルで真剣に取り組んでいきたいと思います」と彼は神妙な面持ちでコメントした。 幸いにして、柏の指揮官はかつて「アジアの壁」と言われた井原正巳監督。大谷秀和・染谷悠太両コーチらも勝負の明暗を分ける守備には厳しいはずだ。関根はまだ拓殖大学在学中だが、3年でサッカー部を退部して、今年からプロの道を踏み出したことで、より大きく成長できる環境を手に入れたのは確か。そのアドバンテージを最大限生かして、高みを追い求めていくことが肝要なのだ。 そうすれば、本当に多くの関係者が求めているA代表昇格も現実になるだろう。関根のような187センチの長身の右SBというのはなかなか出てこない。酒井宏樹(浦和レッズ)が第一線から退いている状態の今、こういう人材が出てきてくれれば、パワープレー対策を考えても日本の大きな強みになる。しかも、関根はリスタートから点も取れる。数々のストロングを生かさなければもったいないのだ。 近い将来、A代表で毎熊や菅原由勢(AZ)、橋岡大樹(ルートン・タウン)ら年長者たちと堂々とポジション争いを繰り広げるためにも、まずは柏で確実な進化を遂げ、パリ五輪で存在感を示すことが重要だ。 「パリ五輪まで金髪は継続します」と彼は茶目っ気たっぷりに笑ったが、本大会でも髪色と同じメダルを取れれば最高のシナリオだ。関根にはその火付け役になってほしいものである。 <hr>【文・元川悦子】<br/><div id="cws_ad">長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。 2024.05.05 20:30 Sun

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