モウリーニョ氏が大逆転劇を演じたリバプールに賛辞! 勝因に挙げた名前は?
2019.05.08 18:20 Wed
ジョゼ・モウリーニョ氏が、アンフィールドでバルセロナを下したリバプールを称賛した。
リバプールは7日、チャンピオンズリーグ準決勝2ndレグのバルセロナ戦をアンフィールドで行った。1stレグで3-0と敗れており、誰もが逆転は難しいものだと見ていたが、リバプールは4-0で勝利。大逆転で決勝進出を決めた。
予想外のバウンスバックを見せたリバプールに関して、モウリーニョ氏が『beIN Sports』でコメント。かつてのライバルクラブを称賛した。
「私は、フットボールではギャンブルはしない。ギャンブルは好きではないが、決勝でプレーするリバプールに1枚のコインも賭けない」
「アンフィールドは奇跡を起こすことができるが、これはそれ以上のことだと思う。3-0はそれ以上だ」
「そのクラブを愛していない人でも、素晴らしいクラブであり、信じられないほどのスタジアムであり、最高の雰囲気の1つであったことを認めなければならない」
「そして、我々が不可能なことはないと言う時、それを意味している。しかし、大抵の場合は不可能になる」
大逆転劇を演じたリバプールだが、モウリーニョ氏はその要因がユルゲン・クロップ監督にあったと言及。クロップ監督のパーソナリティが、今のリバプールを作り出しているとの見解を示し、称賛の言葉を贈った。
「私はこのことを期待してはいなかった。不可能なことはないと言う。もし可能ならば、アンフィールドは不可能を可能にするための場所の1つだ。しかし私は言わなければならない。このレモンターダ(スペイン語でカムバックの意)には1つの名前があることをね。ユルゲンだ」
「これは戦術や哲学ではなく、心と魂、そして彼がこの選手のグループとともに生み出した素晴らしい共感だと思っている」
「彼らには素晴らしいシーズンを何も祝うものがない状態で終えるリスクがあった。今は、ヨーロッパチャンピオンまで、あと一歩となっている」
「ユルゲンは、リバプールで素晴らしい仕事をしているため、これに値するだろう。しかし、これは、彼自身、諦めないという彼のパーソナリティ、彼のファイティングスピリット、全ての選手が全力を尽くすことの表れだと思っている」
「1人の選手がいなくなっても泣いていないだろうし、選手たちが50試合、60試合でプレーしても泣いていないだろう」
「今日の全てのことは、ユルゲンのメンタリティに関することだ」
リバプールは7日、チャンピオンズリーグ準決勝2ndレグのバルセロナ戦をアンフィールドで行った。1stレグで3-0と敗れており、誰もが逆転は難しいものだと見ていたが、リバプールは4-0で勝利。大逆転で決勝進出を決めた。
予想外のバウンスバックを見せたリバプールに関して、モウリーニョ氏が『beIN Sports』でコメント。かつてのライバルクラブを称賛した。
「アンフィールドは奇跡を起こすことができるが、これはそれ以上のことだと思う。3-0はそれ以上だ」
「彼らは3-0で負けていた。この夜は、彼らを止める方法についてではない。3-0で敗れた後、どのようにして、不可能な状況でバルセロナを敗る策を作ったかだ。アンフィールドはプレーするための魔法の場所であり、美しい場所である」
「そのクラブを愛していない人でも、素晴らしいクラブであり、信じられないほどのスタジアムであり、最高の雰囲気の1つであったことを認めなければならない」
「そして、我々が不可能なことはないと言う時、それを意味している。しかし、大抵の場合は不可能になる」
大逆転劇を演じたリバプールだが、モウリーニョ氏はその要因がユルゲン・クロップ監督にあったと言及。クロップ監督のパーソナリティが、今のリバプールを作り出しているとの見解を示し、称賛の言葉を贈った。
「私はこのことを期待してはいなかった。不可能なことはないと言う。もし可能ならば、アンフィールドは不可能を可能にするための場所の1つだ。しかし私は言わなければならない。このレモンターダ(スペイン語でカムバックの意)には1つの名前があることをね。ユルゲンだ」
「これは戦術や哲学ではなく、心と魂、そして彼がこの選手のグループとともに生み出した素晴らしい共感だと思っている」
「彼らには素晴らしいシーズンを何も祝うものがない状態で終えるリスクがあった。今は、ヨーロッパチャンピオンまで、あと一歩となっている」
「ユルゲンは、リバプールで素晴らしい仕事をしているため、これに値するだろう。しかし、これは、彼自身、諦めないという彼のパーソナリティ、彼のファイティングスピリット、全ての選手が全力を尽くすことの表れだと思っている」
「1人の選手がいなくなっても泣いていないだろうし、選手たちが50試合、60試合でプレーしても泣いていないだろう」
「今日の全てのことは、ユルゲンのメンタリティに関することだ」
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リバプールに加入したハンガリー代表MFドミニク・ソボスライ(22)が、マンチェスター・シティのノルウェー代表FWアーリング・ハーランド(22)からのアドバイスを明かした。 2日に移籍金6000万ポンド(約110億円)で、RBライプツィヒからリバプールへの加入が発表されたソボスライ。レジェンドであるスティーブン・ジェラード氏がかつて着用した背番号「8」を背負うことも同時に発表されており、クラブやファンから高い期待が寄せられている。 そんなソボスライに対しては、レッドブル・ザルツブルク時代のチームメイトであるハーランドも手助けをしているようだ。ハンガリー『Nemzeti Sport』のインタビューに応じたソボスライは、同い年の元同僚から引っ越し先を選ぶうえで有意義なアドバイスを貰えたと明かしている。 「(リバプール移籍が決定した後で)僕はアーリング・ハーランドとじっくり話をしたよ。彼は物件探しについて、僕にアドバイスしてくれた。多分、僕たちが隣人になる可能性は非常に高いと思う」 「僕は彼から、何人かの選手がマンチェスターとリバプールの中間にある、プライバシーが保たれた静かなエリアに住んでいると聞けた。今週には彼が話してくれたことを確認できると思う。とても楽しみだね」 「もちろん、リバプールとマンチェスター・シティが対戦するときは、僕たちの友情は脇に置くことになるだろう。それでも、お互いに対戦するのは間違いなく素晴らしい経験になるはずだ」 2023.07.05 12:58 Wed2
浦和がバルサ、リバプールと並ぶ!! 『世界の熱狂的なサポーター5選』に浦和サポーターが選出!
▽世界各国のフットボールシーンにおいて、熱狂的なサポーターを抱えることで知られるクラブがいくつかある。日本を代表する熱狂的なサポーターと言えば、浦和レッズサポーターだが、『Fox Sports』が選ぶ『世界の熱狂的なサポーター5選』に見事選ばれた。 ▽浦和が選ばれた『世界の熱狂的なサポーター5選』には、リーベル・プレート(アルゼンチン)、ガラタサライ(トルコ)、リバプール(イングランド)、バルセロナ(スペイン)が入っており、浦和サポーターは世界でも“熱狂的”なファンで知られるクラブと肩を並べることとなった。 ▽浦和については「Jリーグの20シーズン中、14シーズンで最高の平均入場者数を誇り、サポーターが作る最高のコレオグラフィーがある」と紹介。「次東京に行く際は、埼玉スタジアムでの試合を観て欲しい」と、観戦を勧めている。以下、4クラブのサポーターの特徴を紹介。 ◆リーベル・プレート(アルゼンチン) ▽リーベル・プレートは、アルゼンチンで最もサポーターが多いクラブの1つで、ボカ・ジュニアーズとの激しいライバル関係は有名だ。ロス・ミジョナリオス(億万長者)の愛称でも知られ、ボカ・ジュニアーズとのダービーは、死人が出るほどの激しい試合になるとも言われている。 ◆ガラタサライ(トルコ) ▽ガラタサライは、ファンの大声援が地響きを起こすとも称されるほど。悪名高い「Wellcome to Hell(地獄へようこそ)」というバナーは広く知られている。1993年のマンチェスター・ユナイテッド戦、2001年のパリ・サンジェルマン戦ではサポーターが衝突し、まさに“地獄”となってしまった。 ◆リバプール(イングランド) ▽サポーターを「12人目の男」と考えるリバプール。「You'll Never Walk Alone」の大合唱は有名であり、スタジアムが素晴らしい雰囲気で包まれる。2005年のチャンピオンズリーグ決勝のミラン戦では、ビハインドで迎える後半にサポーターの大声援が選手の背中を後押しし、逆転での優勝に繋がったとも。 ◆バルセロナ(スペイン) ▽かつては「ソシオ」がチームを支えるほど、サポーターとの関係が重要視されているバルセロナ。近年、胸スポンサーを入れるようになったが、それまではサポーターの会員費と入場料収入でクラブは運営されていた。かつて、レアル・マドリーへ禁断の移籍をしたルイス・フィーゴが凱旋した時には、豚の頭が投げ込まれるほど熱狂的だ。 2017.10.12 22:45 Thu3
「これめっちゃおもろい」黒シートに覆われ運ばれる長物…「クラウチが死んだのかと」の声に本人が絶妙な切り返し
元イングランド代表FWピーター・クラウチ氏によるファンに対する投稿が、インターネット上を賑わせている。 17日に行われたプレミアリーグ第37節、サウサンプトンvsリバプールの一戦は、南野拓実のゴールなどで2-1とリバプールが勝利。逆転優勝へ望みを繋いだ。 その試合で中継映像に映り込んだものがファンの目にとまったようだ。試合終了後の様子を報じるテレビカメラには、何か長いものが黒いシートで覆われて運び出されている様が映されている。 これを見たあるファンは、201cmの長身を誇り、サウサンプトンとリバプールの両クラブでもプレー経験のあるクラウチ氏を思い浮かべたようだ。「一瞬ピーター・クラウチが死んだのかと思った」とつぶやいた。 投稿は瞬く間に拡散されると、なんとクラウチ氏本人からもリプライが寄せられることに。「心配してくれてありがとう、僕は元気だよ」と、ファンの冗談にうまく乗っかった。 見事な切り返しを見せたクラウチ氏。このやり取りには「電車でマジで笑ってしまった」「これめっちゃおもろい」「本人からの生存報告」などの声が寄せられるなど、国内外で大きな盛り上がりを見せることとなった。 <span class="paragraph-title">【動画】運び出されていく何かに対するファンとクラウチ氏の反応</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="en" dir="ltr">Thought Peter Crouch had died for a sec <a href="https://t.co/2lPedJYd7k">pic.twitter.com/2lPedJYd7k</a></p>— Jimathon (@Jimathon) <a href="https://twitter.com/Jimathon/status/1526667169722994691?ref_src=twsrc%5Etfw">May 17, 2022</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="en" dir="ltr">I’m ok guys thanks for your concern <a href="https://t.co/D7x0Ijc4MN">https://t.co/D7x0Ijc4MN</a></p>— Peter Crouch (@petercrouch) <a href="https://twitter.com/petercrouch/status/1527222194102751233?ref_src=twsrc%5Etfw">May 19, 2022</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2022.05.20 21:45 Fri4
リバプールのレジェンドGKローレンス氏が77歳で死去
▽リバプールのレジェンドGKであるトミー・ローレンス氏が10日、77歳で死去した。 ▽1957年10月に17歳でリバプールとプロ契約を結んだローレンス氏は、トップリーグで2度の優勝、FAカップで1度の優勝に貢献。名将ビル・シャンクリー体制となって低迷期からの脱却を図っていた時代のリバプールを支えた守護神だった。 ▽リバプールでは1971年に退団するまで公式戦390試合に出場した。 2018.01.11 01:00 Thu5
