ロマーリオ
Romario de Souza Faria
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| ポジション | FW |
| 国籍 |
ブラジル
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| 生年月日 | 1966年01月29日(60歳) |
| 利き足 | 右 |
| 身長 | 169cm |
| 体重 | 70kg |
| ニュース | 人気記事 | クラブ | 代表 |
ロマーリオのニュース一覧
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スカッとゴール! ロマーリオの妙技「ラーボ・デ・バッカ」
ストレスフルなこの社会。観るだけでスカッとするようなゴールで気分を晴らすのもアリなのでは。今回の企画では、朝の通勤時間などにオススメの爽快なゴールを映像付きでご紹介していきます。 2021年1月8日にご紹介するのは、今から28年前に元ブラジル代表FWロマーリオ氏が決めたゴールです。 <div id="cws_ad">◆ライバル、レアルを粉砕するロマーリオの妙技「ラーボ・デ・バッカ」が炸裂! <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJXSWlPNnhodCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script></div> ◆ここがスカッと! ラーボ・デ・バッカとは、ポルトガル語で「牛のしっぽ」という意味。DFを背負った状態もしくはDFから遠い足でボールを保持した状態から、トラップした足のインサイドにボールを引っ掛け、そのままボールをひきずるようにして軸足を中心に180度ターンするテクニックです。ロマーリオ氏のラーボ・デ・バッカが炸裂します。 ◆“ドリーム・チーム”のエース ヨハン・クライフ監督の下、MFミカエル・ラウドルップやFWフリスト・ストイチコフ、DFロナルド・クーマンらを擁し“ドリーム・チーム”と呼ばれた1990年代前半のバルセロナ。1993年1月8日に行われた“エル・クラシコ”では、当時バルセロナのエースだったロマーリオ氏が伝説を作りました。 レアル・マドリーのホームスタジアムであるサンティアゴ・ベルナベウで行われた伝統の一戦に先発出場したロマーリオは、前半24分にボックスすぐ外でMFジョゼップ・グアルディオラの縦パスを受けます。 この時は相手DFを背にした状態でしたが、すぐさま反転しながらインサイドでボールを引きずるラーボ・デ・バッカで相手を置き去りに。そして、フリーとなったロマーリオは右足のアウトサイドキックで飛び出したGKの横を抜くシュートをゴール右に流し込みました。 その後、ロマーリオは後半9分、同36分に2ゴールを決めハットトリックを達成。クラシコという舞台で大仕事を成し遂げています。 2021.01.08 07:00 Fri2
亡き父の声が…“皇帝”アドリアーノが引退試合のサプライズ演出にピッチ上で号泣
かつては“インペラトーレ(皇帝)”とも呼ばれた元ブラジル代表FWのアドリアーノ氏(42)。引退して8年が経過した中、引退試合での衝撃のサプライズに号泣した。 現役時代はブラジル代表として48試合に出場し27ゴールを記録したアドリアーノは、、フラメンゴやインテル、フィオレンティーナ、パルマ、サンパウロ、ローマ、コリンチャンス、アトレチコ・パラナエンセ、マイアミ・ユナイテッドでプレーした。パルマ時代には中田英寿氏とも前線をになっていた。 恵まれた強靭な肉体と強烈な左足のキックを武器とし、セリエAでは180試合で77ゴール25アシストを記録するなど恐れられたストライカー。引退して8年が経ち、古巣のフラメンゴが送別試合を計画。リオ・デ・ジャネイロのマラカナン・スタジアムで行われた試合は、「フラメンゴ・レジェンド」と「フレンズ・オブ・イタリア」のカードで行われた。 試合はアドリアーノの息子であるアドリアニーニョの先制ゴールでスタート。後半は親子共演も見られ、ロマーリオやジダ、ゼ・ロベルトらブラジル代表のレジェンドの他、ジーコ氏やロナウド氏らも足を運んでいた。 4-3で「フラメンゴ・レジェンド」が勝利を収めた試合だったが、ハーフタイム後にサプライズが。スタジアムのビジョンにはアドリアーノの父親からのメッセージが流されることとなった。 この映像が出るとアドリアーノはピッチ上で号泣。アドリアーノの父は2004年に他界。最愛の父を亡くしたショックからアドリアーノは精神を病みうつ病になると、アルコール依存や遅刻などを繰り返し、28歳の若さで早々に現役を退くことにつながってしまった。 すでにその声を聞くことができなくなったはずの父からのメッセージ。これはAIがアドリアーノの父親の声を再現し、息子の引退後の幸せを願うメッセージとなった。 驚きのサプライズを受けたアドリアーノは、試合後に『SporTV』でコメント。父からの学びを語った。 「彼がここに来られなかったことは残念だけど、私が彼から学んだこと全てに彼が満足していることは理解している」 「私にとって一番大切なことは、友人たちが私に抱く感情だ。私が選手だからということより、みんなが私に抱いてくれている愛情のおかげ。それが私の心の中にあり、とても幸せに感じている」 <span class="paragraph-title">【動画】サプライズ演出にピッチ上で号泣するアドリアーノ</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="4nbxNLSdCuM";var video_start = 0;</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay_shorts.js"></script> 2024.12.17 13:15 Tue3
今日の誕生日は誰だ! 1月29日はW杯不参加発言で誘拐された父を取り戻したブラジルが誇る伝説のストライカー
◆ロマーリオ 【Profile】 国籍:ブラジル 誕生日:1966/1/29 現職:ブラジル上院議員 ポジション:FW 身長:167㎝ 体重:70㎏ ▽『今日の誕生日は誰だ!』本日、1月29日は元ブラジル代表FWロマーリオ氏だ。 ▽ブラジルが誇る伝説のストライカーは、ヴァスコ・ダ・ガマでプロデビューを果たすと、PSV、バルセロナ、フラメンゴ、バレンシア、フルミネンセなど数多くのクラブでプレーし、あらゆる大会やリーグで得点王を獲得する活躍ぶりでタイトル獲得に貢献。2007年には自称「1,000ゴール」を達成した。唯我独尊的な性格からトラブルや監督との確執もあったが、驚異的な成績を残し、ペレやジーコ以上にブラジル国民から愛された。 ▽1987年にデビューを飾ったブラジル代表では、70試合55ゴールを記録。その代表キャリアにおいては驚くべき逸話がある。1994年5月2日にロマーリオ氏の父が何者かに誘拐されてしまう。8億円の身代金を要求され、警察によって6日間に渡って捜査が行われたが、手掛かりは掴めなかった。そこで、ロマーリオ氏はメディアを通じて「父親を返してくれなければワールドカップには出場しない」と犯人に逆要求。この発言でブラジル国内は騒然となり、直後に父親は釈放された。その後行われたアメリカ・ワールドカップでは、5ゴールという有言実行の活躍でブラジル代表を優勝に導き、MVPと同年のFIFA最優秀選手に選出された。 ▽現在はブラジル上院議員を務めている。ちなみにロマーリオ氏の長男であるロマリーニョは、ツエーゲン金沢でもプレーしたことがある。 ※誕生日が同じ主な著名人 櫛引政敏(サッカー選手/モンテディオ山形) 鈴木大輔(サッカー選手/ジムナスティック・タラゴナ) ペドロ・ジュニオール(サッカー選手/鹿島アントラーズ) 呂比須ワグナー(サッカー監督/パラナ・クルーベ) 山口素弘(名古屋グランパスアカデミーダイレクター) hyde(ミュージシャン/L'Arc〜en〜Ciel) 青木隆治(ものまねタレント) 和田光司(歌手) 濱口優(お笑い芸人/よゐこ) きゃりーぱみゅぱみゅ(ファッションモデル) 佐倉綾音(声優) 向井地美音(アイドル/AKB48) 2018.01.29 07:00 Mon4
リーグ戦33試合30得点に5回のハットトリック!バルセロナ時代のロマーリオの無双ぶり【ハットトリック・ヒーローズ】
サッカーにおいて、1試合で3得点以上を決めることを表す「ハットトリック」。元々はクリケットで打者を三者連続アウトにすることをそう呼んでいた。(クリケットにおいて打者を連続でアウトにすることは相当難易度が高い) サッカー選手にとって、「ハットトリック」は実力を証明する功績でもあるが、そう簡単にはお目にかかれない。この企画『HAT-TRICK HEROES』では記憶に残る「ハットトリック」を紹介していく。 今回は、元ブラジル代表FWロマーリオ氏がバルセロナ時代に決めたハットトリックだ。 <div id="cws_ad">◆ロマーリオがアトレティコ守備陣に襲い掛かる!1点目のループシュートは芸術的<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJWazZQNVZQQiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> 1993年にPSVからバルセロナに加入したロマーリオ氏は、移籍初年度のラ・リーガで33試合に出場し30ゴールを記録。5回のハットトリックを記録するなど、文字通り“無双”していた。 特に、アトレティコ・マドリー相手には2回の対戦で2回ともハットトリックを達成。二度目の対戦となった1994年3月12日に行われたラ・リーガ第28節では、圧巻のループシュートを含む大活躍を見せた。 まずは12分、MFジョゼップ・グアルディオラからの縦パスをボックス外で受けたロマーリオはそこからまさかのループシュート。芸術的なシュートは相手GKの頭上を越え、ゴール左のサイドネットへと吸い込まれた。 このゴールで先制したバルセロナだったが、その後逆転を許し2-3で前半を折り返す。そして迎えた64分、FWフリスト・ストイチコフのお膳立てからロマーリオが冷静に沈めて同点に追いつく。 さらに74分、味方のシュートのこぼれ球をボックス内でロマーリオが拾うと、相手ディフェンスからのプレッシャーを受けながらも、再びループ気味のシュートでゴール左上へと沈め、ハットトリックを達成した。 ロマーリオ氏は1995年冬にバルセロナを退団し、プレーしたのはわずか1年半だったが、そのインパクトはとてつもなく大きかった。 2020.11.04 11:00 Wedロマーリオの移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 2008年4月15日 |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
引退 |
- |
| 2006年12月31日 |
アデレード・ユナイテッド |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
レンタル移籍終了 |
| 2006年9月30日 |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
アデレード・ユナイテッド |
レンタル移籍 |
| 2006年9月25日 |
マイアミFC |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
完全移籍 |
| 2006年4月14日 |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
マイアミFC |
完全移籍 |
| 2005年1月11日 |
フルミネンセ |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
完全移籍 |
| 2003年6月10日 |
アル・サッド |
フルミネンセ |
完全移籍 |
| 2003年2月26日 |
フルミネンセ |
アル・サッド |
完全移籍 |
| 2002年8月3日 |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
フルミネンセ |
完全移籍 |
| 1999年12月19日 |
フラメンゴ |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
完全移籍 |
| 1997年12月19日 |
バレンシア |
フラメンゴ |
完全移籍 |
| 1997年7月20日 |
フラメンゴ |
バレンシア |
レンタル移籍終了 |
| 1996年10月23日 |
バレンシア |
フラメンゴ |
レンタル移籍 |
| 1996年8月5日 |
フラメンゴ |
バレンシア |
完全移籍 |
| 1995年1月8日 |
バルセロナ |
フラメンゴ |
完全移籍 |
| 1993年7月17日 |
PSV |
バルセロナ |
完全移籍 |
| 1988年10月15日 |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
PSV |
完全移籍 |
| 1981年1月1日 |
|
ヴァスコ・ダ・ガマ |
完全移籍 |
ロマーリオの代表履歴
| デビュー日 | 引退日 | チーム |
| 1987年5月23日 | 2005年3月27日 |
ブラジル代表 |

ブラジル
ヴァスコ・ダ・ガマ
引退
アデレード・ユナイテッド
マイアミFC
フルミネンセ
アル・サッド
フラメンゴ
バレンシア
バルセロナ
PSV
ブラジル代表