ロマーリオ
Romario de Souza Faria
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| ポジション | FW |
| 国籍 |
ブラジル
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| 生年月日 | 1966年01月29日(60歳) |
| 利き足 | 右 |
| 身長 | 169cm |
| 体重 | 70kg |
| ニュース | 人気記事 | クラブ | 代表 |
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「信じられない」「本当に上手い」ブラジルの英雄ロマーリオ、引退後も衰え知らずの鮮やかゴールにファンも驚愕「輝きは色褪せない」
元ブラジル代表FWロマーリオ氏の衰えぬプレーが話題だ。 ブラジルの強豪ヴァスコ・ダ・ガマでデビューしたロマーリオ氏。PSVで大ブレイクすると、1993年には当時ヨハン・クライフ氏が率いたバルセロナに加入。ブラジル人らしい緩急自在なテクニックに加えて、ゴールパターンの多さから優れた決定力を持つストライカーとして、所属したどのクラブでもゴールを量産した。 ブラジル代表としても活躍し、1994年のアメリカ・ワールドカップ(W杯)では5得点を挙げて優勝に貢献。MVPにも輝き、同年のFIFA最優秀選手にも選出された。 引退後には政界にも進出し、現在はリオデジャネイロ州の上院議員を務めているロマーリオ氏だが、草サッカーで見せたプレーが話題となっている。 自分よりも大きな選手に囲まれたロマーリオ氏だが、巧みに手を使ったボールキープと右足での細かいボールタッチで相手を翻弄。さらにお次は素早い反転からゴールを奪う。 そして、後ろからのボールをあえて浮かせるトラップでチャージに来たDFをかわすと、そのまま右足でアウトに回転をかけてコースぎりぎりにシュートを決めるというハイレベルなプレーまで見せていた。 57歳を迎えたロマーリオ氏。動画は56歳の時のプレー映像になっているが、引退後も衰えないテクニカルなプレーには、ファンから「信じられない」、「本当に上手い」、「輝きは色褪せない」、「素晴らしい」と今も多くの反響が寄せられている。 2009年に期間限定で復帰したものの、ロマーリオ氏が実質的に現役を引退したのは2008年のこと。15年近く経ってもそのテクニックは衰えていない。 <span class="paragraph-title">【動画】「信じられない」「本当に上手い」ロマーリオの衰え知らずの鮮やかゴール</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet" data-media-max-width="560"><p lang="pt" dir="ltr">Romário aos 57 anos jogando melhor que os atacantes do meu time: <a href="https://t.co/vSopIENVmz">pic.twitter.com/vSopIENVmz</a></p>— Bola Fora (@oficialbolafora) <a href="https://twitter.com/oficialbolafora/status/1732787358653694094?ref_src=twsrc%5Etfw">December 7, 2023</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2023.12.12 21:35 Tue2
亡き父の声が…“皇帝”アドリアーノが引退試合のサプライズ演出にピッチ上で号泣
かつては“インペラトーレ(皇帝)”とも呼ばれた元ブラジル代表FWのアドリアーノ氏(42)。引退して8年が経過した中、引退試合での衝撃のサプライズに号泣した。 現役時代はブラジル代表として48試合に出場し27ゴールを記録したアドリアーノは、、フラメンゴやインテル、フィオレンティーナ、パルマ、サンパウロ、ローマ、コリンチャンス、アトレチコ・パラナエンセ、マイアミ・ユナイテッドでプレーした。パルマ時代には中田英寿氏とも前線をになっていた。 恵まれた強靭な肉体と強烈な左足のキックを武器とし、セリエAでは180試合で77ゴール25アシストを記録するなど恐れられたストライカー。引退して8年が経ち、古巣のフラメンゴが送別試合を計画。リオ・デ・ジャネイロのマラカナン・スタジアムで行われた試合は、「フラメンゴ・レジェンド」と「フレンズ・オブ・イタリア」のカードで行われた。 試合はアドリアーノの息子であるアドリアニーニョの先制ゴールでスタート。後半は親子共演も見られ、ロマーリオやジダ、ゼ・ロベルトらブラジル代表のレジェンドの他、ジーコ氏やロナウド氏らも足を運んでいた。 4-3で「フラメンゴ・レジェンド」が勝利を収めた試合だったが、ハーフタイム後にサプライズが。スタジアムのビジョンにはアドリアーノの父親からのメッセージが流されることとなった。 この映像が出るとアドリアーノはピッチ上で号泣。アドリアーノの父は2004年に他界。最愛の父を亡くしたショックからアドリアーノは精神を病みうつ病になると、アルコール依存や遅刻などを繰り返し、28歳の若さで早々に現役を退くことにつながってしまった。 すでにその声を聞くことができなくなったはずの父からのメッセージ。これはAIがアドリアーノの父親の声を再現し、息子の引退後の幸せを願うメッセージとなった。 驚きのサプライズを受けたアドリアーノは、試合後に『SporTV』でコメント。父からの学びを語った。 「彼がここに来られなかったことは残念だけど、私が彼から学んだこと全てに彼が満足していることは理解している」 「私にとって一番大切なことは、友人たちが私に抱く感情だ。私が選手だからということより、みんなが私に抱いてくれている愛情のおかげ。それが私の心の中にあり、とても幸せに感じている」 <span class="paragraph-title">【動画】サプライズ演出にピッチ上で号泣するアドリアーノ</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="4nbxNLSdCuM";var video_start = 0;</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay_shorts.js"></script> 2024.12.17 13:15 Tue3
57歳・三浦知良がポルトガルから帰国、気になる去就は“115歳”の2トップ形成!? 「ロマーリオと2トップを組むのも良いかな(笑)」
ポルトガル2部のオリヴェイレンセでプレーしていたFW三浦知良(57)が21日にシーズンを終えて帰国。1年半を過ごしたポルトガルでのキャリアを振り返った。 今年2月に57歳の誕生日を迎えた三浦。2023年1月に横浜FCから期限付き移籍でポルトガル2部のオリヴェイレンセにレンタル移籍。2023-24シーズンも引き続きレンタル移籍していた。 ポルトガルで2年目のシーズンを迎えた今シーズンは、ベンチ入りする気合いは多かったものの、出番は限られることに。チームは残留争いをしていたこともありわずか5試合、37分間のプレーに終わっていた。 19日に行われた最終節のレイションス戦には、今季最長となる31分間出場。しかし、ゴールを奪えないままシーズンが終了した。 帰国後、空港内でメディア取材に応じた三浦は、1年半のポルトガルでのプレーを振り返った。 「今シーズンは2シーズン目ということもあって、出場機会、ハッキリとしたゴールにこだわって戦いましたが、思っていたよりも出場機会は少なかったですし、ゴールという結果もあげられなかったですし、チームとしても残留争いをずっとしてしまったので、個人としてもチームとしても厳しいシーズンだったなと。悔しさがほとんどだったかなと思います」 「でも、その中で悔しさは常にあったんですが、それも含めて向こうで挑戦できる、戦えるという状況にいる自分を幸せに感じました。トータルして1年半、素晴らしい仲間とも出会えましたし、そういう意味では大きな経験ができたと思いますので、非常に幸せな1年6カ月だったなと思います」 1年半でも公式戦9試合の出場と厳しさも味わった三浦。ポルトガルでのこだわりについても語った。 「メンバー入りできる時もあれば、できない時もあれば、メンバー入りしても試合に出られない時もありました。その中で、自分ではもっと出たい、出れると思ってやっていましたし、出られなければ次こそはと思ってやっていました」 「どんな短い時間でも言い訳なく、1分であっても2分であっても結果を出すんだ、ゴールをあげるんだという気持ちでやってきたので、そこに向けて自分を奮い立たせて毎日過ごしていました。1日1日が重く充実していて、朝起きてから寝るまで、サッカーのことだけを考えて過ごした期間でした」 「個人的には良かったんですが、プロとしては試合に出て、結果が出ない限りは良い結果だったとは言えないので、全く結果は出せなかったと思います」 大ベテランになっても貪欲さを失わず、常に向上心を持ってプレーしてきたという三浦。競争に負ければ試合に出られないのは当然なプロの世界で、今なお自分自身を磨いている。 これでオリヴェイレンセへのレンタル期間は終了。気になるのは今後の去就だ。 三浦は「そんなにたくさんの選択肢があるわけではないので、自分がどこでどういうプレーをして、どこでどういう生活をしてサッカーをしながら幸せを感じられるかということが大事です」とコメント。「色々な決める条件というのが自分の中にあるので、しっかり休んでから考えたいと思います」と語り、今後のキャリアを考えるとしながらも、現役は続けていく意向を示した。 ブラジルの名門・サントスでプロキャリアをスタート。まもなく40年目のキャリアを迎えることとなる。 三浦は驚きつつも「現役生活40年というのは数字的にありえないのかもしれないですが、自分の中ではプロになったのが1986年、そこからここまで、僕の人生はその前とその後という感じになっていて、プロになる前とプロになった後で、プロになってからはあっという間に過ぎてここまで来たなという感じです」コメント。「自分はしっかりと次の目標に向かっていきたいという気持ちでいます」と、まだまだ目標に向かっていくと意気込んだ。 また、「ポルトガルにいると、世界中の人から手紙やサインが欲しいというものがたくさんきます。アジアもヨーロッパも、当然日本からも多く来て応援されていて、そういう人たちのためにも、次こそは勝利と自分のゴールを届けられるようにしたいと思いますし、皆さんの応援・声援が支えになっているので、その気持ちに応えられるように頑張っていきたいです」と、多くのファン・サポーターからのサポートに応えたいとした。 改めて悔しいシーズンになったという三浦。「試合に出たいという気持ちで常にやっていて、出られない時が多かったので、その度に次こそは次こそはという気持ちでした。ムカつくことや悔しさが本当に多かったです」と素直な気持ちを語った。 また、「朝起きた時、これ練習できるのかな?というぐらい体が動かなかったりした時もありました」と、苦しんだことも告白。6時ぐらいに起床し、9時にトレーニングに集合とのことだが「6時に起きて準備をして、7時か8時ぐらいには痛みも引いて、今日もいけるぞなりました。起きた瞬間は今日大丈夫かなというぐらいの時もありました」と、肉体的に苦しい時もあったと明かした。 昨年12月から就任したリカルド・チェウ監督はトレーニングがハードなことで有名だとのこと。「僕をユースの選手と勘違いしてるんじゃないかっていうぐらい、『ミウラ走れ、走れ。もっと早く走れ』って言うんです。いつもアフリカ系の身体能力の高い選手と組まされたりして、走りで競争しても勝てないですが、とにかく100%必死になってやることに幸せを感じました」と、かなり扱かれたことを明かした。 改めての今後については、電撃的に現役復帰を果たした元ブラジル代表FWロマーリオとの2トップを組みたいと仰天プランも明かした。ロマーリオは58歳、三浦は57歳で、115歳2トップということになる。 「ブラジルに行って、ロマーリオと2トップを組むのも良いかなと思います(笑)」 「復活したと聞いて、ロマーリオは僕のアイドルでもありますし、憧れの選手が復活してくれました。僕より1つ上なので、2人を足すと115歳ぐらいになちゃうけど、やってみたいなと思います」 「僕が走って、ロマーリオがゴールして。アシストしたいなと思いますね。ちょっと現実的ではないと思いますが、ポルトガルでもロマーリオのニュースが入ってくるとお前の記録が抜かれるぞと監督に言われました」 冗談半分でありながら、リアルに実現してみて欲しいとも思ってしまう2トップ。少し休んでから去就を考えるというが、三浦がどうなるのか注目だ。 2024.05.21 21:40 Tue4
「あとは時間の問題」レアルで出番が限られるエンドリッキ、ブラジル代表指揮官は成長感じるも「アンチェロッティと2時間半ほど話した」と明かす
ブラジル代表のドリヴァウ・ジュニオール監督が、レアル・マドリーのFWエンドリッキの状況について語った。『ESPN』が伝えた。 20日に行われた2026年北中米ワールドカップ(W杯)南米予選の第13節では、コロンビア代表を2-1で下したブラジル。5位から2位に順位を上げたなか、25日の第14節では宿敵アルゼンチン代表との一戦に臨む。 そんなか、マドリーでなかなかプレータイムを伸ばせていないエンドリッキは、FWネイマール(サントス)らの辞退を受けて追加招集。コロンビア戦は出番が訪れなかった。 元ブラジル代表FWロマーリオ氏とのインタビューでは、「ワールドカップに出場できないのはとても怖いよ。そういう不安がある」とコメントした18歳。ドリヴァウ監督はアルゼンチン戦に向けた記者会見で、マドリーのカルロ・アンチェロッティ監督とエンドリッキについて話し合ったことを明かしている。 「選手を招集した時にこう言った。突然、ある選手がチームでそれほど多くプレーしなくなった。第二に、エンドリッキには大きな注意が払われている。この前の(ヨーロッパへの)遠征では、アンチェロッティと2時間半ほど話した。多くの話題があったが、何よりも話したのはエンドリッキが経験している今の状況についてだ」 「彼は1年前に比べて大きく成長した。パウメイラスでは非常によくやっていたし、成果も出した。そしてエンドリッキははるかに成熟している。自然なことだ。ヨーロッパで1年過ごし、こういったことが起きたのだと思う。もし残っていたら、もう少し違った形で成長していただろう」 また、「エンドリッキはどのトレーニングでも目を引いている。あとは時間の問題だ」とも述べた指揮官。高く評価しているものの、「ボールをもっと保持する必要がある」とチームスタイルの問題にも触れた。 「よりバランスが取れて、規則正しくなれば、エンドリッキの持つクオリティをより引き出すことができるだろう」 2025.03.25 19:14 Tueロマーリオの移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 2008年4月15日 |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
引退 |
- |
| 2006年12月31日 |
アデレード・ユナイテッド |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
レンタル移籍終了 |
| 2006年9月30日 |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
アデレード・ユナイテッド |
レンタル移籍 |
| 2006年9月25日 |
マイアミFC |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
完全移籍 |
| 2006年4月14日 |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
マイアミFC |
完全移籍 |
| 2005年1月11日 |
フルミネンセ |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
完全移籍 |
| 2003年6月10日 |
アル・サッド |
フルミネンセ |
完全移籍 |
| 2003年2月26日 |
フルミネンセ |
アル・サッド |
完全移籍 |
| 2002年8月3日 |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
フルミネンセ |
完全移籍 |
| 1999年12月19日 |
フラメンゴ |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
完全移籍 |
| 1997年12月19日 |
バレンシア |
フラメンゴ |
完全移籍 |
| 1997年7月20日 |
フラメンゴ |
バレンシア |
レンタル移籍終了 |
| 1996年10月23日 |
バレンシア |
フラメンゴ |
レンタル移籍 |
| 1996年8月5日 |
フラメンゴ |
バレンシア |
完全移籍 |
| 1995年1月8日 |
バルセロナ |
フラメンゴ |
完全移籍 |
| 1993年7月17日 |
PSV |
バルセロナ |
完全移籍 |
| 1988年10月15日 |
ヴァスコ・ダ・ガマ |
PSV |
完全移籍 |
| 1981年1月1日 |
|
ヴァスコ・ダ・ガマ |
完全移籍 |
ロマーリオの代表履歴
| デビュー日 | 引退日 | チーム |
| 1987年5月23日 | 2005年3月27日 |
ブラジル代表 |

ブラジル
ヴァスコ・ダ・ガマ
引退
アデレード・ユナイテッド
マイアミFC
フルミネンセ
アル・サッド
フラメンゴ
バレンシア
バルセロナ
PSV
ブラジル代表