ボスニア・ヘルツェゴビナ
Bosnia and Herzegovina| 国名 |
ボスニアヘルツェゴビナ
|
| ホームタウン | サラエボ |
今季の成績
| UEFAネーションズリーグ リーグA グループ3 | 勝点 | 勝数 | 引分数 | 負数 | 得点 | 失点 | 得失差 | 試合数 | ||
| 3 |
|
ハンガリー代表 | 6 | 1 | 3 | 2 | 4 | 11 | -7 | 6 |
| 4 |
|
ボスニア・ヘルツェゴビナ | 2 | 0 | 2 | 4 | 4 | 17 | -13 | 6 |
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ボスニア・ヘルツェゴビナのニュース一覧
ボスニア・ヘルツェゴビナの人気記事ランキング
1
歴代2位の出場記録を保持する34歳ピャニッチがボスニア・ヘルツェゴビナ代表引退を発表
UAEのシャールジャFCに所属するMFミラレム・ピャニッチ(34)が、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表引退を発表した。 2008年8月のブルガリア代表戦でボスニア・ヘルツェゴビナ代表デビューを飾ったピャニッチは、フェネルバフチェFWエディン・ジェコ(134試合)に次ぐ、歴代2位の115試合に出場し17得点を記録していた。 ピャニッチは、自身のインスタグラムで代表引退を報告し、感謝を告げている。 「僕のボスニア・ヘルツェゴビナ代表としての16年間が終わりを告げる時が来た。これは私にとって最も難しい決断のひとつであることは間違いないが、私は大きな誇りと心からの満足している」 「115試合に出場し、多くの喜びを味わい、ワールドカップに出場した。それはすべて、私が小さい頃に抱いていた夢であり、それが現実になったのだ」 「僕はいつも愛と誇りを持って母国のジャージを着て、国民のため、世界中のファンのためにプレーした。これまで僕らを支えてくれた監督、メディカルスタッフ、関係者のみなさん、ありがとうございました」 「僕を信じ、夢を実現させ、愛する国のためにプレーする手助けをしてくれたボスニア・ヘルツェゴビナのファンに感謝する。そして、何よりも感謝しているのは、両親をはじめとする家族全員だ」 「僕はどのクラブでプレーしても、誇り高きボスニア人であり、子供たちの模範となるよう常に努力し、彼らがいつか世界のビッグクラブに足を踏み入れることを望んでいる。そして、代表チームの未来がより素晴らしいものになることを祈っている」 「セルゲイ(・バルバレズ)監督、あなたの幸せを祈っています。あなたは私のお手本であり、私たちを高みへと導いてくれた。そしてまた、ボスニアを高みへと導いてくれることを願っている」 「我がボスニアよ、愛してる」 2024.05.06 08:00 Mon2
ボスニア・H代表、バズダレビッチ監督との契約を延長
▽ボスニア・ヘルツェゴビナサッカー連盟(FABH)は21日、同国代表を率いるメフメド・バズダレビッチ監督(55)との契約を2018年まで延長したことを発表した。 ▽2014年12月にサフェット・スシッチ前監督(60)の後任として、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表監督に就任したバズダレビッチ監督は、ユーロ2016予選のグループステージで下位に低迷した同国代表をプレーオフ出場に導いた。だが、プレーオフではアイルランド代表に敗れてしまい、ユーロ2016本選出場を逃した。 ▽それでも、バズダレビッチ監督の手腕を高く評価するFABHは、同監督の下で2018年のロシア・ワールドカップ出場を目指す決断をした。 2015.12.22 03:41 Tue3
10人のボスニア・HがデンマークとのPK戦を制して決勝へ《キリンカップサッカー2016》
▽キリンカップサッカー2016のボスニア・ヘルツェゴビナ代表vsデンマーク代表が3日に行われ、2-2で迎えたPK戦を制したボスニア・ヘルツェゴビナが決勝に進出した。 ▽プレーオフの末にユーロ2016本大会出場を逃したボスニア・ヘルツェゴビナとデンマークが豊田スタジアムで相まみえた。ボスニア・ヘルツェゴビナは、シャルケのDFコラシナクやマッカビ・テルアビブのMFメドゥンヤニンが先発。一方のデンマークは、レスター・シティのGKシュマイケルやトッテナムのMFエリクセンらがスタートからピッチに立った。 <div id="ad"></div> ▽一進一退の序盤の攻防を経て、22分にデンマークが試合を動かす。ショートコーナーからボックス左角付近のエリクセンがゴール左隅にミドルシュートを飛ばす。これをGKが弾くと、正面のケアーがこぼれ球に詰めて、デンマークが先行した。 ▽先手を取られたボスニア・ヘルツェゴビナだが、長身FWジュリッチを活用しながら反撃に出る。25分には、そのジュリッチが正面からミドルシュート。鋭いボールが枠を捉えるもコースが甘く、GKシュマイケルのセーブに遭った。 ▽ハーフタイムにかけては、デンマークが押し気味に試合を進める。すると、41分に2点目を記録した。エリクセンのパスを受けたドゥルミジがボックス左からクロスを入れると、これが相手DFに当たってこぼれる。最後は正面のフィッシャーが冷静にネットを揺らし、2-0とした。 ▽迎えた後半、デンマークは立ち上がりにゴール前に抜けたラスムッセンが決定的なシュートに持ち込も、GKのセーブに遭って3点目とはならない。 ▽すると、次にスコアを動かしたのはボスニア・ヘルツェゴビナだった。52分、右からのクロスに正面のジュリッチが打点の高いヘディングシュートで合わせる。これがGKシュマイケルの守るゴールを破り、ボスニア・ヘルツェゴビナが1点差に詰め寄る。 ▽その後、70分にはボスニア・ヘルツェゴビナのヴランジェが2枚目のイエローカードで退場。それでも、数的不利のボスニア・ヘルツェゴビナは84分、ボックス左のコラシナクの折り返しに再びジュリッチが決めて、2-2とする。 ▽結局、そのまま90分が終了し、PK戦で決着へ。4人が決めたボスニア・ヘルツェゴビナが、3人の成功にとどまったデンマークを退け、決勝に進出した。ボスニア・ヘルツェゴビナは、7日に行われる決勝戦で日本代表vsブルガリア代表の勝者と対戦する。 2016.06.03 18:18 Fri4
5日後には誕生日…古巣の会長がオシム氏の死を悼む「最も偉大な人物の1人」「サッカーをはるかに超えた影響力を持つ」
1日に急逝した元日本代表監督のイビチャ・オシム氏。かつて指揮を執ったシュトゥルム・グラーツが急逝を伝えた。 現在のボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボで生まれたオシム氏は、現役時代はユーゴスラビアやフランスでプレー。ユーゴスラビア代表としても活躍した。 引退後は指導者の道を歩み、古巣のジェリェズニチャルでコーチとして指導者の道をスタート。その後は、ファーストチームの監督や、ユーゴスラビア代表監督にも就任した。 1990年のイタリア・ワールドカップ(W杯)ではユーゴスラビア代表を率いてベスト8に進出。ドラガン・ストイコビッチやデヤン・サビチェビッチら有望な選手を抱えていた。 しかし、その後にユーゴスラビアが分裂。ギリシャのパナシナイコスやオーストリアのシュトゥルム・グラーツの監督を務めると、その後はジェフユナイテッド市原の監督に就任。その後、日本代表を指揮したものの、脳梗塞で倒れ、その後は指揮を執っていなかった。 オシム氏は5月6日に81歳の誕生日を迎えるところ。クラブも今年のお祝いを考えていたところ、急逝が伝えられたという。 シュトゥルム・グラーツのクリスティアン・ヤウク会長が、オシム氏の死を偲んだ。 「世紀の監督が、ちょうどクラブの創設日に亡くなった。イビチャ・オシムは偉大な監督であるだけでなく、私が出会うことができた最も偉大な人物の1人である」 「彼は我々のクラブの最大のアイコンであり、一緒に過ごした多くの時間を決して忘れることはないだろう」 「彼はサッカーをはるかに超えた影響力を持ち、その言葉は永遠に我々の心に響くことでしょう」 「シュトゥルムのファミリーは、我々の中に生きていた最も重要な人物の1人を失いました」 「奥様、お子様、ご家族の皆様に、深くお悔やみ申し上げます。安らかにお眠りください」 2022.05.02 05:28 Mon5
37歳ジェコが代表キャリア続行を明言「ボスニア・ヘルツェゴビナをユーロ本大会へ」
インテルのボスニア・ヘルツェゴビナ代表FWエディン・ジェコ(37)が代表キャリア続行を明言した。イタリア『カルチョメルカート』が伝えている。 セリエA屈指のストライカーであるジェコ。今月17日で37歳を迎えた大ベテランだが、所属するインテルでは今季の公式戦38試合でチーム2位となる11得点を叩き出している。 また、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表では通算126試合に出場し、歴代最多の64得点。母国の歴史上最も偉大なストライカーであることは間違いないが、2026年のワールドカップ(W杯)開催時には40歳になっており、いつ代表チームを引退してもおかしくない年齢と言える。 それでも、23日と26日に行われるユーロ2024予選のアイスランド代表戦、スロバキア代表戦に向けて招集されており、予選第1節となるアイスランド戦前の記者会見では、ユーロ本大会出場という母国の悲願を達成するために代表キャリアを続けていると明かした。 「僕が37歳でありながらここにいるという事実は、代表チームが僕にとってどれほどの意味を持つかを示している。僕ほどの年齢になれば、多くの選手は代表チームを引退する。だが、僕は辞めたくない。クラブでは3日おきにプレーしているんだ」 「ボスニア・ヘルツェゴビナ代表が史上初となるユーロ本大会出場を勝ち取ることができたら大きな喜びだ。これまではその舞台に到達できなかった。それでも、僕たちは今回も挑戦する。全ては自分たち次第だ」 2023.03.23 14:43 Thuボスニア・ヘルツェゴビナの選手一覧
| 1 | GK |
|
ニコラ・ヴァシリ | |||||||
|
1995年12月02日(29歳) | 194cm |
|
5 |
|
0 | ||||
| 12 | GK |
|
オスマン・ハジキッチ | |||||||
|
1996年03月12日(29歳) | 186cm |
|
0 |
|
0 | ||||
| 22 | GK |
|
マルティン・ズロミスリッチ | |||||||
|
1998年08月16日(27歳) |
|
0 |
|
0 | |||||
| 2 | DF |
|
ニダル・チェリク | |||||||
|
2006年07月17日(19歳) | 192cm |
|
0 |
|
0 | ||||
| 3 | DF |
|
エルミン・ビカクチッチ | |||||||
|
1990年01月24日(35歳) | 185cm |
|
3 |
|
0 | ||||
| 7 | DF |
|
アマル・デディッチ | |||||||
|
2002年08月18日(23歳) | 180cm |
|
2 |
|
0 | ||||
| 16 | DF |
|
アドリアン・レオン・バリシッチ | |||||||
|
2001年07月19日(24歳) | 193cm |
|
4 |
|
0 | ||||
| 18 | DF |
|
タリク・ムハレモビッチ | |||||||
|
2003年02月28日(22歳) |
|
1 |
|
0 | |||||
| 19 | DF |
|
ナイル・オメロビッチ | |||||||
|
2002年10月20日(23歳) |
|
2 |
|
0 | |||||
| DF |
|
セアド・コラシナツ | ||||||||
|
1993年06月20日(32歳) | 183cm | 85kg |
|
2 |
|
0 | |||
| DF |
|
ニハド・ムヤキッチ | ||||||||
|
1998年04月15日(27歳) | 189cm |
|
1 |
|
0 | ||||
| DF |
|
ニコラ・カティッチ | ||||||||
|
1996年10月10日(29歳) | 194cm | 80kg |
|
4 |
|
0 | |||
| DF |
|
ユスフ・ガジベゴビッチ | ||||||||
|
2000年03月11日(25歳) | 174cm | 67kg |
|
4 |
|
0 | |||
| DF |
|
スティエパン・ラデリッチ | ||||||||
|
1997年09月05日(28歳) | 200cm |
|
0 |
|
0 | ||||
| 5 | MF |
|
イバン・シュニッチ | |||||||
|
1996年10月09日(29歳) | 183cm | 79kg |
|
1 |
|
0 | |||
| 6 | MF |
|
ベンジャミン・タヒロビッチ | |||||||
|
2003年03月03日(22歳) | 191cm |
|
5 |
|
0 | ||||
| 8 | MF |
|
デニス・フセインバシッチ | |||||||
|
2001年07月03日(24歳) | 186cm |
|
5 |
|
0 | ||||
| 13 | MF |
|
イバン・バシッチ | |||||||
|
2002年04月30日(23歳) |
|
4 |
|
0 | |||||
| 14 | MF |
|
イフェト・ジャコバツ | |||||||
|
1997年12月05日(27歳) | 180cm |
|
0 |
|
0 | ||||
| 15 | MF |
|
アルミン・ギゴビッチ | |||||||
|
2002年04月06日(23歳) | 187cm |
|
5 |
|
0 | ||||
| 17 | MF |
|
ジェニス・ブルニッチ | |||||||
|
1998年05月22日(27歳) | 185cm |
|
5 |
|
0 | ||||
| 20 | MF |
|
ハリス・ハイラディノビッチ | |||||||
|
1994年02月18日(31歳) | 178cm | 69kg |
|
2 |
|
0 | |||
| 23 | MF |
|
エスミル・バイラクタレビッチ | |||||||
|
2005年03月10日(20歳) | 175cm |
|
5 |
|
0 | ||||
| 9 | FW |
|
ルカ・クレノビッチ | |||||||
|
1999年09月29日(26歳) | 190cm | 85kg |
|
1 |
|
0 | |||
| 10 | FW |
|
エルメディン・デミロビッチ | |||||||
|
1998年03月25日(27歳) | 184cm |
|
4 |
|
1 | ||||
| 11 | FW |
|
エディン・ジェコ | |||||||
|
1986年03月17日(39歳) | 193cm | 84kg |
|
4 |
|
2 | |||
| 21 | FW |
|
サメド・バズダル | |||||||
|
2004年01月31日(21歳) | 186cm |
|
1 |
|
0 | ||||
| FW |
|
ハリス・タバコビッチ | ||||||||
|
1994年06月20日(31歳) | 194cm | 90kg |
|
3 |
|
0 | |||
| 監督 |
|
セルゲイ・バルバレズ | ||||||||
|
1971年09月17日(54歳) | 188cm | 83kg | |||||||
ボスニア・ヘルツェゴビナの試合日程
国際親善試合
| 2024年6月3日 | A |
|
3 | - | 0 | vs |
|
イングランド代表 |
| 2024年6月9日 | A |
|
1 | - | 0 | vs |
|
イタリア代表 |
UEFAネーションズリーグ リーグA グループ3
| 第1節 | 2024年9月7日 | A |
|
5 | - | 2 | vs |
|
オランダ代表 |
| 第2節 | 2024年9月10日 | A |
|
0 | - | 0 | vs |
|
ハンガリー代表 |
| 第3節 | 2024年10月11日 | H |
|
1 | - | 2 | vs |
|
ドイツ代表 |
| 第4節 | 2024年10月14日 | H |
|
0 | - | 2 | vs |
|
ハンガリー代表 |
| 第5節 | 2024年11月16日 | A |
|
7 | - | 0 | vs |
|
ドイツ代表 |
| 第6節 | 2024年11月19日 | H |
|
1 | - | 1 | vs |
|
オランダ代表 |

ボスニアヘルツェゴビナ