コロンビア
COLOMBIA| 国名 |
コロンビア
|
| ホームタウン | ボゴタ |
| 愛称 | ロス・カフェテロス |
【FIFAワールドカップ】
出場回数:5回
・2014年:ベスト8
・1998年:グループステージ敗退
・1994年:グループステージ敗退
・1990年:ベスト16
・1962年:グループステージ敗退
出場回数:5回
・2014年:ベスト8
・1998年:グループステージ敗退
・1994年:グループステージ敗退
・1990年:ベスト16
・1962年:グループステージ敗退
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コロンビア女子の新星18歳カイセド、卵巣がん乗り越え直近全世代の女子W杯でゴールの偉業
コロンビア女子代表FWリンダ・カイセド(18)は今大会注目プレーヤーの1人だ。 コロンビアは25日、オーストラリア&ニュージーランド女子ワールドカップ(W杯)グループHの第1節で韓国女子代表とシドニー・フットボール・スタジアムで対戦。2-0で勝利を収めた。 カタリーナ・ウスメのPKで30分に先制したコロンビア。カイセドも39分、中盤から長い距離を持ち運んでのドリブルゴールで追加点を挙げた。 2022年8月、当時17歳だったカイセドはコスタリカでのU-20W杯に飛び級で出場。チームはベスト8にとどまったが、カイセド自身は2ゴールを挙げた。 さらに、同年10月にインドで行われたU-17女子W杯にも出場。4ゴールを挙げてシルバーボールを獲得するなどチームを牽引し、コロンビアを男女通じて初のFIFA主催国際大会の決勝へと導いていた。 活躍が目に留まり、2月には母国のデポルティーボ・カリからスペインのレアル・マドリーに移籍。すでにリーガFで得点も決めている。 1年も経たずして全世代の女子W杯で得点を挙げるという偉業を成し遂げたカイセド。順風満帆に見える18歳だが、15歳の時には卵巣がんとの診断を受け、プレー継続が危ぶまれた。 『AP通信』は「手術を受けることになったときのことを覚えています。その時は本当に暗い気持ちになりました、もうトップレベルでのサッカーはできないと思ったから」との、W杯前の彼女の言葉を紹介している。 大病を克服し、大舞台に立つカイセドはまた「(同じように苦しむ人が)そこから抜け出し、克服できるよという模範になれれば」ともコメント。その言葉通り、世界最高峰の舞台でもゴールを決め、多くの人に勇気を与えた。 初戦白星のコロンビアは、30日に2度の優勝を誇るドイツ女子代表と、8月3日に初出場のモロッコ女子代表と対戦する。 「私はいつだって自分の国と代表チームのためにプレーし続けています。なので、ゴールを決めることができてうれしいです」 コロンビア希望の星はさらにゴールを積み重ね、過去最高成績となるベスト16の先へとチームを導けるだろうか。 <span class="paragraph-title">【動画】コロンビアの新星カイセド、女子W杯での初ゴール!</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="YJu79W7kyAw";var video_start = 0;</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script> 2023.07.26 15:25 Wed2
最年長出場記録更新のモンドラゴン「これまでで最高の誕生日」
▽24日に行われたブラジル・ワールドカップのグループC最終節、コロンビア代表vs日本代表で終盤に途中出場したコロンビア代表GKファリド・モンドラゴンが喜びのコメントを残した。<br /><br />▽この試合でコロンビアは、3-1で迎えた85分にGKダビド・オスピナに代えてGKファリド・モンドラゴンを投入。今月21日に43歳の誕生日を迎えたモンドラゴンは、1994年のアメリカ・ワールドカップで元カメルーン代表FWロジェ・ミラ氏が樹立した42歳と39日という最年長出場記録を更新した。<br /><br />▽モンドラゴンは1990年にプロデビューを果たし、1993年に代表初キャップを飾った。そして、1994年のアメリカ・ワールドカップと1998年のフランス・ワールドカップを経験するなど、20年以上もプロ選手として輝かしいキャリアを築いている。<br /><br />▽モンドラゴンは、自身を起用したホセ・ペケルマン監督に感謝しているようだ。イギリス『デイリー・メール』がモンドラゴンのコメントを伝えた。<br /><br />▽「ペケルマンは、私にプレーし続けるように説得してくれた。それを決して忘れることはできない。彼がサポートしてくれなかったら、私はとっくの昔に引退していただろう」<br /><br />▽「今はこの場所にいるということをかみ締めている。これまでで最高の誕生日になったよ」[写真:2人の息子と記念写真を撮るGKモンドラゴン] 2014.06.25 13:57 Wed3
開始2分56秒で退場…カルロス・サンチェス、W杯史上2番目の早さ
▽コロンビア代表MFカルロス・サンチェスの退場劇はワールドカップ(W杯)史上2番目に早い記録だったことがわかった。 ▽コロンビア代表は19日、ロシアW杯グループH第2戦で日本代表と対戦。開始3分にFW大迫勇也に許したシュートこそGKがブロックしたものの、次の対応をボックス内のカルロス・サンチェスが誤った。こぼれ球に反応したMF香川真司のシュートを手で弾いてしまい、一発退場に。このプレーでPKのチャンスを手にした日本代表は、香川が落ち着いて決め切り、先制に成功している。 ▽『Opta(@OptaJoe)』が伝えたところによれば、カルロス・サンチェスの退場劇に要した時間は、キックオフからわずか2分56秒。1986年に行われたメキシコW杯のメキシコ代表戦でウルグアイ代表のホセ・バティスタ氏がマークした開始56秒に次ぐスピードだという。なお、カルロス・サンチェスはロシアW杯における初の退場者となる。 2018.06.19 22:25 Tue4
コロンビア人サポーターの愚行にレジェンドが謝罪「代表していると思わないで」
▽コロンビア代表サポーターによる日本人サポーターへの侮辱行為に対して、コロンビア代表のレジェンドが謝罪した。 ▽19日に行われたロシア・ワールドカップのグループH第1節、コロンビア代表vs日本代表。戦前の予想とは異なり、日本が2-1でコロンビアに勝利。W杯で南米勢として初めてアジア勢に敗れることとなった。 ▽試合後、コロンビア人のサポーターが日本人の女性サポーターとの動画をSNSに投稿。スペイン語で「ハポン・ドス(日本2点)、コロンビア・ウノ(コロンビア1点)」と試合結果を言わせた後、「ヨ・ソイ・ビエン・ペラ(私は良い売春婦です)」と発言させており、これが大きな問題となっていた。 ▽1人の人間による侮辱行為は動画とともに拡散され、大きな批判の的に。これに対し、かつてコロンビア代表として活躍したファウスティーノ・アスプリージャ氏が自身のツイッター(@TinoasprillaH)で謝罪した。 「世界中のすべての友人たち、特に全ての日本人の友人に向けて、これらの類の人間はコロンビアを代表していると思わないでもらいたい。我々は全ての文化を尊重している」 「我々の国を代表して、謝罪したい。どうか受け入れて欲しい。敬意と愛を持って」 ▽世界中が注目するワールドカップ。熱い対戦が続き、サポーター同士が熱くなることもあるが、基本的には友好的な関係が各国サポーター同士の間で見られる。1人の人間の愚かな行為で、国としての価値を下げることは、避けてもらいたいものだ。 2018.06.20 18:35 Wed5
ハメス1G1A! コロンビアがアメリカとのシーソーゲーム制す《国際親善試合》
▽コロンビア代表は12日、国際親善試合アメリカ代表戦に臨み、4-2で勝利した。 ▽アルトゥロ・レジェス暫定監督の指揮が続くコロンビアは、ベストメンバーを揃えて試合をスタート。2トップをファルカオ、バッカが務め、中盤にハメス・ロドリゲスらを起用する[4-4-2]の布陣を採用した。 ▽一方のアメリカは、トップ下にグリーン、サイドハーフにウェアらを配置。ウッドが最前線に構える[4-2-3-1]の形で試合に入った。 ▽立ち上がりから優勢に試合を運ぶコロンビアに対し、アメリカはややハードな守備でゴールを死守。序盤は決め手を欠く展開が続く。 ▽しかし36分、コロンビアのエースが独力で均衡を崩す。ボックス右でボールを持ったハメス・ロドリゲスは、細かいタッチでアメリカDFを翻弄し左足を振り抜く。すると、鋭い回転のかかったシュートがゴール左上隅を射抜いた。 ▽コロンビアが1-0でリードして迎えた後半、アメリカが早々に巻き返す。50分、左サイドからクロスが上がると駆け上がったあコスタが右足でボレーシュートを放つ。これがネットを揺らし、スコアを同点とした。 ▽さらに53分、コロンビアが再びリードを奪おうと前がかりになったところでアメリカのカウンターが発動。左サイドのウェアからのラストパスにウッドが反応し、スコアを2-1とする。 ▽それでも、直後の56分に今度はコロンビアが決定機を掴む。右サイドでのスローインから深い位置まで侵攻したアリアスが、中央にグラウンダーのボールを折り返す。反応したバッカが確実に決め切り、再び同点に。 ▽その後もしばらく一進一退の攻防が続き、再び試合が動いたのは74分。コロンビアのカウンターの場面で、右サイドでボールを持ったキンテロがボックス手前中央にスルーパスを送る。ハーフウェイライン付近から駆け上がっていたファルカオがダイレクトで合わせ、スコアを3-2とする。 ▽そして80分、ハメス・ロドリゲスがボックス右でボールを保持。山なりのクロスがファーに供給されると、途中出場のM・ボルハがバイシクルシュートでリードを広げた。 ▽結局、試合は4-2のスコアで終了。打ち合いを制したコロンビアは17日に国際親善試合コスタリカ代表戦を、敗れたアメリカはペルー代表戦を戦う。 2018.10.12 10:45 Friコロンビアの選手一覧
| 1 | GK |
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ダビド・オスピナ | |||||||
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1988年08月31日(37歳) | 180cm | 77kg |
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0 |
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0 | |||
| 12 | GK |
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カミーロ・バルガス | |||||||
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1989年03月09日(36歳) | 180cm | 87kg |
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0 |
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0 | |||
| 22 | GK |
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ホセ・ヘルナンド・クアドラード | |||||||
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1985年06月01日(40歳) | 181cm | 80kg |
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0 |
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0 | |||
| 2 | DF |
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クリスティアン・サパタ | |||||||
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1986年09月30日(39歳) | 180cm | 84kg |
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0 |
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0 | |||
| 3 | DF |
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オスカル・ムリージョ | |||||||
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1988年04月18日(37歳) | 183cm | 79kg |
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0 |
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0 | |||
| 4 | DF |
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サンティアゴ・アリアス | |||||||
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1992年01月13日(34歳) | 170cm | 67kg |
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0 |
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0 | |||
| 13 | DF |
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ジェリー・ミナ | |||||||
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1994年09月23日(31歳) | 195cm |
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0 |
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0 | ||||
| 17 | DF |
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ホアン・モヒカ | |||||||
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1992年08月21日(33歳) | 179cm |
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0 |
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0 | ||||
| 18 | DF |
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ファリド・ディアス | |||||||
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1983年07月20日(42歳) | 170cm | 72kg |
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0 |
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0 | |||
| 23 | DF |
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ダビンソン・サンチェス | |||||||
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1996年06月12日(29歳) | 187cm |
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0 |
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0 | ||||
| 5 | MF |
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ウィルマル・バリオス | |||||||
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1993年10月16日(32歳) | 179cm | 70kg |
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0 |
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0 | |||
| 6 | MF |
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カルロス・サンチェス・モレノ | |||||||
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1986年02月06日(39歳) | 182cm | 82kg |
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0 |
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0 | |||
| 8 | MF |
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アベル・エンリケ・アギラール “アベル・アギラール” | |||||||
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1985年01月06日(41歳) | 185cm | 84kg |
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0 |
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0 | |||
| 10 | MF |
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ハメス・ロドリゲス | |||||||
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1991年07月12日(34歳) | 180cm |
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0 |
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0 | ||||
| 11 | MF |
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フアン・クアドラード | |||||||
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1988年05月26日(37歳) | 170cm |
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0 |
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0 | ||||
| 15 | MF |
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マテウス・ウリベ | |||||||
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1991年03月21日(34歳) | 182cm |
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0 |
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0 | ||||
| 16 | MF |
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ジェフェルソン・レルマ | |||||||
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1994年10月25日(31歳) | 175cm | 70kg |
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0 |
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0 | |||
| 20 | MF |
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フアン・キンテロ | |||||||
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1995年03月23日(30歳) | 186cm | 76kg |
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0 |
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0 | |||
| 7 | FW |
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カルロス・バッカ | |||||||
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1986年09月08日(39歳) | 180cm | 62kg |
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0 |
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0 | |||
| 9 | FW |
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ラダメル・ファルカオ | |||||||
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1986年02月10日(39歳) | 177cm | 72kg |
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0 |
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0 | |||
| 14 | FW |
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ルイス・ムリエル | |||||||
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1991年04月16日(34歳) | 170cm | 72kg |
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0 |
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0 | |||
| 19 | FW |
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ミゲル・ボルハ | |||||||
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1993年01月26日(33歳) | 183cm | 74kg |
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0 |
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0 | |||
| 21 | FW |
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ホセ・イスキエルド | |||||||
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1992年07月07日(33歳) | 176cm | 70kg |
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0 |
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0 | |||
| 監督 |
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ホセ・ペケルマン | ||||||||
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1949年09月03日(76歳) |
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0 |
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0 | |||||

コロンビア