インテル
Football Club Internazionale Milano| 国名 |
イタリア
|
| 創立 | 1908年 |
| ホームタウン | ミラノ |
| スタジアム | ジュゼッペ・メアッツァ |
| 愛称 | ネッラズーリ(黒と青)、ビッショーネ(ビッグ・グラススネイク) |
今季の成績
| セリエA | 勝点 | 勝数 | 引分数 | 負数 | 得点 | 失点 | 得失差 | 試合数 | ||
| 1 |
|
ナポリ | 78 | 23 | 9 | 4 | 57 | 27 | 30 | 36 |
| 2 |
|
インテル | 77 | 23 | 8 | 5 | 75 | 33 | 42 | 36 |
| 3 |
|
アタランタ | 70 | 21 | 7 | 8 | 72 | 32 | 40 | 36 |
詳細はこちら>
| UEFAチャンピオンズリーグ | 勝点 | 勝数 | 引分数 | 負数 | 得点 | 失点 | 得失差 | 試合数 | ||
| 3 |
|
アーセナル | 19 | 6 | 1 | 1 | 16 | 3 | 13 | 8 |
| 4 |
|
インテル | 19 | 6 | 1 | 1 | 11 | 1 | 10 | 8 |
| 5 |
|
アトレティコ・マドリー | 18 | 6 | 0 | 2 | 20 | 12 | 8 | 8 |
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1
10年前、当時21歳のベイルがCLで覚醒…!インテル相手に記録した衝撃のハットトリック【CL名場面プレイバック】
20日、遂に新シーズンの幕が上がったチャンピオンズリーグ(CL)。今まで数多くの名場面が生まれてきたが、その中でも選りすぐりの名場面を振り返る。今回は、トッテナム時代のウェールズ代表FWガレス・ベイルが今から10年前に見せた驚愕のハットトリックだ。 育成の名門サウサンプトンで育ったベイルは2007年夏にトッテナムに加入。当初は左サイドバックとしてプレーしていたが、2010-11シーズンに一列前で起用されるようになると、その攻撃力が爆発した。 <div id="cws_ad">◆10年前、伝説となったベイルのサン・シーロでの夜<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJiUGM1dHM4WSIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> ベイルがその才能を覚醒させるきっかけの1つとなった試合が、2010年10月20日にサン・シーロで行われたCLグループリーグのインテル戦だった。 試合は開始2分でインテルが先制すると、その後8分にはトッテナムのGKエウレリョ・ゴメスが一発退場。10人になったトッテナムは前半だけで4失点と数的不利を背負うという絶望的な状況に置かれた。 しかし後半、ベイルが覚醒する。52分に自陣でボールを持ったベイルがドリブルを開始。相手を寄せ付けない高速ドリブルでぐんぐん加速し、あっという間にボックス左に侵入すると、そのまま左足を振りぬいてシュートを放つ。ゴール右下の完璧なコースに鋭いシュートを突き刺して1点を返した。 その後は膠着状態が続いたものの90分、左サイドのスペースで味方からのボールを得たベイルが、またも高速ドリブルでボックス左に侵入。1点目とほぼ同じ位置からシュートを放つと、再びゴール右下のコースにシュートを突き刺して2点目を奪った。 直後の92分、中央突破に成功したMFアーロン・レノンがペナルティアーク内までボールを運ぶと、ボックス内のベイルにパスを送る。このパスを受けたベイルが再びゴール右下にシュートを突き刺し、1点差に迫る3点目を記録した。 トッテナムの反撃もここまでとなり、試合は4-3でインテルが制したが、当時世界最高のサイドバックの一人であった元ブラジル代表DFマイコンの守るインテルの右サイドを完全に圧倒してのハットトリックは世界に衝撃を与えた。 その後、天職とも言えるポジションを手にしたベイルは、トッテナムの攻撃を牽引し、ワールドクラスのアタッカーへと成長を遂げる。2013年夏にレアル・マドリーへ巨額の移籍金で加入し、数々のタイトルを勝ち取ったベイルは、今シーズンからブレイクを果たしたトッテナムに復帰した。ベイル擁するトッテナムは今季、CL出場を逃しているものの、チームを再びCLの舞台に導く活躍に期待だ。 2020.10.21 20:15 Wed2
長友の元同僚グアリン、自殺未遂と現在の生活を明かす「飛び降りれば解放される」
かつてインテルなどで活躍した元コロンビア代表MFフレディ・グアリン氏(38)は現在、リハビリ施設で生活しているのだという。 かつてポルトやインテル、またボカ・ジュニアーズや上海申花などに在籍したグアリン氏。インテル時代は同い年の日本代表DF長友佑都と共にプレーし、コロンビア代表としては、2014年W杯の日本戦にフル出場した経験を持つ。 氏は母国クラブに在籍していた2021年4月、泥酔状態で家族に暴行を加えたとして逮捕。7月にクラブを退団して以降は引退状態となり、翌年にはアルコール依存症を公表した。 ブラジル時代の2020年初頭に待ち受けていた妻との別居により、人生の歯車が狂ってしまった…と打ち明けているなか、このたびコロンビア『Radio Caracol』では、同時期に自殺を図ったことも明らかにしている。 「ファヴェーラ(スラム街)へ行き、避妊具なしにあらゆる女性と関係を持った。丸10日間、酒に酔っている状態だったと言える。リスクを自ら探し、アドレナリン、武器を見つけようと本気だったんだ。自分自身を図るものさしは持ち合わせていなかった」 そんななか、世界はコロナパンデミックへ。 「そして、リオデジャネイロで住んでいたアパートの17階だけが居場所となり、そこ以外の全てから切り離された人生になってしまった。飛び降りれば解放される…とね」 「けっきょく、飛び降りた。幸い、バルコニーには透明な転落防止スクリーンが付いていたことを、その時初めて知ったんだ」 2024年現在、グアリンはコロンビアのリハビリテーションクリニックで生活中。アルコール依存症治療の一環として、馬の世話などをしているという。また、アスリート向けのメンタルヘルスキャンペーンの米国大使に就任することも決定しているそうだ。 <span class="paragraph-title">【動画】懐かしきグアリン砲</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="und" dir="ltr">Fredy Guarín! <br><br> <a href="https://twitter.com/hashtag/OTD?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#OTD</a> in 2012, Guarín joined <a href="https://twitter.com/Inter?ref_src=twsrc%5Etfw">@Inter</a> <a href="https://twitter.com/hashtag/UEL?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#UEL</a> | <a href="https://twitter.com/hashtag/FlashbackFriday?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#FlashbackFriday</a> <a href="https://t.co/O2tgVla9yq">pic.twitter.com/O2tgVla9yq</a></p>— UEFA Europa League (@EuropaLeague) <a href="https://twitter.com/EuropaLeague/status/1223211112038129667?ref_src=twsrc%5Etfw">January 31, 2020</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2024.11.19 13:35 Tue3
全盛期の“怪物”ロナウドがインテルで見せたキレキレのハットトリック【ハットトリック・ヒーローズ】
サッカーにおいて、1試合で3得点以上を決めることを表す「ハットトリック」。元々はクリケットで打者を三者連続アウトにすることをそう呼んでいた。(クリケットにおいて打者を連続でアウトにすることは相当難易度が高い) サッカー選手にとって、「ハットトリック」は実力を証明する功績でもあるが、そう簡単にはお目にかかれない。この企画『HAT-TRICK HEROES』では記憶に残る「ハットトリック」を紹介していく。 今回は、元ブラジル代表FWロナウド氏がインテルで決めたハットトリックだ。 <div id="cws_ad">◆ロナウドがインテルで決めた見事なハットトリック<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJKbnN2NDdMSCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> 母国でのデビューを経て、PSV、バルセロナでブレイクを果たしたロナウド氏。1997年から2002年までは、インテルでもプレーした。 天性の攻撃センスと、抜群のスピードとテクニックで相手ディフェンスを翻弄したロナウド氏だが、1998年2月15日に行われたセリエA第21節のレッチェ戦では、見事なハットトリックを決めている。 0-0で迎えた17分、ロナウドが中央をドリブルで攻め上がり、MFディエゴ・シメオネとのワンツーで抜け出すと、ボックス内左から鋭いシュートをゴール右に突き刺し、先制ゴールを挙げる。 その後インテルが2点を追加し、3-0とした47分、PKのチャンスを得ると、ロナウドがこれを落ち着いて決め、このゴールで4点目。 最後は78分、ボックス内で抜け出したMFベノワ・コウエがゴール右から放った強烈なシュートのこぼれ球を、頭で押し込み、見事なハットトリックとなった。 試合はインテルがロナウドのハットトリックを含む大量5得点を挙げ、5-0で勝利。このロナウドはインテルで2度のハットトリックを決めているが、そのうちの貴重な1つとなった。 2020.11.15 18:00 Sun4
時を超えて愛される“皇帝”アドリアーノ氏、生まれ育ったスラム街への愛を綴る「インテルで期待に添えなかった」「ここでなら人間に戻れる」
“皇帝”アドリアーノ氏が、かつての行方不明騒動を振り返り、生まれ育ったスラム街「ファヴェーラ」への愛着を綴る。 21世紀初頭のサッカー界を代表するスター、元ブラジル代表FWアドリアーノ氏。比類なき強烈な左足シュートに心を掴まされ、左足の練習に励んだサッカー少年も多かったはずだ。 全盛期はインテル時代で、そのキャリアはまさに「太く短く」。黄金期の名残が残るカルチョであまりに強烈な全盛期を過ごした一方、ピッチ外でのトラブルから、引退も早かった。 騒動のひとつが、繰り返された行方不明。 2009年4月、当時インテル所属でブラジル代表に招集された氏は、突如として母国で足取りが途絶え、最後はリオデジャネイロのスラム街「ファヴェーラ」から自ら帰ってきた。 あれから15年、アドリアーノ氏は『The Players Tribune』に起稿し、当時を回想。生まれ育った「ファヴェーラ」への愛着が、騒動の原因になったと文章を綴る。 「僕は『無駄』という言葉が好きだ。僕は自分のことを『サッカー史上最大の無駄』だったと思っているんだ。大丈夫だよ。一見すると汚名だが、僕はこの汚名を楽しんでいる」 「麻薬に手を染めたことはない。クラブで遊ぶのは好きじゃない。でも、貧民街から出た男が、ヨーロッパで皇帝と呼ばれるようになった。『なぜ栄光を自ら捨て、昔の居場所で酒を飲みまくっているんだ』と疑問を抱かれるが、それは多分、僕の希望そのものだったんだ」 「ファヴェーラ…サッカーから逃げてここへ戻ってきたとき、サッカー関係者は誰も僕を見つけられなかった。なぜか? それはファヴェーラのルールがあるからだ。誰もが口を閉じる…誰ひとり、僕のことを密告する人はいないんだ」 「なぜファヴェーラに戻ったか。酒や女?違う。ドラッグ?誓って違う。ここでは自由になれるんだ。平和が訪れるんだ。生きている実感が湧くんだ。ほんの一瞬でも、あの空気を吸って、人間に戻りたいと思ったんだ」 「頑張ってはみたんだ。ロベルト・マンチーニの意見に耳を傾け、ジョゼ・モウリーニョに合わせようと努力し、素直にマッシモ・モラッティを頼ったこともある。でも、彼らの期待に沿う人間にはなれなかった。次第に多くの人から非難され、もう、耐えられなかった」 「いまはファヴェーラじゃなく、リオのちゃんとした住宅街に住んでいるよ。だけど、僕の一部は常にファヴェーラにある。バイクにでも乗って、僕とドライブしないか? そうすると、心が落ち着くんだ。今だってそうさ」 「何度でも僕はファヴェーラに戻る。裸足でドミノをしたり、縁石に座ったり、音楽を聴いたり、踊ったり…僕はここでコミュニティとは何かを学んだ。これが、僕の物語だ」 2024.11.13 22:45 Wed5
チャルハノール、内転筋のリハビリ中にふくらはぎを負傷…2~3週間の離脱か
インテルに所属するトルコ代表MFハカン・チャルハノールの復帰はまだ先となるようだ。 6日に行われたスーペル・コッパ決勝のミラン戦で右足内転筋を負傷したチャルハノール。現在はチームと別メニューでリハビリを行っているが、その際に新たにふくらはぎのケガを負ってしまったとのこと。 クラブの発表によれば、個別トレーニング中にふくらはぎに痛みを訴えたチャルハノールは、その後の検査で右足のヒラメ筋に軽度の損傷が見つかったとのこと。 なお数日中に再検査を行うとのことで、詳細な離脱期間は発表されていないが、イタリア『スカイ』は2~3週間の離脱となり、今月末に行われるチャンピオンズリーグ(CL)のモナコ戦まで欠場する可能性があると報じている。 2025.01.14 08:00 Tueインテルの選手一覧
| 1 | GK |
|
ヤン・ゾマー | |||||||
|
1988年12月17日(37歳) | 183cm | 81kg |
|
43 |
|
0 | |||
| 12 | GK |
|
ラッファエレ・ディ・ジェンナーロ | |||||||
|
1993年10月03日(32歳) | 185cm | 78kg |
|
0 |
|
0 | |||
| 13 | GK |
|
ジョゼップ・マルティネス | |||||||
|
1998年05月27日(27歳) | 191cm |
|
6 |
|
0 | ||||
| 40 | GK |
|
アレッサンドロ・カリガリス | |||||||
|
2005年03月07日(20歳) |
|
0 |
|
0 | |||||
| 60 | GK |
|
アライン・タホ | |||||||
|
2007年04月30日(18歳) |
|
0 |
|
0 | |||||
| 2 | DF |
|
デンゼル・ダンフリース | |||||||
|
1996年04月18日(29歳) | 185cm |
|
37 |
|
8 | ||||
| 6 | DF |
|
ステファン・デ・フライ | |||||||
|
1992年02月05日(33歳) | 188cm | 78kg |
|
33 |
|
2 | |||
| 15 | DF |
|
フランチェスコ・アチェルビ | |||||||
|
1988年08月10日(37歳) | 185cm | 77kg |
|
28 |
|
0 | |||
| 28 | DF |
|
バンジャマン・パヴァール | |||||||
|
1996年03月28日(29歳) | 186cm |
|
34 |
|
1 | ||||
| 30 | DF |
|
カルロス・アウグスト | |||||||
|
1999年01月07日(27歳) | 184cm |
|
38 |
|
3 | ||||
| 31 | DF |
|
ヤン・アウレル・ビセック | |||||||
|
2000年11月29日(25歳) | 194cm |
|
36 |
|
2 | ||||
| 32 | DF |
|
フェデリコ・ディマルコ | |||||||
|
1997年11月10日(28歳) | 174cm |
|
38 |
|
4 | ||||
| 36 | DF |
|
マッテオ・ダルミアン | |||||||
|
1989年12月02日(36歳) | 182cm | 70kg |
|
36 |
|
3 | |||
| 48 | DF |
|
ガブリエーレ・レ・チェッコーニ | |||||||
|
2006年04月25日(19歳) |
|
0 |
|
0 | |||||
| 50 | DF |
|
マイク・アイドゥ | |||||||
|
2005年05月30日(20歳) |
|
0 |
|
0 | |||||
| 51 | DF |
|
クリストス・アレクシウ | |||||||
|
2005年06月30日(20歳) |
|
0 |
|
0 | |||||
| 55 | DF |
|
マッテオ・モッタ | |||||||
|
2005年02月10日(20歳) |
|
0 |
|
0 | |||||
| 58 | DF |
|
マッテオ・コッキ | |||||||
|
2007年02月01日(18歳) |
|
1 |
|
0 | |||||
| 95 | DF |
|
アレッサンドロ・バストーニ | |||||||
|
1999年04月13日(26歳) | 190cm |
|
44 |
|
1 | ||||
| 7 | MF |
|
ピオトル・ジエリンスキ | |||||||
|
1994年05月20日(31歳) | 177cm | 64kg |
|
34 |
|
2 | |||
| 16 | MF |
|
ダビデ・フラッテージ | |||||||
|
1999年09月22日(26歳) | 186cm |
|
40 |
|
6 | ||||
| 20 | MF |
|
ハカン・チャルハノール | |||||||
|
1994年02月08日(31歳) | 176cm | 73kg |
|
37 |
|
8 | |||
| 21 | MF |
|
クリスティアン・アスラニ | |||||||
|
2002年03月09日(23歳) | 179cm |
|
28 |
|
2 | ||||
| 22 | MF |
|
ヘンリク・ムヒタリアン | |||||||
|
1989年01月21日(37歳) | 177cm | 75kg |
|
42 |
|
1 | |||
| 23 | MF |
|
ニコロ・バレッラ | |||||||
|
1997年02月07日(28歳) | 166cm |
|
42 |
|
3 | ||||
| 52 | MF |
|
トーマス・ベレンブルッフ | |||||||
|
2005年05月31日(20歳) | 175cm |
|
1 |
|
0 | ||||
| 53 | MF |
|
ルカ・トパロビッチ | |||||||
|
2006年02月23日(19歳) | 187cm |
|
0 |
|
0 | ||||
| 54 | MF |
|
マッティア・ザンケッタ | |||||||
|
2006年03月18日(19歳) |
|
0 |
|
0 | |||||
| 59 | MF |
|
ニコラ・ザレフスキ | |||||||
|
2002年01月23日(24歳) | 175cm |
|
22 |
|
1 | ||||
| MF |
|
バレンティン・カルボーニ | ||||||||
|
2005年01月01日(21歳) | 185cm | ||||||||
| 8 | FW |
|
マルコ・アルナウトビッチ | |||||||
|
1989年04月19日(36歳) | 192cm | 83kg |
|
23 |
|
5 | |||
| 9 | FW |
|
マルクス・テュラム | |||||||
|
1997年08月06日(28歳) | 189cm |
|
43 |
|
18 | ||||
| 10 | FW |
|
ラウタロ・マルティネス | |||||||
|
1997年08月22日(28歳) | 175cm | 72kg |
|
43 |
|
20 | |||
| 11 | FW |
|
ホアキン・コレア | |||||||
|
1994年08月13日(31歳) | 188cm |
|
17 |
|
1 | ||||
| 47 | FW |
|
マッテオ・ラヴェッリ | |||||||
|
2006年12月08日(19歳) | |||||||||
| 49 | FW |
|
ジャコモ・デ・ピエリ | |||||||
|
2006年12月29日(19歳) | 174cm |
|
1 |
|
0 | ||||
| 56 | FW |
|
マッテオ・スピアナッチェ | |||||||
|
2006年07月13日(19歳) |
|
0 |
|
0 | |||||
| 57 | FW |
|
ダニエレ・キエト | |||||||
|
2005年10月22日(20歳) | 170cm |
|
0 |
|
0 | ||||
| 99 | FW |
|
メフディ・タレミ | |||||||
|
1992年07月18日(33歳) | 187cm |
|
34 |
|
2 | ||||
| 監督 |
|
シモーネ・インザーギ | ||||||||
|
1976年04月05日(49歳) | 185cm | 82kg | |||||||
インテルの試合日程
セリエA
| 第1節 | 2024年8月17日 | A |
|
2 | - | 2 | vs |
|
ジェノア |
| 第2節 | 2024年8月24日 | H |
|
2 | - | 0 | vs |
|
レッチェ |
| 第3節 | 2024年8月30日 | H |
|
4 | - | 0 | vs |
|
アタランタ |
| 第4節 | 2024年9月15日 | A |
|
1 | - | 1 | vs |
|
モンツァ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| リーグフェーズ第1節 | 2024年9月18日 | A |
|
0 | - | 0 | vs |
|
マンチェスター・シティ |
セリエA
| 第5節 | 2024年9月22日 | H |
|
1 | - | 2 | vs |
|
ミラン |
| 第6節 | 2024年9月28日 | A |
|
2 | - | 3 | vs |
|
ウディネーゼ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| リーグフェーズ第2節 | 2024年10月1日 | H |
|
4 | - | 0 | vs |
|
ツルヴェナ・ズヴェズダ |
セリエA
| 第7節 | 2024年10月5日 | H |
|
3 | - | 2 | vs |
|
トリノ |
| 第8節 | 2024年10月20日 | A |
|
0 | - | 1 | vs |
|
ローマ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| リーグフェーズ第3節 | 2024年10月23日 | A |
|
0 | - | 1 | vs |
|
ヤング・ボーイズ |
セリエA
| 第9節 | 2024年10月27日 | H |
|
4 | - | 4 | vs |
|
ユベントス |
| 第10節 | 2024年10月30日 | A |
|
0 | - | 3 | vs |
|
エンポリ |
| 第11節 | 2024年11月3日 | H |
|
1 | - | 0 | vs |
|
ヴェネツィア |
UEFAチャンピオンズリーグ
| リーグフェーズ第4節 | 2024年11月6日 | H |
|
1 | - | 0 | vs |
|
アーセナル |
セリエA
| 第12節 | 2024年11月10日 | H |
|
1 | - | 1 | vs |
|
ナポリ |
| 第13節 | 2024年11月23日 | A |
|
0 | - | 5 | vs |
|
エラス・ヴェローナ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| リーグフェーズ第5節 | 2024年11月26日 | H |
|
1 | - | 0 | vs |
|
RBライプツィヒ |
セリエA
| 第15節 | 2024年12月6日 | H |
|
3 | - | 1 | vs |
|
パルマ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| リーグフェーズ第6節 | 2024年12月10日 | A |
|
1 | - | 0 | vs |
|
レバークーゼン |
セリエA
| 第16節 | 2024年12月16日 | A |
|
0 | - | 6 | vs |
|
ラツィオ |
コッパ・イタリア
| ラウンド16 | 2024年12月19日 | H |
|
2 | - | 0 | vs |
|
ウディネーゼ |
セリエA
| 第17節 | 2024年12月23日 | H |
|
2 | - | 0 | vs |
|
コモ |
| 第18節 | 2024年12月28日 | A |
|
0 | - | 3 | vs |
|
カリアリ |
スーペル・コッパ
| 準決勝 | 2025年1月2日 | H |
|
2 | - | 0 | vs |
|
アタランタ |
| 決勝 | 2025年1月6日 | H |
|
2 | - | 3 | vs |
|
ミラン |
セリエA
| 第20節 | 2025年1月12日 | A |
|
0 | - | 1 | vs |
|
ヴェネツィア |
| 第19節 | 2025年1月15日 | H |
|
2 | - | 2 | vs |
|
ボローニャ |
| 第21節 | 2025年1月19日 | H |
|
3 | - | 1 | vs |
|
エンポリ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| リーグフェーズ第7節 | 2025年1月22日 | A |
|
0 | - | 1 | vs |
|
スパルタ・プラハ |
セリエA
| 第22節 | 2025年1月26日 | A |
|
0 | - | 4 | vs |
|
レッチェ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| リーグフェーズ第8節 | 2025年1月29日 | H |
|
3 | - | 0 | vs |
|
モナコ |
セリエA
| 第23節 | 2025年2月2日 | A |
|
1 | - | 1 | vs |
|
ミラン |
| 第14節 | 2025年2月6日 | A |
|
3 | - | 0 | vs |
|
フィオレンティーナ |
| 第24節 | 2025年2月10日 | H |
|
2 | - | 1 | vs |
|
フィオレンティーナ |
| 第25節 | 2025年2月16日 | A |
|
1 | - | 0 | vs |
|
ユベントス |
| 第26節 | 2025年2月22日 | H |
|
1 | - | 0 | vs |
|
ジェノア |
コッパ・イタリア
| 準々決勝 | 2025年2月25日 | H |
|
2 | - | 0 | vs |
|
ラツィオ |
セリエA
| 第27節 | 2025年3月1日 | A |
|
1 | - | 1 | vs |
|
ナポリ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| ラウンド16・1stレグ | 2025年3月5日 | A |
|
0 | - | 2 | vs |
|
フェイエノールト |
セリエA
| 第28節 | 2025年3月8日 | H |
|
3 | - | 2 | vs |
|
モンツァ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| ラウンド16・2ndレグ | 2025年3月11日 | H |
|
2 | - | 1 | vs |
|
フェイエノールト |
セリエA
| 第29節 | 2025年3月16日 | A |
|
0 | - | 2 | vs |
|
アタランタ |
| 第30節 | 2025年3月30日 | H |
|
2 | - | 1 | vs |
|
ウディネーゼ |
コッパ・イタリア
| 準決勝1stレグ | 2025年4月2日 | A |
|
1 | - | 1 | vs |
|
ミラン |
セリエA
| 第31節 | 2025年4月5日 | A |
|
2 | - | 2 | vs |
|
パルマ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| 準々決勝1stレグ | 2025年4月8日 | A |
|
1 | - | 2 | vs |
|
バイエルン |
セリエA
| 第32節 | 2025年4月12日 | H |
|
3 | - | 1 | vs |
|
カリアリ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| 準々決勝2ndレグ | 2025年4月16日 | H |
|
2 | - | 2 | vs |
|
バイエルン |
セリエA
| 第33節 | 2025年4月20日 | A |
|
1 | - | 0 | vs |
|
ボローニャ |
コッパ・イタリア
| 準決勝2ndレグ | 2025年4月23日 | H |
|
0 | - | 3 | vs |
|
ミラン |
セリエA
| 第34節 | 2025年4月27日 | H |
|
0 | - | 1 | vs |
|
ローマ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| 準決勝1stレグ | 2025年4月30日 | A |
|
3 | - | 3 | vs |
|
バルセロナ |
セリエA
| 第35節 | 2025年5月3日 | H |
|
1 | - | 0 | vs |
|
エラス・ヴェローナ |
UEFAチャンピオンズリーグ
| 準決勝2ndレグ | 2025年5月6日 | H |
|
4 | - | 3 | vs |
|
バルセロナ |
セリエA
| 第36節 | 2025年5月11日 | A |
|
0 | - | 2 | vs |
|
トリノ |
| 第37節 | 2025年5月18日 | H | vs |
|
ラツィオ |
| 第38節 | 2025年5月25日 | A | vs |
|
コモ |

イタリア