ロビーニョ
ROBINHO
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| ポジション | FW |
| 国籍 |
ブラジル
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| 生年月日 | 1984年01月25日(42歳) |
| 利き足 | |
| 身長 | 172cm |
| 体重 | 62kg |
| ニュース | 人気記事 | クラブ |
ロビーニョのニュース一覧
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サッカー界最凶イレブン!? 殺人、強姦、強盗、薬物…
▽スペイン『マルカ』が、“法的な問題を抱えたイレブン”という嬉しくない11人を発表した。 ▽サッカー界ではベストイレブンを始め様々な『〇○イレブン』というカテゴライズを頻繁に行っているが、今回『マルカ』が発表したのはサッカー界の“最凶イレブン”ともいえる不名誉なものだ。 ▽同紙が発表した法的な問題を抱えたイレブンでは、殺人に強姦、強盗、薬物と様々な犯罪に関わったアウトローなプレーヤーが紹介されている。その中にはトッテナムのコートジボワール代表DFセルジュ・オーリエや元ブラジル代表FWロビーニョ、サッカー界屈指の“悪童”として知られる元イングランド代表MFジョーイ・バートンら有名選手も選ばれている。 ▽今回、『マルカ』が選出した“法的な問題を抱えたイレブン”は以下の通り。 ◆“法的な問題を抱えたイレブン” GK ブルーノ・フェルナンデス(ボア/ブラジル) かつてフラメンゴの守護神として活躍。2010年に愛人を殺害した容疑で逮捕。懲役22年3カ月の求刑を受けた。 右SB セルジュ・オーリエ(トッテナム/コートジボワール) トッテナムの主力右サイドバック。パリ・サンジェルマン時代にパリのナイトクラブで警察官に暴行。懲役2カ月の求刑を受ける。 CB ルベン・セメド(ビジャレアル/ポルトガル) スポルティング・リスボン育ちで昨夏ビジャレアル加入の逸材CB。知人の監禁および暴行、拳銃発砲、脅迫などの罪で現在警察に勾留中。 CB ブレーノ(ヴァスコ・ダ・ガマ/ブラジル) バイエルン時代に将来を嘱望されたCB。バイエルン時代の2011年に自宅への放火で懲役3年9ヶ月の求刑を受けた。精神状態が回復した現在は母国でキャリアを継続中。 左SB アレクシス・サラテ(リエパーヤ/アルゼンチン) U-17アルゼンチン代表歴があり、インデペンディエンテで活躍。2014年に婦女暴行の容疑で懲役6年6カ月の求刑を受けた。現在、ラトビアのリエパーヤでプレー。 MF アダム・ジョンソン(無所属/イングランド) マンチェスター・シティやサンダーランドで活躍した元イングランド代表。2015年に15歳少女との淫行で懲役6年の求刑を受ける。さらに違法ポルノ画像所持の疑いで再逮捕。現在は服役中。 MF ジョーイ・バートン(無所属/イングランド) ニューカッスルやマンチェスター・シティで活躍した元イングランド代表。度重なる暴行事件で74日間の服役を経験。現在はサッカー賭博容疑でサッカー活動停止処分中。 MF ヨルダン・レチコフ(引退/ブルガリア) 1994年W杯で4位に入ったブルガリア代表主力メンバー。故郷スリヴェンの市長の任期中に職権濫用で3年の禁固刑。 MF リカルド・センチュリオン(ラシン・クラブ/アルゼンチン) U-20アルゼンチン代表歴があり、サンパウロやジェノアで活躍。警察官への賄賂容疑で1~6年の懲役刑を受ける。 FW ロビーニョ(スィヴァススポル/ブラジル) ブラジル代表100キャップを誇る名アタッカー。ミラン在籍時代の2013年にミラノのナイトクラブで22歳の女性に対する強姦容疑で起訴。懲役9年の有罪判決を下された。 FW ミケーレ・パドヴァーノ(引退/イタリア) ユベントスやナポリでプレーした元イタリア代表。2006年に麻薬密売への関与で懲役8年8カ月の求刑を受ける。 監督 エルキン・モンカンダ(コロンビア) コロンビア代表MFハメス・ロドリゲスを最初に指導したコロンビア人指揮官。小児性愛容疑で逮捕。 2018.03.22 16:20 Thu2
元ブラジル代表FWロビーニョが9年の懲役刑に、ミラン時代の強姦容疑で
元ブラジル代表FWロビーニョが、窮地に立たされている。ブラジル『UOL』が報じた。 かつてはレアル・マドリーやマンチェスター・シティ、ミランなどでプレーし、今年10月には古巣のサントスに加入するも、1週間で退団していたロビーニョ。しかし、大きな罪に問われることとなってしまった。 <div id="cws_ad"><div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJHQWhMcElZViIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script></div> ロビーニョがサントスと契約を解除した理由でもあった、強姦事件。その裁判がイタリアで行われたが、ミラノの裁判所は、ロビーニョに対して9年の懲役刑を言い渡した。 事件はロビーニョがミランでプレーしていた2013年に遡る。ロビーニョと友人は、ミラノのナイトクラブで20歳の女性への集団強姦に参加していたとして告発。6人グループの1人とされていた。 2017年11月にロンバルディア州の控訴裁判所の裁判官は、ロビーニョとその友人に下された判決を確認。6万ユーロ(約757万円)の損害賠償を当時支払うように命じられていた。 今回9年間の懲役刑を言い渡されたロビーニョだが、事実を否定。90日以内に控訴することが可能となっている。 2020.12.11 21:39 Fri3
ロビーニョが逸話明かす! シティではなくチェルシー希望? イブラvs闘犬の柔術対決
イスタンブール・バシャクシェヒルに所属する元ブラジル代表FWロビーニョ(36)がスペイン『マルカ』のロングインタビューで在籍クラブでの様々な逸話を明かした。 2002年にサントスでプロデビューを飾ったロビーニョは、2005年にレアル・マドリーに移籍すると、その後もマンチェスター・シティやミラン、広州恒大など各国のビッグクラブでプレー。その後、アトレチコ・ミネイロ、スィヴァススポルを経て2018年末からイスタンブールBBSKでプレーしている。 そして、ブラジル代表で通算100キャップを誇る名手はこれまで在籍した名門クラブでの興味深い逸話を幾つか紹介している。 まずは2008年にレアル・マドリーから加入したシティ時代について言及。ロビーニョは中東のオイルマネーによってメガクラブ化した同クラブの初期の目玉補強となったが、個人的には同胞のフェリペ・スコラーリ監督率いるチェルシー行きを望んでいたことを明かした。 「当時の希望はチェルシー行きだった。スコラーリは僕の存在がチームに変化をもたらせると話してくれていた。だけど、レアル・マドリーとブルーズの交渉がうまくいかなかった」 また、シティ時代については多くの良い思い出があったと振り返る一方、ナイトクラブに関してイングランド人プレーヤーと外国籍プレーヤーの扱いの違いに不満を抱いていたと語る。 「マンチェスターは大好きだった。クラブやレストラン含めて多くの部分でね。でも、ナイトクラブの存在を忘れてはいけないね。個人的にナイトライフを楽しんでいたけど、実はブラジル人よりもイングランド人の方が楽しんでいたんだ」 「ジョー・ハートはいつも出掛けていたし、マイカー・リチャーズやショーン・ライト=フィリップスも同様にね。ただ、いつもメディアに見つかるのはブラジル人ばかりだったよ」 さらに、2010年に加入したミランでは元スウェーデン代表FWズラタン・イブラヒモビッチとの交流について言及。自身をミランに連れていくためにイブラヒモビッチが尽力したこと。トレーニング中に元スウェーデン代表FWが同僚MFジェンナーロ・ガットゥーゾに柔術対決を挑んだという、興味深い逸話を暴露した。 「ズラタンはたびたび、自分が僕をミランに連れてくるようにクラブに働きかけたと言ってきたよ。それに『お前がここにいるのはオレのおかげだからな』って恩着せがましく言っていたよ」 「彼は傲慢かって? もちろんイエスだ。ただ、それは良い意味でだよ。彼は自分自身の才能に絶対的な自信を持っている。それはすべてのストライカーにとって必要なものなんだ。彼はショーマンであり勝者だった」 「ある日の練習中にズラタンはガットゥーゾに柔術対決を挑んだんだ。マーシャルアーツをやっていた獰猛な守備者は黒帯であるズラタンと対峙した。どっちが勝ったかって? 当然ズラタンだよ。彼はいつでも勝者だよ」 2020.04.05 16:00 Sun4
カッサーノ、キャリア最大の後悔はレアル時代「ジダンやロナウドがいたのに…」
元イタリア代表FWアントニオ・カッサーノ氏が自身のキャリアを振り返った。イタリア『スカイ・スポーツ』が伝えている。 抜群のポテンシャルで“天才”と呼び声高かったカッサーノ氏。1998年にバーリでプロキャリアをスタートさせると、2001年にローマへステップアップ。そこでの活躍が認められ、2006年冬にマドリーへ移籍していた。 <div style="margin:0 auto; min-width:300px; " id="cws_ad"><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJsREJHVEpSUCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div> マドリーではコンディション不良による不調や、ローマ時代の恩師でもあったファビオ・カペッロ監督との確執により多くの出場機会は得られなかったが、カッサーノ氏は自分自身のせいでチャンスを潰してしまったと感じているようだ。 「最大の後悔は、(ジネディーヌ・)ジダンやロナウドといった素晴らしい選手がいたレアル・マドリーという素晴らしいチームでプレーするチャンスを生かせなかったことだ。レアル・マドリーではとてつもないチャンスを不意にしてしまった」 「バルセロナに行った方が良かったか?あそこにはロナウジーニョがいて(サミュエル・)エトーがいて(リオネル・)メッシがいた。レアル・マドリーではロビーニョとプレーし、俺は(ルイス・)フィーゴと(マイケル・)オーウェンの代わりだった。それは俺が世界最高の1人ということだが、多くの災いを呼んだ」 「カペッロは俺に多くのことをしてくれた。彼がレアル・マドリーに来てから俺は16キロ落とし、最初の3試合で2ゴールを決めたのに彼は俺を外した」 「俺は自分自身を見失って彼に敬意を欠いたことをした。それでも彼は再びチャンスをくれ、多くのことをしてくれたが、俺は少しのことしかしなかった」 結局、カッサーノ氏のマドリー在籍期間は約1年半にとどまり、公式戦29試合で4ゴール3アシストに終わった。その後は、イタリアに復帰し、最終的にはキャリアでセリエA400試合出場を達成し112ゴールを記録していた。 2020.04.23 20:30 Thu5
元ブラジル代表FWロビーニョ、4度目のサントス復帰 「ここは常に僕の家」
サントスが10日、元ブラジル代表FWロビーニョ(36)の加入を発表した。契約期間は5カ月。背番号は「7」に決定した。 ブラジル代表として100試合28得点のロビーニョはサントスの下部組織で育ち、2005年夏のレアル・マドリー移籍を機に欧州挑戦。マンチェスター・シティを経て、2010年1月にサントス復帰を果たした。その後、ミランに加わり、2014年夏に3度目のサントス復帰。以後、広州恒大やアトレチコ・ミネイロ、スィヴァススポルを渡り歩き、今夏にイスタンブール・バシャクシェヒルFKとの契約が切れ、フリーの状況だった。 このたび4度目のサントス凱旋が決定したロビーニョはクラブ公式サイトを通じて、「ここは常に僕の家。目標はピッチ内外で助けとなり、サントスを最高の場所に導くことだ。僕をサッカー選手にしてくれたクラブに戻れるというのは素晴らしい気持ち。ここは僕が育った場所。僕のサッカー選手になる夢を可能にさせてくれたのがサントスだった」と喜びの心境を語っている。 2020.10.11 13:15 Sunロビーニョの移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 2020年10月16日 |
サントス |
引退 |
- |
| 2020年10月10日 |
バシャクシェヒル |
サントス |
完全移籍 |
| 2019年1月5日 |
スィヴァススポル |
バシャクシェヒル |
完全移籍 |
| 2018年1月23日 |
アトレチコ・ミネイロ |
スィヴァススポル |
完全移籍 |
| 2016年2月11日 |
広州FC |
アトレチコ・ミネイロ |
完全移籍 |
| 2015年7月16日 |
ミラン |
広州FC |
完全移籍 |
| 2015年6月30日 |
サントス |
ミラン |
レンタル移籍終了 |
| 2014年8月7日 |
ミラン |
サントス |
レンタル移籍 |
| 2010年8月31日 |
マンチェスター・C |
ミラン |
完全移籍 |
| 2010年6月30日 |
サントス |
マンチェスター・C |
レンタル移籍終了 |
| 2010年1月28日 |
マンチェスター・C |
サントス |
レンタル移籍 |
| 2008年9月1日 |
レアル・マドリー |
マンチェスター・C |
完全移籍 |
| 2005年8月25日 |
サントス |
レアル・マドリー |
完全移籍 |
| 2002年1月1日 |
|
サントス |
完全移籍 |

ブラジル
サントス
引退
バシャクシェヒル
スィヴァススポル
アトレチコ・ミネイロ
広州FC
ミラン
マンチェスター・C
レアル・マドリー