サミュエル・エトー

Samuel ETOO
ポジション FW
国籍 カメルーン
生年月日 1981年03月10日(44歳)
利き足
身長 180cm
体重 75kg
ニュース 人気記事 クラブ 監督データ

サミュエル・エトーのニュース一覧

カメルーンサッカー連盟(FECAFOOT)は11日、サミュエル・エトー氏(40)が、次期会長に決定したことを発表した。任期は4年間となる。 最終的に現職を務めるセイドゥ・ムボンボ・エンジョヤ氏との一騎討ちとなった今回の会長選。投票日の11日の朝に7名の候補者のうち5名が辞退したという。 辞退者の中には元カメ 2021.12.12 14:09 Sun
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元バルセロナのサミュエル・エトー氏が、スペイン『アス』の独占インタビューの中でレアル・マドリーのフランス代表FWカリム・ベンゼマを絶賛している。 先日に2021年のバロンドール授賞式が行われ、アルゼンチン代表FWリオネル・メッシが7度目の栄冠に輝いた。エトー氏は『アス』のインタビューの中で現役時代のチームメイトの 2021.12.01 14:50 Wed
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元バルセロナのサミュエル・エトー氏が、バロンドール受賞後のリオネル・メッシと会話をしたことを明かした。 メッシの史上7度目の受賞となった今回のバロンドール。賛否両論ある中で、ブンデスリーガで歴代最多となる41ゴールを記録したバイエルンのポーランド代表FWロベルト・レヴァンドフスキや、チャンピオンズリーグとユーロで 2021.12.01 14:20 Wed
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アトレティコ・マドリーのフランス代表FWアントワーヌ・グリーズマンが今月発売されたばかりのサッカーゲーム『FIFA 22』に興じている。 ゴールパフォーマンスにゲーム内の動きを取り入れるなど大のゲーム好きとして知られているグリーズマン。これまでは『ウイニングイレブン』シリーズをプレーしていたが、今シーズンは『FI 2021.10.15 07:15 Fri
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カメルーン代表やバルセロナなどで活躍したサミュエル・エトー氏(40)の息子がポルトガルのヴィトーリア・ギマランイスに加入した。 世界屈指のストライカーだったエトー氏を父親に持つU-20カメルーン代表FWエティエンヌ・エトー(19)は、スペインのマジョルカで生まれた189cmのストライカー。 2006年にマジ 2021.09.28 00:40 Tue
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カメルーン代表のニュース一覧

かつてパリ・サンジェルマン(PSG)やマルセイユで活躍した元カメルーン代表MFモデスト・エムバミ氏(40)が7日に心臓発作で逝去した。 カメルーンのヤウンデで生まれ育ったエムバミ氏は、2000年にフランスのスダン・アルデンヌでヨーロッパでのキャリアをスタート。以降はPSGやマルセイユ、スペインのアルメリア、中国の 2023.01.08 22:28 Sun
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年齢詐称疑惑が浮上していたカメルーンサッカー界。年齢のチェックを行った結果、とんでもない結果が出てしまったようだ。イギリス『BBC』が伝えた。 カメルーンサッカー連盟(Fecafoot)は、バルセロナやインテルなどでプレーし、カメルーン代表としても活躍したFWサミュエル・エトー氏が現在は会長を務めている。 2023.01.05 22:38 Thu
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インテルのGKアンドレ・オナナ(26)が23日、カメルーン代表引退を表明した。 オナナは11月28日に行われたカタール・ワールドカップ(W杯)グループG第2節セルビア代表戦を前にリゴベール・ソング監督とプレースタイルを巡る意見の相違から衝突。チームを追放されていた。 そのオナナはカメルーン代表について「もう 2022.12.23 23:15 Fri
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カタールで起こした暴力事件が問題となっているカメルーンサッカー協会(FECAFOOT)のサミュエル・エトー会長が謝罪声明を発表した。 問題が起きたのは5日にスタジアム974で開催されたブラジル代表vs韓国代表の試合後のこと。スタジアムの外ででファンと記念撮影に応じていたエトー氏だったが、ある男性から挑発を受け、飛 2022.12.07 17:00 Wed
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カメルーンサッカー連盟(FECAFOOT)の会長を務める元カメルーン代表FWのサミュエル・エトー氏が、カタールで暴力事件を起こしたようだ。『ESPN』が報じている。 エトー氏は先週にグループステージで敗退したカメルーンのサッカー連盟の会長を務め、2019年からはカタール・ワールドカップ(W杯)組織委員会の代表とし 2022.12.06 23:23 Tue
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シティとミランが対戦、遺恨を残したペップから声をかけられたイブラヒモビッチは...

ズラタン・イブラヒモビッチ氏が、ジョゼップ・グアルディオラ監督に対して気まずそうな態度をとった。ドイツ『ビルト』が伝える。 イブラヒモビッチとペップ・グアルディオラ。 両者は2009-10シーズン、バルセロナのトップチームで共闘することになり、当時インテルからサミュエル・エトー氏との実質トレードで加入したイブラ氏は、ペップ・バルサ2年目の最前線でスタメン起用され始めた。 しかし、序盤戦のゴール量産から次第にコンディションを落とし、グアルディオラ監督はイブラ氏のベンチスタートを増やすことに。 結局、加入から1年でミランにレンタル放出され、さらにその1年後に完全移籍移行。 現在に至る「ミランの王・イブラヒモビッチ」が生まれることとなったが、イブラ氏はグアルディオラ監督に対する恨み辛みを、のちに余すことなく、何度も口にしている。 「グアルディオラは幼稚なコーチ…話しかけられることなどないし、見ようともしない…俺を見るなり逃げ失せるような男だ…」 時は流れて2024年夏、7月28日。 イブラ氏がシニアアドバイザーを務めるミランと、グアルディオラ監督率いるマンチェスター・シティが、米国でのプレシーズンマッチにて対戦。ミランが3-2と勝利した。 グアルディオラ監督から立ち寄る形で試合前に顔を合わせた両者。イブラ氏が作った笑顔はどう見てもよそよそしく、握手とハグもそこそこに、ペップの話しかけにも目線を合わせるのがしんどかったような印象が。 おそらくグアルディオラ監督のほうは、過去の確執をそこまで気にするタイプではないが、イブラ氏の「気まずい…」という表情は本当に印象的。 1年限りとなったバルセロナでの共闘から14年、イブラ氏は当時のグアルディオラ監督の年齢(38〜39歳)を超え、今や自身もチームを監督する側の立場。TVカメラも近づいてきたなか、大人の対応をした格好か。 <span class="paragraph-title">【動画】ペップに声をかけられ、この上なく気まずそうなイブラヒモビッチ</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="in" dir="ltr">Ibrahimovic tampak menghindari kontak mata dan Guardiola pun coba bersikap &#39;senormal&#39; mungkin. Para fans sepakbola menilai, Zlatan Ibrahimovic tampak masih tidak menyukai Pep Guardiola ⁣<br>⁣<br>Ibrahimovic pernah terang-terangan menulis Guardiola sebagai pelatih yang tidak punya… <a href="https://t.co/skUHPxR4Wv">pic.twitter.com/skUHPxR4Wv</a></p>&mdash; detiksport (@detiksport) <a href="https://twitter.com/detiksport/status/1819330955708190859?ref_src=twsrc%5Etfw">August 2, 2024</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2024.08.02 20:35 Fri
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エゴと献身性の相反する能力を持ち合わせたアフリカ最高のストライカー、サミュエル・エトー

サッカー史には数多くの偉大なアフリカ人ストライカーが名を残している。 古くはミランで活躍しバロンドールも受賞、今は一国の長になっている元リベリア代表FWのジョージ・ウェア大統領、背番号「4」が特徴的で、心臓病がありながらもアーセナルをはじめとするプレミアリーグのクラブやナイジェリア代表として活躍したヌワンコ・カヌ、コートジボワールを強豪国へと引き上げた黄金世代の1人で、チェルシーではチャンピオンズリーグ制覇など数多くのタイトルを獲得。戦争を止めたというエピソードもあるディディエ・ドログバら、多くのスター選手がいる。 ヨーロッパの舞台だけでなく、Jリーグでも2020シーズンに得点王を獲得したFWオルンガのインパクトは絶大。かつては“浪速の黒豹”としても知られたパトリック・エムボマらも活躍し、その能力の高さは知られたところだろう。 現役でもリバプールを支えるエジプト代表FWモハメド・サラーやセネガル代表FWサディオ・マネなどがいるが、そんなアフリカ人ストライカーたちの中でも、一線を画すスタイルで活躍したのが元カメルーン代表FWサミュエル・エトーだ。 <span class="paragraph-title">◆地元の名門育ちのストライカー</span> エトーは、カメルーンのドゥアラにある名門アカデミーのカジ・スポーツアカデミーの一期生。その後、エスパニョールで長らく活躍したGKイドリス・カメニやマンチェスター・ユナイテッドでもプレーしたMFエリック・ジェンバ=ジェンバら、多くの才能ある選手を輩出している。 16歳になったエトーはスペインの名門、レアル・マドリーのカスティージャに入団。当時レアル・マドリー・カスティージャは3部に所属していたため、外国人選手が出場できず。エトーはレガネス、エスパニョール、マジョルカへとレンタル移籍し経験を積んだ。 マジョルカではその活躍が認められ2000年夏に完全移籍。3シーズンを過ごし、チームをコパ・デル・レイで優勝に導くなど、その才能が開花。2004年夏にバルセロナへと完全移籍した。 <span class="paragraph-title">◆ヨーロッパで輝いた“黒い宝石”</span> バルセロナへと加入したエトー。加入1年目からエトーは活躍。ラ・リーガで37試合に出場し25ゴールを記録。ラ・リーガ優勝を経験した。 そして迎えた2年目も躍動。ラ・リーガでは 34試合で26ゴール7アシストを記録し得点王を獲得。チャンピオンズリーグでは11試合で6ゴール2アシストを記録し、決勝のアーセナル戦でもゴールを決め、ビッグイヤー獲得に貢献した。 バルセロナではブラジル代表FWロナウジーニョとの抜群の連携を見せ、一気に得点力を開花させたが、そのエトーはロナウジーニョの影響もあり献身的な守備を身につける。そしてそのプレースタイルが、後のキャリアにも影響する。 5シーズンのバルセロナでのプレーでインパクトを残したエトーは、2009年夏にインテルへと移籍。セリエAの舞台に活躍の場を移すと、そのバルセロナで身につけた献身性を武器に32試合12ゴール。チャンピオンズリーグでも13試合で2ゴール2アシストと、数字に残る成績は低下したものの、チームへの貢献度は大きいものだった。 結果として、バルセロナ最後の2008-09シーズン、そしてインテル最初の2009-10シーズンと2年連続で国内リーグ、国内カップ、そしてチャンピオンズリーグの3冠を達成。史上初の快挙を成し遂げた唯一の選手となった。 その後のエトーは、世界各国を転々。ロシアのアンジ・マハチカラ、イングランドのチェルシー、エバートン、イタリアのサンプドリア、トルコのアンタルヤスポル、コンヤスポル、カタールのカタールSCでプレー。クラブレベルでは6カ国を経験した。 クラブレベルでは公式戦720試合で360ゴール117アシスト。2試合に1点のペースを生涯通じて記録した偉大なストライカーだ。 <span class="paragraph-title">◆CL決勝で決めた2つのゴール</span> バルセロナでは199試合で130ゴール40アシストを記録したエトー。数多くのゴールを決めてきた中、重要なゴールも多い。 まずは、チャンピオンズリーグ決勝でのゴールだ。エトーは、バルセロナ時代に2度チャンピオンズリーグで優勝。その2度の決勝ではどちらもゴールを奪っている。 1つ目2005-06シーズンのアーセナルとの決勝。この試合は、アーセナルのGKイェンス・レーマンが18分で退場するというアクシデントからスタート。さらに37分にはその数的不利なアーセナルが、ソル・キャンベルのゴールで先制するという展開となった。 数的有利なバルセロナとしては逆転したいなか、試合は終盤へ。それでも76分にエトーが見せる。 縦パスがアンドレス・イニエスタから入ると、ヘンリク・ラーションのワンタッチパスに反応し、ニアサイドを撃ち抜いた。 さらにエトーは2008-09シーズンの決勝でマンチェスター・ユナイテッド相手にゴール。こちらは打って変わって、開始10分で決めたゴールだ。 このゴールもボックス手前でボールを持ったイニエスタからのスルーパスをボックス内右で受けると、鋭い切り返しで相手をかわすと、そのままニアサイドを撃ち抜いた。 <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJETUZHelRZbCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> <span class="paragraph-title">◆新たな章の始まり</span> 次に紹介したいのはインテル時代のデビューゴールだ。 インテルではジョゼ・モウリーニョ監督の下で3冠を達成したが、その役割はバルセロナ時代のストライカーから少し変化していった。 エゴイスティックな自らのゴールを優先しがちなストライカーとは異なり、周りの選手を生かすアシストや、守備面でも貢献する献身性を伴ったエトーは、本当の意味で相手の脅威となった。 そのエトーがインテルで最初に決めたゴールが2009年8月8日に行われたスーペルコッパ・イタリアのラツィオ戦だった。 <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJHS1NmTFJ0NiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> シーズン開幕前に行われた一戦。エトーにとってはインテルでの公式戦デビュー戦となった試合だが、この試合ではその変化の片鱗を見せる。 献身的なプレーを続けたエトーだがチームは2点ビハインドで試合終盤へ。すると78分、マリオ・バロテッリの浮き球のパスに反応し豪快に蹴り込んで魅せた。 当時はディエゴ・ミリート、バロテッリ、そしてエトーとストライカータイプが揃う中で献身的なプレーを発揮していたエトー。この時はゴールを仕留める役割だったが、この後にウイング起用が増え、このシーズン3冠を達成した。 <span class="paragraph-title">◆プレミア初ハットトリック</span> そして3つ目はプレミアリーグでの活躍だ。 エトーはチェルシーとエバートンに在籍経験があるが、どちらも短いものだった。 チェルシーには1シーズンしか在籍しなかったが、その中でハットトリックを記録。それがマンチェスター・ユナイテッド戦だった。 <div class="dugout-video dugout-embed-eyJrZXkiOiJIeFZIdW1iRyIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0="></div><script type="text/javascript" src="https://embed.dugout.com/v3.1/ultrasoccer.js"></script> 前述の通り、バルセロナ時代の2008-09シーズンのチャンピオンズリーグ決勝でユナイテッド相手にゴールを決めていたエトー。今回はプレミアリーグの試合でハットトリックをやってのけた。 2014年1月19日に行われた試合ではカットインからのシュートで先制ゴールを決めると、2点目はグラウンダーのクロスに合わせて追加点。3点目はCKの流れからこぼれ球を蹴り込みハットトリックを達成した。 エバートン時代を含めプレミアリーグでは12ゴールしか決めていないが、そのうちの3点がユナイテッド戦。この年は優勝を争っていたものの、終盤に失速し3位に終わっていた。 <div id="cws_ad"><hr>バルセロナやインテルなどのクラブチームで活躍し、カメルーン代表としても歴代最多ゴール数を誇るエトーが大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br/><br/>現役時代に魅せたゴールが『サカつくRTW』でも再現。是非一度チェックしてみよう。</div> <a href="https://web.ultra-soccer.jp/link.php?url=https://ryan.onelink.me/C7cD/f7dd12&c=sega_20210715_2" target="_blank"><div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/900/img/2021/sega20210728.jpg" style="max-width:100%;"></div></a> 2021.07.31 22:15 Sat
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【メッシとバルセロナ】vol.5 当時19歳の青年が世界に与えた衝撃、クラシコで初のハットトリック/2007年3月10日

今日の欧州サッカー界で最もホットな話題といえるのが、バルセロナのアルゼンチン代表FWリオネル・メッシ(33)の去就騒動だ。2001年に13歳でバルセロナのカンテラに加入して以降、約20年に渡ってバルセロナ一筋でプレーを続けてきたメッシがトランスファーリクエストを提出したのだ。 これまでチームのアイコンとして、そして数多くの功績を残したメッシ。今特集ではバルセロナでのメッシのキャリアを語る上で欠かせないシーンをピックアップ。各試合やゴールを思い返しつつ、そのキャリアを振り返る。 <div id="cws_ad">◆メッシのクラシコでの記念すべき初ハット!<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJHeW52d3hMYSIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> 今回は2007年3月10日のラ・リーガ第26節の一戦だ。メッシがクラシコで初めてのゴール、そしてハットトリックを決めた試合だ。 首位のバルセロナがカンプ・ノウにレアル・マドリーを迎えた試合は打ち合いとなる。まずは5分にルート・ファン・ニステルローイのゴールでマドリーが先制する。 すると11分、メッシは完全にフリーの状態でFWサミュエル・エトーからボックス内でパスを受けると、オフサイドラインぎりぎりで抜けてGKイケル・カシージャスとの一対一を冷静に沈める。 13分にマドリーはファン・ニステルローイが再びゴールを奪いリードを広げるが、28分にメッシが加点。ボックス内に侵入したFWロナウジーニョが、エトーのリターンを強引にシュート。これはGKカシージャスがセーブするが、こぼれ球をメッシが豪快に蹴り込み、2点目を記録した。 2-2のまま試合は進むと73分にセルヒオ・ラモスが勝ち越しゴール。このままマドリーが勝利かと思われたが、後半アディショナルタイムにドラマが。 ロナウジーニョの縦パスをボックス手前で受けたメッシは、ドリブルでDFイバン・エルゲラを抜くと、カバーに入ったセルヒオ・ラモスをあざ笑うシュートをゴール右に決めハットトリック達成。3-3の引き分けに持ち込んだ。 当時19歳259日のメッシにとって、これがクラシコ初ゴールであると同時に、キャリア初のハットトリックとなった。その後もクラシコの舞台でゴールを重ね続けているメッシ、通算26ゴールは文句なしの歴代1位だ。 2020.09.02 10:00 Wed
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エトーにさらなる隠し子判明…8人目の子供に

カメルーンサッカー連盟の会長を務めるサミュエル・エトー氏(40)に新たな隠し子がいたことが断定された。スペイン『エル・パイス』が報じている。 エトー氏は2018年からエリカ・ド・ロザリオ・ネベス(22)さんの父親認知を巡って裁判が続いていた。エリカさんは、同氏が1997年にマドリードのナイトクラブで出会ったスペイン人女性のアディレウサさんとの間に生まれた子供だが、1998年2月に妊娠がわかると、出産を望まないエトー氏は連絡を断ち、一切会わなくなったという。 裁判所は被告に対してDNA検査を求めたが、エトー氏は要求に答えず裁判を先延ばしに。それでも今月17日、被告をエリカさんの父親として宣言した。 また、これに伴い、エトー氏にはエリカさんが仕事を見つけるまでの間、毎月1400ユーロ(約18万円)の扶養手当の支払い命令が下された。さらに、遡及効として、訴訟があった2018年からおよそ3年分にあたる5万ユーロ(約655万円)以上の即時支払いも科せられるようだ。 なお、エトー氏にはエリカさん以外にも7人の子供がいる。2014年に結婚した現妻のジョーゼットさんとの間に生まれたシエナ、リン、マエルの3人の子供のほか、パリにはほとんど疎遠状態だというジュニアとソアンという名前の2人の息子も。 2001年にパルマのガソリンスタンドで出会ったというアンナ・バランカさんとは、わずか3カ月の交際期間に女の子が生まれたが、当時もエトーは親権を放棄し、2004年にマジョルカで今回同様の認知調停が開かれている。2019年には1万ユーロの慰謝料を支払うよう言い渡されたが、現在も未払いが続いており、2020年から再び裁判に発展している。 マリア・アンジェラス・ピエンダさんとの間にも一人の子供をもうけたが、2018年7月に養育費の不払いを理由に1万6400ユーロの支払いを請求されていた。 2022.02.18 17:53 Fri
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インテル3冠の一員、”黒豹”エトーの類稀なスピードと決定力【ハットトリック・ヒーローズ】

サッカーにおいて、1試合で3得点以上を決めることを表す「ハットトリック」。元々はクリケットで打者を三者連続アウトにすることをそう呼んでいた。(クリケットにおいて打者を連続でアウトにすることは相当難易度が高い) サッカー選手にとって、「ハットトリック」は実力を証明する功績でもあるが、そう簡単にはお目にかかれない。この企画『HAT-TRICK HEROES』では記憶に残る「ハットトリック」を紹介していく。 今回は、元カメルーン代表FWのサミュエル・エトー氏がインテル時代に決めたハットトリックだ。 <div id="cws_ad">◆エトーのスピードと決定力は圧倒的!カメラを奪うゴールパフォーマンスも健在<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJpOUFNcDhkdSIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div></div> バルセロナでゴールを量産していたエトー氏だが、クラブとの関係悪化もあり、2009年にFWズラタン・イブラヒモビッチとのトレードでインテルに加入。 優れた身体能力と得点力の高さを活かし、インテルでも得点を量産すると、いきなりの三冠達成に貢献するなど、イタリアでも見事な活躍を見せた。 2010年9月29日に行われたチャンピオンズリーグ(CL)のグループリーグ、ブレーメン戦では まずは21分、インテルが相手のミスからボールを奪うと、MFエステバン・カンビアッソがエトーにパスを出す。相手DFラインの裏へと抜け出したエトーは、ボックス左からアウトサイドシュートで相手GKの股を抜き、見事な先制点を奪ってみせる。 さらに27分には、最終ラインのDFルッシオからのフィードを、エトーが絶妙なトラップで受けると、そのままボックス右に侵入し、右足でゴールへと沈め、追加点を奪う。 インテルは前半の内にもう1点を加え、3-0で後半を迎えると、試合終盤の81分にはカウンターのチャンスからMFヴェスレイ・スナイデルのスルーパスにエトーが抜け出し、最後は相手GKもかわして無人のゴールへと流し込んだ。 抜群のスピードと決定力でハットトリックを達成したエトー氏。インテルでの3シーズンで102試合53ゴールを記録している。 2020.10.05 18:10 Mon

サミュエル・エトーの移籍履歴

移籍日 移籍元 移籍先 種類
2019年9月6日 カタールSC 引退 -
2018年8月14日 コンヤシュポル カタールSC 完全移籍
2018年1月31日 アンタルヤスポル コンヤシュポル 完全移籍
2015年7月1日 サンプドリア アンタルヤスポル 完全移籍
2015年1月27日 エバートン サンプドリア 完全移籍
2014年8月26日 チェルシー エバートン 完全移籍
2013年8月29日 アンジ・マハチカラ チェルシー 完全移籍
2011年8月24日 インテル アンジ・マハチカラ 完全移籍
2009年7月27日 バルセロナ インテル 完全移籍
2004年8月26日 マジョルカ バルセロナ 完全移籍
2000年1月1日 レアル・マドリー マジョルカ 完全移籍
1999年6月30日 エスパニョール レアル・マドリー レンタル移籍終了
1998年12月1日 レアル・マドリー エスパニョール レンタル移籍
1998年7月1日 Real Madrid B レアル・マドリー 完全移籍
1998年6月30日 レガネス Real Madrid B レンタル移籍終了
1997年7月1日 Real Madrid B レガネス レンタル移籍
1996年7月1日 Real Madrid B 完全移籍

サミュエル・エトーの監督履歴

就任日 退任日 チーム 種類
2021年12月11日 カメルーン 会長
2015年12月8日 2016年1月5日 アンタルヤスポル 監督

サミュエル・エトーの今季成績

カタール・ワールドカップ グループG 0 0 0 0 0 0
合計 0 0 0 0 0 0

サミュエル・エトーの出場試合

カタール・ワールドカップ グループG
第1節 2022-11-24 vs スイス ベンチ外
1 - 0
第2節 2022-11-28 vs セルビア ベンチ外
3 - 3
第3節 2022-12-02 vs ブラジル ベンチ外
1 - 0