ロビーニョ

ROBINHO
ポジション FW
国籍 ブラジル
生年月日 1984年01月25日(41歳)
利き足
身長 172cm
体重 62kg
ニュース 人気記事 クラブ

ロビーニョのニュース一覧

トルコ・スーパーリーグに所属するイスタンブール・バシャクシェヒルは5日、スィヴァススポルから元ブラジル代表FWロビーニョ(34)が正式に加入したことを発表した。契約期間は明かされていないが、背番号は70を着用する。 2002年にサントスでプロデビューを飾ったロビーニョは、2005年にレアル・マドリーに移籍すると、 2019.01.06 04:45 Sun
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▽トルコ・スーパーリーグに所属するイスタンブール・バシャクシェヒルは27日、スィヴァススポルから元ブラジル代表FWロビーニョ(34)を完全移籍で獲得することで合意に至ったことを発表した。 ▽2002年にサントスでプロデビューを飾ったロビーニョは、2005年にレアル・マドリーに移籍すると、その後もマンチェスター・シ 2018.12.28 04:30 Fri
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▽スィヴァススポルに所属する元ブラジル代表FWロビーニョが、レアル・マドリー退団当時を振り返った。スペイン『マルカ』が伝えている。 ▽2002年にサントスでプロデビューを飾ったロビーニョは、2005年にマドリーに入団。ドリブルを武器とし、2006-07、2007-08シーズンには10番を背負ってリーガエスパニョー 2018.09.11 10:00 Tue
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来年の7月にレアル・マドリーに加入することが発表されたブラジルのサントスFWロドリゴ・ゴエスが現在の心境を明かした。『マルカ』が報じている。現在の17歳のロドリゴは昨季、公式戦15試合で6ゴールを記録。その活躍が認められ、18歳となる来年にレアルへ移籍することが発表された。欧州移籍という大きな夢をかなえた若きストライカ 2018.07.29 13:01 Sun
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▽スペイン『マルカ』が、“法的な問題を抱えたイレブン”という嬉しくない11人を発表した。 ▽サッカー界ではベストイレブンを始め様々な『〇○イレブン』というカテゴライズを頻繁に行っているが、今回『マルカ』が発表したのはサッカー界の“最凶イレブン”ともいえる不名誉なものだ。 ▽同紙が発表した法的な問題を抱えたイ 2018.03.22 16:20 Thu
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カッサーノ、キャリア最大の後悔はレアル時代「ジダンやロナウドがいたのに…」

元イタリア代表FWアントニオ・カッサーノ氏が自身のキャリアを振り返った。イタリア『スカイ・スポーツ』が伝えている。 抜群のポテンシャルで“天才”と呼び声高かったカッサーノ氏。1998年にバーリでプロキャリアをスタートさせると、2001年にローマへステップアップ。そこでの活躍が認められ、2006年冬にマドリーへ移籍していた。 <div style="margin:0 auto; min-width:300px; " id="cws_ad"><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJsREJHVEpSUCIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div> マドリーではコンディション不良による不調や、ローマ時代の恩師でもあったファビオ・カペッロ監督との確執により多くの出場機会は得られなかったが、カッサーノ氏は自分自身のせいでチャンスを潰してしまったと感じているようだ。 「最大の後悔は、(ジネディーヌ・)ジダンやロナウドといった素晴らしい選手がいたレアル・マドリーという素晴らしいチームでプレーするチャンスを生かせなかったことだ。レアル・マドリーではとてつもないチャンスを不意にしてしまった」 「バルセロナに行った方が良かったか?あそこにはロナウジーニョがいて(サミュエル・)エトーがいて(リオネル・)メッシがいた。レアル・マドリーではロビーニョとプレーし、俺は(ルイス・)フィーゴと(マイケル・)オーウェンの代わりだった。それは俺が世界最高の1人ということだが、多くの災いを呼んだ」 「カペッロは俺に多くのことをしてくれた。彼がレアル・マドリーに来てから俺は16キロ落とし、最初の3試合で2ゴールを決めたのに彼は俺を外した」 「俺は自分自身を見失って彼に敬意を欠いたことをした。それでも彼は再びチャンスをくれ、多くのことをしてくれたが、俺は少しのことしかしなかった」 結局、カッサーノ氏のマドリー在籍期間は約1年半にとどまり、公式戦29試合で4ゴール3アシストに終わった。その後は、イタリアに復帰し、最終的にはキャリアでセリエA400試合出場を達成し112ゴールを記録していた。 2020.04.23 20:30 Thu
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世界屈指の辣腕代理人ミーノ・ライオラ氏が54歳で逝去…家族が公式声明で訃報伝える

世界屈指の顧客を持ち、辣腕代理人として知られるミーノ・ライオラ氏(享年54)が逝去した。同氏の公式SNSが4月30日に家族による声明という形で訃報を伝えた。 ライオラ氏は、肺の疾患で今年1月にイタリアの病院に入院。治療を受けていた中、ここ数週間は病状が悪化。そして、28日にはイタリアメディアを中心にヨーロッパの複数メディアが他界したと一斉に報じた。 その直後には右腕でもあるホセ・フォルテス・ロドリゲス氏、主治医であるアルベルト・ザングリロ氏が一連の報道を否定。さらに、同氏の公式SNSでも、「疑惑をかけられている人の現在の健康状態:彼らは、私を4カ月で2度殺した。腹を立てている。そして、生き返ることも可能なようだ」と、本人か家族による投稿かは不明だったが、改めて否定がされていた。 しかし、病状自体はやはり深刻なものだったようで2日後に家族の声明によって逝去が伝えられた。 「この度、ミーノが、フットボール界で最も思いやりのある、素晴らしいエージェントを亡くしました」 「ミーノは最後まで、プレーヤーたちを守るために交渉の場に立つのと同じ強さで戦ってくれました。いつも通り、ミーノは私たちを誇り高くしてくれましたが、それを自覚することはありませんでした」 「ミーノは仕事を通じて多くの人の人生に触れ、現代フットボールの歴史に新たな一章を刻みました。彼の存在は永遠に惜しまれることになると思います」 「ミーノのフットボールをプレーヤーにとってより良い場所にするという使命は、変わらぬ情熱で続いていくことでしょう」 イタリアで生まれたライオラ氏は、家族とともに移住したオランダで育ち、通訳としてサッカーに関わることに。その後、ジョルジュ・メンデス氏らと共にフットボール界で最も有名な代理人となった。 当初は、元オランダ代表FWデニス・ベルカンプをはじめとしたオランダ人の代理人を務めていた中、ミランのスウェーデン代表FWズラタン・イブラヒモビッチや、マンチェスター・ユナイテッドのフランス代表MFポール・ポグバ、ドルトムントのノルウェー代表FWアーリング・ハーランドなど世界中の選手の代理人を務めるまでに成長。 元イタリア代表FWマリオ・バロテッリや元ブラジル代表FWロビーニョ、ベルギー代表FWロメル・ルカク、オランダ代表DFマタイス・デ・リフト、イタリア代表GKジャンルイジ・ドンナルンマなど、世界有数の選手を顧客に抱えていた。 また、アメリカ『フォーブス』によれば、2020年には8500万ドル(約111億2200万円)を稼いでいるとされ、高額な報酬を選手の売買で得ていたことが度々問題視されていた。 今夏の移籍市場では、ハーランドの去就を巡って忙しい日々を過ごすとみられていたが、その前に帰らぬ人となってしまった。 <span class="paragraph-title">【画像】公式SNSで家族が訃報伝える</span> <span data-other-div="movie"></span> <div id="cws_ad"><blockquote class="twitter-tweet"><p lang="und" dir="ltr"><a href="https://t.co/xuZWBNA62N">pic.twitter.com/xuZWBNA62N</a></p>&mdash; Mino Raiola (@MinoRaiola) <a href="https://twitter.com/MinoRaiola/status/1520403579311464449?ref_src=twsrc%5Etfw">April 30, 2022</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script></div> 2022.04.30 23:50 Sat

ロビーニョの移籍履歴

移籍日 移籍元 移籍先 種類
2020年10月16日 サントス 引退 -
2020年10月10日 バシャクシェヒル サントス 完全移籍
2019年1月5日 スィヴァススポル バシャクシェヒル 完全移籍
2018年1月23日 アトレチコ・ミネイロ スィヴァススポル 完全移籍
2016年2月11日 広州FC アトレチコ・ミネイロ 完全移籍
2015年7月16日 ミラン 広州FC 完全移籍
2015年6月30日 サントス ミラン レンタル移籍終了
2014年8月7日 ミラン サントス レンタル移籍
2010年8月31日 マンチェスター・C ミラン 完全移籍
2010年6月30日 サントス マンチェスター・C レンタル移籍終了
2010年1月28日 マンチェスター・C サントス レンタル移籍
2008年9月1日 レアル・マドリー マンチェスター・C 完全移籍
2005年8月25日 サントス レアル・マドリー 完全移籍
2002年1月1日 サントス 完全移籍