マウリツィオ・サッリ
Maurizio SARRI
|
|
| ポジション | 監督 |
| 国籍 |
イタリア
|
| 生年月日 | 1959年01月10日(67歳) |
| 利き足 | |
| 身長 | |
| 体重 |
| ニュース | 人気記事 | 監督データ |
マウリツィオ・サッリのニュース一覧
ラツィオのニュース一覧
マウリツィオ・サッリの人気記事ランキング
1
2年越しに監督に謝罪…チェルシーGKケパが交代拒否の真相を明かす「無視するつもりなんてなかった」
チェルシーのスペイン代表GKケパ・アリサバラガが、かつての指揮官であるマウリツィオ・サッリ監督に謝罪した。 ケパは2018年8月にアスレティック・ビルバオからチェルシーへと完全移籍。7100万ポンド()の移籍金で加入し、世界で最も高価なGKとなった。 加入1年目にはヨーロッパリーグ(EL)を制するなどチームのタイトル獲得に貢献した一方で、ちょっとした事件を起こしていた。 2019年2月24日に行われたカラバオカップ(EFLカップ)決勝のマンチェスター・シティ戦。この試合もケパは先発出場していた。 しかし、延長戦に突入した試合では、ケパが痙攣を起こしてプレーが難しいと見られる状況に。そこでサッリ監督は、控えGKのウィリー・カバジェロとの交代を準備した。 ただ、この監督の決断にケパは交代を拒否。そのままプレーを続行すると、PK戦では4-3で敗れシティにEFLカップのタイトルを渡してしまっていた。 ケパは『The Players' Tribune』でこの件についてコメント。ケパはチームのために時間を掛けようとしただけだったものの、サッリ監督がカバジェロをウォーミングアップさせたことで意図が伝わらず、最終的には監督の指示を無視するような形になってしまったとし、謝罪した。 「僕は大丈夫で、ケガをしていないことを伝えようとしたんだ。でも、僕たちは8万人以上の人の前で、ウェンブリーにい宝、サッリは僕のことを理解していなかった」 「第4の審判がボードを上げた時、僕は交代すべきだったし、そうしなかったことは申し訳ないと思っている」 「僕は間違っていた。関係者全員に謝りたい。公の場で僕が貶めたように見えてしまったマウリツィオ・サッリ、チームメイトであり、偉大なプロであるウィリー(・カバジェロ)、そして我慢していたチームメイトやチェルシーファンのみんなにだ」 「試合中、その後の数日間に起きた全ての雑音を、全て我慢しなければならなかった」 「決勝の後、ドレッシングルームで携帯を手にしたら、世界中でニュースになっていることに気がついた。そこから3、4日間は止まらなかった。圧倒的だったし、写真を見たほとんどの人は、僕がマウリツィオ(・サッリ)を軽蔑したと思っただろう」 「僕は誤解されていると感じた。なぜなら、僕は監督を無視するつもりなんてなかったからだ」 「僕は彼に伝えようとしただけだった。そのことをメディアに説明しようとしたけど、それはできなかったんだ」 「幸いなことに、もう過去の話でしかない、僕は今もマウリツィオと素晴らしい関係を築いている。もし今度起きたら、どうすべきかは理解しているよ」 2021.07.27 18:41 Tue2
「思い出すのはサッリ」 ナポリの象徴ハムシク、母国で歩み始めた指導者人生を語る 「400人の子どもたちに…」
元スロバキア代表MFマレク・ハムシク氏が歩み出したばかりの指導者キャリアについて語った。イタリア『カルチョメルカート』が伝えている。 6月に現役を退いたハムシク氏。今やセリエA王者となったナポリで通算520試合出場および121ゴール103アシストという数字を積み上げた36歳は現在、RSCハムシク・アカデミーという自身の名を冠した母国スロバキアの3部リーグクラブでオーナー兼育成コーチとして新たな人生を歩み出している。 そんなハムシク氏の選手キャリアにおけるピークはもちろんナポリ時代。11年半の在籍期間中に6人の指揮官と共闘した元キャプテンだが、イタリア『コリエレ・デッロ・スポルト』のインタビューでは、やはりマウリツィオ・サッリ監督の印象が今も色濃く残っていると語った。 「私はサッリの副官のようだった。チャレンジングなフットボールを志向する彼は、私たち選手にどんなことでも時間を割いて説明してくれた。誰しも時折、『なぜこれが必要なんだ?』と考えることがあるだろう? 私はコーチとして選手にコンセプトを上手く伝えたい…思い出すのはサッリだ」 ハムシク氏は19歳以下の選手への指導が認められるUEFAライセンスを保有しているものの、指導者キャリアは始まったばかり。「私の元に400人の子どもたちがいるんだ。その全員に私の経験を提供したい。けど、与えるには受け取る柔軟性が必要だ。私自身が学びを続けているよ」 スロバキアの子どもたちへの指導について語った一方、同胞の後輩MFスタニスラブ・ロボツカがチームの要に君臨する古巣ナポリの話にも花を咲かせた。 「インテルがとても良いスタートを切ったね。さすがはチャンピオンズリーグ(CL)のファイナリストだ。安定感が光る彼らはナポリからスクデットを取り戻そうとしているだろう。ミランとユベントスのことも忘れてはならない」 「だが、ルディ・ガルシア(監督)とクヴィチャ・クワラツヘリアは10年先を行く資質の持ち主だ。他の選手たちも高い能力を兼ね備えている。ロボツカも、彼がフットボーラーとして、人として、どれほどの価値がある存在か私は知っていた。私の推薦は間違っていなかっただろう?(笑)」 2023.09.05 17:32 Tue3
「許可されてたよ」ピルロ監督は選手の喫煙OK派、教え子が証言「彼自身もハーフタイムは座って一服」
アンドレア・ピルロ氏は指揮官として選手の喫煙を許可しているという。イギリス『サン』が伝えている。 現役時代にイタリア代表としてドイツ・ワールドカップ(W杯)を制し、ミランではチャンピオンズリーグ(CL)を2度制覇したピルロ氏。ユベントスでもセリエA9連覇時代の礎を築くなど、栄光に満ちた選手キャリアを送った。 しかし、監督キャリアでは失敗続き。予期せぬ古巣ユベントスの指揮官就任が歯車を狂わせた感は拭えないが、選手として導いたセリエA9連覇時代を指揮官の立場で終わらせることとなり、昨シーズンはトルコのファティ・カラギュムリュクへ向かうも1年足らずで退任し、今季はサンプドリアでセリエB開幕9試合を戦い1勝3分け5敗と無惨な成績だ。 そんなピルロ氏がファティ・カラギュムリュクを率いていた昨季、選手として所属した元トルコ代表FWコリン・カジム=リチャーズがイギリス『Filthy Fells』のYouTubeチャンネルに出演。ピルロ氏は選手の喫煙を許可し、自らも選手に隠れることなく堂々と喫煙していたという。 「タバコを吸うイタリア人はたくさんいるだろ? それはトルコでも同じなのさ」 「選手としてはもちろん監督次第なわけだけど、ピルロのもとでは許可されていたよ。ピルロを含めた何人かが試合前にノンストップでタバコを吸い、ピルロはハーフタイムも座って一服。話しながらでも咥えているよ」 「これは文化の違いってやつさ。僕はショックを受けたわけじゃないし、決して批判するつもりもない。むしろ正当なことだと思う」 イタリア人と喫煙と言えばラツィオを率いるマウリツィオ・サッリ監督がヘビースモーカーとして知られ、64歳の現在も1日60本の煙草を吸うと言われている。かつてインテルなどを指揮したアルゼンチン人指揮官のエクトル・クーペル氏も煙草を吸いながらセリエAで指揮したことも有名だが、ピルロ氏もかなりのヘビースモーカーだったようだ。 2023.10.12 21:35 Thu4
バークリーの自己信頼は天井知らず、「今季20ゴール取れる」 キャリアハイは…
▽チェルシーに所属するイングランド代表MFロス・バークリーの自己信頼は天井知らずのようだ。同選手がイギリス『テレグラフ』で今季の大いなる野望を語った。 ▽昨夏、エバートンからチェルシーに加入したバークリーだが、昨季はケガの影響もあり公式戦の出場は4試合にとどまった。マウリツィオ・サッリ新監督の下で臨む今季は左インサイドハーフで開幕2試合に出場するなど、本格復帰に向けて順調な歩みを見せている。 ▽そのバークリーは『テレグラフ』で自身が今季20ゴール以上を奪うという大きな目標を口にした。 「僕は今季20ゴール以上を奪うことができると思っている」 「それは大きな数字だけど、達成可能な数字だと思う。過去にランプス(ランパード)やスティービー(ジェラード)、スコールズがやってきたことだしね。まずはトレーニングから多くのゴールを決めて毎日成長を続けていきたい」 「僕はランプスがクラブと個人で達成してきたことをよく知っている。彼とはイングランド代表で一緒にプレーしたし、どれほど素晴らしいプロフェッショナルであったかもわかっている」 ▽シーズン20ゴールという大きな目標を口にしたバークリーだが、これまでのキャリアでの最多得点は2015-16シーズンの48試合12ゴール。また、チェルシーでは今後新加入のクロアチア代表MFマテオ・コバチッチ、負傷明けで戻って来るスペイン代表MFセスク・ファブレガスとのポジション争いが待っており、今回の発言が大風呂敷を広げることにならないことを願いたい。 2018.08.26 15:40 Sun5
ドルトムント移籍のエムレ・ジャン、ユナイテッドからオファーも「1秒だって考えなかった」理由は?
ドルトムントのドイツ代表MFエムレ・ジャンが、自身の移籍について口を開いた。ドイツ『スカイ・スポーツ』が、ドイツ『キッカー』を引用して伝えている。 2018年7月にリバプールからユベントスへ移籍したエムレ・ジャン。しかし、ユベントス2年目となった今シーズン、マウリツィオ・サッリ新監督の下で出場機会を減らすと、多くの候補が挙がる中で移籍期限の1月31日にドルトムントへと買取義務付きのレンタル移籍を果たした。 移籍先のドルトムントでは、デビュー戦でいきなり強烈ミドルシュートを決め鮮烈なデビューを果たすと、2月19日にはドルトムントが早速買い取りオプションを行使。ここまで5試合に出場し1ゴールと順調に出場機会を得ている。 <div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " id="cws_ad"><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJHZzRrQ21HbiIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div> そんなジャンは、『キッカー』のインタビューで、ドルトムントは常に好意的だったことを明かし、自身とドルトムントがお互いにフィットしているとコメントした。 「ドルトムントにはいつも大きな共感を抱いていた。僕は自分が必要とされるクラブに行きたかった。ドルトムントはまさにそんな感じで、クラブが僕に合っているし、僕もクラブに合っている」 また、自身の動向についても言及し、マンチェスター・ユナイテッドを含むプレミアリーグの複数クラブからオファーがあったこと明かしたものの、リバプールに敬意を払って断ったと語った。 「プレミアリーグのクラブからだけでも3つオファーがあって、そのうちの1つはマンチェスター・ユナイテッドだった。でも1秒だって考えることはなかったんだ。何故なら僕はリバプールの選手だったからね」 ジャンが所属するドルトムントは、チャンピオンズリーグ(CL)ラウンド16でパリ・サンジェルマンと対戦。勝ち上がれば、古巣であるリバプール、ユベントス、バイエルンとの対戦の可能性がある。 2020.03.09 15:50 Monマウリツィオ・サッリの監督履歴
| 就任日 | 退任日 | チーム | 種類 |
| 2021年6月9日 | 2024年3月13日 |
ラツィオ |
監督 |
| 2019年7月1日 | 2020年8月8日 |
ユベントス |
監督 |
| 2018年7月14日 | 2019年6月30日 |
チェルシー |
監督 |
| 2015年6月11日 | 2018年7月13日 |
ナポリ |
監督 |
| 2012年6月25日 | 2015年6月4日 |
エンポリ |
監督 |
| 2011年7月6日 | 2011年12月13日 |
Sorrento |
監督 |
| 2010年7月6日 | 2011年6月24日 |
アレッサンドリア |
監督 |
| 2010年3月24日 | 2010年6月30日 |
グロッセート |
監督 |
| 2008年9月23日 | 2009年2月15日 |
ペルージャ |
監督 |
| 2007年12月31日 | 2008年2月27日 |
ヴェローナ |
監督 |
| 2007年7月18日 | 2007年8月23日 |
アヴェッリーノ |
監督 |
| 2006年10月31日 | 2007年3月13日 |
アレッツォ |
監督 |
| 2005年7月9日 | 2006年6月30日 |
ペスカーラ |
監督 |
| 2003年7月1日 | 2005年6月30日 |
Sangiovannese |
監督 |
| 2000年7月1日 | 2003年6月30日 |
US Sansovino |
監督 |
| 1999年7月1日 | 2000年6月30日 |
Tegoleto |
監督 |

イタリア
ユベントス
チェルシー
ナポリ
エンポリ
Sorrento
アレッサンドリア
グロッセート
ペルージャ
ヴェローナ
アヴェッリーノ
アレッツォ
ペスカーラ
Sangiovannese
US Sansovino
Tegoleto