W杯3カ月前の最終サバイバル。欧州遠征で森保ジャパンに招集したい選手たち|GK&DF編
2026.03.16 08:11 Mon
2026年北中米ワールドカップ開幕まで、残された時間は多くない。森保一監督率いる日本代表にとって、3月末に予定されている欧州遠征は本大会メンバー入りを占う重要なシリーズとなる。
主力の顔ぶれは固まりつつある一方で、ポジションによっては激しいサバイバルが続いている。ここで結果を残せるかどうかが、そのまま“北中米行きの切符”につながる可能性も十分にあるだろう。
そこで今回は、現在のパフォーマンスやクラブでの状況、代表チームの編成バランスを踏まえ、今シリーズで招集される可能性が高い、あるいはアピールの場を与えるべき選手たちをポジション別にピックアップ。まずはGKとDF陣から見ていく。
■GK:最後の1枠を巡る争い
GK:小久保玲央ブライアン
生年月日:2001年1月23日(25歳)
所属クラブ:シント=トロイデンVV(ベルギー)
25/26リーグ戦成績:28試合31失点(クリーンシート7試合)
3つ目の枠を懸けた、ラストチャンスだ。森保一監督は、鈴木彩艶(パルマ)、大迫敬介(サンフレッチェ広島)をコンスタントに招集しており、コンディションに問題なければ2枠は埋まっていると言えるだろう。残り1枠を射止める選手に注目が集まっている中、2025年に序列を上げたのは早川友基(鹿島アントラーズ)だった。2025年11月の2試合に小久保は初招集されていたが、ゴールマウスに立つことはできず。昨年にJ1のMVPを受賞した27歳が2試合とも守った。
A代表デビューに備える状況が続く小久保だが、決して彼らに劣っているわけではない。むしろ身長193cmは、前述したGKの中で最も高い。リーチを生かしたダイナミックなシュートストップが持ち味で、ハイボール処理や守備範囲の広さは、押し込まれた状況でのセットプレーでもチームを助けるはずだ。
今季のベルギーリーグでは開幕から先発出場が続いており、28試合で31失点はリーグで3番目に少ない数字。昨シーズン残留争いに直面したチームが現在(3月13日時点)3位につけているのも、抜群の身体能力を誇る最後の砦が力を発揮しているからだ。
国際経験が豊富なところもワールドカップを戦う上で頼もしい。U-16から世代別代表の常連として海外遠征も多く戦ってきた。2024年にはパリオリンピックでグループリーグの全3試合に出場している。自身のキャリアとしても、柏レイソルU-18からベンフィカU-23に加入し、海外でのプレーは6年目となった。それに加えて、明るい性格でムードメーカーを担えるところも差別化ポイントだ。
最終試験の場となる3月シリーズでアピールチャンスを獲得できるか。欧州での経験を重視する森保監督の意向に当てはまる存在だけに、A代表デビュー戦でのパフォーマンスやチーム内での振る舞い次第で、下剋上を起こせるか。
■DF:序列を揺るがす“逆転候補”
DF:安藤智哉
生年月日:1999年1月10日 (27歳)
所属クラブ:FCザンクトパウリ (ドイツ)
25/26リーグ戦成績:8試合
5大リーグでの自己研鑽を披露する時がきた。安藤智哉は2026年1月1日にアビスパ福岡からFCザンクト・パウリに移籍し、活躍の舞台をドイツ1部に移した。今シリーズに招集されれば、初めて海外組として日の丸を付けることになる。
所属チームは残留争いを戦う厳しい状況にある。だが、それは試合中に守備機会が多いということ。頼りになるDFとは、能力の高い相手選手を止められる選手であり、厳しい状況でもなんとか守り切れる選手でもある。“修羅場”と向き合い、くぐり抜けてきた経験が対応力を養うのだ。そういう意味では、日本人DFの中で最も濃密な時間を過ごしていると言えるだろう。リーグ戦では押し込まれる時間帯も多く、しかも残留を懸けた緊迫感のある状況でのプレーだ。そして、その舞台は5大リーグである。“世界で戦えるDF”へ進化するために、急速に経験値を獲得している。
J3のガイナーレ鳥取から一段ずつキャリアアップしてきた27歳は、世界トップレベルに臆することなく自分の力を発揮している。190cm87kgの体躯は、日本を飛び出しても全く引けを取らない。これまで所属チームのサポーターの心をわし掴みにし、対戦相手に恐怖を与えてきた空中戦の強さは健在だ。ロングボールを跳ね返して起点を作らせず、セットプレーでは両チームのゴール前で大きな存在感を放つ。試合最終盤になれば、スコアに関係なく、CKをはじめとしたセットプレーが増える。日本が1点を奪いたい時、日本が1点を守り切りたい時に力を発揮できる選手の存在は、指揮官の采配に幅と厚みをもたらす。
現にE-1終了後の招集では、2025年11月のボリビア代表戦に75分から出場している。それ以外でプレー機会を得られていないことが、本大会メンバーが“狭き門”であることを暗示しているものの、当時は国内組だった。今は違う。瞬く間にドイツで自身の存在を認めさせたように、日本代表での居場所を確保できるか。アピールチャンスは少なく、W杯は約4カ月と迫ってきているが、短くも濃いドイツでの3カ月の集大成を示すことができれば、一気に門が開けてくるかもしれない。
DF:菅原由勢
生年月日:2000年6月28日 (25歳)
所属クラブ:ヴェルダー・ブレーメン(ドイツ)
25/26リーグ戦成績:23試合4アシスト
真価を問われる時がきた。2025年8月に菅原由勢はイングランドからドイツへと戦いの場を移し、ヴェルダー・ブレーメンの一員となった。サウサンプトンでの経験を糧に、ブンデスリーガという新たな刺激の中で自己研鑽を積む25歳にとって、今回の3月シリーズはW杯本大会のメンバー入りを決定づける、文字通りラストチャンスとなるだろう。
ドイツでの日々は、菅原をよりタフなDFへと進化させている。ブレーメンでは加入直後から右サイドの主力として定着。攻守の切り替えが速く、激しいデュエルが求められるリーグの特性は、長年課題としてきた守備強度の向上に格好の環境となっている。強靱なフィジカルを持つ欧州のウインガーと毎週のように対峙し、残留争いも意識する重圧がかかる局面で「守り切る」経験を積み重ねている。それは、かつて攻撃力のみがクローズアップされていた菅原が、守備においても計算の立つ“戦えるSB”へと脱皮した証でもある。
最大の武器である精密な右足のキックも、より研ぎ澄まされている。精度の高いクロスやセットプレーのキックは、拮抗した展開を一振りで打開できる威力を持つ。特に今季のリーグ戦で見せている4アシスト(3月15日時点)という数字は、勝負所での勝負強さを裏付けるものだ。また、3バックと4バックを併用する現在の日本代表において、右サイドの全ポジションを高い次元でこなせる柔軟性は、過酷なW杯本大会を戦う指揮官にとってこの上なく心強いはずだ。
アジアカップ以降、代表での序列低下という苦い経験も味わった。しかし、その悔しさを胸にスケールアップを図ってきた。欧州主要2リーグを渡り歩き、逆境を跳ね返してきた自信が一挙手一投足に漂っている。W杯まで約4カ月。ドイツで証明し続けてきた「個」の価値を、今度は日の丸を背負って示す番だ。この3月の2試合で再び右サイドの支配権を奪い返せれば、北中米への門は一気に開けてくるに違いない。
主力の顔ぶれは固まりつつある一方で、ポジションによっては激しいサバイバルが続いている。ここで結果を残せるかどうかが、そのまま“北中米行きの切符”につながる可能性も十分にあるだろう。
そこで今回は、現在のパフォーマンスやクラブでの状況、代表チームの編成バランスを踏まえ、今シリーズで招集される可能性が高い、あるいはアピールの場を与えるべき選手たちをポジション別にピックアップ。まずはGKとDF陣から見ていく。
GK:小久保玲央ブライアン
チームを救う守護神
— DAZN Japan (@DAZN_JPN) August 30, 2025
至近距離の反応はお手の物!!
小久保玲央ブライアン ビッグセーブ連発
ベルギーリーグ第6節
セルクル・ブルッヘ×シント=トロイデン
#DAZN 見逃し配信中#だったらDAZN
生年月日:2001年1月23日(25歳)
所属クラブ:シント=トロイデンVV(ベルギー)
25/26リーグ戦成績:28試合31失点(クリーンシート7試合)
3つ目の枠を懸けた、ラストチャンスだ。森保一監督は、鈴木彩艶(パルマ)、大迫敬介(サンフレッチェ広島)をコンスタントに招集しており、コンディションに問題なければ2枠は埋まっていると言えるだろう。残り1枠を射止める選手に注目が集まっている中、2025年に序列を上げたのは早川友基(鹿島アントラーズ)だった。2025年11月の2試合に小久保は初招集されていたが、ゴールマウスに立つことはできず。昨年にJ1のMVPを受賞した27歳が2試合とも守った。
A代表デビューに備える状況が続く小久保だが、決して彼らに劣っているわけではない。むしろ身長193cmは、前述したGKの中で最も高い。リーチを生かしたダイナミックなシュートストップが持ち味で、ハイボール処理や守備範囲の広さは、押し込まれた状況でのセットプレーでもチームを助けるはずだ。
今季のベルギーリーグでは開幕から先発出場が続いており、28試合で31失点はリーグで3番目に少ない数字。昨シーズン残留争いに直面したチームが現在(3月13日時点)3位につけているのも、抜群の身体能力を誇る最後の砦が力を発揮しているからだ。
国際経験が豊富なところもワールドカップを戦う上で頼もしい。U-16から世代別代表の常連として海外遠征も多く戦ってきた。2024年にはパリオリンピックでグループリーグの全3試合に出場している。自身のキャリアとしても、柏レイソルU-18からベンフィカU-23に加入し、海外でのプレーは6年目となった。それに加えて、明るい性格でムードメーカーを担えるところも差別化ポイントだ。
最終試験の場となる3月シリーズでアピールチャンスを獲得できるか。欧州での経験を重視する森保監督の意向に当てはまる存在だけに、A代表デビュー戦でのパフォーマンスやチーム内での振る舞い次第で、下剋上を起こせるか。
■DF:序列を揺るがす“逆転候補”
DF:安藤智哉
— DAZN Japan (@DAZN_JPN) March 8, 2026
安藤智哉
渾身のディフェンス
ブンデスリーガ第25節
ザンクト・パウリ×フランクフルト
DAZN ライブ配信中 #ブンデスリーガ #だったらDAZN pic.twitter.com/qrB0fs5ZzO
生年月日:1999年1月10日 (27歳)
所属クラブ:FCザンクトパウリ (ドイツ)
25/26リーグ戦成績:8試合
5大リーグでの自己研鑽を披露する時がきた。安藤智哉は2026年1月1日にアビスパ福岡からFCザンクト・パウリに移籍し、活躍の舞台をドイツ1部に移した。今シリーズに招集されれば、初めて海外組として日の丸を付けることになる。
所属チームは残留争いを戦う厳しい状況にある。だが、それは試合中に守備機会が多いということ。頼りになるDFとは、能力の高い相手選手を止められる選手であり、厳しい状況でもなんとか守り切れる選手でもある。“修羅場”と向き合い、くぐり抜けてきた経験が対応力を養うのだ。そういう意味では、日本人DFの中で最も濃密な時間を過ごしていると言えるだろう。リーグ戦では押し込まれる時間帯も多く、しかも残留を懸けた緊迫感のある状況でのプレーだ。そして、その舞台は5大リーグである。“世界で戦えるDF”へ進化するために、急速に経験値を獲得している。
J3のガイナーレ鳥取から一段ずつキャリアアップしてきた27歳は、世界トップレベルに臆することなく自分の力を発揮している。190cm87kgの体躯は、日本を飛び出しても全く引けを取らない。これまで所属チームのサポーターの心をわし掴みにし、対戦相手に恐怖を与えてきた空中戦の強さは健在だ。ロングボールを跳ね返して起点を作らせず、セットプレーでは両チームのゴール前で大きな存在感を放つ。試合最終盤になれば、スコアに関係なく、CKをはじめとしたセットプレーが増える。日本が1点を奪いたい時、日本が1点を守り切りたい時に力を発揮できる選手の存在は、指揮官の采配に幅と厚みをもたらす。
現にE-1終了後の招集では、2025年11月のボリビア代表戦に75分から出場している。それ以外でプレー機会を得られていないことが、本大会メンバーが“狭き門”であることを暗示しているものの、当時は国内組だった。今は違う。瞬く間にドイツで自身の存在を認めさせたように、日本代表での居場所を確保できるか。アピールチャンスは少なく、W杯は約4カ月と迫ってきているが、短くも濃いドイツでの3カ月の集大成を示すことができれば、一気に門が開けてくるかもしれない。
DF:菅原由勢
芸術的なアシスト
— DAZN Japan (@DAZN_JPN) January 16, 2026
菅原由勢のドンピシャのスルーパスを
抜け出したヌジンマーが流し込んだ!
菅原がパス一本でゴールまでエスコート
ブンデスリーガ第18節
ブレーメン×フランクフルト
#DAZN 見逃し配信中#ブンデスリーガ #だったらDAZN pic.twitter.com/fukKDze3Ju
生年月日:2000年6月28日 (25歳)
所属クラブ:ヴェルダー・ブレーメン(ドイツ)
25/26リーグ戦成績:23試合4アシスト
真価を問われる時がきた。2025年8月に菅原由勢はイングランドからドイツへと戦いの場を移し、ヴェルダー・ブレーメンの一員となった。サウサンプトンでの経験を糧に、ブンデスリーガという新たな刺激の中で自己研鑽を積む25歳にとって、今回の3月シリーズはW杯本大会のメンバー入りを決定づける、文字通りラストチャンスとなるだろう。
ドイツでの日々は、菅原をよりタフなDFへと進化させている。ブレーメンでは加入直後から右サイドの主力として定着。攻守の切り替えが速く、激しいデュエルが求められるリーグの特性は、長年課題としてきた守備強度の向上に格好の環境となっている。強靱なフィジカルを持つ欧州のウインガーと毎週のように対峙し、残留争いも意識する重圧がかかる局面で「守り切る」経験を積み重ねている。それは、かつて攻撃力のみがクローズアップされていた菅原が、守備においても計算の立つ“戦えるSB”へと脱皮した証でもある。
最大の武器である精密な右足のキックも、より研ぎ澄まされている。精度の高いクロスやセットプレーのキックは、拮抗した展開を一振りで打開できる威力を持つ。特に今季のリーグ戦で見せている4アシスト(3月15日時点)という数字は、勝負所での勝負強さを裏付けるものだ。また、3バックと4バックを併用する現在の日本代表において、右サイドの全ポジションを高い次元でこなせる柔軟性は、過酷なW杯本大会を戦う指揮官にとってこの上なく心強いはずだ。
アジアカップ以降、代表での序列低下という苦い経験も味わった。しかし、その悔しさを胸にスケールアップを図ってきた。欧州主要2リーグを渡り歩き、逆境を跳ね返してきた自信が一挙手一投足に漂っている。W杯まで約4カ月。ドイツで証明し続けてきた「個」の価値を、今度は日の丸を背負って示す番だ。この3月の2試合で再び右サイドの支配権を奪い返せれば、北中米への門は一気に開けてくるに違いない。
日本代表の関連記事
ワールドカップの関連記事
|
|
日本代表の人気記事ランキング
1
日本代表スタメン発表! 1トップは上田綺世、久保建英や堂安律ら順当にスタメンに【2026W杯アジア最終予選】
20日、2026年北中米ワールドカップ(W杯)アジア最終予選第7節のバーレーン代表戦に臨む日本代表のスターティングメンバーが発表された。 ここまで6試合を戦い、5勝1分けの無敗で首位を独走している日本。バーレーンに勝利すれば8大会連続8度目のW杯出場が決定。3試合を残しての決定は史上最速となる。 ホームでの一戦となるバーレーン戦は順当に主力組がスタメンに並ぶことに。GKは鈴木彩艶、3バックは板倉滉、瀬古歩夢、伊藤洋輝が並んだ。 ボランチは遠藤航と守田英正となり、右ウイングバックに堂安律、左に三笘薫が入り、シャドーは久保建英と南野拓実。1トップは上田綺世となった。 なお、DF長友佑都、DF関根大輝、MF藤田譲瑠チマ、FW古橋亨梧がベンチ外となっている。 バーレーン戦はこの後19時35分キックオフ。テレビ朝日系列で地上波生中継、『DAZN』でもライブ配信される。 <h3>◆日本代表スタメン</h3> GK 鈴木彩艶(パルマ) DF 板倉滉(ボルシアMG) 伊藤洋輝(バイエルン) 瀬古歩夢(グラスホッパー) MF 遠藤航(リバプール) 南野拓実(モナコ) 守田英正(スポルティングCP) 三笘薫(ブライトン&ホーヴ・アルビオン) 堂安律(フライブルク) 久保建英(レアル・ソシエダ) FW 上田綺世(フェイエノールト) <h3>◆ベンチ入りメンバー</h3> GK 大迫敬介(サンフレッチェ広島) 谷晃生(FC町田ゼルビア) DF 菅原由勢(サウサンプトン) 高井幸大(川崎フロンターレ) 中山雄太(FC町田ゼルビア) MF 鎌田大地(クリスタル・パレス) 旗手怜央(セルティック) 伊東純也(スタッド・ランス) 田中碧(リーズ・ユナイテッド) FW 前田大然(セルティック) 中村敬斗(スタッド・ランス) 町野修斗(ホルシュタイン・キール) <h3>◆メンバー外</h3> 長友佑都(FC東京) 関根大輝(スタッド・ランス) 藤田譲瑠チマ(シント=トロイデン) 古橋亨梧(スタッド・レンヌ) 2025.03.20 18:53 Thu2
なぜ18歳・佐藤龍之介はファジアーノ岡山でブレイクできたのか? E-1選手権で“内田篤人超え”が期待される若き才能の適応力とブレないメンタリティ
突出した適応力だ。今シーズンにFC東京からファジアーノ岡山に育成型期限付き移籍で加入した佐藤龍之介は、新たな環境に素早く順応し、自身の力を遺憾なく発揮している。 久保建英と同じ16歳でFC東京とプロ契約を結んだMFは、高卒1年目となるシーズンに武者修行を決断。約18年を過ごした東京を飛び出し、約660km離れた岡山に移り住んだ。 未到の地で単身生活をしながら、プロサッカー選手として結果を出すことを目指す。私生活をはじめ不慣れなことも多く、決して簡単ではない。さらに、主に起用されるのは、サッカーキャリアで「初めて」のウイングバックである。まさに、初めて尽くしだ。しかし、ピッチ上では圧倒的なパフォーマンスを発揮している。 第23節終了時点では、17試合に出場してチーム最多の4ゴールを記録。第19節・湘南ベルマーレ戦では、先制点を奪うだけでなく、両チームトップの走行距離12.1kmとスプリント18回を叩き出した。右WBで攻守にハードワークしながら、74分からはシャドーに移り、タイムアップまでプレー。試合後に木山隆之監督は「1番ゴールを取る可能性がある人をピッチに残すのは、勝つのであれば当然かなと思います」とフル出場の意図を明かしており、その信頼は絶大だ。 地元の西東京市と岡山の雰囲気が「似ていた」ことも佐藤の背中を押したが、適応を可能にしている大きな要素は、素直さと向上心のように思う。 開幕前のキャンプ時にWBで起用された時は、「(WBは)オプションになればいいかな。メインはシャドーになると思う」と受け止めていた。だが、監督からのオーダーに応えながら、パスやドリブルで密集地を打開したりラストパスでチャンスを作ったりといった自分の良さを発揮することを両立させ、“WB・佐藤龍之介”は、完全に板についた。その結果、「18歳の今は自分のポジションを『ここだ』と決める段階でもないと思う。『トップ下やシャドーをやれていない』というネガティブな考えは、本当にゼロなんです。『WBで使ってみたい』と思わせるような特徴を自分は少なからず持っていると思うので、実際に使ってくれている今はその証明にもなっています」と、岡山で発見した自身の新たな可能性と向き合い、意識を変化させている。 第21節・横浜Fマリノス戦では初めて左WBで先発した。負傷によるイレギュラーな起用だったが、「練習で『左、やれるか?』と言われて、『うん、行けます』と言ってやりました」と、逆サイドでプレーすることによって発生する身体の向きやボールの置き所の変化も物ともせず。第22節・鹿島アントラーズ戦では鋭いカットインで左サイドを切り裂き、逆転ゴールを呼び込んだ。 “置かれた場所で咲きなさい”を体現している18歳の姿を、木山監督は「輝いている」と表現し、「『自分は絶対に上に行くんだ』って疑わないメンタリティを持っている。『とにかく上に行きたい』という意欲が、輝いている。ある意味、与えられた才能というか。誰かに教えられるものではないと思う。自分を疑っていないところが素晴らしい」と称賛する。 環境やチーム戦術、監督からのリクエストは、自分がコントロールできない部分だ。時には自分のイメージと違うこともある。それでも、全てのことを素直に受け止め、受け入れ、自分の成長を促す肥料に変えていく。 「将来的には世界のトップリーグでプレーしたり、日本代表としてワールドカップに出て活躍したりすることが目標です」。そう宣言する佐藤は、7月3日に発表される東アジアE-1選手権のメンバーに選出されれば、2008年大会での内田篤人の20歳という同大会の日本代表における最年少記録を更新することになる。 E-1選手権は、過去に柿谷曜一朗や森重真人、相馬勇紀や町野修斗らが1年後のW杯のメンバー入りを勝ち取っており、言わばサバイバルの場だ。チームとして戦いながらも、個人として強みを発揮するなどのアピールが是が非でも必要になる。もしかしたらチームメイトは仲間よりもライバルという側面の方が強いかもしれない。しかし、きっと佐藤なら特有のチーム状況下でも、自分の力を最大限に発揮できるのではないか。そう期待したくなる適応力を、岡山で十二分に見せている。 取材・文 難波拓未 2025.07.02 18:00 Wed3
6番+8番+10番。鎌田大地がボリビア戦で示した“シン・ボランチ像”
ゴール前で輝く決定力と、中盤を支える戦術眼。その両方を併せ持つ“新しいボランチ像”を、日本代表のMF鎌田大地がボリビア代表戦で体現した。開始4分、MF久保建英のクロスを胸で収め、左足で冷静に流し込んだ先制点。ボランチでありながらペナルティエリアへ侵入し、フィニッシュまで持ち込む――。クリスタルパレスと日本代表では求められる役割は異なる。それでも鎌田は、6番・8番・10番をひとつに束ねた“自分だけのポジション”を研ぎ澄ませている。 ■“6番”の位置から、ペナルティエリアへ ボリビア戦の開始4分。試合は、MF鎌田大地が切り拓いた。 MF久保建英が右サイドで深くえぐる。相手がゴール前へ引き寄せられる一瞬の隙を、鎌田は逃さなかった。ペナルティーエリアにスッと入っていき、浮き球のクロスを胸でコントロールすると、左足で逆サイドネットへ流し込んだ。 「チームとして、あそこが空くっていうのは分析でもやっていた。ボランチですけど、ああいうところに何回か入っていくことが大事だと思っていたので。ボールが来てシュートチャンスができたのは良かったかなと」 クリスタルパレスではリスク管理が徹底され、センターラインより前に踏み込む回数は限られる。しかし日本代表では、森保一監督の戦術が鎌田に自由度を与えている。 「自分がある程度自由に前に行けるような、6番だけじゃなくて8番や10番くらいの役割までできる方が、やっていて躍動感はある。そっちの方が自分には合っていると思いますし」 相手の守備ラインが一歩下がった瞬間、鎌田は3列目の位置からスッと前へ出ていき、いつの間にか最前線に顔を出す。ボランチでありながらフィニッシュまで関与できる稀有な才能が、日本の攻撃に奥行きをもたらす。先制点は、その象徴だった。 ■自由と責任の狭間で描く“シン・ボランチ像” 鎌田のプレーは、単なる攻撃的ボランチではない。試合の状況に応じて6番(ボランチ)にも8番(インサイドハーフ)にも10番(トップ下)にもなる。 「パレスはボランチがリスク管理で、余ってる選手を捕まえたり、後ろ5枚で守る形。こっち(日本代表)はもっと攻撃に関われる。やり方の違いが大きいと思います」 その言葉通り、ボリビア戦では攻撃でも守備でも表情を変えた。後半、相手のカウンターを鎌田がつぶした場面は象徴的だった。厳しいプレスを受け続けた前半の疲労が残る中でも、最後のところで身体を投げ出し、相手の芽を摘んだ。 ガーナ戦をコンディション不良で欠場したものの、ボリビア戦で本来の実力を示した。 「しっかりプレーできるレベルには戻ってきているので、そこは問題なかったと思います」 守備強度とゲームメイク、そして得点力。これらを同時に要求されるのは酷にも思えるが、鎌田はその領域に自ら踏み込んでいる。 この日のミックスゾーンでは、鎌田らしい“脱力感”ある一幕も。 「ゴールの後に森保さんのところに行こうとチームで話していたそうですが?」という質問を受けた時のこと。 それまで淡々と話していた鎌田の表情がゆるむ。 「僕は聞いてなかったんで。集中していたので、全然頭になくて。(森保監督に)申し訳ないというか……(笑)」 周囲に笑いが起きる。プレッシャーの中にあっても自然体でいられること。それもまた、鎌田の強みだろう。 チーム内のポジション争いは激しい。MF佐野海舟をはじめ、鎌田の主戦場にもライバルが台頭し、代表チームは新しいフェーズへと進んでいる。ただ、鎌田には慢心も不安もない。 「日本人選手は頭が良くて、どのポジションでもある程度できる選手が育っている。監督にとっても理想的じゃないですかね」 6番+8番+10番。ボランチの概念を超えた鎌田が、森保ジャパンをさらなる高みへ導いていく。 取材・文=北健一郎 2025.11.19 00:45 Wed4
中田英寿氏が波乱万丈のサッカーキャリア回想…『The Atletic』のロングインタビューに答える
元日本代表MFの中田英寿氏が、『The Atletic』のロングインタビューで自身のサッカーキャリアを振り返った。 中田氏はベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)でプロキャリアをスタートし、以降は2006年の現役引退までペルージャ、ローマ、パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナのイタリア5クラブ、イングランドのボルトンでプレー。 また、日本代表としては1998年フランス大会、2002年日韓大会、2006年ドイツ大会と3度のワールドカップに出場し、通算77キャップを刻んだ。 そのアジアを代表するレジェンドは『The Atletic』で29歳での現役引退を始め、キャリアにおけるトピックについて語った。 2006年ドイツW杯のグループステージ最終節のブラジル代表戦での1-4の敗戦後、スパイクを脱ぐ決断を下したMFは、その突然の引退から19年を経たなかで改めて決断の理由に言及。 「プロのサッカー選手になる夢は一度もなかったが、どういうわけかそれが実現し、ワールドカップでプレーし、イタリアとイングランドに行った。情熱のためにいつもプレーしていた。私はサッカーのファンではなく、サッカーをプレーするのが好きだった。それが私が引退した理由だ。情熱を失っていたし、情熱がなければ、自分に嘘をついているようなものだった」 「私が好きなのはプレーすることであり、コーチやコメントをすることではない。それが引退後に『別の情熱を見つけなければならない』と言った理由だった」 インタビュー冒頭で、サッカーキャリアの終わりについて語った元日本代表はここからキャリアの最初期に立ち戻り、「当時は、プロサッカー選手になることを夢見る人は誰もいなかった。日本で一番人気のスポーツは野球だった。だけど、結局、私は漫画『キャプテン翼』が大好きだったから、サッカーをやろうと決めた」と、サッカーを始めた理由を明かした。 続けて日本代表が初めてW杯に出場した1998年フランスW杯での奇抜な髪色については「(W杯前でさえ)毎日髪の色を変えていたが、海外でプレーしたかったので世界に知られることが重要だった。だから注目されたいと思っていた」と、振り返る。 その目論見通り、W杯直後にはセリエAのペルージャへ完全移籍。イタリアでのキャリアをスタート。その新天地では加入1年目から鮮烈な輝きを放ったが、プレーすること以外でサッカーに関心がなかったことが良い意味でプラスに働いたという。 「私はサッカーの大ファンではなかったし、サッカーを見たり新聞で読んだりもしなかった。そういう人間ではないんだ。ただサッカーをするのが好きで、毎日もっといい選手になりたいと思っていた」 「イタリアに来たときは、セリエAが世界最高のリーグで、ジネディーヌ・ジダンやアレッサンドロ・デル・ピエロのような選手がいたが、私は選手をあまり知らなかった。リーグのチームの半分も知らなかった」 「でも、そのおかげで自分のプレーに集中できたし、それが私の強みだった。とにかく恐れがなかった」 そのペルージャでの活躍によって2000年にはローマへステップアップ。当時、頭角を現わしていたフランチェスコ・トッティとのポジション争いで苦戦を強いられた一方、2005年1月のユベントス戦ではクラブ史に刻まれた圧巻のロングシュートを突き刺し、ジャッロロッシのスクデット獲得に大きく貢献した。 中田氏はそのローマ時代について「ローマに戻るたびに、ファンのみんなが私のところに来て『ありがとう、ナカタ』と言ってくれる」と、自身の重要な働きに満足感を示した。 その後、1年でイタリアの首都を離れてパルマに活躍の場を移すと、コッパ・イタリア優勝に貢献。2年連続のタイトル獲得を経験。そして、日韓W杯では大会の目玉選手の一人として日本代表史上初の決勝トーナメント進出に貢献した。 「もっといい結果を出せたはず」トルコ代表に敗れてのベスト16に不満を示しながらも、「雰囲気は素晴らしかった」と、自国開催のW杯をポジティブに振り返った。 「日本では誰もが、私たちがグループリーグを突破して決勝トーナメントに進出するだろうと期待していたが、それはとても大変だった」 「私たちはとても若いチームで、ほとんどのメンバーがワールドカップでプレーしたことがなかった。当時、海外でプレーしていたのは数人だけで、プレッシャーは大きかった。しかし同時に、国全体が私たちを応援してくれたので、雰囲気は素晴らしかった」 その後、チェーザレ・プランデッリ監督との衝突を機に、ボローニャ、フィオレンティーナとイタリア国内での移籍を繰り返した後、2005年に7年間過ごしたイタリアを離れ、プレミアリーグのボルトンへレンタル移籍。 自身最後のクラブとなったマンチェスターのクラブではキック&ラッシュでお馴染みのサム・アラダイス監督が率いたチームということもあり、イタリアと大きく異なる環境面を含めて難しい日々を過ごした。 「イタリアから来たので、サッカーはまったく違っていた。多くのチームがロングボールをプレーしていた。それは少しショックだった。そしてイタリアからマンチェスターに来て、食べ物の面でも違ったし、雨も多かった。そういった意味で少し大変だった」 その後、前述のドイツW杯での現役引退で中田氏の波乱万丈のサッカーキャリアは締めくくられた。 そして、自身のサッカーキャリアを通じて「どのように記憶されたいか?」との問いに対して、中田氏は「私は美しいプレー、優雅さが好きだ。ジネディーヌ・ジダンのようなプレーが美しい。スピードやパワーではなく、美しいパス、美しいプレー。ゴールである必要はない。私は優雅さが好きで、サッカーだけでなく人生でもそうだ。優雅で美しいものが好きだ。つまり美しい服、美しい建築物、デザイン、景色…」と返答している。 現役引退後は3年間に渡っておよそ100カ国以上を巡る放浪の旅に出て、以降は魅了された日本酒造りや日本茶のブランド立ち上げなど、日本の文化や食文化の発信者として活躍する48歳。 今回のロングインタビューの最後には改めて自身の生き方について語り、これからも自身の情熱の赴くがままに様々なことにチャレンジしたいと結んだ。 「29歳で引退したとき、たくさんの人から『まだプレーできるよ』とか『サッカー業界で働いてコーチでもしたらどうだ』と言われた」 「でも、できるからやることを選んでいるわけではない。やりたいからやっている」 「私は好きなことをやっている。だからファッションが好きならファッションをやるし、他の文化が好きなら他の文化。日本酒が好きなら日本酒をやる」 「他の人は時々その理由が理解できないことがある。それは私が情熱を持ってやっているからだ」 2025.03.19 00:14 Wed5
