柴崎への思いやりと技術委員長の役目/六川亨の日本サッカーの歩み

2021.10.12 15:35 Tue
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オーストラリアとの試合を翌日に控え、日本代表の選手25人は埼玉スタジアムで17時より冒頭15分だけメディアに解禁でトレーニングを行った。森保一監督の挨拶も簡単なもので、その後はランニングで練習をスタートさせた。

サウジアラビア戦で決勝点のきっかけとなるバックパスを出した柴崎岳も普段通り練習に参加していたが、どうしてあのようなパスを出したのか。たぶん本人にも分からないかもしれない。毎日4人ずつのズームによる選手会見も、サウジアラビア戦後に柴崎が登場することはなかった。たぶんスタッフも気遣っていることは想像に難くない。

しかし、もしも森保監督がオーストラリア戦で彼を起用する意思がないのなら、サウジアラビアからスペインに帰してあげた方がよかったのではないか。柴崎自身、肩身の狭い思いをしているだろうし、チームメイトも“腫れ物に触るように”とまでは言わないが、どう接したらいいか困っているのではないだろうか。救いがあるとすれば「バブル」のため、接触する機会が少ないということくらいだろう。

本来なら明日の試合はホームだけに絶対に負けられない一戦だ。普段なら長友佑都あたりがランニングの前に「よっしゃー!」とチームメイトに気合いを入れたかもしれない。しかし柴崎がチームにいれば、盛り上げる方も気を遣わざるをえないだろう。ここらあたりの空気感というか、チームマネジメントを考えて、森保監督にアドバイスする――それができるのは反町康治JFA(日本サッカー協会)技術委員長くらいしかいないだろう。

その反町技術委員長が、まったくコメントを発していないのが気になるところである。サウジアラビアに敗れた後の8日の日本時間10時50分、田嶋幸三JFA会長は広報を通じてコメントを出した。ところが反町技術委員長は公式には何も発言していない。かといって代表の練習には参加しているので、外国人監督と交渉するため海外へ行っているわけでもないようなのは残念だった。

オーストラリア戦の結果次第では、森保監督の進退問題に発展する可能性は高いだろう。そのために反町技術委員長はどのような対策を立てているのか。そして、もしもオーストラリアに勝ったとしても、森保監督のままでいいのかどうか。技術委員会がやらなければいけない仕事は山ほどある。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた




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なでしこジャパンと全国地域サッカーチャンピオンズリーグ/六川亨の日本サッカー見聞録

今週末は充実した取材の日々だった。25日の深夜というか午前3時30分から、オランダ遠征中のなでしこジャパン対アイスランドとの試合をテレビで観戦。26日は味の素フィールド西が丘での全国地域サッカーチャンピオンズリーグ2021決勝ラウンドを取材。そして27日はJ1リーグの浦和対清水戦を取材した。 新生なでしこジャパンは、池田太新監督のメッセージは伝わってきた。アイスランドの俊足FWに対し、21歳と若くフィジカルも強い方で、ワシントン・スピリットでプレーしている宝田沙織をマーカーに抜擢。しかし相手の方が1枚上手で、日本選手はスピードに太刀打ちできず1ゴール1アシストを許して0-2と敗れた。 これは昔からの“なでしこジャパンの弱点”でもある。克服できる特効薬はないだけに、2点とられたら3点とり返すしか解決策はないだろう。 一方、攻撃陣に目を向けると池田監督は植木理子(22歳)を最後まで辛抱強く使った。いつまでも岩渕真奈(28歳)に頼るわけにはいかないし、菅澤優衣香(31歳)、田中美南(27)もベテランの域に入りつつある。若返りが急務であることは明白だし、池田監督の意図も前任者と違ってわかりやすかった。 全国地域サッカーチャンピオンズリーグ2021決勝ラウンドでは、初日に勝利をあげたFC.ISE-SHIMAとクリアソン新宿が激突。クリアソン新宿は元横浜F・Mの小林祐三や浦和のGK岩舘直らを擁し、新宿区を本拠にJリーグ入りを目指すクラブだ。区内にはホームにできるスタジアムがないものの、今年2月には「Jリーグ百年構想クラブ」に認定されている。 一方のFC.ISE-SHIMAは名前の通り三重県をホームにする、こちらも将来のJリーグ入りを目指すクラブだ。チームの母体を作ったのは伊勢市出身で、四日市中央工業高校時代に高校選手権で帝京高校と同時優勝を果たした中田一三氏(元京都監督)。現在は高校時代のチームメイトである中西永輔氏、島岡健太氏(元南葛SC監督)らとともにクラブのアドバイザーを務めている。 そしてチームを率いる監督はというと、四中高時代に「レフティー・モンスター」(命名したのはサッカーダイジェスト時代に高校サッカーを担当していた金子達仁氏)と言われた小倉隆史氏だ。 試合は0-0のドローに終わったものの、小倉監督のチームはボールを保持して多彩な攻撃を繰り広げるなかなかの好チームで、かつての四中高を彷彿させた。ただ、選手層が厚くフィジカルの鍛えられているクリアソン新宿(何せスタメンに徳島や鳥栖など元Jリーガーが8人、サブに2人)に終盤は防戦一方になったのは仕方のないところ。それでも引き分けて28日の最終戦に望みをつないだ。 全国地域サッカーチャンピオンズリーグで1位と2位になったチームには(2試合を終えて3位は1勝1敗のおこしやす京都AC、4位は2敗のFC徳島)JFLの下位チームとの入替え戦が待っている。 全国地域サッカーチャンピオンズリーグで優勝したからといって、すんなりJFLに昇格できるわけではない。それを考えると、J3リーグに昇格するのにもスタジアム要件などクリアしなければならないハードルは数多く、高い。その頂点にいるJ1リーグには、いかにレベルの高い選手が揃っていることか。改めて痛感させられた全国地域サッカーチャンピオンズリーグの決勝ラウンドだった。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.11.28 14:00 Sun
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気になる大迫と鎌田の起用法/六川亨の日本サッカー見聞録

11月11日、日本がアウェーでベトナムを1-0で下した数時間前、オーストラリアはサウジアラビアと0-0で引き分けた。首位と2位チームの対決だけに、0-0は妥当な結果であり想定内だった。 そして日本がオマーンと対戦した16日、日本戦より1時間早くキックオフされた中国対オーストラリア戦でも“サッカルー"は1-1で引き分け、2試合連続して勝点を落とした。日本に敗れたオーストラリアだが、それは来年3月24日のホームゲームでリベンジすればいい。サウジアラビア戦も同じことが言える。となると、やはり中国戦を引き分けてしまったことは痛恨と言えるだろう。 そして日本である。アウェーの連勝で勝点を12に伸ばして2位に浮上した。しかしオーストラリアとは1ポイントの違いとあって、差はないに等しい。このままサウジアラビアが一人旅で独走すれば、日本とオーストラリア、さらにオマーンを含めた3カ国による熾烈な2位争いが、来年1月から再開されるW杯予選の重要なテーマとなる。 といったところでオマーン戦である。勝因は三笘薫を起用したこと。それは素人の目にも明らかだ。最終予選が始まってからの日本は、序盤戦こそ堂安律や久保建英らドリブラーがいたものの、2人とも負傷でチームを離脱。前線には伊東純也や浅野拓磨、古橋亨梧といったスピードを武器にするストライカーはいたが、ドリブルで相手を剥がせる選手が日本には欠けていた。 その、「欠けているピース」を埋めたのが三笘だったが、まさかこれほど簡単に相手を翻弄するとは、こちらも予想外の出来事だった。 来年1月から再開されるW杯最終予選で、もしも中島翔哉や久保建英らがケガから復帰してベストパフォーマンスで戻ってきたら、彼ら3人のドリブラーに加えて伊東、古橋、浅野、前田大然らスピードスターも控えている。これほど豪華な攻撃陣はないだろうし、全員が23人の登録枠に入れるとも限らない。というか、まず全員は入らないだろう。 そこで整理したいのが、1トップの大迫とトップ下の鎌田大地の起用法である。大迫は、ベトナム戦こそポストプレーから伊東の決勝点につながるプレーで勝利に貢献した。しかし、相手のハードマークに遭い、ボールを失うシーンも目についた。セットプレーでも脅威になれていない。いま現在、ベストパフォーマンスを発揮できているのかどうか。それを確かめられる神戸での試合も今シーズンは残り少ないだけに、年明けのオフシーズンでの招集には疑問符がつく。 鎌田も4-2-3-1のトップ下では森保ジャパンで不動の選手だった。しかし初戦のオマーン戦でハードマークにより持ち味を消されると、続く中国戦では後半31分に警告を受けた伊東と交代でピッチに立ったものの、存在感を発揮することはできなかった。そしてサウジアラビア戦では後半28分にオナイウ阿道と交代でベンチに退くと、その後の試合ではメンバー入りこそしたものの起用されることはなかった。 1-0で勝ったオマーン戦でもベンチを温めたまま、交代選手として起用されることなく90分を終えた。鎌田が森保ジャパンにとって必要な戦力であること、チームに不可欠な戦力であることを理解してもらうために森保監督は招集し続けているのかもしれない。しかし、そうであるならお互いにとって不幸な出来事ではないだろうか。 長距離を移動し、時差調整もしなければならない。にもかかわらず、ベンチに座ったままドイツに帰国する。そして彼が登録されたことで、もしかしたらポスト大迫となりうる上田綺世がベンチに入れなかったり、J1リーグ得点王の前田も出場の機会を失ったりしている。 コロナ禍で今回は27人の選手を招集し、その中から23人をエントリーした。それはそれで仕方がない。それでも、W杯は1年後に迫っているのだからシビアに戦力の見極めをする時期も迫っている。いつチームとしての完成形を示すのか。 試行錯誤の繰り返しでチームを完成させられなかった東京五輪の二の舞だけは避けて欲しいものだ。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.11.19 21:40 Fri
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FC東京の暫定監督が決定。ベトナム戦のスタメンは?/六川亨の日本サッカー見聞録

11月6日のJ1リーグ第35節で横浜FMに0-8の大敗を喫したFC東京。翌7日には長谷川健太監督が辞意を表明し、チームも受理した。それから3日後の10日、FC東京はGKコーチの森下申一氏(60歳)が今シーズンの残り3試合の指揮を執ることになった。 残りは3試合なのだから、長谷川監督は辞める必要があったのかという声があるかもしれない。しかし8日のコラムでも書いたように、自信を失って崩壊の危機があるチームを立て直すには“指揮官の辞任”という「ショック療法」が必要だった。 問題は誰がその後のチームを率いるのかということになる。長谷川監督は今シーズンでの退任が濃厚だっただけに、すでに次期監督候補とは交渉を進めているかもしれない。しかし残り3試合での新監督招聘は現実的ではない。 となると現有戦力での代役ということになり、S級ライセンスを保持しているのは古矢武士トップチームマネジメント(強化部長)と森下GKコーチしかいなかった。となれば、長谷川前監督(56歳)、古矢強化部長(51歳)より年長で、元日本代表でもある森下GKコーチに落ち着いたのは当然の流れと言える。 森下監督は就任会見で「突然の監督要請、ショッキングな結果の後なので、すぐには返事ができなかった」と戸惑いつつ、「コーチングスタッフが残っているので私がやるのが当然かなと思った」と監督受諾の経緯を語った。 森下監督は、現役時代は1980年代半ばから末にかけて日本代表として活躍し、森孝慈監督、石井義信監督、横山謙三監督と3人の監督の下でプレーした。身長180センチは、当時のGKとしては長身の部類に入り、しなやかなセービングが持ち味だった。 GKコーチとしては2016年から17年にかけてG大阪のコーチを務め、長谷川監督をサポートしたものの、残念ながらタイトルとは無縁だった。 現役時代にGKで、引退後に監督に転身した例はあまりない。海外で有名な選手としてはイタリアのディノ・ゾフ、ブラジルのエメルソン・レオン(清水の監督も歴任)くらいだろうか。日本に目を移しても、前述した横山監督と、JSL(日本サッカーリーグ)黎明期の東洋工業(現・広島)や、その後は藤和不動産(現・湘南)の黄金時代を作った下村幸男氏くらいしか思い浮かばない。 その点について森下監督は「日本では(監督に)移行するタイミングがなかなかない。こういう機会を頂いて、後ろから見ているイメージがあるので、それをどう選手に伝えるか。勝たせるサッカーを伝えたい」と言ったように、GKはまずGKコーチからスタートするので、なかなか監督に転身するのは難しいかもしれない。 森下新監督の初陣は20日の第36節、ホームでの徳島戦だ。チームを立て直す時間は10日ほどあるので、どんな仕事をするのか楽しみにしたい。すでに新シーズンに向けてのチーム編成(契約更改)は佳境を迎えているだろうから、こちらも注目したいところだ。 話は変わり11日はカタールW杯アジア最終予選グループBの第5節が行われ、日本はアウェーでベトナムと対戦する。オランダに集合した吉田麻也ら海外組11人はチャーター機でハノイ入りする予定だったが、給油先のロシアで足止めをくらい、入国できたのは9日の深夜だった。このため全体練習は10日の1回だけ。 それでも森保監督は「明日のメンバー選考ではプレーできると考えている。最終的に今日の練習を見て決める」と絶大な信頼を寄せていた。果たしてどのようなスタメンになるのか、こればかりはキックオフを待つしかない。そこで、いまだからできる仮想スタメンを考えてみた。 現在の日本代表は吉田や長友佑都を始め、ちょっと前までは本田圭祐、香川真司ら08年北京五輪の選手が長く主力を務めてきた。一時期は山口蛍や永井謙佑らロンドン五輪のメンバーが代表入りしたが、定着したのは酒井宏樹くらいで、北京五輪に比べると圧倒的に少なかった。 16年リオ五輪からは南野拓実、遠藤航、室屋成、浅野拓磨の4人が今回もメンバー入りを果たした。彼らに加えてコンディションが上向けば中島翔哉も有力な代表候補になるだろう。そこで、それを一歩進めて東京五輪のメンバーで代表チームを編成してみた。 GKは谷晃生、DFは右から冨安健洋(山根視来)、谷口彰俉(冨安)、板倉滉、中山雄太。中盤はボランチに守田英正、右に田中碧、左に旗手怜央。そして3トップは右から前田大然、上田綺世、三笘薫という11人である。東京五輪世代からは9人、川崎Fからは現役とOBも含めて6(7)人というチーム編成だ(もちろん久保建英と堂安律も有力な候補)。チームの世代交代を図りつつ、バイエルン・ミュンヘンやバルセロナのように単独チームの選手をベースにするチーム作りだ。 まあ、あり得ないイレブンとは思うが、万が一の時はこれくらい思い切った若返りも必要ではないだろうか。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.11.11 18:25 Thu
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期待の2人がやっと代表入り/六川亨の日本サッカー見聞録

「やっと」と言うか、「ついに」と言うべきか、日本代表に三笘薫(ユニオン・サン=ジロワーズ)と旗手怜央(川崎F)の2人が招集された。その実力は、川崎Fでも移籍先での活躍でも実証済み。さらに旗手はリーグ連覇を決めた浦和戦後のセレモニーで惜別の涙を浮かべるなど、海外移籍が濃厚だ。2人はまさしくいまが“旬”の選手と言える。彼らをいま使わないで、いつ使えと言うのだろうか。 それでも森保一監督は、彼らをスタメンで使うことに躊躇うだろう。いきなりのW杯最終予選、それも負けることが許されない試合というプレッシャーに、2人が萎縮することを心配するからだ。しかし、一番心配するのは森保監督自身が萎縮して、決断が鈍ることである。 いまさら言うまでもないが、日本は2勝2敗の勝点6で、サウジアラビア、オーストラリア、オマーンに次ぎ4位に甘んじている。W杯にストレートインできる2位はおろか、プレーオフ進出の3位をオマーンと争っているのが現状だ。 このためアウェーとはいえ、最下位のベトナム戦(11日21時キックオフ)はもちろん、オマーン戦(16日。キックオフ時間は未定)も勝利しないと首位のサウジアラビアを射程圏内にとらえることはできない。 これまでの日本なら、例えアウェーとはいえベトナムやオマーン相手なら2連勝は間違いないと思われた。しかしここ数年で彼らだけでなく、アジアの第2グループと思われていた国々が急速に力をつけてきた。 オマーンは日本とのアウェーゲームで外国人監督の下、大迫勇也(神戸)と鎌田大地(フランクフルト)のホットラインを分断しつつ、これまで偶然頼りか個人のタレント頼りだったカウンターから、チームとして明確な狙いを持ったカウンターで日本の左サイドを崩しに来た。オマーンはサウジアラビアには0-1で敗れたが、試合内容は互角だったことも頷ける。 そんな相手とのアウェーゲームで、ベトナムとは時差が2時間、オマーンとは6時間の時差がある。これまで森保監督は「ラージグループ」を拡大してきた。このため、例えばベトナム戦には国内組を中心に臨み、ヨーロッパとの時差が3時間のオマーンには海外組で臨むという割り切り方もあるが、やはりチームの主力は海外組のためこのプランには無理がある。 さらにベトナムは国際便の入国がほとんど認められていないため、海外組で早く試合の終わる選手は一度日本に帰国して、国内組と合流してからハノイへ移動することになる。森保監督は、これまでのW杯予選はIMD(インターナショナルマッチデー)を有効に使い、合流して最初の試合はコンディションがよくないためキリンチャレンジ杯などの親善試合で調整してから本番に臨んできた。しかし最終予選は日程が詰まっているため、そうした調整ができないと話していた。 だからと言ってオマーンやサウジアラビアに敗れた言い訳にはならないが、パフォーマンスがよくなかったのも事実である。さらに今回のベトナム戦は上記のように移動のストレスもあるため、現在最下位だからと言って甘く見るのは危険だ。 となると、ベトナム戦のスタメンは前回で成功した4-3-3のシステムを踏襲し、起用される選手もケガやコンディションが悪くない限り同じ顔ぶれでスタートすべきだろう。オーストラリア戦で負傷した大迫を無理して使う必要はないので、CFには大迫と同じタイプの上田綺世(鹿島)が有力か。 セルティックでゴールを量産している古橋亨梧は森保ジャパンではサイドで起用されてきたが、彼が生きるのはやはりセンターだ。このため上田ではなく古橋でスタートするというのも面白い。いずれにせよ、「大迫の1トップと鎌田のトップ下」という攻撃パターンは相手にバレバレなので、攻撃陣の顔ぶれを変えることはアウェー2連戦の絶対条件である(ケガから復帰の大迫と守備の強度に欠ける鎌田、柴崎岳を招集したのは意外だった)。 そしてオマーン戦である。攻撃参加を得意とする左SB長友佑都(FC東京)の裏のスペースが狙われていることは、オマーン戦でもオーストラリア戦でも明らかだった。ここは旗手を使わない手はない。オマーンにとって旗手の情報は少ないだろうし、同じことは三笘にも当てはまる。彼ら川崎Fのコンビを生かすために、次のようなスタメンはどうだろうか(GK川島永嗣とDF板倉滉も元川崎Fだが、川島はかなり昔だし、板倉も一緒にプレーした時間は限られるため外した)。 GK権田修一(清水)、DF陣は右から冨安健洋(アーセナル)、吉田麻也(サンプドリア)、谷口彰俉(川崎F)、旗手。ボランチに遠藤航(シュツットガルト)、サイドMFに守田英正(サンタ・クララ)と田中碧(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)。前線は右から伊東純也(ヘンク)、古橋(上田)、三笘という11人だ。左サイドからはパスワークと三笘のドリブルで仕掛け、右サイドは伊東のスピードと田中の飛び出し、冨安の攻撃参加で崩しにかかる。 酒井宏樹(浦和)と長友はベトナム戦に出場したと仮定して、連戦での疲労を考慮してスタメンから外した。そのために培ってきた「ラージグループ」のはずなので、思い切った決断を指揮官には望みたい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.11.06 18:30 Sat
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ウォーキング・フットボールを初体験/六川亨の日本サッカー見聞録

「ウォーキング・フットボール」という名の競技があることは知っていた。しかし、実際にプレーしたことはもちろん、見たこともなかった。そこでJFA(日本サッカー協会)が10月29日に夢フィールドで開催することを知り、初めて参加した。 夢フィールドの芝生のピッチに集合したのは30人ほどの老若男女で、最高齢は70歳。そして初心者よりも経験者の方が多かった。集合した参加者をサッカー経験者と未経験者に段階的に分け、ミックスするようにして1チーム6人で編成。最初の1時間は初の試みとなる「ウォーキングタグラグビー」に挑戦した。 こちらはタックルの変わりに腰につけたタグを取られると、ボール保持者はパスをしなければならないルール。もちろんパスは後方の選手にしか出せない。ラグビーも初めて経験するので、こちらはなかなか難しかった。 そして「ウォーキング・フットボール」である。コートは25メートル×35メートルの大きさで、まず走るのは禁止。その定義は「片方の足裏が地面に着いている」こと。このため「早歩き」はオーケーだが、どこまでを「早歩き」と認定するかは審判の判断になる。それ以外の禁止事項として「ヘディング」、「腰より上に浮いたパス」、「タックル」、「スライディング」、「ドリブラーからボールを奪う」、「フィールドプレーヤーのペナルティエリアへの侵入」があった。 例えば攻撃側の選手がドリブルをしていたら、守備側の選手はその前に立ってブロックするのはいいが、足を出してボールを奪うことはできない。とはいえ、走ることはできないので、歩いてマークを外したり、抜き去ったりするのは至難の業だ。このためドリブルは有効な攻撃手段とはならない。 そこで重要なのは、スペースを見つけて動き出しを早くして、素早くパスをつなぐことになる。ここで重要なのが、守備側の選手より先にフリーのスペースに移動していることだ。なぜなら、スペースに出されるパスは弱いとカットされるが、かといってちょっとでも強いと歩いては追いつけず、タッチラインやゴールラインを割ってしまうからだ。 「パスは足元へ」がウォーキング・フットボールの基本で、実はこれが一番難しい。ついつい前方のスペースにパスを出してしまいがちだ。そして「走れない」ことで、男女や大人と子供の体力差がなくなり、高齢者でも楽しめる。そして競技としては技術の正確性と周囲の状況判断の早さ、さらに先を読む洞察力が求められる。これが「ウォーキング・フットボール」の一番の魅力であると同時に、育成年代の選手にも効果的ではないかと思った次第である。 試合は7分のローテーションで回したが、11人制のサッカーとフットサルは強度の高い負荷がかかり、それは「ウォーキング・フットボール」の比ではない。しかし「走れる」ことで自陣に戻り、多少でも休むことができる。しかし「ウォーキング・フットボール」は走れないことで、逆に攻守にわたりずっと「歩いて」いないといけない。強度は高くないものの中程度の負荷がずっとかかっている状態で、これはこれで心地よい疲労感が残る。 もしも次に「ウォーキング・フットボール」に参加する機会があれば、万歩メータで歩数を数えてみたい。景色を見ながらのウォーキングもいいが、「ウォーキング・フットボール」は相手との競り合いなので、モチベーションも高まることは間違いない。興味のある方はJFAのHPで詳細を確認し、体験会に参加してみてはいかがだろう。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.10.31 21:00 Sun
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