物足りない“なでしこジャパン”の「個の力」/六川亨の日本サッカー見聞録

2021.07.30 15:28 Fri
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Getty Images
早いもので、東京五輪の男女サッカーはベスト8が決定した。女子はほぼFIFAランクランク(20年6月26日現在)通りの顔ぶれとなった。

アメリカ(1位)、オランダ(4位)、スウェーデン(5位)、イギリス(イングランド6位)、オーストラリア(7位)、ブラジル(8位)、カナダ(8位タイ)に日本(11位)である。FIFAランク2位のドイツと3位のフランスは、予選を兼ねた19年フランスW杯でベスト8止まりだったため東京五輪の出場権を逃していた。

一方、男子に目を向けると、ブラジル(3位)、スペイン(6位)はFIFAランク通りの成績だが、フランス(2位)を始め、欧州予選ベスト4のルーマニアはニュージーランドに同勝点ながら得失点差で足元をすくわれ、南米予選1位で優勝候補の一角だったアルゼンチン(8位)も得失点差でエジプトの後塵を拝した。そして欧州予選2位のドイツは初戦でブラジルに敗れたのが響き、コートジボワールに2位の座を譲らなければならなかった。

ベスト8の顔ぶれはアジアが2チーム(日本と韓国)、アフリカが2チーム(エジプトとコートジボワール)、ヨーロッパと南米、北中米が各1チームにオセアニアが1チーム! という「サッカー後進国」が躍進する結果となった。

さて五輪のサッカーはW杯と違い、連日試合があるわけではない。開会式の前は日本以外の試合もテレビで放送したが、開会式後は多くの競技がスタートするため、日本戦以外の試合はテレビで放送しない。このため、どんなチームでどんな試合内容だったのかを知ることができないのが辛いところ。

取材のIDカードがあれば、同じグループの2試合を取材できるため情報を入手できるが、JOC(日本オリンピック委員会)は基本的にフリーランスを認めていないので、テレビで観戦するしかない。

それでも、3連勝でグループリーグを突破したサムライブルーに比べ、なでしこジャパンの凋落ぶりはテレビでも顕著だった。

11年になでしこジャパンがドイツW杯で優勝した時のことだ。知人らは、なでしこリーグを観戦するようになった。

その理由として、「なでしこジャパンの試合はショートパスを巧みにつなぎながら、前へ前へと積極的に攻める。Jリーグの試合はバックパスが多くて欲求不満が募る。それにJリーグでは接触プレーがあるたびに選手は大げさに転げ回っているが、なでしこの選手はすぐに起き上がってプレーを続ける。このためスピード感がある」と話していた。

しかし今大会のなでしこジャパンは、U-17W杯やU―20W杯で優勝したメンバーもいるが、“大人のサッカー”ができていない印象を受けた。パス回しはDFラインから、なかなか前線へとつながらない。スピード不足に加え、判断のスピードも遅い。

そして、例えば抜かれそうになったら反則で止めるとか、シュートやクロスに体を張ってブロックするといった必死さが感じられなかった。

1対1で相手をスピードかドリブルで抜ける選手は岩渕か塩越くらい。そして守備に回ると2~3人がかりでもボールをなかなか奪えなかった。ヨーロッパやアメリカでプレーしている選手もいるが、「個の強化」がサムライブルーと比べて一時代遅れていると感じたのは私だけではないだろう。

9月からはプロリーグであるWEリーグがスタートするが、すぐには結果が出ないだけに、並行して代表強化にも着手すべきである。サムライブルーは近年まで外国人監督を招聘したことで「個の強化の必要性」を学んだ。そろそろなでしこジャパンも監督に、外国人を招いてはいかがだろうか。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた


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クラブW杯ってあったの?/六川亨の日本サッカー見聞録

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オマーンに黒星スタートで早くも正念場/六川亨の日本サッカー見聞録

オーストラリアとサウジアラビアは5年前の9月にスタートしたW杯アジア最終予選と同じメンバーだ。当時のUAEが今回はオマーンであり、同じようにイラクは中国、タイはベトナムに置き換えることができる。 そして日本は5年前、清武のFKから本田圭祐が先制点を奪ったものの、FKとPKから逆転を許し、78分の浅野拓磨のボレーシュートも主審はゴールと認めず、日本はW杯最終予選で、さらには埼玉スタジアムで初黒星を喫した。 それでも本田や香川真司、大島僚太らが惜しいシュートを放つなど、UAEゴールを脅かした。日本の誤算としては、オマル・アブドゥルラフマンという右サイドからゲームを組み立てる、中東史上最高のコントロールタワーを過小評価したことかもしれない。 ただ、その“借り”はアウェーで左MFの原口元気と左SB今野泰幸がオマルをきっちり封じて返した。 ところがオマーン戦である。同じ黒星スタートでも、今回は内容があまりにも悪すぎた。シュート数でも枠内シュート数、CK、FKといったデータはいずれもオマーンが上回った。海外組が多いことによる移動と時差のハンデはあるものの、これまでの日本は「それでも勝って」きた。しかしオマーン戦は、敗れただけでなく中国戦に期待できる好材料が何もないないのが深刻だ。 日本の決定機は前半22分に吉田麻也のロングパスを伊東純也が巧トラップからシュートに持ち込んだが、GKの顔面ブロックにより防がれた1回だけ。1トップの大迫勇也はCBのマンマークとボランチのプレスバックにより自由を奪われポストプレーを封じられた。トップ下の鎌田大地も狭いスペースでのプレーから、大迫の落としをなかなか受けられず、2次攻撃へと展開できなかった。 さらに伊東と古橋亨梧は、オマーンの両サイドバックを相手に自慢のスピードを発揮することができなかった。オマーンの両SBは、2人に負けず劣らずスピードがある。後半2分に右SBアルハルティがドリブルで攻め上がったが、古橋は自陣近くになってやっと追いつけたほど、アルハルティのドリブルにはスピードがあった。 試合を見ていて、「日本のストロングポイントはことごとく消されている」と感じたものだ。 チームを率いるブランコ・イバンコビッチ監督は、古くは02年に釜山で行われたアジア大会決勝で、山本ジャパン(U-21日本代表)を破って優勝しているし、05年にはイランの監督としてホームのアザディ・スタジアムでジーコジャパンから勝利を奪っている。そんなベテラン監督だけに、日本の攻撃パターンをしっかり研究し、対策を立ててきた。 試合をしていて選手には「一筋縄ではいかない」と感じたなら、例えば伊東は原口とポジションチェンジして左に回るとか、大迫との2トップにシステムを変更するなどの工夫が欲しかった。それは森保監督も同様だ。 すでに日本代表は3日の朝にドーハ入りし、同日の夕方にはホテルへ移動して検査の結果待ちだ。昨日ドーハで開催されたオーストラリア対中国戦はホームのオーストラリアが3-0で勝っている。日本と同じ連敗スタートとなった中国は、これもホームとなるドーハでの日本戦に必死に勝ちにくることが予想される。 中国も、身体能力では日本を上回る。そうした相手に森保監督がどんなスタメンを選択するのか。万が一連敗するようなことがあれば進退問題に発展するかもしれないだけに、両国にとって極めて重要な一戦と言える。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.09.04 10:45 Sat
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歴史に残るスリリングな一戦/六川亨の日本サッカー見聞録

カタールW杯アジア最終予選に臨む日本代表24名が26日に発表された。初招集はGKの谷晃生ただ一人で、東京五輪組(OA枠は除く)からは中山雄太、冨安健洋、板倉滉、堂安律、久保建英の5人が入った。 日本は9月2日、ホームにオマーンを迎える。前回のロシアW杯最終予選の初戦では、埼玉スタジアムでUAEにまさかの敗戦を喫しただけに、森保ジャパンには前車の轍を踏まないことを願うばかりだ。 その森保ジャパンの顔ぶれだが、相変わらず左SBの人材不足は解消されていないようだ。長友佑都の控えは佐々木翔と中山という、いつもと同じ人選。長友は所属クラブを模索している最中なので、コンディションが万全ではないかもしれないし、もしかしたら代表を辞退する可能性も否定できない。対戦相手とのマッチングにもよるが、4BKではなく3BKも視野に入れてオマーン戦と中国戦に備えた方がいいかもしれない。 攻撃陣では26日のELプレーオフ第2戦で先制ゴールを決めるなど、セルティックで好調を持続している古橋亨梧のプレーが楽しみだ。ポスト大迫として名乗りを上げるのか。もう26歳と決して若くはないが、いまが最盛期を迎えているストライカーだけに今予選でのブレイクを期待したい。 そしてJ1リーグでは、第26節で上位陣が順当に勝利を収めるなか、ついに首位の川崎Fの無敗記録がストップした。敵地に乗り込んでの一戦は福岡に0-1の完封負け。これで東京五輪後に田中碧と三笘薫が抜けた直後の試合こそ大分に勝ったものの、その後は2分け1敗と勝ちきれない試合が続いている。 その間に、横浜FMは4連勝で勝点を積み上げ、4試合で奪ったゴールは16、失点は僅か1ということで、得失点差でも+19で川崎Fと並んだ。川崎Fの独走かと思われたJ1リーグの優勝争いは、横浜FMとのマッチレースに様変わりしたと言っていい。 といったところで今回紹介したいのは、先週のコラムでもお伝えしたビーチサッカーの準々決勝だ。昨晩、タヒチ(15年と17年のW杯で準優勝)と対戦した日本は延長戦の末に5-4の勝利を収め、前回パラグアイ大会に続いてベスト4進出を果たした。 この一戦は、たぶんビーチサッカー史上に残るドラマチックな試合と言っても過言ではないだろう。 グループリーグで1-7と大敗したロシア戦の反省から、タヒチ戦の日本は受け身になることなく試合開始から果敢に攻めた。その甲斐あって5分にOGで先制すると、6分にはエースの山内悠誠がPKから追加点を奪う理想的な展開だった。ところが第2ピリオド(12分×3本)に1点を返されると、第3ピリオドでは31分にカウンターから失点して同点に追いつかれた。 さらに残り23秒で上里琢文がOGを献上し、2-3と逆転を許してしまう。ピッチサイドで観戦していた日本人の女性サポーターも茫然自失の表情で、それをテレビカメラは捕らえる。ところが日本は、キックオフからキャプテンの茂怜羅オズが右に出したパスを大場崇晃が砂地に叩きつけるシュートを決め、残り19秒で3-3の同点に追いついた。 試合は3分間の延長戦に突入し、日本はキックオフから攻め込み右CKを獲得すると、赤熊卓弥のヘッドによる折り返しを奥山正憲が決めて勝ち越しに成功。開始から19秒の早業だった。ところが30秒後、今度はタヒチの選手が歓喜の輪を作る。4-4の同点で試合は振り出しに戻った。 しかし日本も諦めてはいない。キックオフから攻め込むと、赤熊が執念のオーバーヘッド。これが右ポストを叩いてゴールに転がり込む。失点から11秒後の電光石火の早業だった。試合は残り11秒でタヒチがFKを獲得したが、決定的なシュートをGK河合雄介が2度にわたってセーブ。トータルスコア5-4で日本はタヒチを下してベスト4に進出した。 準決勝の相手はブラジルを延長戦で下したセネガル。ここまでくればチームの実力差はほとんどないようなもの。それでもタヒチ戦の劇的な勝利で、初の決勝戦進出に期待がふくらむ。試合は日本時間の29日の午前2時30分キックオフだ(第1試合のロシア対スイスは午前1時キックオフ)。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.08.28 18:30 Sat
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ビーチサッカー観戦のススメ/六川亨の日本サッカー見聞録

去る18日の水曜夜、天皇杯の4回戦7試合が開催されたことを、どれだけのファンが知っていただろう。よほどコアなチームのファンでない限り、試合が開催されたことに気付かなかったのではないだろうか。JFA(日本サッカー協会)とNHKは、もう少し告知に力を入れてもいいと思ったものだ。 そんな天皇杯でベスト8に勝ち上がったのは、J1が6チーム(G大阪対湘南戦は9月22日開催)、J2が1チームと順当な結果になった。顔ぶれは川崎F、磐田、C大阪、鹿島、浦和、名古屋、大分の7チームだ。大分以外の6チームはいずれも天皇杯の優勝経験があるとはいえ、今シーズンの戦いぶりを見ると川崎Fが頭1つ抜け出ているかもしれない。 唯一J2勢で勝ち上がった磐田だが、同じブロックの本命・横浜FMが初戦(2回戦)でHonda FCにPK戦で敗退し、広島も3回戦でアマチュアシードのヴェルスパ大分に1-3と完敗したのは想定外だった。2回戦で順天堂大に延長戦の末に敗れたFC東京を始め、一発勝負の怖さでもあるだろう。 準々決勝は10月27日と、こちらも水曜ナイターの開催で、組み合わせ抽選会は9月24日に行われる予定だ。 そして天皇杯と同様(?)、あまり告知されていないがビーチサッカーのワールドカップ・ロシア大会が19日から始まった。 9月2日に初戦を迎えるカタールW杯アジア最終予選のアウェーは、放映権料の高騰からテレビの地上波では放送されないらしい。かわりにDAZNがAFC(アジアサッカー連盟)と28年までの長期契約を結び、W杯予選だけでなくアジアカップ(次回23年は中国で開催)やACLの放映権を獲得したと報じられていた。 同じようにビーチサッカーのW杯も、テレビ放送はBSのJ SPORTS(オンデマンド)でしか見られないため有料となる。それでもライブで見られることは画期的なことかもしれないが……。 そんなビーチサッカー日本(世界ランク6位)は、初戦でパラグアイ(世界ランク9位)と対戦した。第1ピリオド(12分間×3ピリオド)ではFKから2失点すると、第2ピリオドの開始早々にもオーバーヘッドシュートを決められ0-3のリードを許す。 2年前のパラグアイ大会でMVPを獲得したエース茂怜羅オズ(もれいら おず)のシュートはことごとくゴール枠を外れてしまう。前回大会はラモス瑠偉氏が監督を務めたが、今大会はオズが監督を兼任しているため、よけいなプレッシャーがあったのかもしれない。 しかし第3ピリオドに入るとピヴォの赤熊卓弥や山内悠誠が次々とゴールを重ね、第3ピリオドだけで6点を奪い、トータル7-4の逆転勝利を収めて好スタートを切った。第2戦のアメリカ戦は21日土曜の午後10時30分キックオフで、テレビ放映は20時45分となっている。 有料ではあるが、ロングシュートやオーバーヘッドのシュートが多く、砂地のため不規則なバウンドから思わぬシュートが決まるスリル満点のビーチサッカー。見たことがないというなら、是非一度、テレビ観戦をお奨めしたい。オズにいつものシュート感覚が戻れば、W杯初優勝も夢ではないだろう(前回大会は4位)。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.08.21 15:45 Sat
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