リオ五輪組が主力になりつつある森保ジャパン/六川亨の日本サッカー見聞録

2021.06.19 10:15 Sat
Getty Images
木曜日にアップされたコラムでは、日本対キルギス戦でハットトリックを達成したオナイウ阿道が「オールラウンドのFWとして大迫の後継者になれるかもしれない」という原稿を書いた。さらに代表初スタメンの右MF坂元も、カットインだけでなくタテにも抜け出せ、さらにゴールライン際でも仕掛けられる器用さを見せて、攻撃にアクセントをつけられる選手として取り上げた。

そして今月の日本代表の試合でもう1人注目したいのが、左SBの小川だ。
長友の後継者探しは日本代表の課題だった。それはU-24日本代表を見ても、レギュラーに定着した選手がいないほど人材難だった。

そこで小川である。キリギス戦ではオナイウの3点目をアシストしたが、6月シリーズの対戦相手はいずれも格下のため、攻撃ではアピールできても肝心の守備力を試される機会はほとんどなかった。このため軽々に長友の後継者と言うことはできない。しかし次のようなデータもある。

日本代表の試合データである。カッコ内は左SBとしてプレー時間だ(ミャンマー戦は小川、佐々木とも召集外)。
U-24日本戦は、長友(45分)、小川(45分)
タジキスタン戦は、佐々木(62分)、小川(28分)
セルビア戦は、長友(82分)、小川(8分)
キルギス戦は、小川(90分)、佐々木(22分だが、左SBではなく3DFの左)

左SBとしてのトータルのプレー時間は長友が127分、小川が168分、佐々木が62分ということになる。このデータからも、森保監督は小川を積極的に試した4試合と言えるのではないだろうか。左SBとして、少なくとも佐々木より信頼度は高いようだ。

そしてもう1つ注目したいのは、現日本代表は16年のリオ五輪のメンバーが主力を占めつつあるということだ。

リオ五輪に参加した18名のうち、現在も代表に名を連ねているのはGK中村、CB植田、右SB室屋、ボランチ遠藤航、FW浅野の5人である。残念ながら中島翔哉は所属クラブでのトラブルにより、代表チームでの活動からしばらく遠ざかっている。

しかしバックアップメンバーでオナイウと中谷の2人がチームに帯同し、冨安はトレーニングパートナーとして練習に参加した。そしてリオに行くことはなかったが、手倉森ジャパンのキャンプやテストマッチには左SB小川、ボランチ橋本、MF伊東、鎌田の4人が参加した。なんと総勢12名にもなる。

GK中村、DFは右から室屋、植田、冨安、小川。中盤はボランチに遠藤航と橋本、2列目は右から伊東、トップ下に鎌田、左に浅野、そして1トップにオナイウで、控えに中谷と、リオ五輪組で1チーム作れてしまう。

5年間でこれだけ同世代の選手が代表入りしたのは、08北京五輪以来ではないだろうか。当時のメンバーからはGK西川、DF長友、森重、内田、吉田、MF本田、香川、FW岡崎らが長きに渡って日本代表を支えた。

こうして見ると、若返りに成功しつつある森保ジャパンとも言える。そしてそれは東京五輪を経由して、さらに加速するかもしれない。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた
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U-23ウズベキスタン戦で思い出したこと/六川亨の日本サッカー見聞録

今年1月のこと。アジアカップの取材のため、ドーハのカタール国立博物館近くのツイン1泊1万円近くのホテルに滞在した。海外取材にしては、いつもの倍近くの値段のホテルだった。これまでのように“貧乏旅行"もいいけど、そろそろ年齢に応じたホテルに泊まろうと思った次第である。 そしてこのホテル、宿泊している日本人はカメラマンの兄と僕の2人だけだったが、やたらとウズベキスタン人が多い。というか、1月中はウズベキスタン人しかいなかったと言っても過言ではない。そんな彼らと朝食中に会話したところ、誰もが“避暑"ならぬ“避寒"でドーハを訪れたという。 ウズベキスタンの首都タシケントの1月の平均気温は5を下回ることも珍しくない。そんな彼らにとって、ドーハは飛行機なら3時間くらいで訪れることのできる絶好の“温暖地"なのだという。彼らの誰もが「ドーハはとても近いんだよ」と教えてくれた。日本なら、さしずめ東京から沖縄といったところか。 そんなウズベキスタンはW杯予選で訪れたことがあるが、中国と同様に人種のるつぼでもある。ドーハのホテルで会った彼らは、一見するとヨーロッパ人にしか見えない夫婦もいれば、どう見ても中国人かモンゴル人のような、黒髪に日本的な顔立ちの若者たちも多かった。唯一、見分けられたのはイスラム教徒の民族衣装を着ている女性たちだけだった。 日本対ウズベキスタンのU-23アジアカップ決勝の話をする前に前置きが長くなったのはご容赦願いたい。日本からも熱心なサポーターが応援に駆けつけたが、それ以上にウズベキスタンのファンが多かったのは、彼らにとって中東、カタールやUAEはとても身近な国だということを今年1月のアジアカップで初めて知ったことを紹介したかったからだ。 日本戦に出場したウズベキスタンの選手たちも、目鼻立ちは整っているが、髪の色も含めてどこかアジア的な雰囲気を感じずにはいられない。ドーハのホテルで会った若者たちも、髪の毛は短いもののきちっと刈り揃えたり、サイドを刈り上げたりするなど清潔感が漂っていた。 そんなウズベキスタンはグループリーグから決勝まで無失点で勝ち上がってきた。アンダー世代からの強化の賜物だろう。実に隙のない、好チームだったが、残念ながら彼らには藤田譲瑠チマや荒木遼太郎のような“ファンタジスタ"がいなかった。絶対的なストライカーも、日本にもいないしどの国も求めているが、いないのに救われた。 それでもウズベキスタンは五輪初出場である。地道な強化が実った成果と言える。3位決定戦で延長戦の末にインドネシアを下して16年リオ五輪以来6度目の出場を決めたイラクも好チームだったし、3位決定戦でイラクに敗れたインドネシアの躍進にも驚かされた今大会だった。彼らには是非ともギニアとのプレーオフに勝って68年ぶりの五輪出場を決めて欲しいし、U-23日本との対戦も実現して欲しいものである。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> <span class="paragraph-title">【動画】日本とのハイレベルな戦いを見せたウズベキスタン、試合ハイライト</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="tBhQOgt4Ukk";var video_start = 0;</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script> 2024.05.04 20:30 Sat

日本対カタールで細谷が152日ぶりに復活/六川亨の日本サッカー見聞録

公式戦152日ぶりのゴールとは知らなかった。昨夜のカタール戦で延長前半11分に決勝点を決めた細谷真大のゴールである。昨シーズンは14ゴールをマークしてJ1得点ランクの5位タイに躍進したものだ。 ところが1月のアジアカップでは初戦のベトナム戦のスタメンに起用されながら、前半45分で上田綺世との交代を余儀なくされた。次に出番が回ってきたのは準々決勝のイラン戦で、逆転ゴールを決められた後の後半アディショナルタイムだったが、1度もボールに触ることなくタイムアップを迎えた。 不調はシーズンが始まってからも変わらず、開幕前の千葉とのダービーマッチ(ちばぎんカップ)ではシュート0本。1週間後の京都との開幕戦ではPKを外して試合はドロー。公式戦8試合連続無得点と不振のままカタール入りした。初戦の中国戦では1人退場になった影響もあり、これといった見せ場を作れなかった。 UAEとの第2戦では後半28分から登場すると、2度の惜しいシーンがあったものの、シュートがゴール枠を捕らえることができない。韓国戦も後半32分から出場したが、ヘディングシュートはバーを越えたりGKの正面を突いたりしてゴールが遠かった。それでもグループリーグ3試合で起用し、カタール戦でもスタメンに復帰したのだから、大岩剛監督も細谷の復活を期待したのだろう。 ゴールシーンは身体でパスコースを作り、荒木遼太郎からのスルーに1タッチで抜け出し豪快に決めた、細谷らしいゴールだった。得点シーンを振り返り「まずは太郎が前を向いた瞬間に自分もポジションを取ろうとして、うまく出してくれました。落ち着いて流し込むだけでした」と荒木を称えたが、2人の息がピタリと合った決勝点と言える。 昨年11月25日の鳥栖戦以来の一発に、「本当にやっとのゴールだった。なかなかチームを勝たせられなかったので、今日は勝たせられてよかった」と安堵の表情を浮かべたが、エースの一撃を誰よりも喜んだのは大岩監督ではないだろうか。さらには内野航太郎にも初ゴールが生まれた。 準決勝の相手はイラクとベトナムの勝者だが、細谷自身「優勝しかない」と言い切るように、ここまできたら2度目のアジア制覇でパリ五輪出場に花を添えたいところ。とはいえ韓国がインドネシアにPK戦で敗れたように、どの国も侮ることはできない。 唯一の救いはこれまで中2日の連戦だったのが、中3日と1日ほどレストデーが増え、イラクとベトナムは中2日での日本戦になることだ。この差が日本にとって有利に働くことを期待したい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> <span class="paragraph-title">【動画】ついに目覚めたエース!細谷真大が値千金の決勝ゴール</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="pZnkovlMOfU";var video_start = 0;</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script> 2024.04.26 12:35 Fri

新理事会と残念だった西尾隆矢の報復/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)は4月18日、宮本恒靖JFA新会長と新理事による最初の理事会(年度的には第6回)を開催した。既報のとおり技術委員長には影山雅永氏(JFAテクニカルダイレクター)が就任し、新たに各種部会が設置され、代表チームの強化を担当する技術委員会強化部会の部会長には山本昌邦氏(ナショナルチームダイレクター)が就任。ユース育成部会の部会長にはU-18日本代表監督で、解説者の城彰二氏の弟の城和憲氏が就任した。 理事会後の記者会見に臨んだ湯川和之専務理事は、かつては読売クラブの選手で、90年代初めにJFAへ転出。日本代表のマネジャーとしてチームに帯同し、日本の成長を見守ってきた。宮本会長とは97年のワールドユース(現U-20W杯)で選手とマネジャーという間柄。「今日はカジュアルな形での理事会が行われた」と変化を報告しつつ、「新理事にはサッカー界の説明をしました。今まで当り前のことが当り前にできない」と、半数近くが初めてJFAの理事になったことで、サッカー界の現状説明に時間を費やしたことも明かした。 また7月13日(土)には能登半島地震復興支援マッチとして、金沢のゴーゴーカレースタジアムでなでしこジャパンの壮行試合が開催されることも報告された。対戦相手やキックオフ時間などの詳細は未定となっている。 理事会の報告はここまでで、影山技術委員長はドーハへ行っていないとのことだが、U-23アジアカップの初戦、中国戦に関してはCB西尾隆矢のレッドカードに触れないわけにはいかないだろう。いくら相手に背後から身体をぶつけられたからといって、エルボーでの報復は問答無用で一発退場だ。ましてVARがあるのだから、どんな言い訳も通用しない。 大事な初戦、それも開始17分と早い時間帯での軽率なプレーは非難されても仕方がない。まして今大会のグループリーグは中2日の連戦だ。できればターンオーバーで戦いたかったところ、初戦から日本は総力戦による“緊急事態”に追い込まれた。本来ならDF陣のリーダーにならなければいけない西尾だけに、あまりに軽率なプレーは今後の起用にも影響するかもしれない。 森保一監督はカタールのアジアカップで失点を重ねながらもガマン強くGK鈴木彩艶を起用し続けた。果たして大岩剛監督は“汚名返上”の機会を西尾に与えるのかどうか。出場停止が何試合になるかわからないものの、こちらも注目である。 今回の西尾とは違うケースだが、04年に中国で開催されたアジアカップの準決勝、バーレーン戦で遠藤保仁が不運なレッドカードで退場処分になったことがある。パスを出して前線へ走り出した遠藤に、背後からバーレーンの選手が近寄ってきた。遠藤の振った腕が偶然にもバーレーン選手の顔に当たると、オーバーに倒れ込む。すると主審は遠藤にレッドカードを出したのだった。 当時はVARなどない。そしてカードが出てしまえば取り消しようがない。0-1とリード許し、さらに10人になった日本だが、中田浩二と中澤佑二、玉田圭司の2ゴールで4-3の大逆転を演じた。 当時もいまも、日本を相手にどうやったら少しでも有利な状況に持ち込めるか各国は必死に研究しているだろう。まずは挑発に乗らないこと。そして今回のケースでは、主審は見ていなくてもぶつかられたら西尾は倒れてもよかった。ただ、Jリーグでそうしたプレーは推奨されていないし、日本人のメンタリティーからしても相手を欺くようなプレーはやりにくい。 となれば、やはり相手の挑発には乗らないことと、球離れを早くしてフィジカルコンタクトを避けるのが、体力の温存やケガの予防につながるのではないだろうか。明日のUAEもどんな罠を仕掛けてくるのか、油断のならない相手であることは間違いないだろう。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> <span class="paragraph-title">【動画】中国戦で西尾隆矢が一発退場…</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="hszXHBrGzek";var video_start = 161;</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script> 2024.04.19 17:00 Fri
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