OA枠対決が見られなかったのは残念/六川亨の日本サッカー見聞録

2021.06.05 10:15 Sat
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ジャマイカ代表のヨーロッパ組10名がコロナウイルスの陰性証明に不備があったとして飛行機に搭乗できず、日本代表との対戦が不可能になった。そこで急きょJFA(日本サッカー協会)は3日に札幌で予定されていた対戦カードを日本代表対U-24日本に切り替えた。

試合は無観客とはいえ、ゴールデンタイムでの地上波テレビ中継が決まっている。苦肉の策だったが、結果は“吉"と出たと言っていい。

ジャマイカのように選手が来日できないこと。定刻通り来日しても空港での検査結果が深夜0時を過ぎてしまうと3日後の試合に出場できないこと。さらには5日に福岡でU-24日本と対戦するU-24ガーナの選手1人が来日時の空港での検査で陽性反応だったこと。そのため濃厚接触者の特定検査が必要になったことなど、短期間でいろいろなことが起きた。

これらは全て東京五輪・パラリンピックにとって絶好のシミュレーションになったことだろう。4日に千歳空港から福岡空港へ移動するはずだったU-24日本が、折からの暴風雨でフライトに遅延が出て足止めを食らったのは想定外だったが。

さて試合である。開始早々に室屋が仕掛けてつかんだ右CKから橋本があっさりと先制点を奪った。ボールを持ったら足を止めずにそのまま仕掛けて旗手をかわした室屋の積極的なプレー。ロシア・リーグのロフトスへ移籍して、2列目からの飛び出しで得点感覚を高めた橋本と、元FC東京の2人は海外移籍の成果を証明した。

代表戦に限らずクラブチーム同士の試合でも、キックオフから10~15分くらいはハイプレスで攻撃を仕掛けることはよくあるパターン。しかしU-24日本は受け身になってしまった。ここら当たり、「経験不足」と言ってしまえばそれまでだが、特に橋岡と町田のCBは1点目も2点目もCBとしての役割を果たせていなかった。

橋岡は本来右SBだが、そのポジションにOA枠の酒井が来て、CBにも吉田がいる。彼自身としたら右SBで勝負したかったところだろう。

いずれにせよDF陣の経験不足は明らかで、OA枠に吉田と酒井、さらに日本代表戦は負傷で出場を見合わせた冨安は「欠くことのできない戦力」ということが証明された。DF陣に関して言えば、今後は左SBのポジション争いと、右SBのバックアッパー探しということになるだろう。CBに関しては板倉と中山もいるので心配することはない。

次に攻撃陣である。前半は1トップの田川にロングパスを出すか、久保の個人技による突破の2パターンしかなかった。三好や遠藤渓にもっと久保と絡んで欲しかったので、こちらは“消化不良"といった感じだ。その久保にしても、複数人で囲むしたたかさが日本代表にはあった。

後半は両チームとも多くの選手が代わったが、U-24日本でいえば田中が入ったことでタテパスが入るようになり、遠藤航が入ったことで中盤でタメができ、落ち着いて攻撃できるようになった。OA枠では大迫が必要だと思っていたが、遠藤航のプレーには感心させられてしまった。

試合後の大迫は「正直残念な気持ちの方が強いです。せっかくだったらオーバーエイジも出て欲しかったです。試合前からその気持ちの方が強かったですね」とOA枠とのマッチアップを楽しみにしていたことを明かした。

たぶん今回の対戦が決まったことで、多くのファン・サポーターは日本代表の1トップと2列目の3人(南野、鎌田、伊東)と、吉田&冨安と酒井の対戦を期待したことだろう。ただし冷静に考えれば、合流した翌日に予定を変更して札幌入りしたU-24日本に十分な練習時間が取れなかったことも事実。彼らのプレーは5日のガーナ戦と、12日のU―24ジャマイカ戦で見られることを期待したい。


【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた


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クラブW杯ってあったの?/六川亨の日本サッカー見聞録

FIFAクラブW杯が今年日本で開催されることを知っているサッカーファンはどれだけいるだろうか? 当初の予定では12月9日から19日にかけて、首都圏を中心に開催される予定で、先シーズンのCLを制したチェルシー、オセアニアからはオークランド・シティ(ニュージーランド)、アフリカからはエジプトのアル・アハリの出場が決まっていた。 これに今シーズンのJ1リーグ王者と、川崎F、名古屋、C大阪が勝ち残っているACLの覇者、そして南米と北中米の優勝チームの計7チームが参戦して開催される予定だった。 しかし9日に開催されたJFA(日本サッカー協会)理事会で、「新型コロナの予測が難しい」ことに加え、「有観客で開催できるかどうかも不透明」(須原専務理事)なことから、日本は開催を返上することを決定した。 有観客にすると、世界中から選手と関係者に加えて各チームのファン・サポーターも集まる可能性がある。感染の拡大を防止するためにはそれなりの処置が必要になるものの、有観客にしたとしてもEUROの決勝のように5万~6万の入場者を入れることは日本ではできない。上限を制限するのは当然として、そうなると入場料収入の減少は避けられないだろう。 このためFIFAとは開催を見送る方向で協議を重ねてきた結果、JFAは開催の返上を正式に決めFIFAに通達した。今後の代替開催についてはFIFAが検討することになる。 そしてクラブW杯の開催を返上したことで、天皇杯の日程も正式決定した。すでに準々決勝は10月27日に開催されることは決まっていたが、9日の理事会で準決勝は12月12日、決勝は12月19日に国立競技場で開催されることが決定した。 天皇杯の決勝といえば、永年元旦の風物詩でもあった。かつては明治神宮で初詣を済ませた和服姿の女性が国立競技場のスタンドにはいたものだ。 須原専務理事も「サッカー協会としては(決勝は)1月1日がふさわしいし」と従来通りの開催を希望する。しかし「選手のコンディションに配慮すればリーグと天皇杯のオフを揃えたい。クラブW杯がないならシーズン終了を揃えたい」と“選手ファースト”を考慮しての変更を明かした。 従来、1月の日本のサッカーカレンダーは基本的にオフだった。厳寒だから当然だ。しかし19年は1月にUAEでアジアカップが開催され、翌20年1月はタイで東京五輪の最終予選を兼ねたAFC U-23アジア選手権が開催された。来年1月にアジアの主要大会は予定されていないものの、サッカーカレンダーをアジアに揃える必要は以前からあった。 その意味でもオフを早める今回の決定は賛成である。今シーズンのJ1リーグは20チームでリーグ戦を実施したし、東京五輪・パラリンピックの影響でアウェーの連戦を強いられたチームもある。チームによっては、19年のW杯ラグビー、20年は延期されたものの東京五輪のために、2年連続してアウェーの過密日程を組まれたチームがあった。 それでもチームから不満の声が漏れてこないのが、日本らしいと言えば日本らしい“美徳”でもある。そんな彼らには、是非とも来シーズンの捲土重来を期待したい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.09.10 21:00 Fri
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オマーンに黒星スタートで早くも正念場/六川亨の日本サッカー見聞録

オーストラリアとサウジアラビアは5年前の9月にスタートしたW杯アジア最終予選と同じメンバーだ。当時のUAEが今回はオマーンであり、同じようにイラクは中国、タイはベトナムに置き換えることができる。 そして日本は5年前、清武のFKから本田圭祐が先制点を奪ったものの、FKとPKから逆転を許し、78分の浅野拓磨のボレーシュートも主審はゴールと認めず、日本はW杯最終予選で、さらには埼玉スタジアムで初黒星を喫した。 それでも本田や香川真司、大島僚太らが惜しいシュートを放つなど、UAEゴールを脅かした。日本の誤算としては、オマル・アブドゥルラフマンという右サイドからゲームを組み立てる、中東史上最高のコントロールタワーを過小評価したことかもしれない。 ただ、その“借り”はアウェーで左MFの原口元気と左SB今野泰幸がオマルをきっちり封じて返した。 ところがオマーン戦である。同じ黒星スタートでも、今回は内容があまりにも悪すぎた。シュート数でも枠内シュート数、CK、FKといったデータはいずれもオマーンが上回った。海外組が多いことによる移動と時差のハンデはあるものの、これまでの日本は「それでも勝って」きた。しかしオマーン戦は、敗れただけでなく中国戦に期待できる好材料が何もないないのが深刻だ。 日本の決定機は前半22分に吉田麻也のロングパスを伊東純也が巧トラップからシュートに持ち込んだが、GKの顔面ブロックにより防がれた1回だけ。1トップの大迫勇也はCBのマンマークとボランチのプレスバックにより自由を奪われポストプレーを封じられた。トップ下の鎌田大地も狭いスペースでのプレーから、大迫の落としをなかなか受けられず、2次攻撃へと展開できなかった。 さらに伊東と古橋亨梧は、オマーンの両サイドバックを相手に自慢のスピードを発揮することができなかった。オマーンの両SBは、2人に負けず劣らずスピードがある。後半2分に右SBアルハルティがドリブルで攻め上がったが、古橋は自陣近くになってやっと追いつけたほど、アルハルティのドリブルにはスピードがあった。 試合を見ていて、「日本のストロングポイントはことごとく消されている」と感じたものだ。 チームを率いるブランコ・イバンコビッチ監督は、古くは02年に釜山で行われたアジア大会決勝で、山本ジャパン(U-21日本代表)を破って優勝しているし、05年にはイランの監督としてホームのアザディ・スタジアムでジーコジャパンから勝利を奪っている。そんなベテラン監督だけに、日本の攻撃パターンをしっかり研究し、対策を立ててきた。 試合をしていて選手には「一筋縄ではいかない」と感じたなら、例えば伊東は原口とポジションチェンジして左に回るとか、大迫との2トップにシステムを変更するなどの工夫が欲しかった。それは森保監督も同様だ。 すでに日本代表は3日の朝にドーハ入りし、同日の夕方にはホテルへ移動して検査の結果待ちだ。昨日ドーハで開催されたオーストラリア対中国戦はホームのオーストラリアが3-0で勝っている。日本と同じ連敗スタートとなった中国は、これもホームとなるドーハでの日本戦に必死に勝ちにくることが予想される。 中国も、身体能力では日本を上回る。そうした相手に森保監督がどんなスタメンを選択するのか。万が一連敗するようなことがあれば進退問題に発展するかもしれないだけに、両国にとって極めて重要な一戦と言える。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.09.04 10:45 Sat
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歴史に残るスリリングな一戦/六川亨の日本サッカー見聞録

カタールW杯アジア最終予選に臨む日本代表24名が26日に発表された。初招集はGKの谷晃生ただ一人で、東京五輪組(OA枠は除く)からは中山雄太、冨安健洋、板倉滉、堂安律、久保建英の5人が入った。 日本は9月2日、ホームにオマーンを迎える。前回のロシアW杯最終予選の初戦では、埼玉スタジアムでUAEにまさかの敗戦を喫しただけに、森保ジャパンには前車の轍を踏まないことを願うばかりだ。 その森保ジャパンの顔ぶれだが、相変わらず左SBの人材不足は解消されていないようだ。長友佑都の控えは佐々木翔と中山という、いつもと同じ人選。長友は所属クラブを模索している最中なので、コンディションが万全ではないかもしれないし、もしかしたら代表を辞退する可能性も否定できない。対戦相手とのマッチングにもよるが、4BKではなく3BKも視野に入れてオマーン戦と中国戦に備えた方がいいかもしれない。 攻撃陣では26日のELプレーオフ第2戦で先制ゴールを決めるなど、セルティックで好調を持続している古橋亨梧のプレーが楽しみだ。ポスト大迫として名乗りを上げるのか。もう26歳と決して若くはないが、いまが最盛期を迎えているストライカーだけに今予選でのブレイクを期待したい。 そしてJ1リーグでは、第26節で上位陣が順当に勝利を収めるなか、ついに首位の川崎Fの無敗記録がストップした。敵地に乗り込んでの一戦は福岡に0-1の完封負け。これで東京五輪後に田中碧と三笘薫が抜けた直後の試合こそ大分に勝ったものの、その後は2分け1敗と勝ちきれない試合が続いている。 その間に、横浜FMは4連勝で勝点を積み上げ、4試合で奪ったゴールは16、失点は僅か1ということで、得失点差でも+19で川崎Fと並んだ。川崎Fの独走かと思われたJ1リーグの優勝争いは、横浜FMとのマッチレースに様変わりしたと言っていい。 といったところで今回紹介したいのは、先週のコラムでもお伝えしたビーチサッカーの準々決勝だ。昨晩、タヒチ(15年と17年のW杯で準優勝)と対戦した日本は延長戦の末に5-4の勝利を収め、前回パラグアイ大会に続いてベスト4進出を果たした。 この一戦は、たぶんビーチサッカー史上に残るドラマチックな試合と言っても過言ではないだろう。 グループリーグで1-7と大敗したロシア戦の反省から、タヒチ戦の日本は受け身になることなく試合開始から果敢に攻めた。その甲斐あって5分にOGで先制すると、6分にはエースの山内悠誠がPKから追加点を奪う理想的な展開だった。ところが第2ピリオド(12分×3本)に1点を返されると、第3ピリオドでは31分にカウンターから失点して同点に追いつかれた。 さらに残り23秒で上里琢文がOGを献上し、2-3と逆転を許してしまう。ピッチサイドで観戦していた日本人の女性サポーターも茫然自失の表情で、それをテレビカメラは捕らえる。ところが日本は、キックオフからキャプテンの茂怜羅オズが右に出したパスを大場崇晃が砂地に叩きつけるシュートを決め、残り19秒で3-3の同点に追いついた。 試合は3分間の延長戦に突入し、日本はキックオフから攻め込み右CKを獲得すると、赤熊卓弥のヘッドによる折り返しを奥山正憲が決めて勝ち越しに成功。開始から19秒の早業だった。ところが30秒後、今度はタヒチの選手が歓喜の輪を作る。4-4の同点で試合は振り出しに戻った。 しかし日本も諦めてはいない。キックオフから攻め込むと、赤熊が執念のオーバーヘッド。これが右ポストを叩いてゴールに転がり込む。失点から11秒後の電光石火の早業だった。試合は残り11秒でタヒチがFKを獲得したが、決定的なシュートをGK河合雄介が2度にわたってセーブ。トータルスコア5-4で日本はタヒチを下してベスト4に進出した。 準決勝の相手はブラジルを延長戦で下したセネガル。ここまでくればチームの実力差はほとんどないようなもの。それでもタヒチ戦の劇的な勝利で、初の決勝戦進出に期待がふくらむ。試合は日本時間の29日の午前2時30分キックオフだ(第1試合のロシア対スイスは午前1時キックオフ)。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.08.28 18:30 Sat
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ビーチサッカー観戦のススメ/六川亨の日本サッカー見聞録

去る18日の水曜夜、天皇杯の4回戦7試合が開催されたことを、どれだけのファンが知っていただろう。よほどコアなチームのファンでない限り、試合が開催されたことに気付かなかったのではないだろうか。JFA(日本サッカー協会)とNHKは、もう少し告知に力を入れてもいいと思ったものだ。 そんな天皇杯でベスト8に勝ち上がったのは、J1が6チーム(G大阪対湘南戦は9月22日開催)、J2が1チームと順当な結果になった。顔ぶれは川崎F、磐田、C大阪、鹿島、浦和、名古屋、大分の7チームだ。大分以外の6チームはいずれも天皇杯の優勝経験があるとはいえ、今シーズンの戦いぶりを見ると川崎Fが頭1つ抜け出ているかもしれない。 唯一J2勢で勝ち上がった磐田だが、同じブロックの本命・横浜FMが初戦(2回戦)でHonda FCにPK戦で敗退し、広島も3回戦でアマチュアシードのヴェルスパ大分に1-3と完敗したのは想定外だった。2回戦で順天堂大に延長戦の末に敗れたFC東京を始め、一発勝負の怖さでもあるだろう。 準々決勝は10月27日と、こちらも水曜ナイターの開催で、組み合わせ抽選会は9月24日に行われる予定だ。 そして天皇杯と同様(?)、あまり告知されていないがビーチサッカーのワールドカップ・ロシア大会が19日から始まった。 9月2日に初戦を迎えるカタールW杯アジア最終予選のアウェーは、放映権料の高騰からテレビの地上波では放送されないらしい。かわりにDAZNがAFC(アジアサッカー連盟)と28年までの長期契約を結び、W杯予選だけでなくアジアカップ(次回23年は中国で開催)やACLの放映権を獲得したと報じられていた。 同じようにビーチサッカーのW杯も、テレビ放送はBSのJ SPORTS(オンデマンド)でしか見られないため有料となる。それでもライブで見られることは画期的なことかもしれないが……。 そんなビーチサッカー日本(世界ランク6位)は、初戦でパラグアイ(世界ランク9位)と対戦した。第1ピリオド(12分間×3ピリオド)ではFKから2失点すると、第2ピリオドの開始早々にもオーバーヘッドシュートを決められ0-3のリードを許す。 2年前のパラグアイ大会でMVPを獲得したエース茂怜羅オズ(もれいら おず)のシュートはことごとくゴール枠を外れてしまう。前回大会はラモス瑠偉氏が監督を務めたが、今大会はオズが監督を兼任しているため、よけいなプレッシャーがあったのかもしれない。 しかし第3ピリオドに入るとピヴォの赤熊卓弥や山内悠誠が次々とゴールを重ね、第3ピリオドだけで6点を奪い、トータル7-4の逆転勝利を収めて好スタートを切った。第2戦のアメリカ戦は21日土曜の午後10時30分キックオフで、テレビ放映は20時45分となっている。 有料ではあるが、ロングシュートやオーバーヘッドのシュートが多く、砂地のため不規則なバウンドから思わぬシュートが決まるスリル満点のビーチサッカー。見たことがないというなら、是非一度、テレビ観戦をお奨めしたい。オズにいつものシュート感覚が戻れば、W杯初優勝も夢ではないだろう(前回大会は4位)。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.08.21 15:45 Sat
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五輪増刊号は「売れない」理由/六川亨の日本サッカー見聞録

“五輪ロス"のスポーツファンが多いかもしれないが、サッカーファンは中断されていたリーグ戦が再開され、人数制限があるとはいえ五輪と違い有観客で開催されているため、久々のライブ感を楽しんでいるファンもいるのではないだろうか。 J1リーグの神戸はFW古橋亨梧こそセルティックに移籍したが、武藤嘉紀と大迫勇也を完全移籍で補強しただけでなく、元バルセロナのFWボージャン・クルキッチまで獲得した。まだ彼のデビュー戦の日程は決まっていないが、チーム構成はシーズン開幕前と大きく変わった。 同じことは浦和にも言えるだろう。6月に柏からFW江坂任を獲得したのに始まり、FW杉本健勇やMF武田英寿を期限付き移籍で放出しつつ、CBに新外国人のアレクサンダー・ショルツを補強したのを始め、ノルウェー1部リーグのスターベクIFからは190センチの長身FW木下康介(26歳)を獲得した。 木下は横浜FCユースからドイツ(フライブルク)に渡ったため、Jリーグでのプレー経験がない。このためどんなプレーをするのか未知数だが、元日本代表FWの杉本を放出してまで獲得しただけに、浦和フロントの期待の大きさがうかがえる。 この2チームだけでなく、チームの主力選手の顔ぶれが変わったチームも多いだけに、開幕前のサッカー専門誌の「選手名鑑」はほとんど役に立たなさそうだ。本誌の特集でもいいから、選手の移籍相関図を整理してもらえると助かるのだが……。 そのサッカー専門誌だが、12日にサッカーダイジェストが東京五輪の総括特集を組んだ。ただし、「増刊号」ではないのが、W杯と五輪の違いかもしれない。 日本が28年ぶりに五輪に出場した96年アトランタ五輪では、ダイジェスト時代に大会を展望する「増刊号」を出した。しかし結果は残念ながらグループリーグで敗退したため、本大会を特集した「増刊号」は出せなかった。 同じように00年シドニー五輪、04年アテネ五輪、08年北京五輪、12年ロンドン五輪と、サッカー専門誌は予選を振り返り、本大会を展望した「増刊号」を出したものの、ロンドン五輪を除き本大会を網羅した「増刊号」は出していない。 理由は色々あるが、一番大きいのは「売れないから」に尽きるだろう。ロンドン五輪は44年ぶりにメダルの可能性があったため、サッカーダイジェストは「増刊号」を出した。結果は4位だったが、すでに発刊の準備を進めていたため、結果にかかわらず増刊号を出すしか選択肢はなかった。 それはそれで、拍手を送りたい。結果を活字と写真で後世に残すことは出版文化の使命だと考えるからだ。 ではなぜ売れないのかというと、W杯に比べて大会のレベルが低く、注目選手が出場していないため話題性に欠けることはもちろんだが、五輪は日本戦以外の情報量が圧倒的に不足しているからだ。 中2日の連戦は体力的にハードであると同時に、全試合が同じ日に開催される。さらに五輪はサッカー以外にも連日のように多くの競技が開催されるため、日本戦以外の試合がライブでテレビ中継されることもなければ、録画でも放映されない。 これがもしも今回の東京五輪が有観客で開催されて、他の試合を日本のサッカーファンが観戦したら、ブラジルやスペイン、メキシコだけでなくアルゼンチンやドイツ、ニュージーランドも口コミで話題になっていたかもしれない。 W杯では1ヶ月近く、連日のように試合が放映され、素晴らしいプレーはニュース映像でも流され、普段はあまりサッカーと縁のない視聴者にも訴求効果がある。 例えば昨日までメッシを知らなかった主婦層が、ワイドショーでパリSGへの移籍を報じられたことで名前を知るようになる。そうした効果がW杯にはあるが、残念ながら五輪はサッカー以外にもトピックスがあふれているため、よほど活躍しない限り取り上げられることはない。 東京五輪では、目標とした金メダルには届かなかったが、銅メダルの可能性はあった。それでもサッカーダイジェストは「増刊号」ではなく「本誌」で五輪を特集して総括した。これが残念ながら、現在の日本サッカーを取り巻く現実でもあるだろう。 もしも日本が男女とも金メダルを獲得したら「増刊号」は出ていたのか? それは次の楽しみにとっておきたい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.08.13 19:30 Fri
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