高校サッカーのロングスローは歓迎/六川亨の日本サッカー見聞録

2021.01.09 19:00 Sat
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Jリーグはオフシーズンに突入し、国内はもちろん海外への移籍も活発だ。こちらは落ち着いてから整理して、戦力分析をしようと思っている読者も多いだろう。AFC(アジアサッカー連盟)からは8日の昼過ぎにメールが届き、次回のアジアカップが23年6月から7月にかけて中国で開催されること。本大会はこれまでの16カ国から24カ国に増えるものの、大会日数は前回UAE大会の28日から31日と3日間しか違わないことなどが報告されていた。


気になる開催都市だが、まだ2年以上先ということで詳しい情報はなかった。それよりも、まずは今夏の東京五輪、来年2月の北京冬期五輪、そして11月開幕のカタールW杯が無事に開催できるかどうか。

そのためにも、まずは2月開幕のJリーグと3月のW杯2次予選を無事に迎えることが最初の課題と言っていい。

さて、全国高校サッカー選手権も残すところ9日の準決勝と11日の決勝戦となった。4都県に緊急事態宣言が出されたことで、生徒と父兄ならびに学校関係者の観戦が取りやめとなったのは残念だが、感染が拡大している現状ではやむを得ないだろう。

そんな高校選手権を年末年始に取材して感じたことが2点ある。

まず1点は、かつては珍しかったロングスローを投げる選手が、いまはどのチームにもいたことだ。このためFK、CKと同様にロングスローからの空中戦も大きな武器になっていた。

もう1点は、交代枠が5人に増えたことで、Jリーグ同様選手交代を早めに行うチームが増えたということである。

まず交代枠だが、4人から5人に増加されたのは3年前の第96回大会からだった。それまでは、主力11人をスタメンで送り出し、(1)劣勢に立たされたチームが起死回生で温存したスーパーサブを投入する。(2)来年度のチーム作りに向けて期待の1年生に選手権を経験させるために送り出す。(3)勝負は半ば諦めて、3年間頑張った控えの選手に出場機会を与える――というパターンが多かったと記憶している。

ところが第96回大会では優勝した前橋育英(群馬)や準優勝の流通経済大柏(千葉)ら、選手層の厚いチームは5人の交代枠を有効に使って好成績を収めた。

大会は連戦もあるため交代選手を9人登録できる。交代枠が3や4だと、サブの選手は次に誰が出場機会をつかむのか推測しやすいだろう。しかし5に増えたことで、50パーセントの確率で出場できるため、選手のモチベーションも高まるはずだ。

監督にしても、交代選手の数が増えれば柔軟な対応ができる。例えば対戦相手をスカウティングしてスタメンを送り出しても、ゲームプランが狂えば前半の20分くらいで選手交代により修正できるメリットがある。

ただ、個人的には悩むところだ。1つは「たった20分で交代させるのは、選手を駒としか扱っていないのではないか」という思いだ。その一方で、「20分でもピッチに立て、さらに交代枠をすべて使えば16人の選手が選手権を経験できるメリットがある」という考え方だ。

これは、たぶん答えの出ない自分自身への問いかけでもある。

それに比べてロングスロー攻撃は歓迎だ。選手もロングスローを投げられるよう肉体改造に努力しているのだから、それは賞賛すべきだろう。そもそも堅守からCKやFKから長身選手のゴールで勝つのはいまに始まったことではない。

小嶺監督時代の国見(戦後最多の6回優勝)、そして市立船橋(優勝5回)が全国制覇した時は、いつもセットプレーが大きな武器で、ヘディングの強い長身選手を擁して空中戦を得意としていた。一発勝負のトーナメントを勝ち抜く、効率の良いサッカーである。

もちろん見ていて楽しいサッカーではないため否定する向きもある。しかし彼らの“アンチ"としてドリブルやパスサッカーを標榜する静岡学園や野洲があった。どちらが良い悪いではなく、いろいろな考え方とスタイルがあっていいと思う。

その上で、日本代表を始めJクラブも国際試合、EAFF E-1選手権とACLでは韓国代表と韓国のクラブ(と韓国人が監督を務める中国クラブ)には、ロングボールによる空中戦攻撃に苦しめられている。いまに始まったことではないが、空中戦に強い長身FWの育成と、しっかりヘッドで弾き返せるCB(闘莉王や中澤のような)の育成は急務なので、高校年代からヘディングの強化は歓迎したい。

なぜか日本では、ヘディングの技術が軽視されていると感じられてならないのは私だけだろうか。
【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた
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日本代表メンバー発表で分かった日本の弱点/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)は3月18日、今月25日に開催される国際親善試合の韓国戦(19時20分/日産スタジアム)、同30日に開催されるカタールW杯アジア2次予選のモンゴル戦(19時30分/フクダ電子アリーナ)に臨む日本代表23名のメンバーを発表した。 発表に際しては、これまで代表の常連だった堂安律を始め、久保建英や三笘薫らアンダー24の選手はA代表ではなく、U-24日本代表の活動を優先することも併せて発表された。 さすがに冨安だけは、A代表にとっても欠くことのできない選手なのだろう。森保一監督は「育成年代で一緒にプレーしているので意思の疎通はできている」としてUー24日本代表ではなくA代表の活動を優先させたが、34歳のベテランCB吉田に何かあった時は、ディフェンス陣のリーダーとして期待されている裏返しに他ならない。 今回選出されたメンバーは以下の通りだ(氏名の後の数字は出場試合数/予想されるポジション)。 GK/西川周作(31)、権田修一(18)、前川黛也(初) DF/吉田麻也(104/中央)、佐々木翔(9/左)、松原健(0/右)、山根視来(初/右)、畠中慎之輔(7/中央)、中谷進之介(初/中央)、小川諒也(初/左)、富安健洋(21/中央) MF/江坂任(初/中央)、遠藤航(25/ボランチ)、伊東純也(20/右)、原川力(初/ボランチ)、南野拓実(26/2列目のオールマイティー)、古橋亨梧(1/左右)、守田英正(3/ボランチ)、川辺駿(初/ボランチ)、鎌田大地(8/中央)、坂元達裕(初/右) FW/大迫勇也(45/1トップ)、浅野拓磨(22/右か1トップ) 森保監督は「集まった時の状態を見てベストのメンバーで韓国と戦う」と言っていたが、こうしてポジション別に出場回数から判断すると、ライバル韓国との試合のスタメンは次のようになると予想される(システムは4-2-3-1)。 GK権田 DFは右から松原、冨安、吉田、佐々木 ボランチは遠藤と守田、2列目は右から伊東、鎌田、南野、そして1トップは大迫である。 そしてポジション別に選手を比較してみると、日本の弱点も透けて見えてくる。まず1番は「ポスト長友」だ。初招集の小川は16年リオ五輪の時にも代表キャンプに招集されるなど期待されていたが、若いためなかなかFC東京でレギュラーポジションをつかめなかった。 しかし一昨シーズンからJ1で出場機会をつかみ、昨シーズンはルヴァン杯の優勝にも貢献した。フィジカルの強さに加えて空中戦も強い。小川自身は初招集に「驚きました。うれしい気持ちもあった。ここからが勝負。もっと引き締めないといけない」と話していたが、FC東京でのパフォーマンスからいつ呼ばれてもおかしくないと思っていた。 問題は小川とポジション争いをするのが32歳の佐々木ということだ。クレバーな選手だが、ドメスティックな選手であることは、これまでの国際試合で森保監督もわかっていたのではないだろうか。それでも山中亮輔(浦和)や杉岡大暉(鹿島。移籍したものの昨シーズンは精彩を欠いた)ではなく、佐々木というところにサムライ・ブルーの人材不足を感じずにはいられない。 同じことは1トップにも当てはまる。 一時は「東京五輪のオーバーエイジ1番手」と思われた大迫が、ブレーメンでは結果を残せずに出場機会が激減。移籍の噂も出ている。にもかかわらず、招集せざるを得ないところに日本の台所事情の苦しさがうかがえる(森保監督は手元に置いて見たいと言うかもしれないが)。 そこで記者会見でも質問が出たが、いまこそリーグ戦で結果を出している大久保嘉人を呼ぶべきだと思う。 森保監督は大久保について「ベテランも不要ではない。すでにたくさんの経験を積んで計算できるので違う選択をした」と言うものの、「底上げしながらベストのチームを作る」というコンセプトの「底上げ」は、言葉を変えれば「若返り」を意味するのではないだろうか。 しかし大迫のコンディションに問題があるのであれば、サムライ・ブルーはもちろん、U-24日本代表のオーバーエイジ枠として大久保の起用が浮上してもおかしくない。 さすがに、FC東京でまだスタメンでフル出場していない永井謙佑や、川崎Fの右サイドで輝きを放っている家長昭博を呼ぶべきだとは言えない。それでも9月から始まるカタールW杯アジア最終予選が、新型コロナの影響で日程や開催方式が変更されるなどのアクシデントを予想すると、チームの強化方法もこれまで通りの常識が通用しない可能性がある。 反町技術委員長と森保監督には理想を追求しつつも、万が一に備えて懐の深い対応を期待したい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.03.19 13:30 Fri
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日韓戦フル代表の対戦は11年以来10年ぶり/六川亨の日本サッカー見聞録

早いもので、東日本大震災から10年が過ぎた。 10年前の今日は金曜日だった。自宅で原稿を書き終え、代々木第一体育館で開催されている第16回全日本フットサル選手権を取材するため準備をしていると、突然強い揺れを感じた。立っていられずベッドに腰掛けて揺れが収まるのを待った。 テレビをつけると、やがて信じられない光景が次々と目に飛び込んできた。津波に押しつぶされる家々。陸に打ち上げられる船。夕方には市原の石油コンビナートが燃え上がっている。この世のものとは信じられない光景の連続に言葉を失った。 フットサルを取材していた同業者は、最初は誰もが体育館の外に飛び出したそうだ。しかし体育館の中の方が安全だろうということで、三々五々、戻ったという。揺れが落ち着いたところで帰路に着いたが、当然ながら公共交通機関は全面ストップしている。タクシーを拾おうにも道路は大渋滞。仕方なく徒歩で家路に着かざるを得なかった。 神保町で仕事をしていた友人は、千葉県野田市の自宅まで徒歩で帰るのに8時間かかったと言っていた。自宅に帰れず、会社に泊まったという知人も多かった。しかし、被災地の惨状は筆舌に尽くしがたいことを、時間の経過とともに知った。 震災によって亡くなった方々とそのご遺族に対し、改めて哀悼の誠をささげます。 さて、昨日JFA(日本サッカー協会)は3月25日に強化試合として韓国戦を開催すると発表した。当初はW杯2次予選のミャンマー戦が行われる予定だったが、軍事クーデターによる政情不安から開催が見送られた。 しかし昨日の記者会見で反町技術委員長は、「飛び越えていないハードルはまだ7、8個ある」と厳しい状況であることを説明した。まず海外からの選手の来日についてはアスリートトラックの適用がマストだが、「100パーセントと言われると断定できない。それに近い形で粛々と準備している」と話すにとどめた。 観客の有無についても「21日に緊急事態宣言が解除されるなら」という条件付きで「有観客にしたい」とのこと。 試合開始時間も決まっていないため、開催に関してはかなり流動的と見ていいだろう。 そして日韓戦である。直近の試合を振り返ってみると19年12月(釜山)は0-1、17年12月(味スタ)は1-4、15年8月(武漢)は1-1、そして13年7月(蚕室)は2-1だった。いずれもEAFF E-1選手権(13年と15年は東アジアカップという名称)での対戦で、フル代表での対戦ではない。 13年はブラジルW杯へ向けて若手発掘の大会と位置づけられ、原口、齋藤学、柿谷、清武らが代表入りにしのぎを削った。韓国サポーターの掲げた横断幕が問題になった大会でもあった。 15年の武漢は、新型コロナが流行したことで知られるようになったが、とにかく暑かった記憶がある。そして17年は日本で開催されながら韓国に1-4と完敗し、ハリルホジッチ監督との契約解除の遠因になった試合でもあった。 こうして見ると、互いにフル代表で戦ったのは11年8月、札幌ドームで行われた10年前の試合まで遡る。この試合で日本は香川の2ゴールと本田のゴールで3-0の勝利を収めた。日本が韓国から3点を奪ったのは1974年の日韓定期戦(4-1)以来だが、スコアだけでなく試合内容でも圧倒したため、韓国メディアは「札幌の大惨劇」と報じ、危機感を強めていた。 11年は、1月のアジアカップ準決勝でも2-2からのPK戦で韓国は敗れ、日本に優勝を許している。ザッケローニ監督は韓国と4戦して2勝2分け(1PK戦勝ち)と無敗を誇った。そして、この11年の2連勝が13年の対戦で韓国サポーターが横断幕を掲げる一因になった可能性も高い。 10年ぶりとなるフル代表による日韓戦。しかし、韓国もソン・フンミンら海外組の出場は難しいだろう。それは日本も同じで、両国とも国内組による対戦になるのではないだろうか。加えて日本はU-24日本代表の試合もあるだけに、意外な選手が選考されるかもしれない。さすがに大久保嘉人はないと思うが……。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.03.11 21:15 Thu
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緊急事態宣言の延長で3月下旬のIMDに影響か?/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)の技術委員会は3月4日に今年3回目の会合を開き、終了後に反町技術委員長が記者からの質問に応じた。 7日を期限としていた4都府県の緊急事態宣言を菅首相は2週間程度延長する意向を示したことで、反町技術委員長は「アンダーカテゴリーの活動は延期する」と決定した。 気になる3月下旬のIMD(インターナショナルマッチデー)でのサムライブルーのW杯アジア2次予選モンゴル戦とU-24日本代表のテストマッチ2試合だが、反町技術委員長は「2週間程度の“程度"が気になる。2週間弱になるのか、最終的に政府の決断に従うが、我々は活動したい。それを政府がどんな判断をするか。五輪の活動も含めてお願いしている段階で、解除されたらできるよう粛々と準備を進めている。持ちうるものすべてを生かして万全の対策をとりたい」と決意を表明した。 反町技術委員長によるとアルゼンチンは3月20、21日まで国内リーグがあるため来日は試合直前になる。そこでアスリートトラック(ホテルとスタジアムと練習場の往復に移動を制限し、専用車で移動することを条件に14日間の待機措置の免除)が適用されることが試合開催の前提条件となる。 それは30日のモンゴル戦も同様で、延期となった25日のミャンマー戦(日産スタジアム)の代わりのテストマッチに関しては、3月1日の会見で反町技術委員長は「現実的にアジアしかない」と話していたが、韓国が浮上していることを質問されると「それはノーコメント」と言葉を濁した。 ただ、補足して「活動はしたい。できるだけ強い相手と」と述べたため、韓国との対戦になる可能性は高いだろう。 政府の緊急事態宣言の延長が決まれば、Jリーグは8日に予定されているNPB(日本野球機構)と専門ドクターによる対策連絡会議で善後策を協議することになるだろう。4都府県での試合は20時までに終了するようキックオフ時間を18時に早めることが予想され、J1リーグなら来週水曜10日の第3節と17日の第5節が対象試合となる。 そして観客数も5000人か50パーセントの少ない方ということになるだろう。その代わり、緊急事態宣言の出されていない地域では、引き続きキャパシティの50パーセントの入場者を認めるよう働きかけるのではないだろうか。 気になるのは昨日3日に名古屋と対戦する予定だったG大阪の4選手に陽性判定が出て、もう1人が濃厚接触疑い者ということで試合が中止されたことだ。これ以上、感染が拡大しないことを祈りつつ、感染経路の追跡はしっかり行って欲しい。 今回の中止により、G大阪が名古屋との代替日程を確保できない場合、今シーズンは降格があるため「みなし開催」として0-3で敗戦となる可能性もある。くれぐれも初のケースとならないよう、代替日程の確保に全力で取り組んでもらいたい。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.03.04 21:50 Thu
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