JFA代表ベストイレブンカレンダーもストライカー不足?/六川亨の日本サッカーの歩み

2020.11.24 18:40 Tue
Getty Images
2020年の日本代表のヨーロッパ遠征は2勝1分け1敗に終わった。コロナが再び猛威を振るいつつあるヨーロッパで、海外組だけとはいえ試合ができたのは僥倖だった。ただ、その内容はというと、攻撃陣に不安を感じたのも事実である。浅野も鈴木も、決めるべきチャンスを決められず、「決定力不足」という課題をクリアすることはできなかった。“ポスト大迫"探しは急務であるが、このままではベテランの岡崎に再登場してもらわなければならないのだろうか。
国内組では小林と三笘の川崎Fコンビが今シーズンはコンスタントに得点しているものの、国際レベルで通用するかどうか疑問が残るし、三笘はストライカーというよりはサイドアタッカーに近いタイプ。五輪代表でも2トップかシャドーでの起用になるだろう(1トップなら鹿島の上田に期待)。

といったところで、来年の元旦に決勝戦を迎える天皇杯は第100回の記念大会だ。JFA(日本サッカー協会)が創設されたのは1921年のこと。来年9月で創立100周年を迎える。本当なら100周年という節目の年を迎え、様々な記念行事やイベントが開催されるところだが、コロナの終息が見えない現状では自粛もやむをえない。

それでもJFAは、100周年記念企画として「1921-2021歴代日本代表ベストイレブンカレンダー」(2200円・税込)を制作し、11月から販売を開始した。これは「あなたの『ベストイレブン』を教えてください」というアンケートを8月5日から14日まで実施し、7520票の投票により選ばれた11人で構成されたカレンダーである。
ただ、JFA創設年の1921年から今日までの歴代日本代表ベストイレブンと一口に言っても、ベルリン五輪(1936年)でスウェーデンを破ったときの選手のプレーを見たことのあるファンは皆無だろう。1964年の東京五輪でアルゼンチンを倒した日本代表や、1968年メキシコ五輪で銅メダルを獲得した時のイレブンを覚えているファン・サポーターも限られているはず。

その結果、選ばれた11人は次のようになった。

1月/三浦知良 2月/川口能活 3月/中田英寿 4月/中村俊輔 5月/小野伸二 6月/中澤佑二 7月/遠藤保仁 8月/長谷部誠 9月/本田圭佑 10月/内田篤人 11月/長友佑都 12月/全員

こちらのイレブンについては、説明も不要だろう。


キング・カズはW杯の出場こそないものの、全盛時は(「現役時代は」というフレーズが使えないため)無類の勝負強さを発揮した。チームが苦境に陥ったとき、なんとかしてくれたのがカズだった。GK川口も勝負強さには定評があったし、4度のW杯出場に加え、ルックスもよかった。

中田ヒデはローマ時代に日本人で初めてセリエA優勝を経験。中村と小野は国内にとどまらずヨーロッパのリーグ戦でも活躍した。中澤と遠藤は海外でのプレー経験こそないが、「ボンバーヘッド」や「コロコロPK」などマネのできない武器を持っていた。

長谷部は類い希なキャプテンシーに加え、いまなおフランクフルトの主軸としてプレーしているし、本田もボタフォゴで現役を続行している。ACミランで成功したとは言えないが、背番号10を託されたことは今後も語り継がれることだろう。内田と長友が両サイドバックを務めた日本代表は、いま思うとなんて贅沢だったのか。ウッチーはケガで現役を引退したが、ユウトにはできるだけ長く現役を続けて欲しい。

正直、妥当なアンケート結果だと思う。11人中6人が中盤の選手で、2人がサイドを上下動して運動量を求められるポジションということからも、海外で通用する日本人の特性を表している。GK川口とCB中澤はポジション的にも必要だし、存在感も際だっていた。

そしてカズである。アンケートに投票した世代が何歳くらいか不明だが、メキシコ五輪の得点王でJSL(日本サッカーリーグ)通算202ゴール、日本代表でも国際Aマッチ75ゴールで最多記録を保持する釜本邦茂氏をベストイレブンに選ぶ世代もけして少なくはないはずだ。

カズと同世代のJリーガーでは、得点王になった福田、ゴン中山、その後は高原、前田、Jリーグ最多得点記録保持者で3年連続得点王の大久保らがいるものの、いずれも代表での活躍・印象という点でキングを凌ぐことはできなかったようだ。

と同時に、このアンケートからも日本はストライカー不足であることがわかるのではないだろうか。

カズに代わるストライカーとしては、冒頭に書いた岡崎くらいしか思いつかないし、ヨーロッパでの活躍という点では岡崎はもちろん、香川もカズより上に来るだろう。しかし香川だと中盤の攻撃的な選手ばかりになりFWがいなくなってしまう。

日本代表はいつの時代も「ストライカー募集中」ということだ。

【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた
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8大会連続五輪出場決定、大岩監督のメッセージを感じる采配/六川亨の日本サッカーの歩み

大岩ジャパンは昨夜29日、ドーハでのU-23アジアカップ準決勝で難敵イラクを2-0で下し、今夏パリで開催される五輪の出場権を獲得した。これで日本は96年のアトランタ五輪以来8大会連続のオリンピック出場を決めた。 28年ぶりの五輪だったアトランタ大会にしても、その後のシドニー、アテネ、北京、ロンドン、リオも「出場して当然」と思われながらアジア最終予選では苦労した。理由は年齢制限があるからだ。ここがW杯予選との大きな違いである。加えて近年は本大会も含めて“海外組”が増えたことで、選手の招集に強制力がないことも日本のネックになっていた。 そうした意味で今回の予選では、MF藤田譲瑠チマをシント=トロイデンが招集に前向きだったことが予選突破に大きく貢献した。守備では、激しくないもののサラリと相手ボールを突っつくようにしてカットしては味方にパスを送る。そして攻撃では絶妙のポジショニングでフリーとなってDFラインからパスを引き出し、前線に好パスを配球する。まさに“攻守の要”であり、遠藤航の後継者、あるいは彼を凌ぐタレントの持ち主ではないか。 藤田のパスから2ゴールが生まれたシーンは改めて説明する必要はないだろう。1点目はFW細谷真大の好トラップと、その後の反転とダブルタッチが絶妙だった。カタール戦で決めた股抜きシュートはイラクGKに防がれていたため、コースを狙った一撃も彼にしては珍しいが、余裕があった証拠だろう。 2点目のコンビネーションも日本らしいゴールで、藤田のワンタッチパスに抜け出た荒木遼太郎が外すとは思わなかった。藤田と荒木、そして今シーズンはFC東京で荒木と絶妙のコンビを組む松木玖生をなぜ同時起用しないのか、大岩剛監督には疑問を感じていた。 今大会に限らずW杯でも、グループリーグの初戦は絶対に負けてはならない。そしてグループリーグを突破してからは必勝が義務づけられる。いわゆる「絶対に負けられない」戦いが続く。そして今大会では“一番のキモ”が五輪の出場権のかかった準決勝のイラク戦となる。 この試合に備えて選手をターンオーバーしつつ、藤田、松木、荒木の3選手を同時起用するまで『隠していた』としたら、大岩監督の采配には敬服するしかない。準々決勝のカタール戦の前半で松木が警告を受けたため、後半にFW藤尾翔太と交代させたのも準決勝を想定しての選手起用だとしたら、“策士”としか言いようがない。 過去の五輪予選がそうであったように、「終わってみれば」日本は五輪予選を通過してきた。アンダー世代での継続した強化の賜物だろう。とはいえ、それが五輪でのメダルを約束してくれるわけではない。そして近年の五輪やW杯では空中戦に強いFWの存在が重要視されている。劣勢の際はハイクロスが武器になることは変わらないからだ。 そうした意味でCB高井幸大は重要な選手だし、後半アディショナルタイムに内野航太郎をピッチに送り出したのも大岩監督の日本サッカーに対するメッセージと感じた。 まだ今大会は無失点のカザフスタンとの決勝が控えているが、DF陣を含めて選手の成長を感じた5試合でもある。パリ五輪でOA枠を使うかどうか、これはこれで議論を呼ぶかもしれない。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> <span class="paragraph-title">【動画】きっちり勝利で8大会連続の五輪出場決定!</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="NpGyB1NtSYg";var video_start = 0;</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script> 2024.04.30 20:00 Tue

日韓戦で感じた違和感/六川亨の日本サッカーの歩み

とても奇妙な前半戦だった。パリ五輪のアジア最終予選を兼ねたU-23アジアカップのグループB最終戦、日本と韓国は勝点6、得失点差+3で並び、両国の直接対決でグループBの1位と2位が決まる。1位抜けなら準々決勝はグループA2位のインドネシア、2位だとホストカントリーのカタールと対戦する。できればカタールとの対戦は避けたいところ。とはいえ、準々決勝で勝ったとしてもパリ五輪の出場権は獲得できない。そんな微妙な背景で試合は始まった。 日本は第2戦のUAE戦から7人のメンバーを代えた。GK野澤大志ブランドンら3選手は今大会初出場だ。対する韓国も10人の選手を入れ替えてきた。グループリーグを1位で抜けようと2位になろうとも、準々決勝はパリへの通過点に過ぎない。主力選手をターンオーバーで温存するのは当然の策でもあった。 そして前半は、奇妙なほど攻め手を欠く大凡戦だった。韓国が中盤での争いを避け、ロングボールによるカウンター狙いは今に始まったことではない。フィジカルの強さと空中戦での優位を生かし、セットプレーに活路を見いだすのも常套手段である。 対する日本も攻め手を欠いた。CBの高井幸大と鈴木海音、ボランチの川﨑颯太と田中聡は安全第一なのか、それともポストプレーヤーが見つけられなかったのか、急所を突くようなタテパスは皆無で、サイドに開いた平川悠や藤尾翔太の足元に緩いパスをつなぐだけ。とはいえ両選手とも三笘薫や伊東純也のようなドリブラーではないため、決定機を演出するまでにはいたらない。 互いに負けたくないという心理状態が色濃く反映された前半は、82年スペインW杯1次リーグの“出来レース"と言われた西ドイツ対オーストリアの試合(初戦でアルジェリアに負けた西ドイツが2次リーグに進むには最終戦のオーストリア戦を2点差以内で勝つしかなく、西ドイツが前半にリードすると後半は互いに無理をせず時間が過ぎるのを待った)を彷彿させる退屈な45分間だった。 ところが後半に入り13分過ぎから両チームとも選手交代をしたところ、突然攻撃が活性化した。日本は川﨑と田中に代えて藤田譲瑠チマと松木玖生を投入。やはり彼らが大岩剛監督にとって選択肢のファーストチョイスなのだろう。松木は後半26分にミドルサードで2人の選手に囲まれながらもフィジカルの強さを生かしてボールをキープすると、1トップの内野航太郎に決定的なスルーパス。安全を優先したプレーでは、組織的な守備を崩せないことを自ら証明した。 彼らと山本理仁、レフティーモンスターの山田楓喜が現チームの主力であり、準々決勝のカタール戦ではスタメンに名前を連ねると思う。そして、大岩監督の気持ちはわからないでもないが、野澤大志ブランドンは肉体的な資質は申し分ないものの、鈴木彩艶と同様にA代表やU-23代表で起用するには経験不足は否めないのではないだろうか。野澤は元々キックに難点があり、左足は得意ではないためトラップして右足に持ち替えることが多い。韓国戦でも冷やっとしたシーンがあったし、なんでもないシュートを後ろにそらしてOGの危険性もあった。 これまで2試合でチームを救った小久保怜央ブライアンを使っていれば、CKに飛び出てクリアするでもなく、中途半端なポジショニングで何もできずに失点したシーンも何とかできたのではないかと思ってしまう。期待するのは悪いことではない。しかし、その見極めを誰がいつするのか。これは個人的な見解だが、鈴木彩艶は今年のアジアカップで、野澤大志ブランドンは韓国戦のプレーをシビアに検証すべきだろう。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> <span class="paragraph-title">【動画】日韓戦は韓国に軍配! 低調な試合も後半は一変</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="TMihrmhQQbc";var video_start = 0;</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script> 2024.04.23 14:30 Tue
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