コロナ禍でのメディア取材は一体どうなる? 選手以上に感染防止策が必要か

2020.05.21 21:15 Thu
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16日に約2カ月ぶりに再開したブンデスリーガに続き、その他の4大リーグも6月以降のリーグ再開に向け歩みを進めている。もちろん、まだまだ予断を許せる状況ではなく、一部の選手からはリーグ再開に反対する声や健康面で不安の声が上がっている。そうした中、メディアの側からすると、再開後の取材がどうなるのかという点も気になるところだ。

ドイツサッカーリーグ機構(DFL)は、ブンデスリーガ再開にあたり、膨大な安全プロトコルを策定していた。取材についても多くの規定があり、メディアの数は1試合につき総計10人に絞られた。さらに、選ばれた記者は試合前にPCR検査を受けることが義務付けられている。

16日のフランクフルトvsボルシアMGの一戦では、ドイツ国内の2大通信社、全国紙の2紙、『キッカー』、『ビルト』に加え、ホーム・アウェーの地元紙が各2紙と10人全てがドイツメディアとなった。日本人選手の試合でも、日本メディアは入れない徹底ぶりだ。

スタジアムはスタジアム内部、スタンド、そしてスタジアム外敷地の3つのゾーンに分けられ、メディアはスタンドエリアに配置されたため、選手の個別対応や取材等は行う事ができなかった。

仮にマスクを着用し、ソーシャル・ディスタンスを保ったとしても、以前のように、クラブ施設内やメディアルームなどでの取材を行うのはかなり先になりそうだ。

Jリーグも、各クラブが選手取材を行っているものの、その全てがWEB会議システムを使ってのものだ。まだ、画面越しに選手の表情は見られるためましだが、直接選手と顔を合わせて話すことができないとなれば、熱量や細かな心情を汲み取ることはまずできない。

また、18日からトレーニングを再開したラ・リーガも、メディアは一切入れず。ラ・リーガ側がトレーニング時の動画や写真をサーバーにあげて、それを各メディアが使うという形式を採用している。リーグ再開が実現した場合でも、現時点で取材形式がどうなるかは発表されていないが、ブンデスリーガ同様に、中断前とは大きく変更されることは間違いなく、感染防止策が徹底されることだろう。

その他、7月上旬の開幕を目指すアメリカのメジャーリーグ・ベースボール(MLB)では、本土が広いだけにもともと飛行機移動が基本となっている。各チームの番記者たちはチームの遠征に同行し、取材を行っていたが、少しでも接触者を減らすことが考えられる中、そういった取材もオンラインに移行する可能性が指摘されている。

まずは、日常を取り戻す第一歩として、ブンデスリーガ再開を喜びたいところだが、我々メディアが影響を受けるのはこの先。どのような形で情報を伝えていけるのか、試行錯誤は続きそうだ。
《超ワールドサッカー編集部》
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日本代表が初めて感じた世界の壁、ストライカーが認める“9番”ガブリエル・バティストゥータ

遡る事22年前──1998年の6月は日本サッカーが初めて世界を知った1カ月だった。 “ジョホールバル”の歓喜で初めてワールドカップの出場権を獲得した日本代表。プロリーグがスタートしてから初めて実感した世界のサッカーは、次元の違うものだった。 当時から攻撃力に秀でていた南米の雄・アルゼンチン代表がワールドカップ初戦の相手。日本はディフェンシブな布陣で臨んだが、一瞬の隙を突かれてやられた。 前半28分、クリアミスを拾われるとパスを繋がれる。現在はアトレティコ・マドリーで指揮を執るディエゴ・シメオネからの縦パスが入ったところで当時の10番・名波浩がアリエル・オルテガのスルーしたボールに対応できないと、これが絶妙なパスとなってしまい、そのままゴールを許してしまった。 日本代表のワールドカップの歴史に最初に名を刻んだ男。それが、アルゼンチン代表のエース、ガブリエル・バティストゥータだった。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆日本を沈めた“バティゴール” </div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/Batistuta_20201028_3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> フィオレンティーナでキャリアの全盛期を過ごしていたバティストゥータは、エースとして日本戦に先発出場。FWクラウディオ・ロペス、FWアリエル・オルテガとともに日本ゴールを脅かしていた。 そして日本に少し疲れが見え始めた28分にゴールを奪う。 名波が対応をミスしたボールを受けたバティストゥータは、飛び出してきたGK川口能活の上を通す冷静沈着なチップキックでゴールを決めた。 ゴール前でのこの落ち着きは、今の日本にも必要な要素。意図しないこぼれ球であったが、しっかりと胸トラップでコントロールし、名波のプレッシャー、川口の飛び出しにも冷静に対処した。まさに、ストライカーらしいゴールだった。 <div id="cws_ad">◆日本を沈めた“バティゴール” も!バティストゥータのゴール集<br/><div style="margin:0 auto; max-width:100%; min-width:300px; " ><div style="position: relative; padding-bottom:56.25%; height: 0; overflow: hidden; "><iframe src="https://embed.dugout.com/v2/?p=eyJrZXkiOiJzTmlYUDBZeSIsInAiOiJ1bHRyYXNvY2NlciIsInBsIjoiIn0=" style="width: 300px; min-width: 100%; position: absolute; top:0; left: 0; height: 100%; overflow: hidden; " width="100%" frameborder="0" allowfullscreen scrolling="no"></iframe></div></div><div style="text-align:center;" id="cws_ad"><hr><a href="https://web.ultra-soccer.jp/link.php?url=https://ryan.onelink.me/C7cD/1fb76a70&c=sega_20201028_1">バティストゥータ、サネッティ、ベロンが<br />「サカつくRTW」に登場!</a><hr></div><div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆フィレンツェの英雄</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/Batistuta_20201028_2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 1988年に母国のニューウェルズ・オールドボーイズにてプロデビューを果たしたバティストゥータは、リーベル・プレートを経て加入したボカ・ジュニアーズで才能を一気に開花させる。 ここでの活躍からセリエAの強豪チームの1つであったフィオレンティーナへ加入。ロベルト・バッジョ氏の後釜としての加入だった彼に不信感を抱く者もいたが、デビュー戦となった1991年9月1日のユベントス戦でいきなりゴールを記録。その後も得点を量産し、フィオレンティーナの旗手としてチームを牽引し続けた。 1992-93シーズンにフィオレンティーナがまさかのセリエBに降格した際には、誰もがチームを離れる事を予想したが、バティストゥータはチームに残留。1年でのセリエA復帰に貢献するだけでなく、1994-95シーズンには26ゴールを挙げて得点王も獲得している。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆ローマで日本代表戦士と共に悲願のスクデット</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/Batistuta_20201028_5.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> しかし、フィオレンティーナでは本人の夢であるスクデット獲得には至らず、その夢を果たすため2000-01シーズンにローマへ電撃移籍。シーズン途中にケガでの離脱がありながら20得点を挙げる活躍を見せ、移籍1年目、そしてイタリア10年目にして祈願のスクデットを獲得した。 このシーズンは、前年の途中にペルージャから加入していた元日本代表MF中田英寿もローマに所属。フランチェスコ・トッティとのポジション争いもある中で、中田もスクデット獲得に貢献。1998年のフランスW杯で敵として黒星をつけた男と、2年後にはチームメイトになっていたのだから、中田の凄さも計り知れないところだ。 <div style="padding: 0.25em 0.5em;font-weight:800;font-size:1.2em;color: #494949;background: #dbeeff;border-left: solid 5px #7db4e6;">◆ストライカーから認められる “ストライカー”</div> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/Batistuta_20201028_4.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> その後もローマでプレーしたバティストゥータだが、2002-03シーズン途中、ローマにて出場機会を失いつつあった彼はインテルへレンタル移籍。母国の後輩であり、ケガで離脱していたFWエルナン・クレスポの穴埋めと期待されたが、12試合で2ゴールと期待された結果を残せず。翌シーズンにはカタールのアル・アラビへと完全移籍。2005年3月に現役を退いた。 アルゼンチンに収まらず、1990年代最高のストライカーの1人であったバティストゥータだが、その姿は現代で活躍するストライカーたちの目にも焼き付いている。 ウルグアイが誇る現代屈指のストライカーであるFWルイス・スアレス(アトレティコ・マドリー)は、バティストゥータの同胞フアン・パブロ・ソリンとのインタビューでその強烈な憧れを明かしている。 「子供の頃からアイドルだったということを伝えたい。あなたは私が今まで見たサッカー選手の中で最も偉大な存在だった。子供の頃から真似してみたけど、だからこそ憧れてしまう。あなたは私にとってアイドルです」 さらには、ウルグアイ代表でスアレスの相棒であるFWエディンソン・カバーニ(マンチェスター・ユナイテッド)もバティストゥータに憧れを抱いた1人だ。 「昔から憧れているストライカーを1人選ばなければならないのなら、バティストゥータを選ぶよ。フィオレンティーナの9番を背負った彼は最強だった。9番は特別な数字で得点を挙げる人間を表す。よく似合っていた」 破壊的な右足とヘディングに高い決定力を備え、どこからでもゴールを貪欲に狙う姿勢。最もゴールにこだわり、ゴールを決めてきたバティストゥータこそ、"9番”の象徴であり、“ストライカー”の神髄と呼べる存在だった。 <div style="text-align:left;" id="cws_ad"><hr>日本代表を沈める“バティゴール”を決めた1990年代最高のストライカーの一人であるバティストゥータが、大人気スポーツ育成シミュレーションゲーム『プロサッカークラブをつくろう!ロード・トゥ・ワールド』(サカつくRTW)に登場!<br /><br />さらに日本戦にもフル出場していたMFファン・セバスティアン・ベロンとDFハビエル・サネッティも同時に登場している。『サカつくRTW』で“バティゴール”を観たい方は是非一度チェックしよう。</div><hr> 2020.10.30 15:30 Fri
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【ELグループステージ展望】4人のサムライが参戦! ノースロンドン勢にセリエA勢に注目

2020-21シーズンのヨーロッパリーグ(EL)・グループステージが22日に開幕する。昨シーズンと同様、優勝チームに翌シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)出場権が与えられるELに、今シーズンは4人の日本人選手がグループステージから参加。また、アーセナル、トッテナム、ミラン、ナポり、ローマ、ベンフィカといった優勝候補も登場する。 ここでは、注目クラブや日本人選手の所属するチームを中心にグループステージを展望していきたい。 ◆優勝候補はロンドン勢とセリエA勢! <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/get20201021_100_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 今大会の優勝候補はアーセナル、トッテナムのノースロンドン勢に加え、ミラン、ナポリ、ローマのセリエA勢だ。 昨シーズン、リーグ戦ではEL出場権を逃がすもチェルシーとのFAカップを制して今大会出場に漕ぎ着けたアーセナル。今夏の移籍市場ではMFトーマスを始め、DFガブリエウ、MFウィリアンと実力者を迎え入れ、アルテタ体制2年目は更なる進化の予感だ。今回のグループステージではラピド・ウィーン(オーストリア)、モルデ(ノルウェー)、ダンドーク(アイルランド)と実力差、移動距離を考えても、まずまずの組み分けとなっており、問題なく突破可能と思われる。そういった中、新戦力や準主力にプレー機会を与えながら、昨季のMFサカ、FWエンケティアに続く新たな若手の台頭を促したい。 そのアーセナルのライバルチームであるトッテナムは、2015-16シーズン以来となるELグループステージの参戦に。予選からの参戦となったものの、爆発的な攻撃力を武器に問題なくグループステージ進出を決めた。今夏の移籍市場ではFWベイルの7年ぶりの復帰をトピックに、DFレギロン、MFホイビュルク、FWカルロス・ヴィニシウスらとポルトガル人指揮官が求める7人の新戦力を加え、今大会出場チーム屈指の陣容を誇る。ルドゴレツ(ブルガリア)、リンツ(オーストリア)、アントワープ(ベルギー)と同居するグループJではアーセナル同様に突破へ向けて大きな問題はなく、ベイルらのコンディション調整の場に当てつつチーム内のポジション争いを盛り上げていきたい。 PK戦までもつれ込んだ薄氷のプレーオフを制してグループステージに到達したミランは、セリエAではインテルとのダービーを制するなど開幕4連勝と絶好調。セルティック(スコットランド)、スパルタ・プラハ(チェコ)、リール(フランス)と同居したグループHの戦いは、他のビッグクラブに比べて困難と見られるが、より上位を狙えるリーグ戦とのバランスを意識しながらの戦いとなる。やや選手層に不安を抱えていることもあり、攻撃陣ではFWマルディーニやFWコロンボといった生え抜きの若手の活躍に期待したい。 戦力値で前述の3チームと比肩するローマとナポリは、ローマが比較的ラクな組に入った一方、ナポリはレアル・ソシエダ(スペイン)とAZ(オランダ)と同じ組に入り、突破に向けてよりパワーを使うことになりそうだ。共にリーグ戦において比較的メンバーを固定する傾向にあるため、控え選手や新加入選手はこのELをアピールの場としたい。 その他では昨季プレミアリーグで再躍進を遂げたレスター・シティ、ベンフィカ、昨季ベスト8のレバークーゼンといった実力クラブの戦いぶりにも注目が集まるところだ。 ◆久保、北川、三好が初参戦! <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/800/img/2020/get20201021_100_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div> 今シーズンのELグループステージでは、4人の日本人選手がプレーすることになる。 今夏、レアル・マドリーからビジャレアルにレンタル加入したMF久保建英は、カラバフ(アゼルバイジャン)、マッカビ・テルアビブ(イスラエル)、スィヴァススポル(トルコ)と同居するグループIに入った。大きな期待を背負って加入した新天地では開幕から6試合連続途中出場と、守備面や規律を重視するエメリ監督から信頼を得るまでには至らず。直近のバレンシア戦では決勝点をお膳立てした一方、やや不運な形で退場処分となっている。ただ、この退場の影響により、初戦となるホームでのスィヴァススポル戦では初先発のチャンスが与えられる可能性が高い。本人としては主力が起用されるラ・リーガでスタメンを勝ち取りたいところだが、まずはELの舞台できっちり結果を残したい。 その久保と日本代表でポジションを争う一人のMF三好康児はアントワープで主力として活躍。今季ここまではリーグ戦5試合に出場し、ゴールこそ1点に留まっているものの、攻撃の起点としてチームをけん引している。自身初のELではトッテナムやルドゴレツ、リンツといずれも格上との対戦となるが、今後の更なるステップアップに向けて活躍を期待したい。 同じくELは初参戦となるラピド・ウィーンのFW北川航也は優勝候補アーセナル、モルデ、ダンドークと同じグループBに入った。今季ここまでは途中出場を中心に公式戦8試合1ゴールとポジション奪取に向けてアピールが必要な状況だ。そういった中、フランクフルトでアーセナル相手に躍動した昨季のMF鎌田大地のように注目の一戦で活躍を見せたいところだ。 前述の3選手とは異なり、EL2シーズン連続の参戦となるAZのDF菅原由勢は、ナポリ、ソシエダと同居する厳しいグループに入ったが、更なるステップアップに向けて強豪チームとの対戦は格好のアピールの場ともいえる。昨季のELでマンチェスター・ユナイテッドとの対戦も経験しているため、物怖じすることなくビッグクラブ相手にプレーできるはずだ。 ◆グループA ローマ(イタリア) ヤング・ボーイズ(スイス) クルージュ(ルーマニア) CSKAソフィア(ブルガリア) ◆グループB アーセナル(イングランド) ラピド・ウィーン(オーストリア)※北川航也 モルデ(ノルウェー) ダンドーク(アイルランド) ◆グループC レバークーゼン(ドイツ) スラビア・プラハ(チェコ) ハポエル・ベエルシェバ(イスラエル) ニース(フランス) ◆グループD ベンフィカ(ポルトガル) スタンダール・リエージュ(ベルギー) レンジャース(スコットランド) レフ・ポズナン(ポーランド) ◆グループE PSV(オランダ) PAOK(ギリシャ) グラナダ(スペイン) オモニア(キプロス) ◆グループF ナポリ(イタリア) レアル・ソシエダ(スペイン) AZ(オランダ)※菅原由勢 リエカ(クロアチア) ◆グループG ブラガ(ポルトガル) レスター・シティ(イングランド) AEKアテネ(ギリシャ) ゾリャ(ウクライナ) ◆グループH セルティック(スコットランド) スパルタ・プラハ(チェコ) ミラン(イタリア) リール(フランス) ◆グループI ビジャレアル(スペイン)※久保建英 カラバフ(アゼルバイジャン) マッカビ・テルアビブ(イスラエル) スィヴァススポル(トルコ) ◆グループJ トッテナム(イングランド) ルドゴレツ(ブルガリア) リンツ(オーストリア) アントワープ(ベルギー)※三好康児 ◆グループK CSKAモスクワ(ロシア) ディナモ・ザグレブ(クロアチア) フェイエノールト(オランダ) ヴォルフスベルガー(オーストリア) ◆グループL ヘント(ベルギー) ツルヴェナ・ズヴェズタ(セルビア) ホッフェンハイム(ドイツ) リベレツ(チェコ) 2020.10.22 18:00 Thu
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