今日は何の日! 4月17日はミュラーのハットトリックでレバークーゼンを粉砕/2018年

2020.04.17 19:00 Fri
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世界中で休むことなく紡がれ続けてきたフットボールの歴史の中で今日何が起こったのか。本日4月17日の出来事を振り返ってみよう。今回ピックアップするのは、2018年4月17日。バイエルンのドイツ代表FWトーマス・ミュラーがDFPポカール準決勝レバークーゼン戦でみせたハットトリックだ。

◆開始早々の2ゴール

レバークーゼンとの対戦となったDFBポカールの準決勝。3度目の復帰となったユップ・ハインケス監督に率いられたバイエルンは、決勝進出に向けてこれ以上ないスタートを切る。

前半3分、セットプレーからチャンスを作るとマッツ・フンメルス(現ドルトムント)の浮き球のパスにミュラーがヘディングで合わせる。これは相手GKベルント・レノ(現アーセナル)にセーブされるも、こぼれ球をハビ・マルティネスがシュート。これがロベルト・レヴァンドフスキの足に触れそのままゴール。

9分にはフランク・リベリー(現フィオレンティーナ)が左サイドを崩すと、ボックス内に進入しクロス。これをファーで待っていたレヴァンドフスキが再び落ち着いてボレー。開始10分で2得点を決めたバイエルンは早くもお祭りの予感を感じさせるパフォーマンスを見せた。

しかし、レバークーゼンも反撃。16分にセットプレーからチャンスを作ると、ゴール前での混戦の中で、ラース・ベンダーがヘディングでボールを押し込み、1点を返す。前半はこのまま2-1で終了。早い時間に先制したバイエルンにレバークーゼンがなんとかすがり付く形で試合を折り返した。

◆後半も怒涛のゴールラッシュ

1点差とまだレバークーゼンにも十分チャンスがあるスコアで試合は後半に進んだが、ここからバイエルンの怒涛のゴールラッシュが始まった。

52分、相手ディフェンスのわずかなスペースに入り込みフリーになっていたミュラーへ向けてチアゴ・アルカンタラが的確なパス。これをミュラーが追いついてトラップし、ゴールに流し込んだ。ミュラーの抜群のポジショニングセンスとチアゴのパスセンスが光った見事なゴールでバイエルンが3-1と突き放す。

61分には、ボックス内でボールを受けたアリエン・ロッベン(現役引退)がチアゴへボールを落とすと、これをチアゴが落ち着いて決め4-1。直後の63分、サイドを崩したラフィーニャ(現フラメンゴ)がボックス深くからマイナスのクロス。これにロッベンが合わせるとゴール前に立っていたミュラーに跳ね返り、ゴール。ラッキーなミュラーの2点目で瞬く間にバイエルンが5-1と試合を決定付けた。

72分にレオン・ベイリーが見事な直接フリーキックを決め、レバークーゼンが再び3点差とするも、79分味方のロングボールをミュラーが相手DFの裏へ抜けて受けるとそのままゴール。またしても絶妙のポジショニングが光る。このミュラーのハットトリックで止めを刺したバイエルンが、レバークーゼンを粉砕し、決勝進出を果たした。

見事決勝へ駒を進めたバイエルンだったが、決勝では次のシーズンからバイエルンを率いることとなるニコ・コバチ監督が指揮をとるフランクフルトに3-1で敗れ、準優勝に終わっている。

★2018年4月17日
《DFBポカール準決勝》
レバークーゼン 2-6 バイエルン

【レバークーゼン】
ラース・ベンダー(前16)
レオン・ベイリー(後28)

【バイエルン】
ロベルト・レヴァンドフスキ(前3、前9)
トーマス・ミュラー(後7、後19、後34)
チアゴ・アルカンタラ(後16)

【出場選手】
◆レバークーゼン[4-2-3-1]
GK: ベルント・レノ
DF: ラース・ベンダー、ヨナタン・ター、スベン・ベンダー、パナジオトス・レトソス(→46 レオン・ベイリー)
MF:チャルレス・アランギス、ユリアン・バウムガルトリンガー(→61 ルーカス・アラリオ)
MF: カリム・ベララビ(→67 ベンヤミン・ヘンリヒス)、カイ・ハフェルツ、ユリアン・ブラント
FW: ケビン・フォラント
監督:ハイコ・ヘルリッヒ

◆バイエルン [4-3-3]
GK: スベン・ウルライヒ
DF: ヨシュア・キミッヒ、マッツ・フンメルス、ジェローム・ボアテング、ダビド・アラバ(→46 ラフィーニャ)
MF:チアゴ・アルカンタラ(→85 ニクラス・ジューレ)、 ハビ・マルティネス、トーマス・ミュラー(→80 ハメス・ロドリゲス)
FW: アリエン・ロッベン、ロベルト・レヴァンドフスキ、フランク・リベリー
監督:ユップ・ハインケス
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