【2022年カタールへ期待の選手㊵】東京五輪出場は川崎での活躍次第。決め切る力を身に着けたい韋駄天アタッカー/旗手怜央(川崎フロンターレ/MF)

2020.02.27 16:43 Thu
twitterfacebookhatenalinegplus
photo
©︎J.LEAGUE
レアンドロ・ダミアンのゴールがVARによって取り消されるなど、苛立ちが募る展開を強いられていた22日のJ1開幕節の川崎フロンターレ。鳥栖の堅守を攻略しきれず、刻一刻と時間が過ぎていった。そんな中、鬼木達監督は期待の大卒ルーキー・旗手怜央と三苫薫をダブルで投入。積極果敢にゴールを奪いに行った。

2人は武器のスピードを前面に押し出し、攻撃を活性化。そんな中、2度の決定機を迎えたのが旗手だ。後半33分には山根視来の右クロスに反応して右足を振り抜いたが、シュートは枠を外してしまう。4分後には盟友・三苫からのラストパスに右からタイミングよく侵入したが、ボールをキープしきれない。さらに大きな得点機だったのが、後半ロスタイム。同じく三苫からのマイナスクロスに呼応し、ニアに飛び込んだが、左足シュートはネットを揺らすことはなかった。

「相手がスライディングしてきて、先にボールに行くと思ったけどコースに入ってたんで、あそこで打てずにターンして中に持って行くのも1つの手だったと思う。ゴール前での判断がちょっと足りなかったのかなと思います」と背番号30は反省の弁を口にする。記念すべきJリーグデビュー戦をゴールと勝利で飾れず、悔しさばかりが残った。

1月のAFC・U-23選手権(タイ)に参戦し、グループ敗退の屈辱を味わった旗手にとって、初参戦となる今季J1は「東京五輪へ行くための最大のアピールの場」だった。

「日本を代表する選手としてやってはいけない結果だった。もっと戦う姿勢を見せないとアジアでは勝てないと感じた。自分がやってきた中で一番不甲斐ない試合だったのかなと。今のままでは五輪に出れるとも考えてません。ただ、フロンターレで試合に出れば可能性はあるし、チャンスも広がってくる。ゴールに向かうプレーだったり、ペナルティエリア内のドリブルだったり、タテの推進力だったり、自分の武器を伸ばしていかないといけないと思っています」と本人も気合を入れ直して宮崎・沖縄キャンプでアピールを続けてきた。その成果があって、16日のYBCルヴァンカップ・清水エスパルス戦と今回のJ1開幕・鳥栖戦に途中出場することができたが、ゴールという結果はなし。その壁を超えない限り、川崎での定位置獲得も、東京五輪出場も難しいかもしれない。

「フロンターレのやってるサッカーの難易度の高さについていけてないのが、今の自分の力だと思います。『ワンタッチ目から判断する』というのはこれまでなかったことだから。同じポジションの家長(昭博)さんを見てると、キープの仕方もうまいし、状況を見ながら裏に抜けて止まったりもできて、見習うべき部分が多い。それにレフティなんで左足で切れ込んでシュートもできますよね。僕の場合は右利きなんでタテに突破できる長所はあるけど、左足でもシュートが打てればプレーの幅が広がる。相手にとってもっと怖い選手と思われるようにプレーの幅を広げていかないといけないですね」と旗手は家長を超えるためにやるべきことを明確に見据えているようだ。

そうやって多彩なバリエーションをアタッカーに飛躍するのと同時に、最大の課題である決定力をアップできれば、目先の目標に手が届く可能性は高まっていく。それを信じて取り組むしかないというのが、今の彼の偽らざる心境だ。

「ルヴァンとJ1を1試合ずつ戦ってみて、ゴール前の部分が一番このチームで求められていることだと痛感しました。その力を発揮できなければ自分には価値がない。鳥栖戦でも推進力は出したかもしれないけど、結果は出ていない。シュートの精度を上げていかないと厳しいので、そこは練習から積み重ねていきたいなと思います」

まずはプロ初ゴールを挙げ、そこから実績を積み重ねていけば、U-23日本代表を率いる森保一監督に「必要な選手」と感じてもらえるのではないか。旗手と同じアタッカー陣は海外組が多く、21日のベティス戦で1ゴール1アシストという目に見える活躍を見せた久保建英(マジョルカ)やケガから復帰した2月以降はコンスタントに試合に出ている前田大然(マリティモ)らがひしめいているだけに、より目覚ましい働きが必要不可欠だ。

本人もその重要性は大いに自覚しているはずだ。

「母校の静岡学園の修さん(川口監督)に『欧州チャンピオンズリーグの舞台に立てるような選手になれ』と言われているんで、その目標に向かって今できることを精一杯やっていきます」

こう語気を強めた韋駄天アタッカーがいち早くブレイクする姿を楽しみに待ちたい。

【文・元川悦子】
長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。
コメント