【平成サッカー30年の軌跡】 平成19年/2007年 志半ばで途切れた理想2019.04.19 20:15 Fri

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新元号が「令和(れいわ)」に決定し、2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。日本サッカーにとって、「平成」という時代は大きな変革を遂げた30年間となりました。Jリーグ設立、ドーハの悲劇、日韓W杯招致…。激動の30年を平成の出来事と共に振り返ってみましょう。世の中の流れ


2007年、米アップル社から「iPhone」が発売。

■信頼を落とした政界と食品業界
平成19年(2007年)は、政界と食品業界が大きく荒れた1年となりました。政界では、前年から安倍晋三首相が日本の舵取りを担っていましたが、閣僚の度重なる不祥事に伴い、支持率が急降下。7月の参議院選挙でも大敗や、首相本人の体調不良を原因に突然の辞意を表明しました。後任には福田康夫氏が選ばれますが、この後も短命な政権が続き、政治不信が高まっていくきっかけとなります。

また、地方では「そのまんま東」の名前でタレントとして活躍していた、東国原英夫氏が地元の宮崎県知事選に出馬し、当選。選挙活動中に口にした「宮崎をどげんかせんといかん(どうにかしないといけない)」というフレーズは注目を集め、流行語大賞にも選ばれました。

一方、食品業界にも不祥事が発覚します。「不二家」、「赤福」、「船場吉兆」で、産地偽装や賞味期限切れの食品を使っていた、食品偽装問題が相次ぎ業界そのものの信頼を大きく落としました。特に、老舗料亭の「船場吉兆」は、謝罪会見の際に「頭が真っ白になった…」と質問への回答を耳打ちする女将の姿がカメラに収められ、「ささやき女将」として大きな話題を呼びました。

さらに、この年は、新潟県中越沖地震が起こった年でもあります。被災地の新潟県にあった、柏崎刈羽原発が地震の影響を受けて自動停止。一時は火災が発生し、原子力発電所の危うさについて再認識させられるきっかけの一つとなりました。

その他には、テノール歌手の秋川雅史さんの「千の風になって」が大ヒットし、一世を風靡しました。また、アップル社から「iPhone」が発売。その後のスマートフォンブームの火付け役となります。独特のコメント表示機能で人気を博した、動画共有サイト「ニコニコ動画」のサービスが開始されたのもこの年でした。


サッカー界

オシム氏が掲げた“自分で考えるサッカー”は大きな期待を集めたが、思わぬ形で幕を閉じた。

■オシムが掲げた哲学
ドイツW杯での惨敗から1年。日本代表は新たな方向へと動き出しました。徹底的な組織サッカーを掲げたトルシエ、自分で考えるサッカーを掲げたジーコを経て、新たに日本代表監督となったイヴィチャ・オシム監督が掲げたのは「考えて走るサッカー」でした。この「考えて走るサッカー」とは、日本人の特徴である豊富な運動量を活かし、チーム全体で戦術的な目的を持って動き回るというサッカーのことです。日本人に足りないものを無理に伸ばすのではなく、日本人が得意としているものを伸ばすという考え方は、多くの人にとって斬新であり、期待の持てる考え方でした。

7月に行われたアジアカップでは、準決勝でサウジアラビアに2-3で敗れ、大会3連覇とはなりませんでしたが、それでもオシム新監督の下で、日本人の強みを生かしたサッカーがようやく形になりつつあるとの手応えを感じさせる大会でした。そんな矢先、日本中に衝撃が走ります。11月、オシム監督が急性脳梗塞で倒れたとの一報が入ったのです。その後大事には至らなかったものの、オシム監督の現場復帰は非常に難しく、翌12月、日本サッカー協会は、98年のフランスW杯で日本代表を率いた岡田武史氏の日本代表監督復帰を発表しました。オシム監督が掲げた、日本人の強みを活かした「考えて走るサッカー」は思わぬ出来事によって幻となってしまったのでした。


力を付ける代表とともにJクラブのレベルもアップしていた。

■アジアで躍動するJクラブ
日本代表が世界との差を縮める為の試行錯誤を重ねていた頃、Jリーグでもまた、クラブたちが着実に実力を伸ばしていました。2007年、その結果が目に見えるものとなって現れます。前年である2006年シーズンのJリーグ王者としてAFC チャンピオンズリーグに出場していた浦和レッズが、日本勢として初の優勝に輝いたのです。また、グループステージから一度も負ける事無く優勝した、大会史上初のチームになったのです。アジアを制した浦和レッズはJクラブとしては初めてFIFAクラブW杯に出場。そして堂々の3位に輝きました。ちなみにこの3位という成績もアジア勢として初の好成績でした。
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新元号が「令和(れいわ)」に決定し、2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。日本サッカーにとって、「平成」という時代は大きな変革を遂げた30年間となりました。Jリーグ設立、ドーハの悲劇、日韓W杯招致…。激動の30年を平成の出来事と共に振り返ってみましょう。 <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">世の中の流れ</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei0430.jpg" alt="" width="100%"></div>2018年、韓国で平昌冬季オリンピックが開幕。羽生結弦選手が陰陽師をイメージした曲での演技を披露し、圧巻のパフォーマンスを見せて連覇を達成した。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■平成最後はスポーツの年に</span> 平成最後の1年となった、平成30年(2018年)は、オリンピック、FIFAW杯に加えて、スポーツ界で様々な話題が生まれました。 まずは2月に韓国で開幕した平昌オリンピックは、大きな盛り上がりを見せました。日本選手団は金メダル4つを含むメダル13個を獲得。特に男子フィギュアスケートの羽生結弦は圧巻の演技で金メダルを獲得し、オリンピック連覇を果たしています。また、女子カーリング日本代表のロコ・ソラーレは銅メダルを獲得。試合を重ねるごとに注目を集め、競技中の「もぐもぐタイム」や「そだねー」という掛け声はブームを巻き起こしました。 また、このオリンピック中には韓国と北朝鮮が一部競技で南北合同チームとして大会に参加する等、双方が歩み寄りの姿勢を見せ話題を呼びました。オリンピック閉幕後の4月には南北首脳会談も実現し、緊張緩和の兆しを見せています。 スポーツ界ではその他にも、女子テニスの大坂なおみが自らの憧れの選手であるセリーナ・ウィリアムズを破って全英オープンで初優勝。これは日本人初のテニス4大大会制覇となりました。野球界でも大谷翔平がメジャーリーグのロサンゼルス・エンゼルスに移籍。メジャーでも投手と打者の二刀流としてプレーし、その活躍に日本中の注目が集まりました。また大谷は、2018シーズン、日本人としてはイチロー以来となる新人王を獲得しています。 その他、築地市場で豊洲移転前最後となる初競りが行われた他、歌手の安室奈美恵さんが引退する等、「平成」という一時代の終わり感じさせる出来事も多く起こりました。 <div class="web-only" style="display:none;text-align:center;font-weight:800;font-size:1.0em;"> <a href="/index/index/c/FREE/id/heisei_lookback" target="_blank">【特集】“平成”で起きた出来事覚えてる?『平成サッカー30年の軌跡』を辿ろう!</a> </div> <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">サッカー界</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei043001.jpg" alt="" width="100%"></div>大会直前での監督解任に、サッカー協会への不信感が生まれた。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■W杯直前での解任劇 </span> 2018年、日本は6月に迫ったロシア・ワールドカップに向けて準備を進めていました。しかし、チームの状況は上がらず、3月に行われたベルギー遠征でもマリとウクライナに、それぞれ1-1、1-2で1分1敗と結果が出ていませんでした。W杯を目指して約3年間進めてきたチーム作りから、W杯で勝つためにシフトしている状況ではありましたが、ここにきて上手くいっていないことを感じさせる結果となってしまいます。 そして迎えた4月。W杯を2カ月後に控えたこのタイミングで、日本サッカー協会が衝撃の決断を下しました。それは、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の解任です。解任理由としては「コミュニケーション不足」とし、後任には技術委員長を務めていた西野朗氏の就任が発表されます。W杯開幕まで約2カ月というタイミングでの突然の解任にも関わらず、十分な説明もしなかった協会に対して、不信感を持つファンを多く生む結果となってしまいます。また、日本代表に対する期待もさらに下がり、W杯開幕前には、これまでにない程、世間は冷めた雰囲気となっていました。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■崖っぷちの状況で団結力を見せた日本</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei043002.jpg" alt="" width="100%"></div>初戦のコロンビア戦で値千金のゴールを決めた大迫。「大迫半端ない」が大ブームに。 急遽監督となった西野朗監督の下、日本代表は直前の親善試合に臨みます。しかし、ガーナ、スイスと0-2で連敗。ゴールも奪えず、結果も出ないという最悪の状況となり、監督交代が完全に裏目に出たものとバッシングが止みませんでした。 しかし、W杯前の最終試合となるパラグアイ戦で4-2と勝利。なんとか結果を出して本大会に臨むこととなりますが、国民の期待はほとんどない状況。盛り上がる様子は全くなく、期待を受けないまま初戦を迎えることとなります。 日本の初戦の相手は、前回大会で予選敗退の止めを刺されたコロンビアでした。この試合でも厳しい戦いになることが予想されましたが、まさかの展開を迎えます。前半6分にコロンビアのカルロス・サンチェスが香川真司のシュートをボックス内でハンド。これにより日本がPKを獲得し、カルロス・サンチェスは一発退場となります。そのPKを香川真司(現ベジクタシュ)が自ら冷静に決めて先制します。 39分にはボックス手前でFKを与えると、フアン・キンテーロにFKを決められ、同点に追いつかれてしまいます。それでも、73分にコーナーキックを獲得すると、本田圭佑(現メルボルン・ビクトリー)のクロスに大迫勇也(現ブレーメン)が頭で合わせ、値千金の勝ち越しゴール。そのまま2-1で日本が勝利を収めます。1人少ないコロンビア相手にギリギリでの勝利となりましたが、日本の勝利に多くの国民が日本代表を見直す結果となりました。 第2戦の日本の相手はアフリカ勢のセネガルです。初戦の結果を受け、国民も日本代表に期待するべきか、まだ半信半疑な状態での第2戦でした。しかし、日本はこの試合でも2度リードされる展開となりながらも粘り強く戦い、2-2のドローで勝ち点を取ります。この日本代表の戦いぶりに国民も次第に期待し始めました。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■前代未聞の「パス回し」に世論真っ二つ</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei043003.jpg" alt="" width="100%"></div>異例の状況に判断を迫られた西野監督。この決断は賛否両論を呼んだ。 決勝トーナメント進出をかけた第3戦の相手は今大会まだ勝利のないポーランド。選手の疲労も考え、日本はメンバーを変えて挑みますが、59分にポーランドに先制点を許してしまいます。同点に追いつくべく、ゴールを目指した日本でしたが、同グループのセネガルがコロンビアに0-1で負けているという報せを受けます。このまま試合が終わった場合、日本とセネガルは1勝1分1敗の勝ち点4で並び、得失点差、及び総得点でも全く同じ成績となります。その場合は大会のルールで、フェアプレーポイントでの判断となり、イエローカードやレッドカードが少なかったチームの順位が上になるとの決まりがありました。 0-1でポーランドに負けていた日本でしたが、そのルールが適用されれば、順位は2位となり予選グループ通過となります。このルールを受け、負けているはずの日本が、試合の残り約10分、自陣でボール回しをして時間を潰すという前代未聞の戦略に出ました。 セネガルvsコロンビアの試合が動けば、無駄になる作戦。自力でどうすることもできない状況ながら、大きな博打に出た西野監督。もう1試合の結果を気にしながら、何も起こらない試合を見続けることとなりましたが、なんとか日本はグループ2位で決勝トーナメントに進出するのです。 2大会ぶりのベスト16進出となった日本でしたが、西野監督の判断については世論が真っ二つに。消極的な戦いの選択を非難する声が上がる一方で、勝ち上がるための最善策という意見もあり、望んでいない形で国民から大きな注目を集めることとなりました。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■「ロストフの14秒」</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei043004.jpg" alt="" width="100%"></div>“あと一歩”がいかに遠い一歩かを思い知らされた日本代表。 形はどうあれ、決勝トーナメントに進出した日本代表。ラウンド16の相手は、エデン・アザール(チェルシー)やゲビン・デ・ブライネ(マンチェスター・シティ)、ティボー・クルトワ(現レアル・マドリー)らを擁する世界有数のタレント集団・ベルギー代表でした。真っ二つに分かれていた世論でしたが、日本初のベスト8進出を懸けた戦い。また、優勝候補にも挙げられるほどの実力こくとの対戦を前に、選手たちは一つになっていました。 難しい戦いになることが予想された試合でしたが、前半を0-0で折り返すと、後半開始早々、見事なカウンターから原口元気(現ハノーファー)のゴールで日本がまさかの先制点を取ります。さらに、52分には乾貴士(現アラベス)の見事なゴールで追加点を奪い2-0とします。今までW杯の決勝トーナメントでは、リードどころか得点をあげたこともなかった日本が、ベルギー相手に2点のリードをしている光景は日本中を高揚させました。 不可能だと思ってきたベスト8が現実味を帯びたと感じた次の瞬間、日本を悲劇が襲いましす。体格でアドバンテージがあるベルギーが、マルアン・フェライニ(現山東魯能)を投入し、パワープレーにシフトすると日本代表は上手く対応出来ず、続けざまに2失点を許し追いつかれてしまいます。 このまま延長戦突入かと思われましたが、後半アディショナルタイムに悲劇が待っていました。後半終了間際、ほぼラストプレーとなった日本はCKから本田がクロスを送ります。すると、ベルギーはクルトワが難なくキャッチ。そこからベルギーが高速カウンターを仕掛けます。そのわずか14秒後、無情にもボールは日本のゴールに決まり、そのまま試合終了。日本のベスト8進出の夢が途絶えてしまいました。 悔しさのあまり地面に倒れ込む日本選手たち。ラウンド16の壁突破まであと一歩のところまで迫りながら、またしても世界との差を感じさせられる結果となってしまいました。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■日本代表は新たな船出へ</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei043005.jpg" alt="" width="100%"></div>新監督、森保一氏の下で急速に世代交代が進んだ。 大方の予想を大きく上回る結果を出したロシアW杯での日本代表。日本を短期間でまとめ上げ、ベスト16に導いた西野監督の続投を望む声もありましたが、大会終了後西野監督は辞任。また、この大会を持って長年代表キャプテンを務めてきた長谷部誠(フランクフルト)やエースとしてチームを引っ張ってきた本田が代表引退を決断します。 日本代表は新監督にU-23代表監督を務めていた森保一氏を招へい。森保JAPANが発足しました。この森保監督の下で、「新ビッグ3」と呼ばれる南野拓実(ザルツブルク)、中島翔哉(アル=ドゥハイル)、堂安律(フローニンヘン)が台頭する等、日本代表の世代交代は急速に進み、日本代表には活気が生まれました。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■日本代表は新たな船出へ</span> 2019年4月30日を持って、その30年の歴史が幕を閉じる「平成」。その歴史とともに日本サッカー30年の軌跡を振り返ってみましたがいかがだったでしょうか。「プロリーグの発足」、「ドーハの悲劇」、「日韓W杯」、そして「ロストフの14秒」…。数々の名場面を生んだ平成という時代に感謝しつつ、これから始まる「令和」の時代に誕生するであろう、まだ見ぬ名場面、名シーンにワクワクしますね! これからも皆さんにと一緒に日本サッカーを追い続けていきたいと思います。ご精読ありがとうございました。 <div class="web-only" style="display:none;text-align:center;font-weight:800;font-size:1.0em;"> <a href="/index/index/c/FREE/id/heisei_lookback" target="_blank">【特集】“平成”で起きた出来事覚えてる?『平成サッカー30年の軌跡』を辿ろう!</a> </div> 2019.04.30 19:00 Tue
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【平成サッカー30年の軌跡】平成29年/2017年 ハリルの涙とJへの“黒船到来”

新元号が「令和(れいわ)」に決定し、2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。日本サッカーにとって、「平成」という時代は大きな変革を遂げた30年間となりました。Jリーグ設立、ドーハの悲劇、日韓W杯招致…。激動の30年を平成の出来事と共に振り返ってみましょう。 <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">世の中の流れ</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei0429.jpg" alt="" width="100%"></div> 2017年、ドナルド・トランプ大統領がアメリカで誕生。「民主主義崩壊の前兆」と言われた。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■暗いニュースが絶えなかった1年</span> 平成29年(2017年)は、不祥事やテロ等、暗いニュースの多い1年となりました。まず1月には前年の大統領選で当選したドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に就任します。選挙活動中からの過激な発言で賛否両論を生んでいましたが、大統領就任早々、アフリカと中東の7カ国出身者に対するアメリカへの入国禁止令を出し、国内外から多くの批判を浴びました。 日本では、安倍晋三首相に汚職疑惑が浮上します。国有地払い下げに関する「森友問題」や、獣医学部新設に関する「加計問題」が立て続けに発覚。世間では「もりかけ問題」と呼ばれ、連日報道されました。このことにより安倍内閣の支持率は急落しましたが、9月に行われた、衆議院の解散総選挙では与党が圧勝しています。この際に、野党第一党だった民進党が分裂、枝野幸男氏率いる立憲民主党が野党第一党に交代しています。 また、この年は北朝鮮の動向が世界中を騒がせた年でもあります。2月に金正恩氏の兄に当たる金正男氏が、マレーシアの空港で北朝鮮工作員に暗殺される事件が起こりました。まるでスパイ映画の一場面のようなこの事件は、世界に衝撃を与え、殺されたのが金正男氏ではないのではないかとの報道も出たほどです。その後も北朝鮮は、度重なるミサイル発射や核実験を続け強硬姿勢を取ります。日本でも北朝鮮からのミサイルが現実的な脅威として認識され、全国瞬時警報システム、通称「Jアラート」という言葉がニュースにも多く登場しました。 その他には、アメリカのポップ歌手、アリアナ・グランデさんのライブ中に起きた自爆テロや、ラスベガスで銃乱射事件などのテロや暴力事件に関するニュースが1年を通して絶えない年となりました。 <div class="web-only" style="display:none;text-align:center;font-weight:800;font-size:1.0em;"> <a href="/index/index/c/FREE/id/heisei_lookback" target="_blank">【特集】“平成”で起きた出来事覚えてる?『平成サッカー30年の軌跡』を辿ろう!</a> </div> <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">サッカー界</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei042901.jpg" alt="" width="100%"></div> 反骨精神に溢れたハリルホジッチ監督の涙は、多くのファンを驚かせた。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■ハリルJAPAN、ロシアへ</span> 2017年、ハリルJAPANのロシア・ワールドカップへ向けた戦いは最終局面を迎えます。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、「縦の速さ」や「デュエルの強さ」といったテーマを掲げて日本を率いていました。また、「チームこそがスター」という考えを提唱する指導者で、今まで日本の絶対的エースだった本田圭佑、香川真司、岡崎慎司といった選手が自分の求める役割にハマらないと判断すると、先発から外すなど、今までの監督は違うタイプでもありました。 アジア最終予選では、初戦のUAE戦にまさかの敗北。W杯予選で初戦に負けた国の予選突破率は0%という統計が話題になり、解任の噂が出るなど、決して順風満帆には進んでいませんでした。しかし、その後は浅野拓磨や、井手口陽介といった若手を積極的に起用してW杯予選を勝ち抜きます。 最終予選後半に入ると、オーストラリアやサウジアラビアといった強豪国とグループで同居しながらも、日本はグループ首位を維持していました。迎えた8月31日、勝てばW杯本戦出場が決まるホームでのオーストラリア戦に臨みます。オーストラリアといえばフィジカルの強さを特徴とした相手で、今までアジア予選では幾度となく苦戦を強いられてきた相手でした。しかし、そのオーストラリア相手に日本は2-0で完勝。井手口陽介が決めた豪快なミドルシュートは記憶に新しいでしょう。これにより、日本は6大会連続6回目のW杯出場を決めました。 W杯出場を決めたこの夜、監督の目には涙が浮かんでいました。お祝いのようになると思われた試合後の会見でも「プライベートに大きな問題がある」とだけ言い、質問を受けずに退席した為、監督辞任の噂が広がってしまいました。後日、進退に関する問題はないことが判明しますが、ハリルホジッチ監督の愚直な性格を体現する一幕となっています。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■Jリーグに“黒船”到来</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei042902.jpg" alt="" width="100%"></div>JリーグのDAZNでの配信が開始された。巨額のDAZNマネーは、経済的に停滞していたJリーグを救った。 2017年、世界最大級のスポーツライブストリーミングサービスである『DAZN』でJ1からJ3リーグを含めた全試合が配信スタートしました。また、動画の権利がJリーグに帰属することとなり、これまで以上に試合動画を利用したコンテンツが増加。SNSの普及も合間って、Jリーグに触れる機会が格段に増えたことは言うまでもありません。また、テレビでの視聴がメインであったサッカーコンテンツが、スマートフォンやPCといった様々なデバイスで視聴できるようになり、大きな話題を呼びました。 放映権契約は2017年からの10年間で総額約2100億円と、破格の金額になり、Jリーグとしての収入だけでなく、クラブの収入の増加にも寄与。リーグタイトルや順位に対する賞金が格段に挙がり、各クラブの補強戦略や集客戦略にも大きな影響を及ぼすこととなりました。 そして、大きく変化を迎えた年にJリーグを制したのが、川崎フロンターレです。これまで獲得したタイトルはJ2リーグの優勝のみ。リーグ戦、リーグカップ、天皇杯と好成績を残すものの、タイトルには手が届かず、“シルバーコレクター”と揶揄されてきました。そんな川崎Fは、持ち味であるパスサッカーを貫き、攻撃的なスタイルで魅了するだけでなく結果も残し、クラブ発足21年目にして初の主要タイトルとなるリーグ優勝を収めたのです。 2019.04.29 19:00 Mon
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【平成サッカー30年の軌跡】 平成28年/2016年 リオ五輪と世界を驚かせた鹿島

新元号が「令和(れいわ)」に決定し、2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。日本サッカーにとって、「平成」という時代は大きな変革を遂げた30年間となりました。Jリーグ設立、ドーハの悲劇、日韓W杯招致…。激動の30年を平成の出来事と共に振り返ってみましょう。 <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">世の中の流れ</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei0428.jpg" alt="" width="100%"></div> 2016年、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで夏季オリンピックが開幕。日本のメダルラッシュに国民が沸いた。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■史上初ずくめの1年</span> 平成28年(2016年)は、日本で史上初の出来事が多く起きた1年となりました。この年に起きた出来事の中で、特に「平成」というテーマにおいて重要な出来事をあげるなら、今上天皇が退位のご意向を表明なさった事でしょう。ご高齢になられた天皇陛下が体力の低下により、公務に全身全霊をかけることが難しくなったとのご判断の上での退位のご意向の発表でした。このご意向を受けて、「生前退位」について、そして現代においての天皇のあり方について、様々な議論を呼びました。 また、7月に東京オリンピック予算や、築地市場移転問題などを争点に東京都知事選挙が行われました。この選挙で自民党を離党して立候補した小池百合子氏が当選。女性初の東京都知事が誕生しました。 8月にはリオ・デ・ジャネイロ・オリンピックがブラジルで開幕。日本選手団は史上最多となったロンドン・オリンピックの38個を上回る41個のメダルを獲得し、最多記録を2大会連続で更新しました。体操男子団体の金メダルや、「最強女子」吉田沙保里が見せた涙など、この大会でも数々の名場面が生まれました。 アメリカのバラク・オバマ大統領が、現職のアメリカ大統領として初めて広島を訪問したのもこの年の出来事です。オバマ氏は大統領に就任した2009年に「核なき世界」を目指すことを提唱しており、そのオバマ氏が被爆地広島を訪れた事は非常に大きな意味を持ちました。 その他、選挙法が改正され、選挙権年齢が「20歳以上」から「18歳以上」への引き下げが行われました。また、熊本地震が起こったのもこの年です。震度6以上の大きな地震が断続的に起き続け、被害を受けた地域のライフラインが断たれる等、大きな被害を出しました。 <div class="web-only" style="display:none;text-align:center;font-weight:800;font-size:1.0em;"> <a href="/index/index/c/FREE/id/heisei_lookback" target="_blank">【特集】“平成”で起きた出来事覚えてる?『平成サッカー30年の軌跡』を辿ろう!</a> </div> <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">サッカー界</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei042801.jpg" alt="" width="100%"></div> 森保JAPANの主力選手が数多く出場したリオ五輪。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■新時代のエースたちが激戦を演じたリオ五輪</span> 2016年のリオ・デ・ジャネイロ・オリンピックにもU-23日本代表は出場していました。ロンドン・オリンピックでの4位入賞を追い越すべく、手倉森誠監督の下に未来の日本を背負う精鋭たちが集結しました。 初戦のナイジェリア戦は、壮絶な打ち合いになりました。日本はナイジェリア相手に4得点の大暴れとなりますが、逆に守備が完全崩壊。5失点を許し、4ゴールをあげながら敗れるというまさかの初戦となりました。 第2戦の相手はコロンビア。2014年のブラジル・ワールドカップではA代表が1-4と大敗している相手であるだけに、雪辱に期待がかかりましたが、後半に立て続けに2失点を許してしまいます。しかし、そこから日本も2得点で追いつくとそのままドロー。決勝トーナメンに向けて何とか望みを繋ぎました。 日本はスウェーデン相手に1-0と今大会初の勝利を上げますが、2位を争っていたコロンビアも勝利した為、日本代表のリオデジャネイロオリンピックでの予選敗退が決まりました。 結果こそふるわなかったものの、この大会で頭角を現した、南野拓実(ザルツブルク)、中島翔哉(アル・ドゥハイル)を始め、室屋成(FC東京)、遠藤航(シント=トロイデン)らは現在の森保JAPANでも主力として活躍している選手たちです。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■鹿島が欧州王者を追い詰める</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei042802.jpg" alt="" width="100%"></div>CWC2016で鹿島アントラーズがレアル・マドリー相手に一時リードを奪う大健闘。世界にその名をとどろかせた。 また、日本のクラブチームも世界に衝撃を与えます。2016年、クラブ・ワールドカップが日本で行われ、その年のJリーグ王者・鹿島アントラーズが開催国枠として出場しました。それぞれの大陸のクラブ王者たちとの対戦に苦戦が予想されましたが、準々決勝進出をかけた1回戦では、オセアニア王者のオークランド・シティを2-1で撃破。準々決勝でもアフリカ王者のマメロディ・サンダウンズ(南アフリカ)を2-0で完封すると、準決勝では南米王者のアトレティコ・ナシオナル(コロンビア)を3-0で圧倒し、決勝まで駒を進めます。 日本クラブの決勝進出はクラブW杯史上初めてであり、欧州王者のレアル・マドリー(スペイン)との対戦に大きな注目が集まりました。 決勝戦では、開始わずか9分でレアル・マドリーがカリム・ベンゼマのゴールで先制。このまま力の差を見せつけられる展開になるかと思われましたが、日本が誇る常勝軍団の鹿島が徐々にペースを掴み始めます。すると、44分、柴崎岳(現ヘタフェ)がゴールを奪い同点に追いつくと、後半早々の52分にも再び柴崎がゴール。マドリーを相手に2得点を奪った柴崎の活躍で、一気に逆転に成功します。 世界のマドリー相手にリードを奪ったJクラブの姿に日本、そして世界が驚愕しました。しかし、そこはやはり百戦錬磨のマドリー。エースのクリスティアーノ・ロナウド(現ユべントス)がPKを含むハットトリックを記録し、最終的には4-2とひっくり返されてしまいました。結果は準優勝に終わった鹿島でしたが、Jリーグのクラブとしては最高の成績を収めました。マドリーを追い詰めた鹿島の名前、そして2ゴールを奪った柴崎の名がスペインを中心とした欧州にに広がるきっかけとなり、柴崎はそのまま海を渡ってスペインへと活躍の場を移すことになるのでした。 2019.04.28 19:00 Sun
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【平成サッカー30年の軌跡】 平成27年/2015年 日本代表、思わぬ再々出発!

新元号が「令和(れいわ)」に決定し、2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。日本サッカーにとって、「平成」という時代は大きな変革を遂げた30年間となりました。Jリーグ設立、ドーハの悲劇、日韓W杯招致…。激動の30年を平成の出来事と共に振り返ってみましょう。 <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">世の中の流れ</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei0427.jpg" alt="" width="100%"></div> 2015年、中東情勢の不安定化により大量の移民がEUに流入。各国が対応に追われ、EU移民危機が起こった。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■世界中に拡散した暴力の波</span> 平成27年(2015年)は、世界中を恐怖と不安が包んだ1年でした。特に、前年の2014年に樹立された「イスラム国(IS)」によるテロ行為が世界各地で数多く起こりました。特に11月にフランス・パリで起きた、同時多発テロは世界を震撼させました。飲食店などを狙った銃乱射事件と自爆テロが同時に複数個所で起こり、死者132人、負傷者349人を出す惨劇となっています。この事件後、「イスラム国」が一連のテロ行為に関する犯行声明を発表。ヨーロッパでも有数の大都市での悲劇は、世界中どこにいても安心できないという不安感を人々に植え付けました。 また、「イスラム国」によるテロ、及び暴力行為は中東の情勢を不安定にするとともに、ヨーロッパでの移民危機を生みました。シリアやイラクなどでは、戦闘によって故郷を追われた難民が大量に発生。国連などの主導により難民キャンプの設置が進められましたが、増え続ける難民が大量に欧州に流れ込みました。これにより、ヨーロッパ内での治安の悪化や、イスラム系移民への差別や偏見が表面化し、各国の政治・経済の分野において様々な問題が発生しました。 一方、2015年は日本にとっては野球界が再び大きく盛り上がりを見せた年でもあります。夏の甲子園では高校1年生ながら、早稲田実業高校の超高校級スラッガー、清宮幸太郎選手が大人気になり、「清宮フィーバー」が起こります。彼の姿を一目見ようと早稲田実業の試合には多くの高校野球ファンが集まり、特に甲子園には満員のお客さんが詰めかけました。 プロ野球ではニューヨークヤンキースで活躍していた、投手の黒田博樹氏が古巣の広島東洋カープに復帰。高額年俸を断って、自分の古巣へ帰ることを決断した黒田氏は男らしいと、話題になりました。 <div class="web-only" style="display:none;text-align:center;font-weight:800;font-size:1.0em;"> <a href="/index/index/c/FREE/id/heisei_lookback" target="_blank">【特集】“平成”で起きた出来事覚えてる?『平成サッカー30年の軌跡』を辿ろう!</a> </div> <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">サッカー界</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei042701.jpg" alt="" width="100%"></div> PKを外してしまった香川。アジアカップ2015はドラマが生まれることなく幕を閉じた。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■ドラマを起こせなかったアジアカップ</span> 2015年1月、前年から日本代表の指揮を執っていたハビエル・アギーレ監督の下、日本代表はアジアカップに臨みました。アギーレ監督の日本代表は、守備を固めつつ、縦に速いサッカーを目指し、攻撃の自由度を大切にするチームでした。 連覇を目指したアギーレJAPANは、W杯とはほぼ同じメンバーで大会に挑みました。グループステージではパレスチナ、イラク、ヨルダンと対戦し、3試合で7得点無失点と無敗で決勝トーナメント進出を決めます。 準々決勝ではUAEと激突。ここまでの3試合、先発メンバーを固定して戦っていた日本ですが、同じ先発メンバーが選ばれます。中2日での試合となっていた日本には疲れの色が出ており、先制を許す展開に。しかし、その後は相手を完全に圧倒し、81分に柴崎岳のゴールで追いつきます。試合はPK戦までもつれ込んだ中、4-5でまさかの敗戦。前大会に比べてもチームとして仕上がりを見せていた大会だっただけに悔しい結果となりました。 日本代表は、今までアジアカップで、数々のドラマを生んできただけに、今大会は特に何も起こらなかった大会という印象になってしまいました。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■日本代表再出発</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei042702.jpg" alt="" width="100%"></div> アギーレ監督の後任としてやって来たハリルホジッチ監督。「縦の速さ」として「デュエルの強さ」を求めた。 アジアカップの敗退から間もない2月3日、ハビエル・アギーレ監督の解任を日本サッカー協会が発表しました。 これは2010-11年に指揮していたスペイン、リーガエスパニョーラのレアル・サラゴサ時代に八百長に関与していたという告発を受けてのものでした。スペインでの取り調べや、裁判所への出頭など、日本に居ては都合が悪いということ。また、八百長の真偽に関わらず、グレーな印象のまま代表監督を務めさせるわけにもいかず、アギーレ監督が解任されることとなりました。 在任期間は約半年。これは、1994年に約8カ月で解任されたファルカン監督を下回る、Jリーグ開幕以降で、最も短い政権となりました。アジアカップでは結果を残せなかったものの、メキシコ代表などで結果を残して居たアギーレ監督の手腕に期待するものは多く、日本代表の1つの転機になったとも言えます。 短命政権となったアギーレ監督の後任には、様々な監督が候補として挙がります。そんな中で白羽の矢が立ったのが、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ人指揮官のヴァイド・ハリルホジッチ氏でした。 ハリルホジッチ氏は、2014年のブラジル・ワールドカップではアルジェリア代表を率いて参加。同国を初のW杯ベスト16に導いていました。大会を通して変幻自在のシステムを採用。相手のウィークポイントを突く戦いを見せて結果を残すと、ラウンド16で対戦したドイツ代表戦でも延長戦までもつれ込む激戦を演じました。 ヨーロッパのクラブやナショナルチームでの経験が豊富であり、格上相手との戦い方を熟知した手腕を期待され、日本代表監督に就任することとなりました。 2019.04.27 19:00 Sat
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【平成サッカー30年の軌跡】 平成26年/2014年 通用しなかった“自分たちのサッカー”

新元号が「令和(れいわ)」に決定し、2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。日本サッカーにとって、「平成」という時代は大きな変革を遂げた30年間となりました。Jリーグ設立、ドーハの悲劇、日韓W杯招致…。激動の30年を平成の出来事と共に振り返ってみましょう。 <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">世の中の流れ</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei0426.jpg" alt="" width="100%"></div> 2014年、2月にソチ・オリンピックが開催。“レジェンド”葛西紀明や羽生結弦らが活躍した。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■行政と海外での脅威に注目が集まる</span> 平成25年(2013年)はスポーツ界が盛り上がりを見せた年となりました。プロ野球では東北楽天ゴールデンイーグルスの田中将大がプロ野球新記録となる公式戦24連勝を達成。楽天もその年リーグ優勝と日本シリーズを優勝し、球団史上初の日本一に輝きました。 日本シリーズの第7戦、楽天、巨人の両チームが3勝3敗で迎えた最終戦は多くの注目を集めます。前日の第6戦では、シーズン24勝無敗を記録した田中が先発するも、初黒星を喫する緊急事態。そして第7戦では、楽天が3-0でリードしていた9回に前日先発の田中が抑えとして登板したのです。 前日も9回を投げきった田中でしたが、気迫を見せたピッチングで巨人打線を抑え、見事に完封リレーを達成。胴上げ投手となり、楽天が球団創設9年目で初の日本一に。田中は翌年からメジャーリーグに挑戦したため、日本での最後の登板となりました。 平成26年(2014年)は冬季オリンピックから始まり、行政改革、そして世界情勢の面においても大きな変革があった1年でした。 まずは2月にロシアでソチ冬季オリンピックが開幕しました。この大会で日本選手団はメダルを合計8個獲得しています。特に、唯一の金メダルとなった男子フィギュアスケートの羽生結弦選手の圧巻の演技は日本中を魅了しました。また、男子スキージャンプの大ベテラン、41歳の葛西紀明選手がラージヒル個人で見事銀メダルを獲得。団体でも銅メダルを獲得し、冬季オリンピックの最年長メダリスト記録を更新しました。 行政の面では、2014年8月をもって消費税が5%から現在の8%に増税されました。17年ぶりの増税となり、賛否を呼ぶこととなりました。また、この年には安倍晋三首相が憲法9条に関する解釈を変更し、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行っており、世間で大きな批判を生んでいます。 海外に目を向けると、長く内戦状態が続いていたイラクとシリアを中心に「IS(イスラム国)」と呼ばれるイスラム過激派の国家が樹立を宣言。世界中でのテロ行為や人質事件が連日報道され、世界中を不安が包みました。 その他、31年半続いた昼の長寿番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』の放送が終了。最終回には歴代レギュラーを務めた芸能人が終結し、話題になりました。また、お笑いコンビの「日本エレキテル連合」が大ブームを生み、決め台詞の「ダメよ〜ダメダメ」が流行語大賞の年間大賞を獲得しています。 <div class="web-only" style="display:none;text-align:center;font-weight:800;font-size:1.0em;"> <a href="/index/index/c/FREE/id/heisei_lookback" target="_blank">【特集】“平成”で起きた出来事覚えてる?『平成サッカー30年の軌跡』を辿ろう!</a> </div> <span style="font-weight:800;font-size:1.1em;">サッカー界</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei042601.jpg" alt="" width="100%"></div> 人気、実力ともに高いレベルのメンバーが集まった日本代表。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■“史上最高メンバー”で挑んだW杯</span> 2014年、ザックJAPANがブラジル・ワールドカップに臨みました。この大会に挑んだ日本代表のメンバーは、人気、実力ともに過去最高レベルのメンバーでした。当時マンチェスター・ユナイテッドでプレーしていた香川真司(現ベジクタシュ)とミランの本田圭佑(現メルボルン・ビクトリー)の2人を筆頭にシャルケの内田篤人(現鹿島アントラーズ)、インテルの長友佑都(現ガラタサライ)ら、UEFAチャンピオンズリーグの舞台を経験したメンバーも集まっており、国際経験を見れば過去最高と言えるメンバーで臨みました。 グループステージでは、コートジボワール、ギリシャ、コロンビアと同グループになった日本。大会直前には同グループと地理的によく似た、ザンビア、キプロス、コスタリカと対戦し、3連勝していました。 ザッケローニ監督の下でポゼッションサッカーを掲げてチーム作りをしてきた日本代表は、この大会直前の3連勝もあり、“自分たちのサッカー”が出来れば世界でも勝てるという自信が生まれていました。国民の期待も大きく、過去最高成績への期待が高まっていましたが、それは単なる幻想だったことを本大会で気付かされるのでした…。 <span style="font-weight:700;font-size:1.0em;">■“自分たちのサッカー”への固執が招いた屈辱</span> <div style="text-align:center;" class="yui-wk-div"><img class="yui-img" src="http://ultra-soccer.jp/division_image/TOP/heisei042602.jpg" alt="" width="100%"></div> 国民の期待が大きかったブラジルW杯。ドイツ大会の再現のような展開となってしまった。 国民の期待と注目が集まる中での初戦。日本の相手はアフリカの雄・コートジボワールでした。前半16分にボックス内でボールを受けた本田が豪快なシュートをゴールに叩き込みます。前回大会に続き、エース本田のゴールで日本が先手を取った日本でしたが、その後はコートジボワールに攻め込まれ、ボールを持たれる展開が続き、自分たちが目指すポゼッションサッカーを上手く展開出来ません。 62分にコートジボワールのエース、ディディエ・ドログバが投入されると、試合のペースを完全に相手に握られてしまいます。2分後の64分に同点に追いつかれると、さらに2分後の66分にも失点。わずか2分間で2失点を喫し、逆転されてしまいました。先制点を守り切れなかった日本はそのまま1-2で敗北。初戦での痛い敗戦となってしまいました。 絶対に勝ちが欲しい日本は、第2戦のギリシャ戦に臨みます。前半に相手が退場を出し、日本にとってはラッキーな展開になったにも関わらず、10人になったギリシャに引いて守られると、持ち前の攻撃的サッカーが上手く機能しません。打開策を見つけられないまま、最後までギリシャの硬い守備を崩せずゴールレスドローに。思うように勝ち点を積み上げる事ができず、3戦目に向かいます。 グループステージ突破をかけて挑んだ相手は強豪・コロンビア。先制されるものの、前半アディショナルタイムに岡崎慎司がゴールを決め1-1で折り返しますが、今大会で大ブレイクを果たすハメス・ロドリゲス擁するコロンビアに、自分たちのサッカーが全く通用せず、終始相手に圧倒される展開に。後半に3失点を許し1-4の大敗。日本代表の予選グループ敗退が決まってしまいました。 史上最高メンバーと呼び声高いメンバーで挑んだW杯でしたが、終わってみれば1分2敗の勝ち点1で予選グループ最下位。2006年のドイツW杯を彷彿とさせる大きな屈辱を味わう結果となってしまいました。ザッケローニ監督の下で構築してきた“自分たちのサッカー”へのこだわりを突き通そうとした結果、逆に柔軟な対応ができなかった日本。1度狂った歯車を巻き直す事が出来ないまま、終わってしまった大会となりました。 またしても前大会の成功を次に繋げられなかった日本代表。この先の日本代表の進むべき道について様々な議論がなされました。世代交代、そしてチームの刷新を目指した日本サッカー協会は次なる代表監督として、メキシコ代表を率いていたハビエル・アギーレ氏を招へいしました。しかし、この人事は予想外の展開を見せるのでした…。 2019.04.26 19:00 Fri
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