シンガポール戦に向け、ゲーム形式の練習を重点的に実施!《ロシア・ワールドカップアジア2次予選》

2015.06.13 20:11 Sat
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▽日本代表は13日、6月16日に行われるロシア・ワールドカップアジア2次予選のシンガポール代表戦(埼玉/埼玉スタジアム2002)に向けた練習を実施。12日と同様の24名が約1時間30分にわたって汗を流した。

▽この日の練習は、最初の1時間ほどが公開され、その後は非公開となった。公開された練習の中では、選手たちはGK4名とフィールドプレーヤー20名に別れ、それぞれ別個のメニューを消化した。

▽フィールドプレーヤーは、ランニングやステップワークなどのメニューをこなした後、決められた動きの中でのワンタッチのパス&ゴー練習を実施。その後、イラク戦の先発メンバーと控え組の10対10で、タッチ数を制限された中でのゲーム形式の練習を行った。この練習では、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が身振り手振りを交えて大声で指示を飛ばしながら、素早い展開や縦への意識を徹底させていた。


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久保、堂安、大迫が不在ならば…サイドの選択肢減る11月、今こそ日本代表に呼ぶべきドリブラーは三笘薫

12日に行われたカタール・ワールドカップ(W杯)アジア最終予選でオーストラリア代表相手にホームで劇的勝利を飾った日本代表。首の皮一枚繋がったものの、オマーン代表がベトナム代表に勝利したことで、グループ4位に転落。ストレートでW杯出場権を得られる2位以上に向けて、勝ち点を落とせない厳しい戦いがこの先も続いていく。 オーストラリア戦で、日本代表は初めて[4-3-3]のシステムを採用。これまでの[4-2-3-1]から中盤3枚の構成へと変え、両サイドには、左に南野拓実、右に伊東純也と盤石の2人を配置。後半途中からは南野に代えて浅野拓磨を投入していた。 そのスピードを買われて起用された浅野だが、右サイドで先発したサウジアラビア代表戦では結果を残せず、原口元気と途中交代していた。 同じくサイドを主戦場とする三好康児はこの2試合で出番がなかったが、10月の最終予選では久保建英がケガで招集外だったことに加え、堂安律がサウジアラビア戦を前にケガで離脱。古橋亨梧はクラブでFWとして起用されており、オーストラリア戦でも大迫勇也に代わって途中からトップの位置に入り、実質的に伊東、原口、浅野、三好の4名がサイドを主戦場とする選手だったことになる。 11月にはベトナム、そしてオマーンとアウェイで戦う日本だが、ここにきて久保と堂安の離脱が長引くことが判明。堂安は復帰までに、ここから1カ月程度、久保に関しては1カ月半分から2カ月を要すると見られている。 つまり、2列目の人選は11月も苦しい状況になり、10月の2試合では伊東の突破が唯一のプラス材料だった。そこで、2列目サイドの攻撃的な選手として11月の試合で期待が懸かるのが、三笘薫だ。 ベルギーのユニオン・サン=ジロワーズでプレーする三笘は、ここまでジュピラー・プロ・リーグ4試合に途中出場して1アシストをマーク。唯一の先発出場となったカップ戦ではゴールを決めており、新天地で適応してきている状況。何より、Jリーグ時代に無双したドリブルのキレはベルギーでも通用している。 11月の2試合で森保一監督がシステムを[4-2-3-1]に戻すのか、[4-3-3]を継続するのは分からないが、川崎フロンターレ時代に経験した[4-3-3]の左ウイングが三笘にとってのベストポジションとなるだろう。[4-2-3-1]の場合、守備のタスクも考慮すると先発起用は難しいかもしれないが、三笘のドリブルはジョーカーとしても使え、東京オリンピック3位決定戦のメキシコ戦のように、相手ディフェンスが疲弊した後半途中でのキレのあるドリブルは大きな武器となり得るだろう。 さらに、森保監督体制下で絶対的なFWのファーストチョイスであった大迫の負傷も判明。当面の試合出場が難しいと見られており、こちらも11月の最終予選に間に合うか定かではない。 その場合、オーストラリア戦の後半のように古橋を最初からFWとして起用するパターンも大いに考えられ、そうなると左サイドの選択肢がまた1つ減ることとなる。 三笘はクラブのインタビューで「ワールドカップやフル代表に入って、日本を代表するサッカー選手になりたいと思っています」と目標を口にしていたが、期待されながらも中々実現してこなかった。しかし、A代表デビューのタイミングが、今は近づいているのかもしれない。 <span class="paragraph-title">【動画】この突破力が日本代表に必要!ベルギーでも通用する三笘薫のドリブル</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="fr" dir="ltr"> Une minute sur le terrain, une superbe action et un premier assist.<br><br><a href="https://twitter.com/kaoru_mitoma?ref_src=twsrc%5Etfw">@kaoru_mitoma</a> <a href="https://t.co/1aAn4Nfip5">pic.twitter.com/1aAn4Nfip5</a></p>&mdash; Royale Union Saint-Gilloise (@UnionStGilloise) <a href="https://twitter.com/UnionStGilloise/status/1444980920197525509?ref_src=twsrc%5Etfw">October 4, 2021</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2021.10.16 10:35 Sat
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日程問題はどうなるのか、技術委員会の報告にビックリ/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)の技術委員会は10月14日に会合を開き、反町康治JFA技術委員長がズームでの会見に応じた。2時間弱の会議の内容は、「FIFA(国際サッカー連盟)とAFC(アジアサッカー連盟)から多くの提案があり、その報告と議論だった」ことを明かした。 反町委員長によると、FIFAはかねてから噂に出ているW杯の2年に1回の開催と、アンダーカテゴリーには現在U―17W杯とU―20W杯が2年に1回の開催となっているが、これを2025年あたりから毎年の開催に変更する考えがあるそうだ。 AFCからは、22年カタールW杯が終わると、次の大会からアジアの出場枠は8・5に増える。このためW杯の予選方式をどうするか。そしてAFCはW杯の2年に1回の開催を支持していることが報告された(JFAは結論を出していない)。 さらにAFCはACL(アジアチャンピオンズリーグ)のカレンダーの変更を検討しているものの、シーズン移行に関して反町技術委員長は「簡単には動かせない」と言いながら、「Jリーグの日程を変えていかざるをえなくなるかもしれない」と苦しい胸の内を明かした。 現状でも国内のサッカーカレンダーは飽和状態に近い。特にこの3年間はラグビーW杯と東京五輪のあおりでJ1リーグのチームはホームゲームを開催できなかったり、過密日程を強いられたりした。リーグ戦とルヴァン杯、天皇杯に加えACLと最大4大会に出場しなければならないチーム(現在では名古屋)は必然的に超過密日程になる。 これに加え、アンダーカテゴリーの大会が毎年開催になるということは、詳細は分からないが毎年予選もあるということだろう。さらにW杯が2年に1回の開催となり、アジアカップと五輪の予選と本大会があるなら、とてもじゃないがEAFF E-1選手権とアジア大会(とキリンカップにキリンチャレンジ杯)に参加している暇などないだろう。 これでは代表の試合を年がら年中やっているようなもので、どうやって海外組を呼ぶのか。まるで国内リーグは止めろと言っているようなものだ。FIFAもAFCも何を考えているのか理解に苦しむばかりだ。 反町技術委員長に対しては、森保ジャパンの今月の2試合に関しても当然ながら質問が出た。それに対する答えは「この2試合、技術委員からいろんな意見が出たし、団長としてチームについて行った。客観的かつ主観的に話をした。サウジアラビアには勝つことはできなかったが、全部にダメ出ししていない。いいところもあったが課題も出たのでシビアに話した」と率直に話していた。 さらに反町技術委員長は「サウジアラビアには勝てず、多くの懸念があり、皆さんの外圧もあった。しかし私はサポートする立場。内圧はまったくない。外圧は好き勝手言ってアクセスを稼いでいるけど、我々はそれに惑わされずにやるだけ」とも語った。 「外圧(マスコミ)は好き勝手言ってアクセスを稼いでいる」とは、まさにその通り! ウィットに富みながらもシニカルな反町さんらしい発言で、思わず感心してしまった。 オーストラリア戦後の田嶋幸三JFA会長の発言もそうだったが、まだ予選突破はもちろんのこと、予選敗退も決まっていない状況で、監督の進退に責任のある2人がネガティブな発言をするわけがない。全面的にサポートしなければ、監督らスタッフと選手とは溝ができ、不信感が生まれかねない。 その上で、「次の一手」も考えているのか。それは、その時になってみないと分からないだろうし、永遠にわからないこともありえる。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2021.10.15 22:00 Fri
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20年目の最終日に白星も日本代表はピンチ!? 使用不可の可能性ある埼スタのW杯予選勝率は驚異の84%

7大会連続のW杯出場に向けて窮地に立たされていた日本代表。しかし、12日に行われたカタール・ワールドカップ(W杯)アジア最終予選のオーストラリア代表戦では2-1と勝利。予選11連勝中と敵なしだったオーストラリアに土をつけた。 その舞台となったのは、埼玉スタジアム2002。今大会の最終予選で初めて日本のサポーターが集まり、1万4437人の後押しを受けて見事に勝利を収めた。 2002年の日韓ワールドカップに向けて建設された埼スタは、これまでも日本代表の試合で数々の名試合が行われた場所でもある。改めて、その歴史をまとめて見た。 <span class="paragraph-title">◆20年目最後の日</span> 埼スタのこけら落としは、2001年10月13日。J1リーグの浦和レッズvs横浜F・マリノスの一戦でスタートする。日本最大のサッカー専用スタジアムとして、浦和の本拠地としてだけでなく、日本サッカーを支える場所となって20年が経過。冒頭の日本vsオーストラリアの一戦は、奇しくも20年目最後の日に開催された。 日本代表の試合が初めて行われたのは、こけら落としからおよそ1年後の2002年11月20日。キリン・チャレンジカップのアルゼンチン代表戦だった。 エルナン・クレスポやファン・セバスティアン・ヴェロン、ハビエル・サネッティなど、当時の主軸が揃った一戦。日本は日韓W杯を戦ったメンバーが中心だったが、0-2で敗れた。 <span class="paragraph-title">◆初勝利は2003年、その後“聖地”へ</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/japan20211015_tw1.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> 黒星スタートとなった埼スタだが、その後はしばらく使われない。そして記念すべき初勝利は2003年12月7日。東アジアサッカー選手権2003の第2戦の香港代表戦だった。 大久保嘉人(セレッソ大阪)や遠藤保仁(ジュビロ磐田)らが出場した試合は、格下相手に1-0と薄氷の勝利。勝利へと導いたゴールは三都主アレサンドロが決めていた。 当時はかつての国立競技場が健在で、そちらをメインに日本代表の試合が開催。埼スタはメインとしてはあまり使われていなかった。 そんな中、埼スタが日本代表にとって重要な位置付けになっていったのがドイツW杯の予選。当時日本代表を率いていたジーコ監督は1次予選で6連勝を達成。そのうちの3試合が埼スタで行われたが、埼スタでの最初の予選勝利は、今大会で同組となっているオマーン代表。久保竜彦のゴールで1-0と勝利した。 そこから埼スタでのW杯予選連勝街道が始まると、ドイツW杯予選で合計5試合、南アフリカW杯予選で4試合、ブラジルW杯予選で5試合、ロシアW杯予選では9試合と毎年のようにW杯予選が埼スタで行われ、大会を追うごとに開催試合数が増えているのがわかる。 無敗を継続した日本は、引き分けも2008年のウズベキスタン代表戦と2015年のシンガポール戦の2 試合のみ。埼スタでの試合は勝利するという空気感も連勝街道を後押ししたはず。負けられないW杯予選での使用回数が増えたのも納得だろう。 そんな埼スタで初めて黒星を喫したW杯予選は、2016年9月1日に行われたロシアW杯アジア最終予選初戦のUAE代表戦。本田圭佑のゴールで先制した日本だったが、その後の2失点で1-2で敗れた。W杯予選においては、この試合が唯一の埼スタでの黒星となっている。 <span class="paragraph-title">◆勝率8割超の“劇場型スタジアム”</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/japan20211015_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> 12日に行われたオーストラリア代表戦も、最終予選初出場の田中碧が代表初ゴールで早々に先制し、PKを与えたシーンもVARチェックでFKに変更。運も味方したかと思った瞬間にFKを叩き込まれ、追いつかれる展開に。攻めあぐね、引き分けもチラついた中で、相手のオウンゴールで劇的勝利を収めた。 埼スタではこれまで数多くのドラマが生まれており、2016年10月6日のイラク代表戦では、UAEに敗れた次のホームゲームで、追いつかれて1-1のドローに終わると思われた後半アディショナルタイムに、こぼれ球をMF山口蛍がダイレクトで蹴り込み劇的勝利を収めたことは記憶にあるだろう。 2011年9月2日に行われたブラジルW杯アジア3次予選では、現キャプテンのDF吉田麻也が後半アディショナルタイムにヘディングシュートを叩き込み、1-0で勝利を収めていた。 2008年6月22日に行われた南アフリカW杯アジア3次予選のバーレーン戦も、90分に内田篤人のゴールが決まり1-0の勝利。土壇場での勝利が多いのも“聖地”ならではかもしれない。勝ってはいないが、2013年6月4日、ブラジルW杯最終予選のオーストラリア戦も、終盤に先制を許して敗色濃厚の中、90分に本田がPKをど真ん中に蹴り込み、引き分けに持ち込んでW杯出場を決めた。 ファンの熱気も高まる埼スタは日本代表にとっての“聖地”となり、これまでのW杯予選での戦績は25試合を戦い、21勝3分け1敗で勝率は驚異の84%を誇る。日本に敗れたオーストラリアのグラハム・アーノルド監督は敗因について「何が違ったかというと、大勢のファンがいたことだと思う。日本はこの3試合それがなく、今回の試合に関して日本はエネルギーを必要としていた。それを味方にできたと思う」と語っていた。相手にとっても、嫌なイメージがあるスタジアムとなっている。 <span class="paragraph-title">◆“聖地”が使用できないピンチが?</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/japan20211015_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> カタールW杯アジア最終予選の残りのホームゲームは3試合。中国、ベトナム、サウジアラビアとの試合が残っている。いずれも試合は2022年に入ってから。日本としてはこの3試合も、勝率8割超えの埼スタで行いたいところだろう。 しかし、埼スタは来年3月までに大規模な芝の張替えを計画。最終予選の日程と重なっており、日本代表だけでなく、本拠地とする浦和も使用が難しくなっている。 データだけを見れば勝率8割超え。5試合を戦えば4勝できると考えれば、残りの3試合も勝利する可能性が高く、そうなればW杯出場へ大きな後押しになるのだが、ピンチが訪れることとなった。JFAの田嶋幸三会長も「何とかできないかお願いしていきたい」と語っており、使用できるかは不透明。これからも埼スタが日本代表の心強い味方になれるのか注目だ。 <span class="paragraph-title">★埼玉スタジアム2002でのW杯予選結果</span> <span data-other-div="data"></span> ◆ドイツW杯(2006) ・1次予選 【2004年】 2月18日 日本 1-0 オマーン 久保竜彦(93分) 6月9日 日本 7-0 インド 鈴木隆行(17分、54分) 福西崇史 (25分、60分) 中村俊輔 (29分) 中澤佑二 (65分、76分) 小笠原満男 (68分) 11月7日 日本 1-0 シンガポール 玉田圭司(13分) ・最終予選 【2005年】 2月9日 日本 2-1 北朝鮮 小笠原満男(4分) 大黒将志(90+1分) 3月30日 日本 1-0 バーレーン オウンゴール(71分) ◆南アフリカW杯(2010) ・3次予選 【2008年】 2月6日 日本 4-1 タイ 遠藤保仁(21分) 大久保嘉人(54分) 中澤佑二(66分) 巻誠一郎(90+1分) 6月22日 日本 1-0 バーレーン 内田篤人(90分) ・最終予選 【2008年】 10月15日 日本 1-1 ウズベキスタン 玉田圭司(40分) 【2009年】 3月28日 日本 1-0 バーレーン 中村俊輔(47分) ◆ブラジルW杯(2014) ・3次予選 【2011年】 9月2日 日本 1-0 北朝鮮 吉田麻也(90+4分) ・最終予選 【2012年】 6月3日 日本 3-0 オマーン 本田圭佑(11分) 前田遼一(51分) 岡崎慎司(54分) 6月8日 日本 6-0 ヨルダン 前田遼一(18分) 本田圭佑(21分、30分、53分) 香川真司(35分) 栗原勇蔵(89分) 9月11日 日本 1-0 イラク 前田遼一(25分) 【2013年】 6月4日 日本 1-1 オーストラリア 本田圭佑(90+1分) ◆ロシアW杯(2018) ・2次予選 【2015年】 6月16日 日本 0-0 シンガポール 9月3日 日本 3-0 カンボジア 本田圭佑(28分) 吉田麻也(50分) 香川真司(61分) 【2016年】 3月24日 日本 5-0 アフガニスタン 岡崎慎司(43分) 清武弘嗣(58分) オウンゴール(63分) 吉田麻也(74分) 金崎夢生(78分) 3月29日 日本 5-0 シリア オウンゴール(17分) 香川真司(66分、90分) 本田圭佑(86分) 原口元気(90+3分) ・最終予選 【2016年】 9月1日 日本 1-2 UAE 本田圭佑(11分) 10月6日 日本 2-1 イラク 原口元気(25分) 山口螢(90+5分) 11月15日 日本 2-1 サウジアラビア 清武弘嗣(45分) 原口元気(70分) 【2017年】 3月28日 日本 4-0 タイ 香川真司(8分) 岡崎慎司(19分) 久保裕也(62分) 吉田麻也(83分) ◆カタールW杯(2022) ・2次予選 【2019年】 10月10日 日本 6-0 モンゴル 南野 拓実(22分) 吉田 麻也(29分) 長友 佑都(33分) 永井 謙佑(40分) 遠藤 航(56分) 鎌田 大地(82分) ・最終予選 【2021年】 10月12日 日本 2-1 オーストラリア 田中碧(8分) オウンゴール(86分) <span class="paragraph-title">【動画】2年前は埼スタでどこと戦った?日本代表がゴールショー</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="zCMNw8VBJw0";</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script> 2021.10.15 06:35 Fri
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森保監督が「俺ら生き残ったぞ!」豪州戦直後の円陣で感情爆発「絶対行くぞW杯」

日本代表は12日、カタール・ワールドカップ(W杯)アジア最終予選第4戦でオーストラリア代表と対戦し、2-1で勝利を収めた。 3試合で1勝2敗、崖っぷちの状況で首位のオーストラリアをホームに迎えての一戦となった日本。結果次第では森保一監督の進退問題だけでなく、W杯出場が限りなく難しい状況に陥る大事な一戦となった。 必勝で臨んだ日本は、いつもの[4-2-3-1]ではなく、[4-3-3]のシステムを採用。初の最終予選出場となるMF田中碧の代表初ゴールで8分に先制した日本は試合を優位に進め、後半に一時同点に追いつかれたものの、終盤のオウンゴールで勝ち越し、2-1で勝利した。 予選11連勝中のオーストラリアを破り、なんとか首の皮一枚繋げた日本代表は、試合後にピッチ上で円陣を組んでいた。 日本サッカー協会(JFA)のYouTubeチャンネルは、その様子を14日に公開。円陣では、森保監督が「俺ら生き残ったぞ!絶対行くぞW杯!みんなの気持ちが1つになって、今日この結果が生まれたので、これを続けてやっていこう」と感情を高ぶらせてチームを鼓舞。このメッセージを聞いた選手たちも、気合の入った声や拍手で応えていた。 4試合で3敗という最悪のケースを避けた日本は、自動的に本大会出場権を得る2位のオーストラリアとの勝ち点差を3に縮めることに成功。11月はアウェイでの連戦となり、ベトナム代表、そして初戦で敗れているオマーン代表との試合を迎える。 <span class="paragraph-title">【音声】選手たちと円陣を組んだ森保監督が感情を高ぶらせて「俺ら生き残ったぞ!絶対行くぞW杯!」</span> <span data-other-div="movie"></span> <iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/MrnpQWsf01Y?start=357" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe> 2021.10.14 15:35 Thu
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「道路が逆で凄く焦った」ベルギーで1カ月半、日本代表入りも期待される三笘薫が意気込み「日本を代表するサッカー選手に」

ベルギーのユニオン・サン=ジロワーズでプレーするMF三笘薫が、クラブのインタビューで様々なことを語った。 川崎フロンターレの下部組織で育った三笘は、筑波大学へと進学し、2020年に川崎Fへと入団した。 プロ1年目の三笘は、ルーキーイヤーながら明治安田生命J1リーグで30試合に出場し13得点を記録。新人として最多ゴール記録タイとなる成績を残し、ベストイレブンに選出されていた。 2シーズン目となった2021シーズンもJ1で20試合に出場し8得点を記録。U-24日本代表として東京オリンピックにも出場し、3位決定戦のU-24メキシコ代表戦ではゴールを決めていた。 その三笘は、川崎Fからプレミアリーグのブライトン&ホーヴ・アルビオンへと完全移籍。しかし、イギリスでプレーする労働許可証が取得できないこともあり、ブライトンの傘下にあるユニオン・サン=ジロワーズへとレンタル移籍を果たした。 その三笘はジュピラー・プロ・リーグで4試合に出場。全て途中出場だが1アシストを記録。またカップ戦ではゴールを記録するなど、新天地でまずまずのスタートを切っている。 クラブのインタビューに応じた三笘は、クラブへの加入の経緯を改めて語った。 「レンタルしないとプレーできないことは知っていましたし、日本代表の歴もないので、まずはヨーロッパのベルギーという国で結果を残すことで、よりプレミアリーグに適応できるリーグだと思います」 「そうやってまずは1つステップを踏んでからプレミアリーグに行きたいと思い、ここを選びました」 その三笘はチームについて「ユニオンについては、今年1部に上がって凄く歴史あるチームですし、2部で優勝した時のサッカーを継続しながら今も好成績を収めているので、そのプレーにしっかり自分も馴染んで行かないといけないです。自分の特徴を出して違った色を出せるようにしたいと思います」と語り、昇格組ながら調子の良いチームに慣れる必要があると語った。 ここまでは4試合の途中出場で1アシストだが「今までのプレーについては、途中交代なので今まで日本でも良くやっていましたし、そこで結果を出せないとスタメンでも使ってもらえないと思うので、監督の信頼を得ることもそうですし、もっともっとアピールしないと今のチームも好調なので、自分はまだまだだと思います」と語り、更なるアピールでスタメン奪取を誓った。 チームには溶け込みやすかったと語る三笘。コミュニケーションには苦労しているものの、溶け込むことはできているという。 「チームには凄く溶け込みやすくて、選手が優しかったので入りやすく、監督、コーチ、スタッフも凄く歓迎してくれたので、そこは入りやすかったです。チームの練習でも競争があって、毎日練習が楽しいので、そういう中でやれるのは凄く幸せです」 「コミュニケーションを取るのは凄く難しいですが、気を遣って英語でゆっくり話してくれるので、そこは助かっています。僕ももっと上達しないといけないです。ほとんどの選手がフランス語を話しているので、難しいなと思って聞いています」 その三笘はベルギーでの生活にも慣れたとのこと。ただ、1つ困っていることがあると明かした。 「ベルギーの環境は最初は道路が逆で凄く焦りましたけど、色々なところで慣れました。美味しい食材が多くあって、今は凄く快適に過ごせています。ただ、ブリュッセルの交通渋滞は少し勘弁してほしいなと思っています」 この先のキャリアについてはやはり日本代表、そしてワールドカップを目指すと語る三笘。東京オリンピックでの経験も生かし、ステップアップしたいと考えているようだ。 「オリンピックは4位でしたけど、日本で観客はいなかったですが、東京オリンピックという場所でプレーできたことは凄く光栄でしたし、自分自身にとっては大きな経験になりました。その悔しさを糧に今頑張っているということもあるので、将来他のオリンピックにも出たい気持ちはあります」 「今24歳ですけど、プレミアリーグと契約しているわけで、将来はもっともっと大きなクラブでプレーしたいという気持ちもありますし、より高いレベルでプレーしたい気持ちも常に持ってやっています」 「ワールドカップやフル代表に入って、日本を代表するサッカー選手になりたいと思っています」 最後に、サン=ジロワーズのサポーターについてもコメント。勝利を強く望むようになったとした。 「雰囲気は日本と全く違って熱量が凄くあるので、エネルギーをもらえますし、自分たちがこの人たちのために勝たないとなと強く思わされます」 <span class="paragraph-title">【動画】三笘薫がベルギーでのプレーや将来を語る</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="uubdzyeyWK4";</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script> 2021.10.14 12:56 Thu
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