フランスW杯の記憶が再び!岡田武史×ゴン中山「ゴンには助けられた」「助けました」
2014.05.17 10:16 Sat
▽16日に東京ミッドタウンで「夢を力に2014 日本代表戦応援イベント」が開催され、98年フランス・ワールドカップ(W杯)と2010年南アフリカW杯で日本代表監督を務めた岡田武史氏、同じくフランスW杯、2002年日韓W杯に選手として出場した中山雅史氏がトークセッションに出席した。両氏は冗談を交えながら、フランスW杯の頃の日本代表を回想。さらに話は、2014年ブラジルW杯を間近に控えた現日本代表にも及んだ。
──(中山氏が登場の際)会場のみなさんに一言
中山「こんにちは、中山です。生の中山はどうですか?(笑)」
──お二人の出会いのきっかけは?
中山「試合、やりませんでしたっけ」
岡田「やったっけ?」
中山「(岡田氏が)古河(ジェフ千葉の前身)のときやってません? 岡田さんを軽く抜いてませんでしたっけ?」
岡田「(笑)お前何歳だっけ?」
中山「今、46です」
岡田「11違いなら、やってる可能性あるな」
中山「やってるかもしれないですね。僕、ヤマハ(ジュビロ磐田の前身)で」
岡田「あの頃は(ヤマハのこと)相手にしてなかったからね」
中山「(笑)まあ、そういう時代もありましたが、僕が入ってからは、古河は全然でしたからね」
岡田「(笑)」
──お二人がそろうと、17年前のジョホールバルのことが思い出されます
中山「ジョホールバルというよりも、僕の場合は、その前の試合です。(ホームでの)カザフスタン戦(97年11月、中山氏の代表復帰戦)ですね。そこで招集していいただいて。で、ホテルで(岡田氏に)『ちょっと来い』と言われて。で、2人でビデオを見ながら、『こういう感じで前から追え』という指示を受けたのを覚えてます。それで、とにかく裏に抜けようと。代表に合流してからの1週間で、とにかく走って、走って、どんどん痩せていきました(笑) プレッシャーで飯も食べられなくなっていったんですよ」
岡田「実際、かなりビビってたみたい。ね、中山くん」
中山「あのときは、世間が『中山を呼べ』という待望論があったんですよ。僕自身、代表に入ってないときには、もっと言え、と思ってた。そうすれば、僕に(チャンスが)回ってくると思ってたんで。でも、実際招集されてみると、みなさんの期待のレベルと、僕の実力のギャップを埋めるという作業が、ね。ここで何もできなかったら、僕のサッカー人生はおしまいだなと、思ってました。怖かったですよ」
──岡田さんは、今の話は覚えていますか?
岡田「ビデオ見せたのは、覚えてない。でも、ゴンの場合、足元でボールを受けたら(ボールが)どこへ走るかわからない(笑) だから、裏へ走れって言ったような気がする。それよりも、びっくりしたのは、彼が来てからチームの雰囲気が変わった。明るくなったし、ポジティブになった。それはすごく覚えていますね。食事の会場も、ぱっと明るくなったよね」
──想定外の効果でしたね
岡田「あのときは、(フランスW杯の予選通過は)もうダメだ、ダメだと言われていてね。最後は勝ち抜けるけど。正直、僕も食事の会場の雰囲気をどうしていくかとか、気が回らなかった。毎日、(対戦相手の)ビデオを見て、どうするかばかりを考えていたから。そういう意味では、ゴンに助けられたよね」
中山「助けましたね(笑)」
岡田「ありがとうございました(笑)」
中山「僕も必死だったんですよ。食事会場もそうだったんですけど、練習場で生活している中で、僕は(当時の代表では)新参者でしたから。歳は上でも。中田ヒデ(英寿)であったり、城(彰二)であったり、若い選手もそこにいて。話したこともないですし、自分のプレーや性格を知ってもらわなくてはならない。いつも以上に、話していましたね」
──あれから17年。この間の日本サッカーのレベルの向上はすごい
岡田「まあ、ゴンと柿谷(曜一朗)を比べてもらえばわかると思いますが(笑) どう?」
中山「僕の方が上ってことですか?」
岡田「(笑) ってことはレベル下がったんだ」
中山「(笑) でも、代表候補という意味では、ものすごい多い(候補)人数からの23名の選出だと感じます。あの頃は、多くても30名くらいの中から、誰が入っていくのか、という世界だった。今は、色んな選手が出てきましたよね。だからといって、戦う姿勢という点で、今の代表と昔の代表、どちらが強いかは、それはやってみないとわからない。バリバリの代表同士がやってみないとわからない。ドーハ(のときの日本代表)だってある。ドーハのときは(代表候補は)もっと少なかったかもしれない。でも、戦う姿勢は強かったし、やってみなきゃわからない。岡田さんは、98年と2010年を経験してますから、どうなのかなと。もし2010年に98年のときの僕いたら、僕は呼ばれたのかな」
岡田「もちろん呼びましたよ」
中山「ありがとうございます(笑) 何の役割で呼ばれたんですか、選手で?」
岡田「もちろん盛り上げ役で」
中山「(笑)ありがとうございます。それでも僕は行きます」
岡田「日本のサッカーだけど、世界でもこれほど順調に進歩した国はないんですよ。今、AFCとかFIFAが、日本に注目してる。なぜ、ここまで強くなったのかって。だって、(南アW杯の決勝トーナメント1回戦で日本が敗れた)パラグアイは8回目の出場で初めてベスト16を超えた。韓国だって、5大会目にして初めて1勝したんですよ。日本は2大会目で勝って、トントン拍子で来てますからね。(世界は)日本のサッカーはすごいと思っていますよ」
──(岡田氏退場の際に)最後に会場のみなさんに一言
岡田「日本代表とともに、ゴン中山をよろしくおねがいいたします(笑)」
──(中山氏が登場の際)会場のみなさんに一言
中山「こんにちは、中山です。生の中山はどうですか?(笑)」
──お二人の出会いのきっかけは?
中山「試合、やりませんでしたっけ」
岡田「やったっけ?」
中山「(岡田氏が)古河(ジェフ千葉の前身)のときやってません? 岡田さんを軽く抜いてませんでしたっけ?」
岡田「(笑)お前何歳だっけ?」
中山「今、46です」
岡田「11違いなら、やってる可能性あるな」
中山「やってるかもしれないですね。僕、ヤマハ(ジュビロ磐田の前身)で」
岡田「あの頃は(ヤマハのこと)相手にしてなかったからね」
中山「(笑)まあ、そういう時代もありましたが、僕が入ってからは、古河は全然でしたからね」
岡田「(笑)」
──お二人がそろうと、17年前のジョホールバルのことが思い出されます
中山「ジョホールバルというよりも、僕の場合は、その前の試合です。(ホームでの)カザフスタン戦(97年11月、中山氏の代表復帰戦)ですね。そこで招集していいただいて。で、ホテルで(岡田氏に)『ちょっと来い』と言われて。で、2人でビデオを見ながら、『こういう感じで前から追え』という指示を受けたのを覚えてます。それで、とにかく裏に抜けようと。代表に合流してからの1週間で、とにかく走って、走って、どんどん痩せていきました(笑) プレッシャーで飯も食べられなくなっていったんですよ」
岡田「実際、かなりビビってたみたい。ね、中山くん」
中山「あのときは、世間が『中山を呼べ』という待望論があったんですよ。僕自身、代表に入ってないときには、もっと言え、と思ってた。そうすれば、僕に(チャンスが)回ってくると思ってたんで。でも、実際招集されてみると、みなさんの期待のレベルと、僕の実力のギャップを埋めるという作業が、ね。ここで何もできなかったら、僕のサッカー人生はおしまいだなと、思ってました。怖かったですよ」
──岡田さんは、今の話は覚えていますか?
岡田「ビデオ見せたのは、覚えてない。でも、ゴンの場合、足元でボールを受けたら(ボールが)どこへ走るかわからない(笑) だから、裏へ走れって言ったような気がする。それよりも、びっくりしたのは、彼が来てからチームの雰囲気が変わった。明るくなったし、ポジティブになった。それはすごく覚えていますね。食事の会場も、ぱっと明るくなったよね」
──想定外の効果でしたね
岡田「あのときは、(フランスW杯の予選通過は)もうダメだ、ダメだと言われていてね。最後は勝ち抜けるけど。正直、僕も食事の会場の雰囲気をどうしていくかとか、気が回らなかった。毎日、(対戦相手の)ビデオを見て、どうするかばかりを考えていたから。そういう意味では、ゴンに助けられたよね」
中山「助けましたね(笑)」
岡田「ありがとうございました(笑)」
中山「僕も必死だったんですよ。食事会場もそうだったんですけど、練習場で生活している中で、僕は(当時の代表では)新参者でしたから。歳は上でも。中田ヒデ(英寿)であったり、城(彰二)であったり、若い選手もそこにいて。話したこともないですし、自分のプレーや性格を知ってもらわなくてはならない。いつも以上に、話していましたね」
──あれから17年。この間の日本サッカーのレベルの向上はすごい
岡田「まあ、ゴンと柿谷(曜一朗)を比べてもらえばわかると思いますが(笑) どう?」
中山「僕の方が上ってことですか?」
岡田「(笑) ってことはレベル下がったんだ」
中山「(笑) でも、代表候補という意味では、ものすごい多い(候補)人数からの23名の選出だと感じます。あの頃は、多くても30名くらいの中から、誰が入っていくのか、という世界だった。今は、色んな選手が出てきましたよね。だからといって、戦う姿勢という点で、今の代表と昔の代表、どちらが強いかは、それはやってみないとわからない。バリバリの代表同士がやってみないとわからない。ドーハ(のときの日本代表)だってある。ドーハのときは(代表候補は)もっと少なかったかもしれない。でも、戦う姿勢は強かったし、やってみなきゃわからない。岡田さんは、98年と2010年を経験してますから、どうなのかなと。もし2010年に98年のときの僕いたら、僕は呼ばれたのかな」
岡田「もちろん呼びましたよ」
中山「ありがとうございます(笑) 何の役割で呼ばれたんですか、選手で?」
岡田「もちろん盛り上げ役で」
中山「(笑)ありがとうございます。それでも僕は行きます」
岡田「日本のサッカーだけど、世界でもこれほど順調に進歩した国はないんですよ。今、AFCとかFIFAが、日本に注目してる。なぜ、ここまで強くなったのかって。だって、(南アW杯の決勝トーナメント1回戦で日本が敗れた)パラグアイは8回目の出場で初めてベスト16を超えた。韓国だって、5大会目にして初めて1勝したんですよ。日本は2大会目で勝って、トントン拍子で来てますからね。(世界は)日本のサッカーはすごいと思っていますよ」
──(岡田氏退場の際に)最後に会場のみなさんに一言
岡田「日本代表とともに、ゴン中山をよろしくおねがいいたします(笑)」
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