元リバプールDFアッガー、来季より母国クラブで初監督に挑戦!

2021.04.01 00:45 Thu
Getty Images
デンマーク2部リーグに所属するHBキューゲ(HBK)は3月31日、元デンマーク代表DFダニエル・アッガー氏(36)が来シーズンから新監督に就任することを発表した。契約期間は2024年6月30日までとなる。

2004年に母国のブロンビーでプロキャリアをスタートしたアッガーは、2006年1月にリバプールへ加入。闘争心溢れるプレーとフィジカルの強さを武器にセンターバックと左サイドバックを主戦場とし在籍8年間でプレミアリーグ175試合に出場。2012年にはEFLカップの優勝に貢献。

また、2005年にデビューしたデンマーク代表では、通算75試合に出場し、12ゴールを記録。グループステージで日本代表と対峙した2010年南アフリカ・ワールドカップとユーロ2012という2つのメジャー大会に参加していた。
その後、2014年夏に古巣のブロンビーに復帰したアッガーは、2シーズンで公式戦43試合に出場。しかし、契約最終年となった2016年6月に現役引退を表明した。

現役引退後はサッカー界から離れており、初の監督業となるアッガー氏はクラブの公式サイトで以下のようにコメントしている。
「私はこの1年の間サッカー界で新たな役割に挑戦したと考えていた。HBKは私が指導者をスタートするのに最適なクラブだ。クラブは健全な価値観に基づいており、強固な基盤を持っている」

「私にとって重要なのはHBKを経営するフロント陣に何人か知り合いがいることだ。新たな挑戦をとても楽しみにしているよ」

なお、HBKはアシスタントコーチに元デンマーク代表DFラース・ヤコブセン氏(41)が就任したことを併せて発表している。

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