ロナウジーニョ氏の母、ドナ・ミゲリーナさんが逝去…12月から新型コロナ患う

2021.02.21 15:08 Sun
Getty Images
フットボール界のレジェンドである元ブラジル代表FWロナウジーニョ氏の母親のドナ・ミゲリーナさんが亡くなった。71歳だった。

ブラジルの複数メディアによると、ミゲリーナさんは昨年12月から新型コロナウイルスに感染し、ホームタウンであるポルト・アレグレの病院に入院していた。しかし、闘病もむなしく、20日に逝去。

ロナウジーニョ氏はミゲリーナさんがコロナウイルスに感染した際、「親愛なる者へ。私の母がコロナに感染してしまった。私たちは早く回復できるように戦っている。今は集中治療室にいて、あらゆるケアを受けている。あなたの祈り、エネルギー、そして愛情にいつも感謝しているよ。母は強い」と、現状の報告と共にエールを送っていた。
ブラジルでは、20日にCOVID-19による死者数がトータルで24万5000人を超えたことを発表。感染者は1010万人に上っているという。また、過去24時間での死亡者数は1212人だったようだ。

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class="desc">Getty Images<hr></div> バルセロナ→ミラン→パリ・サンジェルマン 自身を“神”と称し、39歳でありながら第一線で活躍を続ける最強ストライカーもその1人だ。ミランへの移籍を挟んでいるが、バルセロナとPSGでプレーしている。 2009年7月にインテルからバルセロナへと加入したイブラヒモビッチ。キャリアを通じて1年しかプレーせず、46試合で22ゴール13アシストと、イブラヒモビッチとしては良い結果を残したとは言えないクラブだった。 そこからミランを経てPSGへ。PSGでは180試合で156ゴール61アシストを記録。ビッグクラブへの階段を上っている過渡期にチームを牽引し、13個のタイトルをもたらせた。また、自身も3シーズンでリーグ・アンの得点王に輝くなど、キャリアで最も結果を残したクラブとなっている。 ◆ダニエウ・アウベス(ブラジル/DF) <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2021/barpsg20210813_4_tw.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> バルセロナ→ユベントス→パリ・サンジェルマン 長らくバルセロナの右サイドバックとして君臨し、チームを支え続けたダニエウ・アウベスもその1人だ。2008年7月にセビージャからバルセロナへと完全移籍。2016年7月にユベントスへと移籍すると、2017年7月にPSGへと加入した。 バルセロナでは、391試合に出場し21ゴール101アシストを記録。23個のタイトルを獲得するなど、一時代を築いた1人。先日閉幕した東京オリンピックでもオーバーエイジとして参加し金メダルを獲得するなど、最もタイトルを獲っている選手だ。 PSGでは2シーズンの在籍で、6つのタイトルを獲得。73試合で8ゴール18アシストを記録していた。 ◆リュドヴィク・ジュリ(フランス/FW) <div style="text-align:center;"><img 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