ミランがマンジュキッチの加入を発表!背番号は9に
2021.01.19 20:24 Tue
ミランは19日、元クロアチア代表FWマリオ・マンジュキッチ(34)の加入を発表した。クラブ公式サイトによると、契約は今季いっぱいだが、1年延長のオプションが付随。背番号は「9」に決定している。
元スウェーデン代表FWズラタン・イブラヒモビッチの活躍でセリエAのトップを快走するミラン。だが、そのイブラヒモビッチが欠場した際のクオリティ維持が課題となっており、実績のあるバックアッパーを必要としていた。
白羽の矢が立ったマンジュキッチは、かつてユベントスに4年半在籍し、セリエAでは通算118試合31ゴール13アシストを記録。昨年1月からはカタールのアル・ドゥハイルに移籍していたが、7月に退団しフリーの状態が続いていた。
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今日の誕生日は誰だ! 5月21日は、少年時代は荒れていた?! 稀有な得点感覚を持つクロアチア代表FWのバースデー!
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ロシアW杯でクロアチア選手の歓喜の渦に飲み込まれたカメラマンがクロアチアで歓待受ける
▽ロシア・ワールドカップ(W杯)の準決勝でクロアチア代表の歓喜の渦に飲み込まれたカメラマンがクロアチアで歓待を受けたようだ。同氏が自身の『ツイッター』で明かした。 ▽『AFP通信』の仕事でロシアW杯の取材に訪れていたメキシコ人カメラマンのユーリ・コルテス氏は、クロアチアとイングランド代表が対峙した準決勝で一躍時の人となった。 ▽1-1のスコアで延長に突入した中、延長後半の109分にFWマリオ・マンジュキッチの逆転ゴールが生まれると、マンジュキッチはすぐさまピッチサイドでカメラを構えていたコルテス氏の下に駆け寄り、そこに多くの選手がなだれ込み同氏は汗まみれで半狂乱の大男たちに押し倒されることになっていた。その際、コルテス氏はきっちり選手たちの歓喜に浸る様子をレンズで捉えており、そのプロフェッショナルな仕事ぶりが称賛されていた。 ▽そして、このW杯での交流がキッカケとなってクロアチアサッカー協会から招待を受けたコルテス氏はこの度クロアチアに1週間ほど滞在。そして、キャプテンのMFルカ・モドリッチからは歓迎のメッセージとコルテスのネーム入りの背番号10のユニフォームをプレゼントされ、マンジュキッチからは、「親愛なるユーリへ。君の家族と共にクロアチアでの滞在を楽しんでくれることを願っている」とのメッセージ付きのサイン入りユニフォームを受け取るなど、歓待を受けることになった。 2018.09.06 19:49 Thu5
ボヌッチに主将は任せないと断言のアッレグリ「どこかで買い、街中などでそれをつけてプレーするしかない」
ユベントスのマッシミリアーノ・アッレグリ監督が、チームのイタリア代表DFレオナルド・ボヌッチにキャプテンを任せることはないと語った。『フットボール・イタリア』が伝えている。 アッレグリ監督は2014年から2019年までユベントスで指揮を執り、セリエA5連覇と4度のコッパ・イタリア優勝を達成。クラブに黄金時代をもたらしていたが、チャンピオンズリーグ(CL)優勝を果たせなかったこともあり退任となった。しかし、その後ユベントスは思うような結果を出せず、今季から再びアッレグリ監督が指揮を執ることになっている。 27日に復帰後初となる記者会見を行ったアッレグリ監督は、インタビューの中でチームのキャプテン人事について言及。契約満了により退団したものの再契約が濃厚のDFジョルジョ・キエッリーニや、FWパウロ・ディバラへの信頼を語る一方、かつて確執も噂されたボヌッチに対してはキャプテンや副キャプテンを任せることはないと断言。2017年夏にミランへ移籍しているボヌッチは、クラブでのキャリアがリセットされていると強調した。 「ボヌッチはユベントスを一度去ってから戻ってきた。つまりユベントスでのキャリアという意味では、ゼロからのスタートになってしまっている。副キャプテンはディバラになるだろう。私は彼に多くを期待している。彼と話をしたが、やる気に満ち溢れているよ」 「キャプテンと副キャプテンは、チームでどれだけプレーしたかに応じて決める。ユベントスではキエッリーニが最も経験豊富であり、それにディバラが続く」 「ボヌッチは1シーズン抜けた期間があった。彼の決断によってね。だから、もし彼がキャプテンマークを欲するのであれば、自分でどこかで買い、街中などでそれをつけてプレーするしかないね。彼自身も、そのことは受け入れているよ」 「私が以前にユベントスで指揮を執った最後のシーズンでは、マリオ・マンジュキッチとサミ・ケディラがボヌッチに先んじてキャプテンの腕章をつけていた。ただそれは、単に彼が序列で遅れをとっていたからだ」 2021.07.28 12:08 Wedミランの人気記事ランキング
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