「イメチェン最高」「だいぶイメチェンしたな」内田篤人氏の大胆なイメチェンが話題に!サイドを刈り上げた珍しい姿にファン反応「髪型かっこいい!」
2024.02.15 13:40 Thu
大胆なイメージチェンジを果たして話題の内田篤人氏
内田篤人氏がイメチェンした姿が大きな話題を呼んでいる。現役時代から人気を博した内田氏。鹿島アントラーズやシャルケで活躍し、日本代表としても右サイドバックとして活躍した。
引退後も日本サッカー協会(JFA)のロールモデルコーチや解説者として活躍。また、『DAZN』では「内田篤人のFOOTBALL TIME」という番組も持っている。
海外サッカーやJリーグなど、様々なサッカーに触れ、内田氏とゲストがトークしていく番組。15日に最新回が配信された中、『DAZN』のインスタグラムにアップされた内田氏の姿が話題だ。
今回は宮川大輔さんをゲストに迎えた中、番組宣伝の動画が投稿。内田氏がJリーグ開幕前に、宮川さんにプレゼンするという内容だが、注目は内田氏の髪型だった。
ファンは「新しいヘアスタイル」、「リニューアルしたヘアかっこよ」、「髪型かっこいい!」、「イメチェン最高」、「髪型が素敵」、「凄くお似合い」、「だいぶイメチェンしたな」と反応。新鮮な姿に驚きの声も寄せられている。
引退後も日本サッカー協会(JFA)のロールモデルコーチや解説者として活躍。また、『DAZN』では「内田篤人のFOOTBALL TIME」という番組も持っている。
今回は宮川大輔さんをゲストに迎えた中、番組宣伝の動画が投稿。内田氏がJリーグ開幕前に、宮川さんにプレゼンするという内容だが、注目は内田氏の髪型だった。
サイドを刈り上げ、横に流しているスタイルの内田さん。隣の宮川さんにも少し似たスタイルとなっているが、これまでにあまり見せたことがない髪型が話題を呼んでいる。
ファンは「新しいヘアスタイル」、「リニューアルしたヘアかっこよ」、「髪型かっこいい!」、「イメチェン最高」、「髪型が素敵」、「凄くお似合い」、「だいぶイメチェンしたな」と反応。新鮮な姿に驚きの声も寄せられている。
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現役引退・内田篤人の功績、CL日本人最長出場記録
鹿島アントラーズの元日本代表DF内田篤人(32)が現役引退を決断した。 23日の明治安田生命J1リーグ第12節のガンバ大阪戦がラストマッチとなり、31日にで鹿島との契約が満了。スパイクを脱ぐこととなる。 内田と言えば、鹿島とともに忘れてならないのがシャルケでの活躍だろう。“ウッシー”の愛称でも親しまれ、右サイドバックのレギュラーとして長らくプレー。元スペイン代表FWラウール・ゴンサレスや元オランダ代表FWクラース・ヤン・フンテラール、ドイツ代表GKマヌエル・ノイアー(現バイエルン)などワールドクラスの選手ともチームメイトとしてプレーした。 シャルケでは公式戦通算153試合に出場し2ゴール18アシストを記録した内田。DFBポカールのタイトルのみとなったが、最高峰の舞台であるチャンピオンズリーグ(CL)では誇るべき成績を残している。 日本人としてチャンピオンズリーグに出場したことがあるのは19名。内田は29試合の出場で日本人歴代2位の出場試合数を記録しているが、プレーイングタイムでは1位の成績を残している。 内田は29試合で2418分間プレー。1ゴール2アシストを記録した。2位はドルトムントとマンチェスター・ユナイテッドで出場したMF香川真司(レアル・サラゴサ)で2286分(33試合)となっている。 また2010-11シーズンのCL準々決勝ではインテルと対戦し、長友佑都との日本人対決も実現していた。 ヒザのケガとの戦いもあった中でのこの記録はいずれ抜かれる可能性はあるが、偉大な功績と言えるだろう。 ◆チャンピオンズリーグ 日本人選手出場記録 1位:内田篤人/2418分(29試合) シャルケ 2位:香川真司/2286分(33試合) ドルトムント、マンチェスター・ユナイテッド 3位:長友佑都/1658分(21試合) インテル、ガラタサライ 4位:中村俊輔/1288分(17試合) セルティック 5位:本田圭佑/809分(11試合) CSKAモスクワ 6位:小野伸二/736分(9試合) フェイエノールト 7位:南野拓実/517分(7試合) ザルツブルク、リバプール 8位:稲本潤一/470分(7試合) アーセナル、ガラタサライ 9位:伊東純也/441分(6試合) ヘンク 10位:長谷部誠/347分(6試合) ヴォルフスブルク 11位:岡崎慎司/336分(7試合) レスター・シティ 12位:鈴木隆行/146分(4試合) ヘンク 13位:奥川雅也/72分(4試合) ザルツブルク 14位:柿谷曜一朗/57分(3試合) バーゼル 15位:奥寺康彦/30分(2試合) ケルン 16位:清武弘嗣/15分(1試合) 17位:宇佐美貴史/9分(1試合) バイエルン 18位:西村拓真/2分(2試合) CSKAモスクワ 19位:宮市亮/1分(1試合) アーセナル 2020.08.20 19:30 Thu3
内田篤人から「お前がつけろ」、鹿島伝統の背番号「2」を背負うDF安西幸輝が移籍を決断した「いつでも待っている」という言葉
1年半ぶりに鹿島アントラーズへの復帰が発表されたDF安西幸輝が、メディアのオンライン取材で移籍の経緯や意気込みを語った。 安西は19日、ポルティモネンセからの完全移籍加入が発表。1年半ぶりに鹿島のユニフォームに袖を通した。 チームに合流して2日目を迎えた安西。久々に鹿島に戻っての心境は「2年ぶりに帰ってきてエンブレムを見たときに、また鹿島に帰ってきたんだなという実感と、鹿島独特の雰囲気があるので、早くチームに慣れたいと思います」とコメント。この1年半での変化については「僕が居た時に居た選手も何人かいますし、新しい選手もいます。練習からしっかり厳しいのは鹿島アントラーズというチームなので、そういう雰囲気は(三竿)健斗だったり、(土居)聖真くんだったりが作っているので、僕も身が引き締まる思いで練習をやっています」と、鹿島らしさをすでに感じていると語った。 今回の移籍の経緯については「今年26歳になって、ポルトガルでサッカーをするか、日本に戻ってやるかを考えたときに、アントラーズのために戦いたいと僕は思っていました」とコメント。「もうちょっと頑張ってステップアップして鹿島に帰ってくるイメージでしたが、少し早くなってしましましたが、あと1年後にワールドカップがありますし、Jリーグでしっかり活躍して、アントラーズで活躍して、ワールドカップにも行きたいですし、アントラーズの力にもなりたいので帰ってきました」と語り、来年に控えるカタール・ワールドカップを目指しての復帰になると語った。 ポルトガルで2シーズンを過ごしポルティモネンセでは60試合に出場し1ゴール2アシスト。試合にも出場しポルトガルのサッカーを経験してきた安西は、ヨーロッパでのステップアップをしたかったと語った。 「5大リーグにステップアップしたかったですけど、やっぱりポルトガルの4チームがすごく魅力的だったので、そのチームに行ければ一番良かったです」 「なかなかそういう下位のヨーロッパは厳しい環境なので、すごく自分としても情けない気持ちもありますが、鹿島アントラーズに入団が決まったので、全部鹿島に捧げたいと思います」 鹿島からの話は「ポルトガルのシーズンが終わってからどうするのかと話をもらった」と語った安西。「2年間ポルトガルでやって、今年ステップアップができなければ、僕の中では考えようかなという年でした」と自身の身の振りを考えるところだったという。 「その時に連絡が来て、正直な話を伝えました。ポルトガルでもう一回やりたいという気持ちもあるし、2年でステップアップできなかったから潔く日本に戻ることも考えていますと伝えました」と素直な気持ちをクラブに伝えたところ「クラブから『俺たちはいつでも待っているから、納得できる答えが出るまで考えて、返事を頂戴』と言われました。その言葉が凄くありがたかったです」と語り、クラブが待ってくれたということを明かした。 鹿島でプレーしたのは1年半。そのなかで鹿島のためにプレーしたいと思われたものについては「1年半しか最初居ませんでしたが、色々な経験をさせてもらったし、大きく成長させてもらいました。クラブ・ワールドカップやACL優勝とか、自分が日本代表になれたのも鹿島アントラーズのおかげだったので、そういう成長させてもらった分、これからしっかり恩返ししないといけないと思っているので、自分が持っているものを鹿島に全部捧げたいなと思います」とコメント。キャリアにおいて鹿島での1年半が大きかったと語った。 その鹿島では背番号「2」を背負う。鹿島の2番はこれまでジョルジーニョ、名良橋晃、内田篤人とそれぞれ代表チームでもサイドバックを務めた選手たちが着用。鹿島のサイドバックとしての大きな重圧もある番号だ。 その背番号2については、内田から連絡があったことを明かした安西。「鹿島の2番は安西として、お前が2番という背番号を背負って、次託したいと思う選手が出て来るまでつけろ」と言われたとのこと。最初は嫌だと断ったそうだが「篤人くんの次に誰がつけるとなったら他の人には譲りたくなかったです」と、他の選手につけられるのは嫌だったと語った。 その中で改めて2番をつけることに決めた安西。「自分なりに帰って来る覚悟がこの背番号だと思いますし、この2番という思いが込められた番号はアントラーズファンもサッカー関係者もみんな知っていると思うので、僕なりの覚悟で2番をつけることにしました」と語り、決意を表す番号でもあるとした。 安西は全てを鹿島に捧げると語ったが、その先にあるのは来年のワールドカップだ。昨年10月の欧州組のみの代表活動には呼ばれたものの、今年3月、6月の活動には招集されていない。 「ポルトガルでも試合に出てなかったわけではなく、ずっと試合には出ていたので、そこは悔しい部分がありましたけど、鹿島のサイドバックで2番をつけたら注目度が高いのもわかっています。そこで活躍することが代表への1番の近道だと思いますし、鹿島のためになると思っているので、まずは2番という数字は覚悟の現れだと思うので、それを見てもらえればと思います」 そのためにはまずはポジション争いが待つ安西。「みんなサイドバックの選手は良い選手が多いので、僕も色んなところを吸収して学びながら、みんなで切磋琢磨してポジション争いしたいですし、負ける気は無いので、そこはしっかり僕も結果を出して頑張りたいです」と、しっかりとポジションを奪いたいと語った。 最後に鹿島サポーターへ「コンディションをしっかり上げて、またみなさんの前で戦えるようにまずコンディション作りからして、ピッチで躍動感を持ってやりたいと思います。応援よろしくお願いいたします」と意気込んだ。 2021.07.21 21:45 Wed4
内田篤人&佐藤由紀彦が「S級」改め「Proライセンス」を取得! 2023年度受講者は全20名が取得済みに
日本サッカー協会(JFA)は17日、2024年度の第11回理事会を開催。2名にS級コーチライセンスを認定したことを発表した。 S級コーチライセンスは、日本国内のすべてのサッカーチームの指導が可能となるライセンス。Jリーグクラブや日本代表などを指揮する際に必要となる。 今回S級ライセンスを取得したのは、2023年度から受講している元日本代表DFで鹿島アントラーズやシャルケ、ウニオン・ベルリンでプレーした内田篤人氏(36)と、現在はFC東京 U-18で監督を務めている佐藤由紀彦氏(48)に決まった。 内田氏は、清水東高校から鹿島アントラーズでプロ入り。2010年からはシャルケに完全移籍しブンデスリーガでプレー。ウニオン・ベルリンでのプレーを経て、鹿島に復帰し、2020年限りで現役を引退した。 日本代表の右サイドバックとして長らくプレーし、74試合で2得点を記録。ワールドカップに2度出場するなど活躍すると、引退後は解説者などとして活躍する傍ら、U-19、U-20日本代表のロールモデルコーチなどを務めている。 佐藤氏は清水商業高校から清水エスパルスでプロ入り。モンテディオ山形、FC東京での期限付き移籍を経て、2000年にFC東京に完全移籍。以降、横浜F・マリノス、清水、柏レイソル、ベガルタ仙台、V・ファーレン長崎でプレーし、2014年に引退していた。 引退後は、FC東京の普及部やU-15むさし、トップチームでコーチを務め、2024年からU-18の監督を務めていた。 なお、S級コーチライセンスに関しては、同理事会で規則が変更され、「Proライセンス」と名称が変更されている。 2024.10.18 12:45 Fri5

