西野朗
Akira NISHINO
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| ポジション | 監督 |
| 国籍 |
日本
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| 生年月日 | 1955年04月07日(70歳) |
| 利き足 | |
| 身長 | |
| 体重 |
| ニュース | 人気記事 | クラブ | 監督データ |
西野朗のニュース一覧
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【六川亨の日本サッカーの歩み】ハリル解任
▽ハリルホジッチ監督解任――4月9日、日本サッカー界に激震が走った。ワールドカップ(W杯)を2カ月後に控えての監督交代劇。1997年10月のフランスW杯アジア最終予選、カザフスタン戦でドローに終わったあとに、当時の長沼健JFA(日本サッカー協会)会長が、加茂周監督を更迭し、岡田武史コーチを監督に昇格させて以来のショッキングな監督交代劇だった。 ▽これまでも何度か書いてきたように、ハリルホジッチ監督はW杯でジャイアントキリングを起こすために招聘された監督だった。しかし3月のベルギー遠征では選手から縦パスばかりの攻撃に不満が漏れ出した。 ▽若手選手が多かったせいもあるが、ハリルホジッチ監督を招へいした霜田正浩 元技術委員長がいれば両者の意見を汲んで進むべきベクトルを合わせることもできただろう。裏返せば、それだけ西野朗 技術委員長と手倉森誠コーチら代表スタッフは機能していなかったことの証明でもある。 ▽元々、西野技術委員長は「勝負師タイプ」の監督である。技術委員長に就任した際も、「スーツよりジャージの方が似合っているし、室内にいるよりグラウンドにいた方が気楽だ」と話していた。また、ガンバ大阪の監督を辞めて浪人中も、「自分はマグロのようなもの。回遊魚なので止まったら死んでしまう。ピッチにいないと息苦しい」と本音を漏らしていた。 ▽そんな西野氏に、「技術委員長は慣れましたか」と聞くと、決まって「慣れるわけないだろう!」という返事が返ってきた。元々、技術委員長のタイプでなないのだ。JFAのミスマッチは、この時点で明白だった。 ▽さらに3月のベルギー遠征では、選手の不満をスポーツ紙に漏らしたスタッフがいたと聞いた。西野氏の代表監督就任により、あるコーチがスタッフから外れるのは偶然なのか疑問が残る。 ▽こうした齟齬の積み重ねがハリル・ジャパンを蝕んでいたことは想像に難くない。そして、本来であればハリルホジッチ監督を解任するのは西野技術委員長のはずである。にもかかわらず田嶋会長が「渦中の栗」を拾う格好で解任会見を開いた。田嶋会長にしては珍しいとも思ったが、さすがに西野技術委員長がハリルホジッチ監督の解任をメディアに伝えつつ、「自分が後任監督を務めます」と言うことはできない。解任せざるを得なかった責任の一端は、技術委員長にもあるからだ。 ▽先にも書いたように、西野技術委員長は「タイプ」ではない。勝負師である。そんな西野氏を技術委員長に起用した田嶋会長は、ハリルホジッチ監督の更迭も視野に入れて西野氏を抜擢したのではないかと疑いたくなってしまう。 ▽かつて加茂氏が日産時代に代表監督待望論があったように、西野氏も過去には「代表監督を日本人にするなら」と待望論があった。名古屋グランパスやヴィッセル神戸の監督で結果を残せなかったため、そうした声は霧消したものの、1996年のアトランタ五輪では西野監督、山本コーチ、田嶋技術委員という間柄でもあった。 ▽当時は優勝候補筆頭のブラジルを倒し、「マイアミの奇跡」と賞賛されたものの、グループリーグで敗退し、西野監督は批判にさらされた。その復権を田嶋会長が期待したとしても不思議ではない。12日に予定されている会見で西野監督は何を語るのか。2010年南アフリカW杯の岡田監督以来となる日本人監督だが、昨日、岡田氏がS級ライセンスを返上したことが明らかになったのは、単なる偶然なのだろうか。 2018.04.10 13:30 Tue2
【日本代表ターニングポイント】西野采配的中! システム変更&選手交代で勝ち点1奪取
▽日本代表は、24日に行われたロシア・ワールドカップのグループH第2戦でセネガル代表と対戦。2点ずつを取り合い、2-2のドローに終わった。 ▽互いに初戦で勝利していた両国にとって、この試合は大きな意味を持っていた。敗れれば厳しい状況に、逆に勝利すればグループステージ突破の可能性もあった試合。両者の勝利への思いが、試合にも表れ、好ゲームとなった。 <span style="font-weight:700;">◆冷静に対応した日本</span><div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20180625_13_tw2.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽立ち上がり、セネガルは積極的に試合に入り、前線からのプレス、そしてボール奪取からの素早い攻撃を仕掛けた。しかし、初戦に勝っていたからか、日本は慌てることなく対応。一対一の局面では何度か突破されるシーンがあったものの、決定機を作らせるまでには至らなかった。 ▽しかし、耐える時間でもあった中、日本は残念な形で失点。正面のシュートをGK川島永嗣がパンチング。しかし、これがFWサディオ・マネに当たりゴールネットを揺らした。 ▽アンラッキーとも言える失点だったが、日本は冷静に対応した。攻撃時にはシステムを若干変更。MF長谷部誠を最終ラインへと入れ、3バックに。MF柴崎岳がアンカーのポジションに入り、両サイドバックが高い位置を取った。これが1つ目の“ターニングポイント”だ。 ▽柴崎がボールを持ち、周りを見る時間が増えた。そこから同点ゴールが生まれる。34分、柴崎のロングフィードにDF長友佑都が最終ラインの裏で反応。そこからボックスに侵入すると、ボールを失ったかに見えたが、持ちこたえ、こぼれ球を拾ったMF乾貴士がコースを狙ってネットを揺らした。 <span style="font-weight:700;">◆本田圭佑、岡崎慎司の投入</span><div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20180625_13_tw3.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽1-1で迎えた後半、またしてもセネガルにリードを許す。すると、西野朗監督は選手交代。FW岡崎慎司を準備していたが、MF本田圭佑に変更。その直後に岡崎を投入し、流れが変わった。 ▽ボックス手前でFW大迫勇也がボールを受けると、そのままキープしクロス。これに岡崎が飛び込むと、中央でGKと交錯して潰れる。流れたボールに反応した乾が、ライン際でマイナスのパスを送ると、岡崎が再び合わせに動き、最後は本田が蹴り込んで同点となった。 ▽本田は、コロンビア戦のアシストに続いて、決定的な仕事をこなし、自身3大会連続ゴールを記録。岡崎も、持ち前のボールへの執着心を見せ、陰ながらアシストした。 ▽西野監督の選手交代がズバり当たり、日本は2-2のドロー。第3戦でグループステージ突破を懸けて、敗退が決定したポーランド代表と対戦する。 <span style="font-weight:700;">◆選手、監督が持つ自信</span><div style="text-align:center;"><img src="http://image.ultra-soccer.jp/800/image/get20180625_13_tw4.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:x-small;">Getty Images<hr></div>▽2試合で4ゴール。コロンビア戦は同点に追いつかれてからの勝ち越し、セネガル戦は2度リードを許してからの追い付きを見せた。下馬評が高くなかった日本にとっては、1勝1分けという結果は悪くない。そして、苦境に立たされても盛り返す力は、自信が大きいだろう。 ▽西野監督は、2試合続けて選手交代で流れを変えて結果を掴んだ。選手たちも、それぞれが持ち味を出し、それぞれの特徴を生かしてゴールを奪っている。試合を重ねるごとに増していく自信。過信にならなければ、2大会ぶりのベスト16は見えてくるはずだ。 2018.06.25 07:00 Mon3
14-0で日本代表に敗れたモンゴル代表監督に秋田や愛媛を指揮した間瀬秀一氏が就任
モンゴルサッカー協会(MFF)は8日、モンゴル代表の新監督に間瀬秀一氏(47)を招へいした事を発表した。 今回の監督就任は、MFFと日本サッカー協会(JFA)の協力の下で実現。2023年まで代表監督を務めることになるとのこと。またU-23モンゴル代表監督も兼任するという。 間瀬氏は、Jリーグでのプレー経験はないものの、アメリカやメキシコ、グアテマラ、エルサルバドル、クロアチア、シンガポールでプレー。現役引退後に指導者の道へ進んだ。 2003年にはジェフユナイテッド市原・千葉でイビチャ・オシム監督の通訳を務めると、息子のアマル・オシム氏の通訳も務め、2004年にC級ライセンスを取得。2007年にはB級ライセンスを取得すると、千葉でコーチに就任した。 その後、ファジアーノ岡山や東京ヴェルディでコーチを務めると、2015年にS級ライセンスを取得。2015年にブラウブリッツ秋田で監督業をスタートさせた。 2016年からは愛媛FCの監督を務めると、2018年5月に解任され、同年7月には秋田に復帰。2019年に退任し、その後はフリーとなっていた。 モンゴル代表は、3月30日に行われたカタール・ワールドカップ アジア2次予選で日本代表と対戦し、14-0で大敗。そこからおよそ1週間で新監督に日本人を迎えることとなった。 アジアでは日本人の監督が多く指揮を執っており、タイ代表の西野朗監督やシンガポール代表の吉田達磨監督らがいる他、カンボジア代表の実質的監督は本田圭佑(ネフチ・バクー)が務めている。 <span class="paragraph-title">【写真】間瀬秀一監督就任をモンゴルサッカー協会が発表</span> <span data-other-div="movie"></span> <iframe src="https://www.facebook.com/plugins/post.php?href=https%3A%2F%2Fwww.facebook.com%2FMongolianFootballFederation%2Fposts%2F4304569376243486&width=500&show_text=true&appId=431058857674693&height=626" width="500" height="626" style="border:none;overflow:hidden" scrolling="no" frameborder="0" allowfullscreen="true" allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; picture-in-picture; web-share"></iframe> 2021.04.08 21:51 Thu4
タイ代表が西野朗監督を解任!アジア2次予選敗退が引き金に
タイサッカー協会(FAT)は29日、同国代表の指揮を執る西野朗監督(66)との契約を解除したことを発表した。 西野監督は過去、柏レイソルやガンバ大阪、ヴィッセル神戸、名古屋グランパス、日本代表の監督を歴任。昨年7月からA代表とU-23の兼任指揮官としてタイを率いると、2020年1月に行われたU-23アジア選手権で同国史上初のベスト8に導いた。 この手腕が評価され、同年に契約期間を2022年までの延長をしたが、今年6月に集中開催で行われたカタール・ワールドカップ(W杯)アジア2次予選では、グループGで最下位のインドネシア代表に痛恨のドロー。続くUAE代表とマレーシア代表に連敗を喫し、グループ4位で2次予選敗退となっていた。 FATの発表によれば、西野監督や代表のコーチングスタッフを交えた総括を行った上で、タイ代表の成績が協会の定めた目標を達成されなかったため、契約解除を決断したとのことだ。 なお、後任監督に関しては近いうちに発表するとのことだ。 2021.07.29 23:35 Thu西野朗の移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 1990年7月1日 |
日立製作所本社 |
引退 |
- |
| 1978年1月1日 |
|
日立製作所本社 |
完全移籍 |
西野朗の監督履歴
| 就任日 | 退任日 | チーム | 種類 |
| 2019年7月17日 | 2021年7月29日 |
タイ |
監督 |
| 2019年7月17日 | 2021年7月29日 |
タイU23 |
監督 |
| 2019年7月17日 | 2021年7月29日 |
タイ |
監督 |
| 2018年4月9日 | 2018年7月31日 |
日本 |
監督 |
| 2016年4月1日 | 2018年4月8日 |
日本 |
監督 |
| 2014年2月1日 | 2016年1月31日 |
名古屋 |
監督 |
| 2012年5月22日 | 2012年11月8日 |
神戸 |
監督 |
| 2002年2月1日 | 2012年1月31日 |
G大阪 |
監督 |
| 1998年2月1日 | 2001年7月30日 |
柏 |
監督 |
| 1996年7月20日 | 1996年8月3日 |
日本オリンピック代表 |
監督 |
| 1994年1月1日 | 1996年12月31日 |
U-23日本 |
監督 |
| 1991年1月1日 | 1992年12月31日 |
日本 U20 |
監督 |

日本
日立製作所本社
タイU23
タイ
日本
名古屋
神戸
G大阪
柏
日本オリンピック代表
U-23日本
日本 U20