西野朗
Akira NISHINO
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| ポジション | 監督 |
| 国籍 |
日本
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| 生年月日 | 1955年04月07日(70歳) |
| 利き足 | |
| 身長 | |
| 体重 |
| ニュース | 人気記事 | クラブ | 監督データ |
西野朗のニュース一覧
西野朗の人気記事ランキング
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2000人に調査! 最も上司にしたい日本代表監督、森保一監督は4位、1位は? 社長に向いているのはあのベテラン
超ワールドサッカーでは2022年11月、カタール・ワールドカップ(W杯)の開催にあわせて、「Yahoo!ニュース」を通じて、2000人の「Yahoo!クラウドソーシングユーザー」を対象にアンケートを実施した。 7大会連続7度目の出場となった日本代表は、史上初のベスト8進出を目指す中、初戦のドイツ代表戦では世界を驚かせる逆転勝利を収め、目標に向かって大きな一歩を歩み出した中、第2戦のコスタリカ代表戦では、試合を支配しながらもミスから失点して敗戦を喫し、急転してグループステージ突破が厳しい状況となっている。 今大会は解説や自身の発信などで、多くの日本代表OBや監督らが情報を発信。そこで、様々な角度から日本代表のイメージ調査を実施した。 まず、「上司にしたい日本代表監督経験者」について調査。W杯に初めて出場した1998年のフランス大会以降で指揮を執った監督に限定して聞いたところ、現在日本代表を指揮してカタールW杯を戦っている森保一監督は11.8%の票を集め、4位となった。 最も上司になって欲しい人物は、1998年のフランス大会と2010年の南アフリカ大会と2度のW杯を経験し、解説者としても鋭い意見と厳しい指摘が話題の岡田武史氏で33.7%の支持を得た。 意見には「裏表がなさそう」、「厳しいけどオフは親しみやすそう」、「的確なアドバイスがもらえそう」というものがあった。 また2位には、岡田氏の前に監督を務めながら、病に倒れて退任していたイビチャ・オシム氏で、17.7%の支持。3位はサッカーの神様として世界中で知られながら、2006年のドイツ大会では結果を残せなかったジーコ氏で15.1%だった。 その他、同僚にいたら頼もしそうな選手については、長友佑都(FC東京)が32.2%で1位に輝き、2位には27.9%でGK川島永嗣(ストラスブール)が、3位には12%で現在のキャプテンであるDF吉田麻也(シャルケ)が入った。若手ではMF久保建英(レアル・ソシエダ)が4.2%を獲得し、4位に入っている。 社長が似合いそうな選手では、1位が28.4%で川島、2位が21.9%で長友、3位が16%で吉田と頼りになる選手と同じ3人が上位を占めた中、4位には4.8%の支持を得たGKシュミット・ダニエル(シント=トロイデン)が入ることとなった。 <span class="paragraph-title">【写真】上司にしたい日本代表監督ランキング</span> <span data-other-div="movie"></span> <span class="paragraph-subtitle">1位:岡田武史</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/japan20221130_enquete_okada.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> <span class="paragraph-subtitle">2位:イヴィチャ・オシム</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/japan20221130_enquete_osim.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> <span class="paragraph-subtitle">3位:ジーコ</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/japan20221130_enquete_zico.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> <span class="paragraph-subtitle">4位:森保一</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/japan20221130_enquete_moriyasu.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> <span class="paragraph-subtitle">5位:西野朗</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/japan20221130_enquete_nishino.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> <span class="paragraph-subtitle">6位:フィリップ・トルシエ</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/japan20221130_enquete_troussier.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> <span class="paragraph-subtitle">7位:アルベルト・ザッケローニ</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/japan20221130_enquete_zac.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> <span class="paragraph-subtitle">8位:ヴァイッド・ハリルホジッチ</span> <div style="text-align:center;"><img src="https://image.ultra-soccer.jp/1200/img/2022/japan20221130_enquete_halil.jpg" style="max-width: 100%;"></div><div style="text-align:right;font-size:small;" id="cws_ad" class="desc">Getty Images<hr></div> 2022.11.30 13:15 Wed2
「柏の子供は雄太の背中を見て育つ」名フレーズも生んだ古巣・柏のサポーターを南雄太が語る「特殊なサポーターだけど大好き」
今シーズン限りで現役を引退したGK南雄太が、27日に現役引退会見を行った。 東京ヴェルディの下部組織育ちで、静岡学園高校から柏レイソルでプロ入り。18歳でJリーグデビューを果たすと、その後はロアッソ熊本、横浜FCでプレー。2021年夏に大宮アルディージャへと期限付き移籍し、2022年からは完全移籍に切り替え。今シーズンをもって現役を引退した。 チームはJ3へと降格したが、南は最終節の東京V戦で久々に出場。J1で266試合、J2で400試合に出場し、GKとして歴代最多の666試合出場を果たし、スパイクを脱ぐこととなった。 「ゴールデンエイジ」と呼ばれる世代で、小野伸二(北海道コンサドーレ札幌)や高原直泰(沖縄SV)、遠藤保仁(ジュビロ磐田)らと同世代。U-20日本代表としては、2度のワールドユース(現:U-20ワールドカップ)に出場し、1999年大会は彼らとともに準優勝も経験した。 その南は柏でプロデビュー。12年間にわたってプレーし、加入当初はGK土肥洋一が正守護神としてプレー。そのポジションを奪うと、最後はGK菅野孝憲(現:北海道コンサドーレ札幌)にポジションを奪われ、熊本へと移籍していた。 プロ入りの18歳から30歳まで過ごした柏。南にとっては柏のサポーターの存在は特別であり、サポーターからは「柏の子供は雄太の背中を見て育つ」という名フレーズも作られ、Tシャツまで完成していた。 南はそのフレーズについて「あのフレーズに関しては、今でも言ってくれる人が結構いまして、素直に凄く嬉しいです」とコメント。また、サポーターの存在についても語り、苦いエピソードもありながら、感謝を口にした。 「柏のサポーターには自分を育ててもらったというか、若い時から出て、忘れもしないんですが、18歳の時に自分の調子があまり良くない時に西野さん(西野朗監督)が使い続けてくれて、その前には土肥さんが試合に出ていて、サポーターから“土肥コール”をされたときは物凄く堪えました」 「そういう厳しさもありながら、降格した時は凄く残って欲しいと言ってくださって、実際に残って1年で昇格した時は凄くサポーターと一緒に戦って乗り越えた気持ちもあります」 「12年いたということもありますし、今でもレイソルのサポーターは凄くメッセージくれたり、応援してくれたり、最終戦もレイソルのユニフォームを着て座ってくれた人も何人もいたり、サッカー選手としての基本となる、一番大事となる土台を作ってくれたのは、レイソルでの12年なので、レイソルのサポーターは凄く変わったというか特殊なサポーターで、あれはあれで大好きだったので、凄く誇れるサポーターです」 プロデビュー、リーグカップ優勝、そしてJ2降格、J1昇格と、多くのことを共に経験してきた南と柏のサポーターの絆は、この先の人生でも繋がったままになるだろう。 2023.11.28 07:45 Tue3
注目のW杯メンバー選考…西野朗日本代表監督「非常にデリケートな時期」
▽日本代表を率いる西野朗監督が6月に開幕するロシア・ワールドカップ(W杯)に向けてコメントした。 ▽ロシアW杯が2カ月後に迫る中、ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督の解任に伴い、日本代表の指揮を引き継いだ西野監督。18日にキリンチャレンジカップ2018のガーナ代表戦に向けたメンバーが発表され、21日から始まる国内合宿を経て、同試合翌日の31日にロシア行きの23名が遂に決定する。 ▽16日に表参道ヒルズで行われたスイスの高級腕時計ブランド『ウブロ』のイベントに登場した西野監督。イベント終了後に応じた囲み取材で、ロシアW杯に向けたメンバー選考、本大会への意気込みを語った。 ──W杯のメンバー選考について 「非常にデリケートな時期。選考に関する話を簡単にするのは控えたい。国内組はまだ日程が終わっていないし、海外組もそう。ここにきて、国内組もタイトなスケジュールの中で高いパフォーマンスを見せていて、代表に対する意識も高まっている。海外組も高いレベルで競争している。そういう選手の中からメンバーを選ばないといけない。緊張感のある時期」 ──本大会メンバー決定に向けたガーナ戦のポイントとは 「今まで選手の最終決定に関して、自分なりの決断を下してきた。だが、やはり選手の状況、プレーヤーズ・ファーストで彼らの状況を第一に考えることで、選考も変わってくる。近くで見てみたい選手もいて、21日から始まるキャンプでチェックしないといけない選手もいる。最終的に、31日に決定する」 ──本大会に向けた意気込み 「最終的に、23名の選手しか選考できない。彼らは非常にタイトなスケジュールの中で合流してくる。まずはリスタートできる身体、戦える身体、心身ともにW杯に向けてコンディションに整える時間にしたい。その上で、高いレベルのチーム作りを考えていきたい。いよいよ始まるというところ」 ──同じイベントに出席した本田圭佑とやり取りは? 「一部と二部の間にだいぶ時間があったので、会えなかった。コミュニケーションは全くなかった。選考段階ということで、ヨーロッパ組の視察は別にして、国内にいる選手との接触は控えている」 2018.05.16 18:20 Wed4
【質疑応答2】アジア杯前最後の2試合…森保一監督、テーマは“対応力” 五輪世代のA代表入りにも期待
▽日本サッカー協会(JFA)は7日、11月のキリンチャレンジカップ2018に臨む日本代表メンバーと、UAEでのドバイカップU-23に臨むU-21日本代表メンバーを発表した。 ▽日本代表は今月16日(金)に大分スポーツ公園総合競技場でベネズエラ代表と、20日(火)に豊田スタジアムでキルギス代表と対戦。U-21日本代表は、14日(水)にU-23ウズベキスタン代表と、17日(土)にU-23クウェート代表と、20日(火)にU-23UAE代表と対戦する。 ▽会見には日本サッカー協会の関塚隆技術委員長と、森保一監督が出席。メンバー発表後、メディア陣からの質疑に応対した森保監督は、今回の2試合が違った試合になり、「対応力」が求められると主張した。また、自身のA代表での指揮が始まり、東京五輪世代に落とし込みたい部分も言及した。 ◆森保一監督(日本代表兼U-21日本代表監督) ──アジアカップを見据えた上で、今回重要になるテーマは 「アジアカップに向けて、今回初戦のベネズエラと2戦目のキルギスは、全く違う戦いになるのかなと思います。ベネズエラもキルギスも我々に対してどういう対策をとってくるかということは試合前なので分かりませんが、キルギスに関しては次のアジア大会を見据えた時にアジアでの戦いを想定できる試合ができるのかなと思います」 「ベネズエラ戦とキルギス戦、まだしっかり分析している訳ではないですが、まったく別の戦い方をしていかなくてはいけません。選手たちはこれまで非常にアグレッシブに、チームとしても個人としても自分たちの力を発揮してくれ、良いトライをしてくれたと思います。今回のキリンチャレンジカップの中で、アジアの戦い方とアジア以外の諸国との戦い方、違う戦いをしなくてはいけないということ、そして対応力が求められると思います」 「これまで通り選手たちにはアグレッシブにプレーして欲しいと思います。相手を崩していくために、相手に勝っていくために、どういう戦い方をしたら良いかを学べる、そしてアジアカップに向けて良いシミュレーションになると思っています」 ──A代表のメンバーは初招集のメンバーを除くとほぼ前回と同じメンバーになるが、その理由は 「全てが基本的にということですが、これまでキリンチャレンジカップで招集させてもらった選手を中心にアジアカップに臨んでいくということは考えています。ただ、まだ我々のチームに情報は吸い上げていますけど、招集していない選手はたくさんいます。その選手たちがアジアカップに入ってくるということも考えながらやっていきたいと思っています」 「選考していく中で、今回のキリンチャレンジカップの戦いは、このメンバー選考がベストだろうということで決めました。決めた結果、あまり変わらなかったということは今言われて気づきました(笑)」 ──A代表を指揮して、五輪世代に落とし込みたい部分は 「まずは全てのクオリティを上げるということが大切かなと思います。技術的なクオリティや判断の速さ、的確な判断をするというところをもっと上げていかなくてはいけないと思います。その技術を発揮するために、戦う球際の部分、インテンシティを上げていくというところ、これまで日本代表の監督をしてこられた方々が言ってきたインテンシティを高く持ってやっていくということ、デュエルの部分で強くやっていくということ、そこをベースとして持ちながら日本人の持っている技術を西野さん(西野朗前監督)が言われた通りに発揮していくということは、東京オリンピック世代の選手に全てを上げていくということに伝えていければと思います」 「そういった意味で、今回A代表のコーチとして9月、10月のキリンチャレンジカップを経験したコーチたちがまたUAEの遠征に行って、彼らに伝えていくということ、感覚的に伝えられるというのはすごく大きな経験をチームとしてもやれたと思います。より高いものを求めていけると思います。先ほども言いましたが、A代表を経験した選手がまたアンダー世代の活動に入っていくということ、そこでいろいろな部分を東京オリンピック世代の選手たちには刺激を受けて欲しいなと思います。A代表で経験した選手、伊藤達哉に関してはそこで経験したことをUAEの遠征で発揮してもらいたいと思います」 「U-21の活動に関しては、直近のアジア大会で準優勝することができました。そこは非常に自信を持ってほしいなと思います。ただ、自信が過信にならないようにもっともっと高めていくことを忘れずに、アンダー世代の代表で満足するのではなく、いつも言っているように東京オリンピック世代の選手たちは、A代表を目標にしながら、A代表で活動しながら東京オリンピックに関わっていくということへの強い気持ちを持ってもらいたいなと思っています」 「アジア大会の決勝で韓国に敗れてしまいましたが、非常に良い試合をしてくれました。今、彼らが持っている力を100パーセント出し切ってくれたかなと思います。ただ、韓国代表は素晴らしいチームでしたが、その戦いを最低限に持ってさらに高いものを目指して欲しいと思います。韓国代表との決勝でのインテンシティ、球際の戦い、粘り強く戦うというベースの部分を選手たちは見せてくれましたが、そこからどれだけ攻撃にできたかというところは満足できないものだったと思います。激しく厳しい戦いを東京オリンピックでは最低限6試合やって目標とするものが得られるので、そこのレベルアップの部分では厳しい気持ちを持って、UAEの遠征に臨んで欲しいなと思います」 2018.11.07 17:48 Wed5
宮本新会長誕生で『会長の決断』とは/六川亨の日本サッカー見聞録
JFA(日本サッカー協会)は3月23日、新会長に「内定」していた宮本恒靖氏を新たな理事による第5回理事会で、互選を経て第15代の会長に正式に就任したことを発表した。 この会見には22日に亀岡でのU-23日本対U-23マリを取材し、その足で24日のJ2リーグ山口対愛媛、25日に小倉でU-23日本対U-23ウクライナの取材を予定していて移動中だったため参加することができなかった。 ところが仕事仲間が当日、宮本会長の会見を取材した折り、机の上に昨年の会長選の際に作成した“マニュフェスト”があったため、余分に確保して親切にも郵送してくれた。 初めて目にしたマニュフェストの冒頭には「会長選の流れを決定づけた」と言われた岡田武史JFA副会長との対談が6ページにわたってあった。 対談の冒頭、岡田副会長は「代表監督選びについては技術委員会で候補者を選出して、最終的には会長と技術委員長を含めた数名で決めるんだけど、俺は最終的には会長がリーダーシップを発揮して決めなくてはいけないと考えている」と断言した。 その理由として「俺も代表監督時代から言ってはきたけど、技術委員長ではなくてやっぱり会長がやるべきことなんだよね」 「自分のサッカー観を持ったうえで決断するわけだから、(会長は)サッカーをしっかりと知っている人のほうが望ましいし、ツネなら言うまでもない」 元日本代表監督で現職の副会長にここまで言われては、会長選に立候補した鈴木徳昭氏の出番はないだろうと思った。鈴木氏は日本代表でもなければ、日産自動車に所属していた時でもJSLでのプレー経験はない。JFAとJリーグ、さらにW杯招致委員会、AFC、東京五輪招致委員会などで実務を担当してきた“裏方”だったからだ。 そして岡田副会長の「代表監督人事は会長」にも納得してしまった。 岡田監督は加茂周前監督からバトンタッチされ、“ジョホールバルの歓喜”で日本を初のW杯へ導いた。しかしフランスでは3連敗を喫したため、岡田監督の続投を求める声は皆無だった。99年にJ2札幌の監督に就任すると、2000年にはJ2優勝とJ1復帰を果たす。さらに03年からは横浜F・マリノスを率いてJ1リーグ連覇を達成するなど黄金時代を築いた。 そんな同氏が再び代表監督に就任したのが07年12月、イビチャ・オシム監督が脳梗塞で倒れたからだった。小野剛JFA技術委員長からの打診だったが、小野はフランスW杯でコーチに抜擢した旧知の仲だけに断ることはできなかっただろう。 こうして臨んだ南アW杯だったが、大会前にちょっとした“事件”があった。JFA会長に犬飼基昭が就任すると、技術委員長の強化担当に原博実を招聘。小野は「育成」の技術委員長と役職が変更になった。それでも小野は南アW杯前のスイス・オーストリアキャンプから岡田ジャパンを陰ながらサポートした。 南アW杯で岡田は日本人監督として初めてグループリーグを突破した。しかしラウンド16でパラグアイにPK戦の末に敗れた。中村俊輔の負傷が長引き、本田圭佑の0トップという大胆な発想も、岡田監督の評価にはつながらなかった。当時のサッカー界に、「監督は4年で代わるもの」という固定観念も少なくなかった。 岡田監督にしてみれば、早稲田大学の後輩であり、Jリーグでは監督としてこれといった実績のない原技術委員長に出処進退を決められるのは納得のできないことだったのではないだろうか。だから監督人事は「技術委員長ではなくてやっぱり会長がやるべきこと」と断言したと思えてならない。 この「会長が決断する」流れは田嶋幸三・前会長に受け継がれた。 JSLでのプレー経験こそあれ、Jリーグと代表での経験はないもののその実務手腕を見込んで原技術委員長が招いた霜田正浩(現松本監督)は、原がJFA専務理事に転出すると技術委員長に就任。しかし初めての会長選で原を破って会長に就任した田嶋は、原を2階級降格の理事にすることでJFAでの立場を失脚させる。 田嶋会長はロシアW杯を前に技術委員会を再編し、西野朗を技術委員長に招聘し、霜田をNTD(ナショナル・チーム・ダイレクター)に降格。霜田も自ら身を引くことになった。そしてW杯直前にはヴァイッド・ハリルホジッチ監督を解任し、西野を代表監督に据える人事を強行した。 22年カタールW杯で森保ジャパンはグループリーグでドイツとスペインを倒すジャイアントキリングを演じながらもベスト16でPK戦により散った。反町技術委員長は、一説には元チリ代表のビエルサ監督の招聘に乗り気だったという。しかし田嶋会長は大会直後にも森保続投を支持。森保監督と反町技術委員長との関係に配慮して、山本昌邦NTDを招聘したとの噂もある。そして反町技術委員長は3月を持って退任する予定だ。 代表監督人事は、最終的な決断は会長が下すのはどこの国も同じだろう。では技術委員会の役割は何なのか。これはこれで、はっきりさせておく必要がある。会長が「こう言ったから右に倣え」では、“忖度”であり技術委員会の存在意義そのものが問われかねない。 影山雅永技術委員長(男子)や佐々木則夫技術委員長(女子)などを理事職から外し、理事会のスリム化と女性理事の登用に積極的な宮本新会長。男女の代表戦の放映権の高騰により地上波で試合が見られないなど厳しい船出が待ち受けているかも知れないが、まずはパリ五輪男子の出場権獲得に万全の態勢で臨んで欲しい。 2024.03.30 11:00 Sat西野朗の移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 1990年7月1日 |
日立製作所本社 |
引退 |
- |
| 1978年1月1日 |
|
日立製作所本社 |
完全移籍 |
西野朗の監督履歴
| 就任日 | 退任日 | チーム | 種類 |
| 2019年7月17日 | 2021年7月29日 |
タイ |
監督 |
| 2019年7月17日 | 2021年7月29日 |
タイU23 |
監督 |
| 2019年7月17日 | 2021年7月29日 |
タイ |
監督 |
| 2018年4月9日 | 2018年7月31日 |
日本 |
監督 |
| 2016年4月1日 | 2018年4月8日 |
日本 |
監督 |
| 2014年2月1日 | 2016年1月31日 |
名古屋 |
監督 |
| 2012年5月22日 | 2012年11月8日 |
神戸 |
監督 |
| 2002年2月1日 | 2012年1月31日 |
G大阪 |
監督 |
| 1998年2月1日 | 2001年7月30日 |
柏 |
監督 |
| 1996年7月20日 | 1996年8月3日 |
日本オリンピック代表 |
監督 |
| 1994年1月1日 | 1996年12月31日 |
U-23日本 |
監督 |
| 1991年1月1日 | 1992年12月31日 |
日本 U20 |
監督 |

日本
日立製作所本社
タイU23
タイ
日本
名古屋
神戸
G大阪
柏
日本オリンピック代表
U-23日本
日本 U20