原博実

Hiromi HARA
ポジション
国籍 日本
生年月日 1958年10月19日(67歳)
利き足
身長 183cm
体重 80kg
ニュース 人気記事

原博実のニュース一覧

WEリーグを戦う大宮アルディージャVETNUSは9日、チーム名称を含めたプロパティ変更を発表した。 Jリーグを戦う大宮アルディージャの女子チームとして、2020年10月に創設され、WEリーグ創設の2021-22シーズンから参戦していた大宮V。トップチームを含めた男子チームが2024年10月から『レッドブル』グルー 2025.04.09 12:20 Wed
Xfacebook
26年北中米W杯のオセアニア地区予選の決勝が24日に行われ、ニュージーランドがニューカレドニアを3-0で破り、2010年南アフリカ大会以来16年ぶり3回目となるW杯出場を決めた。オセアニア地区は長らくオーストラリアが盟主を務めてきた。彼らがアジア地区に転籍してからも、オセアニア地区に与えられたW杯の出場権は0.5枠。こ 2025.03.25 16:30 Tue
Xfacebook
Jリーグが誕生した93年ならともかく、近年これだけド派手な新体制発表会見(2025 RB大宮アルディージャキックオフイベント)を取材したことはなかった。1月9日に大宮のソニックシティ展示場で行われた会見だ。 メインイベントの前には隣接する屋外広場のステージで、BMXフラットランドライダーの早川起生によるスペシャル 2025.01.23 22:00 Thu
Xfacebook
レッドブル・グループの要職に就いたユルゲン・クロップ氏がRB大宮アルディージャの今季開幕戦を観に来るようだ。 “レッドブル、翼をさずける”のキャッチフレーズでお馴染みのエナジードリンクを手がける世界的企業であり、スポーツを通じたマーケティングでも有名な『レッドブル』。最近では今季から明治安田J2リーグに返り咲いた 2025.01.16 11:32 Thu
Xfacebook
大宮アルディージャは20日、社長交代を発表した。 レッドブルがクラブを買収し、10月からRB大宮株式会社がクラブを保有することとなった中、これまで通り佐野秀彦氏が代表取締役社長を務めていた。 そんな中、クラブは佐野社長が12月31日をもって退任することを発表。新社長は代表取締役の原博実氏が社長に就任すること 2024.12.20 18:05 Fri
Xfacebook

原博実の人気記事ランキング

1

かつてはストイコビッチが注意…欧州では黙認された試合中の戦争反対のメッセージ、Jリーグの見解は「政治的なメッセージは行ってはならない」

Jリーグが、選手による試合中のメッセージ表示への見解を明かした。 24日早朝、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナへの軍事侵攻を決断。多くの犠牲者を出しているこの攻撃は、今もなお続いている。 世界各国がロシアへの制裁を発表し、サッカー界でも戦争反対の運動が広がっており、ウクライナ出身の選手たちを支える活動が目立っている。 そんな中、ヨーロッパでは戦争反対を訴えるため、選手たちが試合中にメッセージを表示することに。アタランタのウクライナ代表MFルスラン・マリノフスキーは、24日に行われたヨーロッパリーグ(EL)決勝トーナメント プレーオフ2ndレグのオリンピアコス戦でゴールを決めた後、ユニフォームを捲り上げてアンダーシャツに書かれたメッセージをアピール。本来このような行為にはイエローカードが提示されるが、主審は黙認した。 その他にも同様の行為が見られる中、28日に行われたJリーグの理事会後の会見では、同様の行為が起きた場合のJリーグの対応について質問が飛んだ。 Jリーグでは過去に似たような事例が。1999年、3月24日に北大西洋条約機構(NATO)による母国ユーゴスラビアへの空爆が開始。当時名古屋グランパスでプレーしていたドラガン・ストイコビッチは、3月27日のヴィッセル神戸戦後に「NATO STOP STRIKES」という抗議のメッセージをアンダーシャツに書いてアピール。これはJリーグから注意を受けていた。 村井満チェアマンは自身の声明を出しているが、この件には「理由は問わず暴力はダメ。個人間、国家間であっても認めることはない」と改めてスタンスを表明。ルール上は禁止されているとし、「政治的なメッセージは行ってはならないということで競技会を運営している」とした。 また「境界線は難しいところだが、特定の政治家を非難、政策を非難することのメッセージはいけないということで運用していく」と、Jリーグのスタンスを示し、「暴力はいけない、戦争は反対するんだというスタンスはあるが、個別の判断になる」と、それぞれの事象で判断していくことになるとした。 1999年には浦和レッズにモンテネグロ代表のゼリコ・ペトロヴィッチが在籍。原博実副理事が当時指揮していたが、ペトロヴィッチもメッセージを出して警告を受けていたようだ。 原副理事は「僕は浦和の監督をやっていて、ペトロヴィッチが点を決めて、メッセージを出してイエローカードをもらった」と当時を回想。「選手が色々考えがあって、試合前とかにやることは良いが、試合中はノーとなっている」とあくまでもルールがあるとし、「ヨーロッパではそういう対応があったが、基本的には試合中にそういうメッセージを出さないということになっている」と、禁じられていることは処分になる可能性があるとした。 現在のJリーグには、ロシアにルーツを持つMFイッペイ・シノヅカがアルビレックス新潟に在籍。ウクライナにルーツを持つ選手はいない状況ではあるが、サンフレッチェ広島は世界初の被爆地として、戦争反対のメッセージを出していた。 2022.02.28 22:40 Mon
2

J2最下位の大宮、立て直しへ元Jリーグ副理事長の原博実氏がフットボール本部長に就任「本来持っているものを出し切れていない」

大宮アルディージャは12日、フットボール本部長に原博実氏(63)が就任することを発表した。 原氏は三菱重工サッカー部(現:浦和レッズ)で現役時代プレー。日本代表としても活躍し、国際Aマッチで75試合37得点を記録していた。 引退後は指導者となり、浦和レッズのコーチやユース監督を歴任。1998年2月から1999年6月まではトップチームの監督を務めた。 2002年2月からはFC東京の監督に就任し、2006年1月まで指揮。2007年2月からも1年間監督を務めた。 その後、日本サッカー協会(JFA)の特任理事に就任すると、技術委員長や理事を歴任。2010年9月には日本代表監督の代行を務めて2試合指揮を執った。 その後もJFAの専務理事、常務理事を務め、2016年3月から2022年3月まではJリーグの副理事長を務めていた。 Jリーグ副理事長時代には、毎週様々なスタジアムを訪れ、多くの選手と交流を持ち、Jリーグの公式YouTubeチャンネルでも数々の動画に出演。また、「DAZN」の「Jリーグ ジャッジリプレイ」にも出演し、Jリーグを良く知ることでも知られている。 FC東京、JFAでは霜田正浩監督とはタッグを組んだことがある原氏はクラブを通じてコメントしている。 「このたび、フットボール本部長に就任しました、原博実です。大宮アルディージャには大きなポテンシャルがあると思っています。しかし、同時に本来持っているものを出し切れていないとも感じています。大宮アルディージャが持つポテンシャルを十分に発揮できるように、自分自身のこれまでの経験をしっかりと生かして、全力で取り組んでいきたいと思っております」 「私はNACK5スタジアム大宮の雰囲気が大好きですし、あのスタジアムで皆さんと熱く戦えることをとても楽しみにしています。苦しいチーム状況ではありますが、皆さんと一丸となって乗り越えていきたいです」 大宮はJ1昇格を目指したシーズンだったが、開幕から9試合を戦い3分け6敗。唯一の未勝利で最下位に沈んでいる。 2022.04.12 11:12 Tue
3

山本昌邦ナショナルチームダイレクターの役割とは?/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)の技術委員会は2月2日に技術委員会を開き、会議後に反町康治技術委員長がズームでの記者会見に応じた。 この会見で反町技術委員長は、新たにナショナルチームダイレクター(NTD)を復活させることを明らかにし、96年アトランタ五輪や02年日韓W杯で代表コーチを務め、04年アテネ五輪では監督としてチームを率いた山本昌邦氏の名前を挙げた。 反町技術委員長によるとNTD復活の経緯は次のようだ。 「私が(技術)委員長に就任したときは(NTDに)関塚さんがいた。コロナで代表の活動が中止や延期になった。サムライブルーだけ活動を続けたが、私が兼務してもやりくりできたが、ウイズコロナになり活動が増えるので、切り離してやらないと活動が希薄になってしまう。アンダーカテゴリーのマッチメイクも各国としっかり話をしたい。本来の形に戻っただけ。コロナが落ち着き、充実度を高めたい」ということだった。 確かに今年は3月にU20アジアカップウズベキスタン2023が、5月にはU17アジアカップ2023バーレーンが予定されていて、6月にはインドネシアで、11月にはペルーでそれぞれのW杯が控えている。さらに9月にはU23アジアカップカタール2024の予選が、12月には同じくカタールでパリ五輪のアジア最終予選が開催される。 森保ジャパンの活動が秋にならないと本格化しないぶん、アンダーカテゴリーの強化に専念するのは当然と言える。このため反町技術委員長も「マッチメイクは私一人で判断したい」としつつ、サムライブルーに帯同するのはNTDで、「私はダイレクターをサポートし、監督の評価とサポートをする」と役割の違いを話した。 さて、このNTDである。JFAにこの役職が誕生したのは2016年と記憶している。原博実技術委員長からバトンを受けた霜田正浩技術委員長(現松本山雅FC監督)だったが、西野朗氏が技術委員長に就任したことで、霜田氏はNTDという肩書きになった。 そして霜田氏は17年暮れ、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督には西野技術委員長とコミュニケーションを密にして欲しいとの思いからNTD職を辞した。ところがその後はご存じのように、JFAはハリルホジッチ監督とは契約を解除し、西野技術委員長がサムライブルーの監督に就任。ロシアW杯ではラウンド16でベルギーをあと一歩まで追い詰める「ロストフの悲劇」を演じた。 そしてロシアW杯の2ヶ月ほど前の18年4月、関塚隆氏が西野氏に代わって技術委員長に就任。森保ジャパンが誕生したが、20年3月に関塚氏はNTDとなり、新たに反町氏が技術委員長に就任した。本来なら関塚氏が森保ジャパンを検証する立場にあったが、同氏は20年11月に契約解除をJFAに申し入れてNTDを退任した。 こうして振り返ると、NTDそのものが新設されたポジションであり、過去2人の例からはその役割がはっきりしていない印象が強い。霜田氏が身を引いた理由は前述した通りだが、関塚氏はアジア最終予選の始まる21年を前に辞めている。反町技術委員長も述べていたように、20年はコロナで満足な活動ができなかったことも一因だろうか。 そして山本NTDである。海外での指導経験が豊富で、暑熱対策など特に中東での試合のエキスパートでもある。反町技術委員長が話したように、今後の山本NTDの役割はもっぱら森保監督のサポート役・相談役になるのではないかと推測している。例えて言うなら、磐田の監督に就任した横内昭展氏のような存在だ。 新たにサムライブルーのコーチに就任した名波浩氏と前田遼一氏は森保監督より5~10歳若い。このため経験豊富な山本氏をNTDとしてサポート役につけつつ、“チーム磐田”でバックアップしようとしているのではないだろうか。 2023.02.03 19:30 Fri
4

興味深い中国サッカーへの黒崎久志の指摘/六川亨の日本サッカー見聞録

6月5日から15日までイングランド・バーミンガムで、11日からはオーストリア・ウィーンで国際親善試合に臨むU-22日本代表のメンバー23名が発表された。すでに当サイトでもメンバーは紹介されているので割愛する。日本は10日にU-22イングランド代表と、14日にU-22オランダ代表と対戦する。 今夏のUー21欧州選手権に出場する強豪チームとの対戦だが、U-22イングランド戦は主催のイングランドサッカー協会(The FA)の意向で試合も練習も完全非公開のため、せっかくの好ゲームなのにテレビ中継がないのは何とも残念だ。せめてもの救いはオランダ戦が、日本時間の14日21時30分よりCSテレ朝チャンネル2にて生中継されること。Jリーグで主力のFW細谷真大(柏)らは参加しないが、選手個人の成長とチームの現在地を知る絶好の機会だろう。 さて今回のコラムは、そのU-22日本代表とはまったく関係ない。じつは日刊ゲンダイで元日本代表の黒崎久志氏が興味深い指摘をしていたので紹介したいと思った。5月24日号の連載12回目のコラムだった。黒崎氏は栃木県の宇都宮学園高を卒業後、JFLの本田技研で大型FWとして活躍。パワフルなインステップキックが武器で、ゴール裏のファンはネットがあるとわかっていてものけ反るほどだった。92年に鹿島へ移籍し、その後は京都、神戸、新潟などでプレー。新潟で監督、大宮や鹿島でコーチを歴任し、21年に中国1部・山東泰山のヘッドコーチに就任。2年で3つのタイトルを獲得に貢献した。 78年アルゼンチン大会から日本企業はW杯のスポンサーになったが(当時は博報堂。その後は電通が仕切った)、2002年を最後に日本企業はW杯のスポンサーから撤退し、その後は中国企業の進出が大会を重ねるごとに目立つばかりだ。しかし、中国企業の躍進と反比例するように、中国サッカーの実力は衰退していると感じられてならない。その点を2年間の中国生活で黒崎氏は次のように指摘する。 「中国のような広大な国では、北部と南部では志向するするサッカーが違います。大柄な選手の多い北部はロングボール中心の戦術ですが、南部では技術を重視するサッカーです。方向性の違う北と南が、ひとつのチームとして機能するのは大変な作業だと思います」 「それ以上に厄介な問題だと思ったのは、代表選手の出身地域によって国民の関心度が、まったく違うということです」 「北部に住んでいる人たちは、同じ北部出身の選手は熱烈に応援するのですが、南部の選手たちには冷淡なところがあるのは否めません」と、「地域ごとに身びいきの過ぎるサッカー熱」を懸念している。 この記事を読んで、今でもそうなのかとひとり納得してしまった。初めて中国へ取材に行ったのはいまから35年前の1987年10月4日、88年ソウル五輪アジア最終予選の日本戦だった。試合は水沼貴史の素早いFKから原博実がヘッドで決勝点を奪い、アウェーで1-0の勝利を収めた。そして勝利もさることながら、強烈な印象を受けたのは中国サポーターの応援スタイルだった。 試合会場は香港の近くにある南部の広州だった。しかし当時の主力選手の大半は北朝鮮と隣接する北部の強豪・遼寧省だった。遼寧の選手は長身で屈強なフィジカルを武器にする。そんな彼らがボールを持つと、広州のサポーターは一斉にブーイングだ。そして小柄ながらテクニックのある広州の選手がドリブルを仕掛けると盛大な拍手が沸き起こる。日本では考えられない光景だった。 80年代当時、スペイン代表はW杯やEUROなど大事な試合はマドリッドとバルセロナでは開催しないと言われていた。両地域の歴史的な対立から、サポーターが自国選手であってもプーイングするからだ。このため大事な試合はセビリアなど地方都市で開催することが多かった。そんなサッカーの先進国ヨーロッパでしか起こりえないような現象が、まさか中国で起こっているとはこの目で見るまで信じられなかった。そして、それはいまも変わっていないのも驚きだった。 たぶん当時、最強のチームを作るなら遼寧省の選手で固めればよかっただろう。しかし多民族国家ゆえにバランスに配慮し、試合会場もあえて広州にしたのではないか。黒崎氏もコラムで「中国代表の選手を決めるのは監督ではなく、サッカー協会が出身者のバランスを取りながら選出しているのではと思う部分もありました」と指摘している。中国国籍を取得した外国人選手を擁しながらも、基本的な体質は変わらないということだろうか。 それでも35年前、東京・国立競技場での第2戦、雨中の中国戦は長身FWにゴールを奪われ0-2で敗れ、20年ぶりの五輪出場は夢と消えた。日本は、2年前のメキシコW杯アジア最終予選で韓国に負けたことと、この中国戦の敗戦を教訓にプロ化への道を歩み始めた。どちらかでも出場していたら、サッカー協会幹部に「アマチュアでも出られたのだから、プロ化する必要はない」と反対され、Jリーグは誕生しなかっただろうと当時の監督の石井義信さん(故人)や仕掛け人の木之本興三さん(故人)は言っていた。「禍福はあざなえる縄のごとし」だった80年代の日本サッカーだった。 2023.06.02 19:00 Fri
5

次期会長選に出馬した2人の弱点/六川亨の日本サッカーの歩み

JFA(日本サッカー協会)は10月29日に臨時評議員会を開催し、次期会長選挙の「会長予定者選出管理委員会」の活動スケジュール(会長選挙の流れ)を評議員に説明した。現会長の田嶋幸三氏は2016年に就任し、来年で4期8年の任期を全うする。 東浩之JFAマネジメント本部長によると、10月30日から11月25日の27日間が「推薦依頼期間」で、立候補希望者はこの間に47都道府県の代表(会長など)とJ1クラブの社長、女子プロリーグ、フットサル連盟やビーチ連盟、中高大学の各連盟など79団体で構成されている評議員から16人以上の推薦を獲得する必要がある。 そして11月26日から12月24日までがマニフェスト(公約)の公開などの選挙期間となっていて、12月24日(日)の評議員の投票によって次期会長予定者を決定。来年3月に選任された予定者は、理事の互選により新会長と承認される。 16票以上の推薦を得られた予定者が1人の場合は選挙を行わず、評議員会で承認決裁を諮る。現状、東本部長は複数の候補者がいるものの「何人かは言えない」とし、29日は候補者の事前評価を評議員に伝えた。 ただ、関係者によると、立候補しているのはJFA専務理事の宮本恒靖氏(46歳)と、Jリーグチェアマン室特命担当オフィサーの鈴木徳昭氏(61歳)の2人と判明している。宮本氏については詳しい説明は不要だろう。日本代表として02年日韓と06年ドイツの2度のW杯に出場し、G大阪の監督などを経て昨年JFAの理事、今年3月からは専務理事を務めている。 鈴木氏は、オールドファンならハンス・オフト監督の通訳をしていたことを覚えているかもしれない。慶応大学から日産自動車に入り、マネージャーやGMとしてチーム運営と強化に携わった後、1993年にJFAに入り2002年のW杯招致に尽力。2018年にJリーグに入り、経営企画本部長などを歴任し、2020年東京五輪の招致にも貢献した。AFC(アジアサッカー連盟)ではデベロップメント委員会委員や競技部長を務めるなど、実務派として手腕を振るってきた。実兄の鈴木徳彦氏はファジアーノ岡山の代表取締役社長。 かつてJFAの会長選は、会長予定者の最終的な承認方法こそ現在と同じだが、選出方法は会長や副会長、専務理事からなる“幹部会"の合議制により決まってきた。言葉は悪いが“禅譲"的な側面があり、「密室の人事」といった批判も多かった。 例えば96年に日韓W杯の開催が決まったスイス・チューリッヒのFIFA総会に出席したのは長沼健JFA会長以下、岡野俊一郎副会長、川淵三郎副会長、小倉純二専務理事、釜本邦茂参議院議員(当時)だった。そして98年に長沼氏が会長を退くと、岡野氏が第9代の、川淵氏が第10代の、そして小倉氏が第12代の(第11代は犬飼基昭氏)会長に就任した。 そんなJFAに対し、FIFAはFIFAメンバー(各国会長)による選挙と同じシステムを採用するよう迫ったのが16年の会長選だった。当時は原博実JFA専務理事が立候補したものの、選挙に勝った田嶋氏が第14代の会長に就任した。 身内による“合議制"では透明性を担保できないし、不正の温床にもつながりかねない。FIFAの指導(日本と韓国に対し)は適切だったし時宜にかなったものだろう。 しかしながら今回の会長選では一抹の不安を抱かざるを得ない。宮本専務理事は、知名度は抜群だが現職になってまだ1年も経っていない。実務経験の少なさを心配せずにはいられない。一方の鈴木チェアマン特命担当は、実務経験は豊富でも知名度が低いのが気がかりだ。 次期会長を合議制で決めるデメリットは紹介したが、メリットもあった。抱えている問題点や課題を共有することで、継続性があることだ。その点、宮本氏は専務理事だし、鈴木氏はJFAでの経験も長い。しかしJFAがコロナ禍という未曾有の危機を乗り越えた時期を共有していない(鈴木氏はJリーグで経験)。 田嶋会長が宮本氏を後継者と選んだのなら、もう少し早く専務理事としてJFAに迎え、経験を積ませるべきではなかったか。 ともあれ次期会長選はスタートした。JFAとJリーグの票の取り合いといった様相になるだろう。水面下でどのような動きがあるのかも気になるところだ。 2023.10.31 21:00 Tue