
サガン鳥栖
Sagan TOSU国名 |
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創立 | 1997年 |
ホームタウン | 鳥栖市 |
スタジアム | 駅前不動産スタジアム |
★クラブ沿革
1997年:佐賀県サッカー協会、地元市民団体の支援で、市民クラブとして創部、JFL参加
1998年:株式会社サガン鳥栖設立
1999年:Jリーグ入会。J2に参加
2005年:運営法人が株式会社サガンドリームスへ
2011年:J1に昇格
★主な獲得タイトル
なし
1997年:佐賀県サッカー協会、地元市民団体の支援で、市民クラブとして創部、JFL参加
1998年:株式会社サガン鳥栖設立
1999年:Jリーグ入会。J2に参加
2005年:運営法人が株式会社サガンドリームスへ
2011年:J1に昇格
★主な獲得タイトル
なし
今季の成績
明治安田J2リーグ | 勝点 | 勝数 | 引分数 | 負数 | 得点 | 失点 | 得失差 | 試合数 | ||
7 |
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FC今治 | 25 | 6 | 7 | 3 | 19 | 13 | 6 | 16 |
8 |
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サガン鳥栖 | 25 | 7 | 4 | 5 | 16 | 16 | 0 | 16 |
9 |
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大分トリニータ | 22 | 5 | 7 | 3 | 14 | 12 | 2 | 15 |
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サガン鳥栖のニュース一覧
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1
Jリーグが理念強化配分金とファン指標配分金の支給額を発表! 「DAZN」ベースのファン指標分配金の1位は浦和、最下位はYSCCに…連覇神戸は5.5億円
Jリーグは25日、2025年度理念強化配分金の支給対象候補クラブ、2024年度ファン指標配分金支給対象クラブを発表した。 理念強化配分金は、2023年の明治安田生命J1リーグで1位から10位に対して送られるもの。20チーム制に変更となったために1チーム増えることとなった。また、2024シーズン年間ファン指標順位(DAZN視聴者数等1~10位)に基づいても支給される。 競技面では連覇を達成したヴィッセル神戸から10位のセレッソ大阪までに支給され、神戸は2025年、2024年にそれぞれ2億5000万円ずつを手にする。なお、2023年も優勝したため、その分の2億5000万も今回支給される。また、2位のサンフレッチェ広島には2年間で1億8000万円ずつ、3位のFC町田ゼルビアは、1億5000万円(2025年)と7000万円(2026年)を手にする。なお、2023年2位の横浜F・マリノスには1億8000万円、3位の広島には7000万円がしキュされる。 また、ファン指標順位は1位は2024年も浦和レッズとなり1億7000万円。2位が鹿島アントラーズで1億2000万円、3位が横浜FMで7000万円と続き、10位は名古屋グランパスで1000万円となった。なお、競技順位で10位以内に入っていないクラブでは、1位の浦和、10位の名古屋に加え、8位に北海道コンサドーレ札幌が入り2000万円となった。 さらに、「ファン指標配分金」として、13億6000万円をJリーグの全60クラブに分配。これは、2024シーズンのDAZN視聴者数やDAZNシーズンパス販売実績等で配分され、1位が浦和で8921万5930円。2位が横浜FMで7945万2984円、3位が川崎フロンターレで6648万1993円となっている。なお、最下位はY.S.C.C.横浜となり182万4625円が分配される。 <h3>◆理念強化配分金(競技)/総額11億2000万円</h3> 1位:ヴィッセル神戸 1年目ー2億5000万円、2年目ー2億5000万円 2位:サンフレッチェ広島 1年目ー1億8000万円、2年目ー1億8000万円 3位:FC町田ゼルビア 1年目ー1億5000万円、2年目ー7000万円 4位:ガンバ大阪 1年目ー1億5000万円、2年目ーなし 5位:鹿島アントラーズ 1年目ー1億2000万円、2年目ーなし 6位:東京ヴェルディ 1年目ー9000万円、2年目ーなし 7位:FC東京 1年目ー6000万円、2年目ーなし 8位:川崎フロンターレ 1年目ー5000万円、2年目ーなし 9位:横浜F・マリノス 1年目ー4000万円、2年目ーなし 10位:セレッソ大阪 1年目ー3000万円、2年目ーなし <h3>◆理念強化配分金(人気)</h3> 1位:浦和レッズ/1億7000万円 2位:鹿島アントラーズ/1億2000万円 3位:横浜F・マリノス/7000万円 4位:ヴィッセル神戸/5000万円 5位:川崎フロンターレ/4000万円 6位:サンフレッチェ広島/3000万円 7位:ガンバ大阪/2000万円 8位:北海道コンサドーレ札幌/2000万円 9位:FC町田ゼルビア/1000万円 10位:名古屋グランパス/1000万円 <h3>◆ファン指標配分金</h3>(昨年との金額比較) 1位:浦和レッズ/8921万5930円(↑) 2位:横浜F・マリノス/7945万2984円(↑) 3位:川崎フロンターレ/6648万1993円(↓) 4位:鹿島アントラーズ/6598万4095円(↓) 5位:ヴィッセル神戸/6491万8131円(↑) 6位:ガンバ大阪/5864万8883円(↑) 7位:名古屋グランパス/5851万4812円(↓) 8位:北海道コンサドーレ札幌/5315万3249円(↑) 9位:FC東京/4924万9886円(↑) 10位:サンフレッチェ広島/4572万5356円(↑) 11位:FC町田ゼルビア/4558万3908円(↑) 12位:アルビレックス新潟/4466万3143円(↓) 13位:ジュビロ磐田/4426万2918円(↑) 14位:セレッソ大阪/3988万8434円(↓) 15位:サガン鳥栖/3834万3648円(↑) 16位:柏レイソル/3695万3904円(↓) 17位:湘南ベルマーレ/3554万5920円(↓) 18位:東京ヴェルディ/3459万9966円(↑) 19位:京都サンガF.C./3438万1632円(↑) 20位:清水エスパルス/3362万962円(↓) 21位:アビスパ福岡/3259万3587円(↓) 22位:ベガルタ仙台/2298万6246円(↑) 23位:V・ファーレン長崎/1758万2571円(↑) 24位:大分トリニータ/1716万3388円(↑) 25位:ファジアーノ岡山/1704万1315円(↑) 26位:横浜FC/1664万9981円(↓) 27位:ジェフユナイテッド千葉/1608万1426円(↓) 28位:モンテディオ山形/1442万3396円(↓) 29位:ヴァンフォーレ甲府/1362万8966円(↓) 30位:松本山雅FC/1324万9873円(↑) 31位:ロアッソ熊本/1008万4227円(↓) 32位:栃木SC/983万8888円(↓) 33位:徳島ヴォルティス/934万7583円(↓) 34位:RB大宮アルディージャ/925万5971円(↓) 35位:ザスパ群馬/888万8344円(↓) 36位:レノファ山口FC/886万2864円(↓) 37位:いわきFC/878万641円(↓) 38位:鹿児島ユナイテッドFC/825万2572円(↑) 39位:愛媛FC/768万2897円(↑) 40位:水戸ホーリーホック/718万9579円(↓) 41位:藤枝MYFC/708万1435円(↓) 42位:ツエーゲン金沢/622万6288円(↓) 43位:ブラウブリッツ秋田/619万6520円(↓) 44位:カターレ富山/481万4398円(↑) 45位:ギラヴァンツ北九州/459万264円(↓) 46位:FC岐阜/396万9504円(↓) 47位:SC相模原/341万1253円(↓) 48位:FC今治/327万7554円(↓) 49位:AC長野パルセイロ/317万8338円(↓) 50位:カマタマーレ讃岐/313万7389円(↓) 51位:FC琉球/309万4569円(↓) 52位:福島ユナイテッドFC/288万7440円(↑) 53位:ガイナーレ鳥取/282万3403円(↓) 54位:ヴァンラーレ八戸/265万6822円(↓) 55位:いわてグルージャ盛岡/261万6733円(↓) 56位:アスルクラロ沼津/251万5766円(↓) 57位:テゲバジャーロ宮崎/237万4594円(↑) 58位:FC大阪/226万1536円(↑) 59位:奈良クラブ/223万1534円(↓) 60位:Y.S.C.C.横浜/182万4625円(↓) 2025.02.25 17:40 Tue2
まだJ1からの降格をしたことがないチームってどこまで粘ってきたの?!の巻/倉井史也のJリーグ
J1から降格したことのない3チームってどこ? 鹿島と横浜FMと……実は鳥栖。その鳥栖が最下位ですからね。嘆きのメール、たくさんいただいております。まぁそういう嘆き方って正しいんですけどね。サッカークラブが売ってるのは、夢じゃなくてストレスなんだから。 ともあれ、先週の札幌の回でも書いたんだけど、やっぱり1試合あたり2失点以上というのはかなりヤバいんですよ。でもね、鳥栖って落ちてないけどかなり危ないときが過去何度もあったんじゃないかと思うんです。クラブが危ないときも多かったけど、残留もヤバイって時が。 ということで、ここでは鳥栖が昇格した2012年以降、最低順位と最高順位をピックアップしてみました。 2012年:最低順位13位/最高順位 3位 2013年:最低順位15位/最高順位 5位 2014年:最低順位 9位/最高順位 1位 2015年:最低順位14位/最高順位 3位 2016年:最低順位17位/最高順位 2位 2017年:最低順位17位/最高順位 8位 2018年:最低順位17位/最高順位 6位 2019年:最低順位18位/最高順位14位 2020年:最低順位17位/最高順位11位 2021年:最低順位 7位/最高順位 2位 2022年:最低順位12位/最高順位 5位 2023年:最低順位18位/最高順位 8位 ちなみに最終順位は 2012年: 5位 2013年:12位 2014年: 5位 2015年:11位 2016年:11位 2017年: 8位 2018年:14位 2019年:15位 2020年:13位 2021年: 7位 2022年:11位 2023年:14位 おお、確かにサポーターが騒ぐ気持ちもよく分かる。 2023年に18位だったのは第1節のみ。2019年は第1節から第3節、第7節から第11節、第15節から第16節、第19節から第20節って12節も最下位だったけど、ルイス・カレーラス監督を第9節のあとに解任。そこまで1勝1分7敗だったチームを金明輝監督が10勝6分18敗までもちこんで最終節に残留を果たしたって年でした。 鳥栖って今年も波瀾万丈ありそうね。これまでの奇跡の力に期待ってとこでしょうか。 2024.04.20 10:30 Sat3
J昇格請負人だったウーゴ・マラドーナの訃報/六川亨の日本サッカー見聞録
昨年末のこと、残念なニュースが飛び込んできた。一昨年末に亡くなったディエゴ・マラドーナの末弟であるウーゴ・マラドーナ(52歳)が急逝したとの報道だ。死因はナポリにある自宅で心臓発作を起こしたらしい。 ディエゴ自身もこれまで放映された映画やアマゾンTVが放送しているドラマなどで、ナポリ時代に薬物に手を出したことを告白している。もしかしたらウーゴも同じ道を辿ったとしたら、兄ディエゴは“英雄"だったかもしれないが、ファミリーにとってナポリ時代は悔やまれてならない。 ウーゴの存在を身近に知ったのは、92年に浜松市をホームにするPJMフューチャーズに加入した時だった。 PJMは、アメリカ人のポール・J・マイヤーが開発した人材育成のための能力開発システムで、当時、本田技研の研修を担当していた桑原勝義氏が興味を持ったことから“おとぎ話"はスタートした。桑原は藤枝東高時代に高校選手権で優勝し、その後は日本代表にも選ばれた好選手で、本田サッカー部の監督も歴任した(現JFL理事長)。 桑原氏の夢は、一貫した育成システムで育てた選手を2002年のW杯で日本代表に送り込むことだった。そのために本田を辞め、87年にクワバラスポーツクラブと、本田サッカー部の選手を中心にしたPJMフューチャーズを立ち上げた。 当初の予定は7年後の94年にJSL(日本サッカーリーグ)1部入りを果たすことだったが、時代はJリーグ創設へと動き出した。 Jリーグ入りへ、静岡からはJSL1部のヤマハと本田に加え、県リーグ所属の清水クラブ(後の清水エスパルス)の4チームが名乗りを上げた(その後は中央防犯、現アビスパ福岡もJリーグ入りを表明)。後発であり劣勢が否めないPJMにとって、Jリーグ入りへ起死回生の策だったのが当時29歳のディエゴ・マラドーナの獲得だった。 90年7月、PJMフューチャーズのオーナーでありPJMジャパンの社長の有田平は「移籍金は20億円以上、年俸も希望次第」と発表した。しかしナポリとの契約が93年5月まで残っていたため、マラドーナの獲得は夢のまま終わった。 そんなPJMフューチャーズに転機が訪れたのは東海リーグに昇格した91年、マラドーナ3兄弟の末弟であるウーゴを獲得したことだった。兄に似てずんぐりむっくりの体型のウーゴは、「背番号10は兄ディエゴのためにとっておく」と話していた。ディエゴの夢である「兄弟3人(ラウルとウーゴ)でプレーする」ための布石ではないかと報道されることもあった。 残念ながら兄ディエゴは90年イタリアW杯後の91年にコカイン服用の疑いでイタリア警察から告発され、FIFAからは15ヶ月の出場停止処分を受け、兄弟が揃って日本でプレーする夢はかなわなかった。 それでもウーゴはPJM(後の鳥栖フューチャーズ)でプレーした92年から94年の3年間(東海リーグとJFL)で49試合出場31ゴール、95年は福岡ブルックスに移籍し、JFLでは27試合出場で27ゴールを奪ってJリーグ昇格に貢献、97年には札幌でもチームをJリーグ昇格へと導いた。 偉大すぎる兄と比較されながらも、そのひたむきなプレーは鳥栖や福岡、札幌のファン・サポーターの脳裏に焼き付いているのではないだろうか。遅ればせながら、哀悼の意を表します。 2022.01.10 12:30 Mon4
鳥栖DF三丸拡が長男誕生でパパに! 「これからは家族3人で皆さまからの力を頂きながら…」
サガン鳥栖は12日、DF三丸拡(26)に第一子となる長男が10日に誕生したことを発表した。 三丸は、クラブ公式で以下のようにコメントしている。 「この度、第一子となる男の子が生まれました。妻に感謝しながら、これからは家族3人で皆さまからの力を頂きながら頑張っていきたいと思います! 引き続き応援よろしくお願いします」 三丸は2016年に筑波大学から鳥栖に入団。今シーズンはここまで明治安田生命J1リーグで18試合、YBCルヴァンカップで1試合、天皇杯で1試合に出場している。 2019.09.12 17:25 Thu5
サガン鳥栖は歴史を繰り返すのか/六川亨の日本サッカーの歩み
再開の目処が立たないJリーグに関し、将来的なスポンサー離れなどネガティブな報道が増えてきたのは仕方のないことだろう。特にここ1週間は、先月26日に株主総会と19年度決算報告を行い、約20億1486万9000円の赤字を計上したサガン鳥栖の経営状況について悲観的な報道が目立つ。 鳥栖が経営危機に陥ったのは、収入の2本柱である入場料収入が今シーズンは未定であることに加え、ここ数年で大手スポンサーであるCygamesとDHCが撤退したことが指摘されていた。2018年には推定年俸8億円でフェルナンド・トーレスを獲得。彼以外にも多くの選手と複数年契約を結んだり、期限付き移籍ではなく完全移籍で選手を獲得したりするなど、チームの人件費の高騰がクラブの経営を圧迫したと複数のメディアが報じていた。 深刻な経営難に陥っている鳥栖に果たして“未来”はあるのか。 鳥栖はその歴史の中で、一度は取締役会の決定で“解散”したクラブでもある。前身は静岡県浜松市をホームタウンにする「PJMフーチャーズ」というチームだった。元々はJSL(日本サッカーリーグ)の本田技研の監督を務めていた桑原勝義(現JFL理事長)が浜松に「クワバラ・スポーツクラブ」を設立。理念は一貫指導により「2002年のW杯に出場する日本代表選手を育成する」ことだった。 そして1987年、能力開発システムのPJMジャパンの社長である有田平が、桑原の夢を実現するためにはトップチームを持つことを提案されたことで全面バックアップを約束。子供の未来(フーチャー)を創る夢のトップチームという意味で「PJMフーチャーズ」と名付けた。 元本田技研の選手で構成されたフーチャーズは強かった。1994年のJSL入りを目標に掲げていたが、創部3年目の89年に風向きが変わる。日本はプロリーグの設立に舵を切ったのだ。当然フーチャーズもプロ入りに目標を変えたが、当時の静岡ではヤマハ、本田、県リーグの清水クラブ(現エスパルス)が立候補する最激戦区だった。 Jリーグ初年度のメンバーに選ばれたのは清水で、本田技研はプロ入りからの撤退を表明。フーチャーズはヤマハとともにJリーグ入りを目指したが、91年に有田の故郷である佐賀県からホームタウンの誘致があり、地域の活性化の必要を感じていた鳥栖市が手を上げた。 93年、Jリーグの開幕した年にフーチャーズは鳥栖への移転とJリーグ準会員加盟を申請する。翌年には満場一致で準会員加盟が承認された。そしてチーム名も「鳥栖フーチャーズ」に変更し、96年には鳥栖駅前に約2万人収容の鳥栖スタジアムも完成した。 しかし「好事魔多し」とはよく言ったもので、96年11月、PJMジャパンがチームからの撤退を表明。3年連続してJ昇格を逃したチームには12億円の負債が残った。97年元旦の天皇杯決勝ではサポーターが存続のための署名活動を実施。その数は5万人を超えた。寄付金も300万円が集まった。 それでも1月31日の株主総会で「解散」が決定した。ところが翌2月1日、Jリーグは臨時実行委員会で、準会員の資格こそ失うものの「超法規的措置」としてヤマザキ・ナビスコカップへの出場とJFLへの参戦を認め、スタッフの派遣も決定した。 川淵三郎チェアマンは「5万人以上の署名を集め、地元に根ざしたクラブチーム継続の強い希望があった」と語ったように、5万人以上の署名が「人の心」を動かした結果と言える。新チームの名前は「佐賀」の「鳥栖」という意味の方言である「サガン鳥栖」に決まった。 新組織の代表には県サッカー協会の中村安昭が就任し、日産で実行委員としてチームの強化に携わり、Jリーグフォトの専務でもあった熊地洋二(その後、群馬や大分でも再建に尽力)がアドバイザーとして新チームの立ち上げに尽力した。 そして98年には翌シーズンからのJ2リーグ加盟が承認された。 同じ年の11月に、横浜フリューゲルスの出資会社である佐藤工業が経営不振によりクラブ運営から撤退を表明し、もう1つの出資会社である全日空も赤字から単独でクラブを運営することができず、横浜Mに吸収合併されたのは皮肉な結果だろう。その後、横浜FCが誕生したとはいえ、元フリューゲルスサポーターからしたら複雑な心境かもしれない(鳥栖の場合は新チーム創設が、横浜Fの場合は合併が前提で話し合われたからと噂された)。 さて鳥栖に話を戻すと、J2を主戦場にしながらも経営難とクラブ運営のゴタゴタは毎年のように続き、Jリーグからは「除名や退会勧告もやむをえない」と鈴木昌チェアマンに言われたこともある。ようやく2005年、佐賀県出身の元映像ディレクターで、人材ネットワーク会社「クリーク・アンド・リバー社」を経営する井川幸広が経営権を握ったことでチームは安定飛行に移り、2012年には念願のJ1昇格を果たした。 以上、簡単に鳥栖の歴史を振り返ったが、PJMというスポンサーの撤退により市民クラブとして再スタートを切ったものの、2015年にCygamesがスポンサーについたことで経営が安定したからか、竹原社長は人件費の高騰を承知でチーム強化に努めた。その結果が約20億円の赤字であり、新型コロナウイルスがそれに追い打ちをかけた。果たして同氏の挑戦は夢のまま終わるのか、それとも新たな未来があるのだろうか。 2020.05.04 21:00 Monサガン鳥栖の選手一覧
1 | GK |
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アルナウ・リエラ・ロドリゲス | |||||||
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1997年12月27日(27歳) | 190cm | 85kg |
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0 |
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0 |
12 | GK |
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泉森涼太 | |||||||
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1999年07月21日(26歳) | 181cm | 81kg |
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12 |
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0 |
21 | GK |
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ヤン・ハンビン | |||||||
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1991年08月30日(34歳) | 195cm | 90kg |
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4 |
![]() |
0 |
35 | GK |
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内山圭 | |||||||
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1993年07月19日(32歳) | 181cm | 74kg |
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1 |
![]() |
0 |
3 | DF |
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平瀬大 | |||||||
![]() |
2001年03月28日(24歳) | 180cm | 75kg |
![]() |
1 |
![]() |
0 |
4 | DF |
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今津佑太 | |||||||
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1995年07月08日(30歳) | 184cm | 80kg |
![]() |
6 |
![]() |
1 |
5 | DF |
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長澤シヴァタファリ | |||||||
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2001年12月12日(23歳) | 186cm | 83kg |
![]() |
4 |
![]() |
1 |
13 | DF |
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井上太聖 | |||||||
![]() |
2002年10月01日(23歳) | 183cm | 75kg |
![]() |
16 |
![]() |
2 |
23 | DF |
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北島郁哉 | |||||||
![]() |
2005年11月20日(19歳) | 171cm | 67kg |
![]() |
4 |
![]() |
0 |
26 | DF |
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安藤寿岐 | |||||||
![]() |
2003年10月14日(22歳) | 176cm | 73kg |
![]() |
1 |
![]() |
0 |
32 | DF |
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小川大空 | |||||||
![]() |
1999年10月18日(26歳) | 180cm | 72kg |
![]() |
16 |
![]() |
0 |
37 | DF |
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森下怜哉 | |||||||
![]() |
1998年11月01日(26歳) | 180cm | 68kg |
![]() |
14 |
![]() |
0 |
48 | DF |
![]() ![]() |
黒木雄也 | |||||||
![]() |
2007年12月04日(17歳) | 182cm | 74kg |
![]() |
1 |
![]() |
0 |
91 | DF |
![]() ![]() |
上原牧人 | |||||||
![]() |
1998年11月20日(26歳) | 182cm | 78kg |
![]() |
12 |
![]() |
0 |
2 | MF |
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松本凪生 | |||||||
![]() |
2001年09月04日(24歳) | 171cm | 66kg |
![]() |
8 |
![]() |
0 |
7 | MF |
![]() ![]() |
新井晴樹 | |||||||
![]() |
1998年04月12日(27歳) | 170cm | 69kg |
![]() |
17 |
![]() |
1 |
8 | MF |
![]() ![]() |
楢原慶輝 | |||||||
![]() |
2004年04月07日(21歳) | 168cm | 61kg |
10 | MF |
![]() ![]() |
本田風智 | |||||||
![]() |
2001年05月10日(24歳) | 170cm | 64kg |
11 | MF |
![]() ![]() |
西川潤 | |||||||
![]() |
2002年02月21日(23歳) | 180cm | 70kg |
![]() |
15 |
![]() |
2 |
16 | MF |
![]() ![]() |
西澤健太 | |||||||
![]() |
1996年09月06日(29歳) | 171cm | 67kg |
![]() |
10 |
![]() |
1 |
18 | MF |
![]() ![]() |
日野翔太 | |||||||
![]() |
2002年10月16日(23歳) | 167cm | 61kg |
![]() |
11 |
![]() |
1 |
20 | MF |
![]() ![]() |
クリスティアーノ | |||||||
![]() |
2000年02月22日(25歳) | 175cm | 75kg |
![]() |
0 |
![]() |
0 |
22 | MF |
![]() ![]() |
松田詠太郎 | |||||||
![]() |
2001年05月20日(24歳) | 170cm | 64kg |
![]() |
11 |
![]() |
0 |
25 | MF |
![]() ![]() |
渡邉綾平 | |||||||
![]() |
2002年02月08日(23歳) | 170cm | 68kg |
![]() |
2 |
![]() |
0 |
27 | MF |
![]() ![]() |
櫻井辰徳 | |||||||
![]() |
2002年07月26日(23歳) | 178cm | 68kg |
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16 |
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0 |
33 | MF |
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西矢健人 | |||||||
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1999年11月07日(25歳) | 175cm | 68kg |
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16 |
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1 |
44 | MF |
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堀米勇輝 | |||||||
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1992年12月13日(32歳) | 168cm | 63kg |
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15 |
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0 |
45 | MF |
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東口藍太郎 | |||||||
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2007年08月04日(18歳) | 157cm | 57kg |
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0 |
![]() |
0 |
77 | MF |
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ヴィキンタス・スリヴカ | |||||||
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1995年04月29日(30歳) | 187cm | 81kg |
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17 |
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2 |
9 | FW |
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ジョー | |||||||
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1999年02月21日(26歳) | 190cm | 86kg |
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3 |
![]() |
0 |
14 | FW |
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堺屋佳介 | |||||||
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2005年05月07日(20歳) | 173cm | 68kg |
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4 |
![]() |
1 |
15 | FW |
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酒井宣福 | |||||||
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1992年11月09日(32歳) | 180cm | 78kg |
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4 |
![]() |
0 |
19 | FW |
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鈴木大馳 | |||||||
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2006年11月08日(18歳) | 181cm | 70kg |
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7 |
![]() |
0 |
34 | FW |
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山田寛人 | |||||||
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2000年03月07日(25歳) | 183cm | 76kg |
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7 |
![]() |
2 |
47 | FW |
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新川志音 | |||||||
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2007年08月06日(18歳) | 171cm | 65kg |
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16 |
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0 |
監督 |
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小菊昭雄 | ||||||||
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1975年07月07日(50歳) |
サガン鳥栖の試合日程
明治安田J2リーグ
第1節 | 2025年2月15日 | H |
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0 | - | 1 | vs |
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ベガルタ仙台 |
第2節 | 2025年2月22日 | A |
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1 | - | 0 | vs |
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ジュビロ磐田 |
第3節 | 2025年3月1日 | H |
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1 | - | 4 | vs |
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FC今治 |
第4節 | 2025年3月9日 | A |
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1 | - | 1 | vs |
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いわきFC |
第5節 | 2025年3月15日 | H |
![]() |
1 | - | 0 | vs |
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RB大宮アルディージャ |
第6節 | 2025年3月23日 | H |
![]() |
1 | - | 0 | vs |
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カターレ富山 |
YBCルヴァンカップ2025
1回戦 | 2025年3月26日 | A |
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1 | - | 0 | vs |
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松本山雅FC |
明治安田J2リーグ
第7節 | 2025年3月30日 | A |
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3 | - | 1 | vs |
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ロアッソ熊本 |
第8節 | 2025年4月5日 | H |
![]() |
1 | - | 0 | vs |
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藤枝MYFC |
第9節 | 2025年4月13日 | A |
![]() |
0 | - | 2 | vs |
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V・ファーレン長崎 |
第10節 | 2025年4月19日 | H |
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2 | - | 2 | vs |
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レノファ山口FC |
第11節 | 2025年4月25日 | H |
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2 | - | 1 | vs |
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モンテディオ山形 |
第12節 | 2025年4月29日 | A |
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1 | - | 0 | vs |
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大分トリニータ |
第13節 | 2025年5月3日 | H |
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1 | - | 1 | vs |
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ジェフユナイテッド千葉 |
第14節 | 2025年5月6日 | A |
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0 | - | 1 | vs |
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徳島ヴォルティス |
第15節 | 2025年5月11日 | H |
![]() |
0 | - | 0 | vs |
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ヴァンフォーレ甲府 |
第16節 | 2025年5月17日 | A |
![]() |
1 | - | 2 | vs |
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ブラウブリッツ秋田 |
第17節 | 2025年5月25日 | H | 14:00 | vs |
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北海道コンサドーレ札幌 |
第18節 | 2025年5月31日 | H | 14:00 | vs |
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愛媛FC |
第19節 | 2025年6月14日 | A | 18:00 | vs |
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水戸ホーリーホック |
第20節 | 2025年6月21日 | A | 19:00 | vs |
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RB大宮アルディージャ |
第21節 | 2025年6月28日 | H | 19:00 | vs |
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いわきFC |
第22節 | 2025年7月5日 | A | 19:00 | vs |
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ジェフユナイテッド千葉 |
第23節 | 2025年7月12日 | H | 19:00 | vs |
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大分トリニータ |
第24節 | 2025年8月2日 | A | 14:00 | vs |
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北海道コンサドーレ札幌 |
第25節 | 2025年8月10日 | A | 19:00 | vs |
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愛媛FC |
第26節 | 2025年8月17日 | H | 19:00 | vs |
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V・ファーレン長崎 |
第27節 | 2025年8月23日 | H | 19:00 | vs |
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水戸ホーリーホック |
第28節 | 2025年8月30日 | A | 19:00 | vs |
![]() |
モンテディオ山形 |
第29節 | 2025年9月13日 | A | vs |
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ヴァンフォーレ甲府 |
第30節 | 2025年9月20日 | H | vs |
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ロアッソ熊本 |
第31節 | 2025年9月27日 | A | vs |
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FC今治 |
第32節 | 2025年10月5日 | A | vs |
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レノファ山口FC |
第33節 | 2025年10月18日 | H | vs |
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ブラウブリッツ秋田 |
第34節 | 2025年10月25日 | A | vs |
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ベガルタ仙台 |
第35節 | 2025年11月2日 | H | vs |
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徳島ヴォルティス |
第36節 | 2025年11月9日 | A | vs |
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カターレ富山 |
第37節 | 2025年11月23日 | A | vs |
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藤枝MYFC |
第38節 | 2025年11月29日 | H | vs |
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ジュビロ磐田 |