フェルナンド・ジニス

Fernando Diniz
ポジション 監督
国籍 ブラジル
生年月日 1974年03月27日(51歳)
利き足
身長 183cm
体重
ニュース 人気記事 クラブ 監督データ

フェルナンド・ジニスのニュース一覧

ブラジルサッカー連盟(CBF)は28日、ブラジル代表を率いるドリヴァウ・ジュニオール監督(62)の解任を発表した。 2024年1月に解任されたフェルナンド・ジニス前監督の後任としてブラジル代表の指揮官に就任したドリヴァウ・ジュニオール監督。当時、2026年北中米ワールドカップ(W杯)南米予選で6位と低迷していたチ 2025.03.29 07:50 Sat
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12歳でアメリカへと渡り、世界に名を馳せる寄宿学校・スポーツトレーニング施設の「IMGアカデミー」に入学。その後、大学へ進学しメジャーリーグ・サッカー(MLS)のドラフト1巡目で指名されたMF木島萌生(22)。プロ2年目を迎え、シーズン初ゴールを決めた中、11日にメディアのオンライン取材に応じた。 IMGアカデミ 2025.03.11 18:00 Tue
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ブラジルのクルゼイロは4日、ポルトガル人指揮官のレオナルド・ジャルディム氏(50)の新監督就任を発表した。契約期間は2026年12月31日までとなる。 2024シーズンのカンピオナート・ブラジレイロ・セリエA(ブラジル全国選手権)を9位で終えたクルゼイロは、1月20日に開幕した2025シーズンのカンピオナート・ミ 2025.02.05 13:10 Wed
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元ブラジル代表FWドグラス・コスタ(33)が半年でフルミネンセを退団することになるようだ。ブラジル『グローボ』が伝えた。 グレミオでキャリアをスタートさせたドグラス・コスタは、シャフタール・ドネツク、バイエルン、ユベントスでプレー。その後グレミオに戻ると、ロサンゼルス・ギャラクシー(LAギャラクシー)でプレーした 2024.07.25 19:45 Thu
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今シーズン不振に喘ぐフルミネンセが、マノ・メネゼス氏(62)を新指揮官に招へいした。 昨シーズンはカンピオナート・ブラジレイロ・セリエAでは7位フィニッシュも、コパ・リベルタドーレス初優勝にリオデジャネイロ州選手権優勝のカップ戦2冠に、FIFAクラブ・ワールドカップでも準優勝に輝いたフルミネンセ。 しかし、 2024.07.02 20:38 Tue
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クルゼイロのニュース一覧

川崎フロンターレでもプレーした元ブラジル代表FWレアンドロ・ダミアン(35)が自身のSNSを通じて現役引退を発表した。 母国ブラジルでキャリアを積み、インテルナシオナウやサントス、クルゼイロ、レアル・ベティス、フラメンゴでプレー。2019年2月に川崎Fへと完全移籍した。 川崎Fでは、1年目こそフィットに時間 2025.04.12 13:45 Sat
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柏レイソルや名古屋グランパス、横浜FCでもプレーしたレアンドロ・ドミンゲス氏が1日に他界した。41歳だった。 下部組織から所属しキャリアをスタートさせたヴィトーリアが発表。ブラジル『グローボ』によると、2022年から精巣ガンを患っており、闘病生活を送っていたとのことだ。 12歳でヴィトーリアの下部組織に入団 2025.04.02 10:47 Wed
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愛媛FCは21日、カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA(ブラジル1部)のクルゼイロから、FWアルトゥール・ヴィアナ(21)が期限付き移籍で加入することを発表した。 移籍期間は2025年12月31日まで。背番号は「90」に決定した。 アルトゥール・ヴィアナは、グレミオの下部組織出身で、2024年のセリエAで 2025.02.21 10:40 Fri
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1月に現役引退を発表した元ブラジル代表MFフェリペ・メロ(41)が“絶口調”だ。ブラジル『グローボ』が伝える。 問題児、もしくは悪童、あるいは暴君、いや、やはり『狂犬』と呼ぶべきフェリペ・メロ。 何をしでかすかわからぬ恐怖のラフプレーマンは、最終的にクラブキャリア通算800試合でイエローカード「269枚」と 2025.02.11 14:50 Tue
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ブラジルのクルゼイロは4日、ポルトガル人指揮官のレオナルド・ジャルディム氏(50)の新監督就任を発表した。契約期間は2026年12月31日までとなる。 2024シーズンのカンピオナート・ブラジレイロ・セリエA(ブラジル全国選手権)を9位で終えたクルゼイロは、1月20日に開幕した2025シーズンのカンピオナート・ミ 2025.02.05 13:10 Wed
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「日本のために貢献したい」夢は日本代表、12歳で渡米の異色の経歴…MLSでプロ2年目を迎える木島萌生はアメリカで成長中「メッシはめちゃめちゃ上手かった」

12歳でアメリカへと渡り、世界に名を馳せる寄宿学校・スポーツトレーニング施設の「IMGアカデミー」に入学。その後、大学へ進学しメジャーリーグ・サッカー(MLS)のドラフト1巡目で指名されたMF木島萌生(22)。プロ2年目を迎え、シーズン初ゴールを決めた中、11日にメディアのオンライン取材に応じた。 IMGアカデミーからウェイク・フォレスト大学へと進学した木島。MLS2024スーパードラフトの1巡目でセントルイス・シティSCに指名されて加入すると、プロ1年目はMLSで18試合に出場し1ゴール1アシスト。CONCACAFチャンピオンズカップでも2試合で1ゴールを記録していた。 オフには、今シーズンからMLSに参入するサンディエゴFCにドラフト指名された木島。しかし、DCユナイテッドが金銭トレードで獲得し、新天地でプレー。開幕から試合に出ると、8日に行われた第3節のスポルティング・カンザスシティ戦では移籍後初ゴールを記録し、チームを勝利に導いていた。 <h3>◆錦織圭に影響受け12歳で渡米</h3> 日本サッカー界においては異色の経歴を歩んでいる木島。サッカーを始めたキッカケは「ものを蹴る癖があった」からだとし、水泳をやっていた幼少期にサッカーに転向。9歳から始めると、11歳でIMGキャンプに参加。そしてアメリカ行きを決断した。 木島がIMGアカデミーに興味を持ったキッカケはプロテニスプレーヤーの錦織圭。競技は異なるが「錦織圭選手がIMGアカデミーで修行していたことを知って、キャンプに行ってみようということで1カ月間サッカーのキャンプに行き、IMGから学校に行かないかと声をかけられて、僕もすぐに行きたいという形で、あまり考えずに決断しました」とアメリカ行きまでの流れを明かした。 12歳でアメリカへと移った木島だが、「高校生がメインで、12歳から行く人は珍しく、16〜19歳ぐらいが一番多かったです」と、自身はかなり若かったと当時を回想。そして、プロサッカー選手になる気は当初はなかったという。 「最初はプロになるという目標は立てていなくて、IMGに通い始めて3年後ぐらいにプロになりたいと決断しました。学校で成績を上げながら、英語を学ぶということをメインにしていました」 およそ10年前のアメリカを考えれば、まだまだサッカーは下火の時代。スター選手がヨーロッパなどから移籍してプレーすることはあれど、野球、バスケットボール、アメリカンフットボールなどには及ばない時代だ。 「IMGアカデミーはスポーツも増えてきていますが、当時はサッカーのプログラム自体はあまり人気ではなかったです。サッカーだけで、男子と女子を合わせて100〜150人ぐらいいました」 決して簡単ではない環境でスタートした木島。12歳での渡米に家族の反応は「僕が行きたいと言ったら、母親は『絶対ダメでしょ』、父親は『行かせてあげな』という感じでした」とのこと。ただ、「2人ともグローバルな考え方で、僕は英語を元々喋れていて、日本にいては上達しないと思っていて、アメリカに行った方が上達するだろうという考えの親でした」と、グローバルな視点は持ち合わせた両親だったという。 日本ではインターナショナルスクールに通っており、いわゆる日本の学校は経験したことがない木島。12歳での決断から現在はプロとしてプレー。「親の気持ちは分からないですが、母親に対して見返してやったという気持ちもありますが、ありがたい気持ちです」と、協力してくれていた両親には感謝の気持ちが強いと明かした。 <h3>◆夢は「日本代表」</h3> プロを志したのがIMGアカデミー時代の15歳。ただ、当時の実力ではプロになるのは難しいと感じていたという。 「プロに行きたいという気持ちになったのが15歳の時で、当時は今じゃ足りないという考えを持っていました。練習と勉強に励んで、良い大学に入れるように頑張っていた中で、大学もオファーが少なくてウェイクフォレスト大学へ行きました」 ウェイクフォレスト大学はアメリカ・ノースカロライナ州にある大学。スポーツも有名な学校であり、NBAのサンアントニオ・スパーズのレジェンドでもあるティム・ダンカンやNBA歴代2位のアシストを誇るクリス・ポール(サンアントニオ・スパーズ)などはバスケットボール部出身だ。 木島は「ウェイクフォレストでの成長が一番だと思っていて、そこがなければ今はないと思っています。ボビー・ムース監督からも色々な事を学んでいましたし、ウェイクフォレスト、そしIMGのおかげでもあります」とコメント。2015年から指揮するムース監督の下、ウェイクフォレスト大学は数々のタイトルを獲得。木島も大きく成長させてもらったようだ。 日本にいた当時は「県トレセンの予選に受かる程度」と高いレベルではなかったと振り返る木島だが、アメリカでプロになれた要因は「努力です。自分としては才能はないと考えていて、努力のみで来たと考えています」と、継続してきたことが大事だったとコメント。そして自身が好む戦術を学ぶことが、自身の価値を上げていると語った。 「大学に入ってから試合を分析することにハマり、1人のサッカー選手に憧れはなかったですが、戦術的に偽サイドバックがすごく好きでした」 「大学で左サイドバックが僕の最初のポジションで、真ん中にその後に移動したんですが、サイドバックから試合中にミッドフィルダーになれるという戦術を見ると興奮してしまって、サッカーを進化させるアイデアはいつでも探しています」 「今はフェルナンド・ジニス監督の戦術を学んでいたり、キャンプでは本人に会えて話ができたり、そうしたことに興味があります」 ブラジルのクラブや暫定的にブラジル代表も指揮したフェルナンド・ジニス監督のことを学んでいるという木島。戦術を学ぶことが、自身のプレーにも生きているという。 「ユーティリティな選手だと自分としては思っています。サイドバックやウインガーとしてもプレーできますし、ボランチ、トップ下もできます。戦術的なことも勉強しているので、どんなシステムでもプレーできることが強みだと思います」 多くのポジションで、様々な戦術に対応できる自信を窺わせた木島。夢は日本代表だ。 「MLSのDCユナイテッドのチームのために活躍、貢献することに集中しています」 「日本代表は夢にありますし、まだまだですが将来に入れるチャンスがあれば、日本のために、日本代表のために貢献したいと思います」 「(ヨーロッパについて)行きたい夢はありますが、実力も足りないですし、今はDCユナイテッドのために集中して力をあげていきたいと思います」 <h3>◆アメリカで世界を体感し成長</h3> 異色の経歴を歩んでいる木島。MLSではインテル・マイアミとも対戦し、アルゼンチン代表FWリオネル・メッシらとも対峙した。ただ、そこでも手応えはあったという。 「メッシ選手はもちろん対戦した時はめちゃくちゃ上手かったです」 「凄くビックリしたことが、小さい頃からグアルディオラ監督のバルセロナの試合を何試合も観て勉強していたのを覚えていて、ブスケッツ、スアレス、ジョルディ・アルバもそうですが、各選手がボールを受けた時に次の動きをフィールド上でも読みやすくなっていました」 「ブスケッツであれば右にターンするフリをして左にカットしてくるのをそれを読んでボールを奪ったり、メッシも左に行きたがるというところを見て、抜かれた時もありましたが、ボールを取れた時もあって、自分でもビックリしました」 着実にプロの舞台で成長を続ける木島。MLSでは日本代表のキャプテンであったDF吉田麻也やW杯を経験しているDF山根視来など、木島を含め7人の日本人がプレーしている。 「吉田麻也選手もユニフォーム交換してもらえて嬉しかったですし、小さい頃から日本代表で活躍されていたのを見ていたので、言葉が出ないぐらいの感動でした」と交流があったことを振り返り、「吉田選手はリーダーシップが強みであるので、LAギャラクシーではキャプテンとして左サイドがスペイン語で話して右サイドは日本語、真ん中は英語で話すということを聞いて、凄く学びましたし、吉田選手が僕に話してくれたことが凄く嬉しかったです」と刺激も受けていると明かした。 プロ2年目の22歳。来年にはアメリカでワールドカップも開催される。このまま成長を続け、夢の日本代表入りを果たす日が来る日を楽しみにしたい。 <span class="paragraph-title">【動画】木島萌生が移籍後&今季のMLSで初ゴール!</span> <span data-other-div="movie"></span> <script>var video_id ="lsIV-THjQ3Y";var video_start = 345;</script><div style="text-align:center;"><div id="player"></div></div><script src="https://web.ultra-soccer.jp/js/youtube_autoplay.js"></script> 2025.03.11 18:00 Tue

フェルナンド・ジニスの移籍履歴

移籍日 移籍元 移籍先 種類
2008年12月1日 SE Gama 引退 -
2007年12月1日 Juventus-SP SE Gama 完全移籍
2007年12月1日 サント・アンドレ Juventus-SP 完全移籍
2006年12月1日 パウリスタFC サント・アンドレ 完全移籍
2005年12月1日 アル・アハリ パウリスタFC 完全移籍
2005年12月1日 サントス アル・アハリ 完全移籍
2004年12月1日 クルゼイロ サントス 完全移籍
2004年7月1日 フラメンゴ クルゼイロ 完全移籍
2003年12月1日 フルミネンセ フラメンゴ 完全移籍
1999年12月1日 パラナ フルミネンセ 完全移籍
1997年12月1日 コリンチャンス パラナ 完全移籍
1996年12月1日 パウメイラス コリンチャンス 完全移籍
1995年12月1日 パウメイラス 完全移籍

フェルナンド・ジニスの監督履歴

就任日 退任日 チーム 種類
2024年9月24日 2025年1月27日 クルゼイロ 監督
2023年7月5日 2024年1月6日 ブラジル 暫定監督
2022年4月30日 2024年6月24日 フルミネンセ 監督
2021年9月14日 2021年11月11日 ヴァスコ・ダ・ガマ 監督
2021年5月10日 2021年9月5日 サントス 監督
2019年9月27日 2021年2月1日 サンパウロ 監督
2019年1月1日 2019年8月19日 フルミネンセ 監督
2018年1月3日 2018年6月25日 アトレチコ・パラナエンセ 監督
2017年11月30日 2018年1月2日 グアラニ 監督
2016年12月1日 2017年6月2日 GO Audax 監督
2016年5月16日 2016年11月30日 オエステ-SP 監督
2015年10月30日 2016年5月15日 GO Audax 監督
2015年7月8日 2015年9月27日 パラナ 監督
2013年1月1日 2015年5月21日 GO Audax 監督
2011年2月4日 2011年3月5日 ボタフォゴ-SP 監督
2011年1月14日 2011年2月3日 Paulista-SP 監督
2009年1月12日 2010年4月2日 Votoraty-SP 監督