霜田正浩

Masahiro SHIMODA
ポジション 監督
国籍 日本
生年月日 1967年02月10日(58歳)
利き足
身長
体重
ニュース 人気記事 監督データ

霜田正浩のニュース一覧

SC相模原は9日、大宮アルディージャを退団していたDF渡部大輔(32)を完全移籍で獲得したことを発表した。 渡部は大宮の生え抜き選手。ジュニアユース、ユースと育ち、FWとして活躍。2008年にトップチームへ昇格した。 2010年に鈴木淳監督によってサイドバックで起用されると、以降はサイドハーフもやりながらサ 2022.01.09 12:09 Sun
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大宮アルディージャは27日、湘南ベルマーレのMF三幸秀稔(28)を完全移籍で獲得したことを発表した。 三幸は千葉県出身で、JFAアカデミー福島から2012年にヴァンフォーレ甲府へと入団。2014年にはSC相模原へと完全移籍すると、2016年からはレノファ山口FCでプレーした。 霜田正浩監督の下でもプレー経験 2021.12.27 10:33 Mon
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今シーズンのJリーグ・アウォーズが12月6日に開催され、MVPは予想通り川崎Fのレアンドロ・ダミアンが獲得した。リーグ連覇に加え、今シーズンは得点王にも輝いただけに当然と言えば当然の受賞だった。 そのアウォーズが開催される5時間ほど前、大宮アルディージャの霜田正浩監督の囲み会見が西大宮のクラブハウスで開催された。 2021.12.08 19:30 Wed
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大宮アルディージャは8日、DF渡部大輔(32)との契約満了を発表した。 渡部は大宮の生え抜き選手。ジュニアユース、ユースと育ち、FWとして活躍。2008年にトップチームへ昇格した。 2010年に鈴木淳監督によってサイドバックで起用されると、以降はサイドハーフもやりながらサイドバックに定着。近年はチーム事情で 2021.12.08 15:15 Wed
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今シーズン限りで現役を引退する大宮アルディージャのDF河本裕之が、最終節後に引退セレモニーを行い挨拶した。 河本は兵庫県出身で、滝川第二高校からヴィッセル神戸へと2004年に入団。プロ1年目から結果を残していく。センターバックだけでなくサイドバックでもプレーした河本は、空中戦の強さを武器に攻守に貢献。2012年夏 2021.12.05 21:37 Sun
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松本山雅FCのニュース一覧

thumb 9日、明治安田J3リーグ第4節の4試合が各地で行われた。 1試合未消化で1勝1分けのヴァンラーレ八戸は、1勝2敗のSC相模原をホームに迎えた一戦。前半から2点のリードを得たのは相模原。19分のPKのピンチをGKノアム・バウマンが救うと、2分後に武藤雄樹が右クロスに合わせて先制。29分には再び武藤が右クロスからヘデ 2025.03.09 17:09 Sun
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thumb 1日、明治安田J3リーグ第3節の6試合が各地で行われた。 1勝1分けスタートの降格組・ザスパ群馬はAC長野パルセイロとのアウェイゲーム。27分。右クロスから藤森亮志が頭から飛び込んで長野が先制。群馬も青木翔大の2試合連続ゴールで42分に追いつく。 後半に入ると、左CKの混戦から群馬のオウンゴール。再びリード 2025.03.01 17:31 Sat
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松本山雅FCは26日、ブラジルのバハFCからブラジル人FWルーカス・バルガス(20)が期限付き移籍で加入すると発表した。 移籍期間は2025年2月1日~2025年12月31日。背番号は「29」を着用する。 バルガスは身長190cm、体重85kgのプロフィールを持つ大型FW。これまで母国クラブのボタフォゴ、バ 2025.02.26 10:10 Wed
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Jリーグは25日、2025年度理念強化配分金の支給対象候補クラブ、2024年度ファン指標配分金支給対象クラブを発表した。 理念強化配分金は、2023年の明治安田生命J1リーグで1位から10位に対して送られるもの。20チーム制に変更となったために1チーム増えることとなった。また、2024シーズン年間ファン指標順位( 2025.02.25 17:40 Tue
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thumb 23日、明治安田J3リーグ第2節の6試合が各地で行われた。 ◆アスルクラロ沼津 1-1 松本山雅FC 【沼津】 川又堅碁(後32) 【松本】 村越凱光(後11) 昨季J2復帰まであと一歩だった松本は今節が今季初戦となったなか、敵地で沼津とドロー。今季のチーム初得点として村越が右足弾も、試合も終盤に差 2025.02.23 18:53 Sun
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霜田正浩の人気記事ランキング

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大宮一筋14年のDF渡部大輔が相模原に完全移籍、高木琢也監督と再会「優勝して喜びを分かち合いましょう!」

SC相模原は9日、大宮アルディージャを退団していたDF渡部大輔(32)を完全移籍で獲得したことを発表した。 渡部は大宮の生え抜き選手。ジュニアユース、ユースと育ち、FWとして活躍。2008年にトップチームへ昇格した。 2010年に鈴木淳監督によってサイドバックで起用されると、以降はサイドハーフもやりながらサイドバックに定着。近年はチーム事情で左サイドバックも務めることがあった。 大宮一筋で14シーズンプレー。今シーズンはキャプテンに就任しシーズン序盤こそ出場機会があったが、霜田正浩監督就任後にキャプテンから外れることに。中盤以降はメンバー外になることが多く、J2で12試合の出場に終わった。 J1通算122試合3得点、J2通算90試合4得点、リーグカップでは27試合に出場し1得点を記録していた。 相模原は昨シーズン途中から大宮でも指揮した高木琢也監督が就任。再びの共闘となる。 渡部はクラブを通じてコメントしている。 「SC相模原に関わるすべての皆様。はじめまして、渡部大輔と申します。プレーする機会をくださったクラブ関係者の皆様には大変感謝しております」 「SC相模原という素晴らしいクラブ、そして素晴らしいファンサポーターの方々と共に高みを目指していけることがとても楽しみです」 「J3優勝という目標を強く抱き、自分の力を最大限に発揮出来ればと思っております。どうぞよろしくお願い致します。優勝して喜びを分かち合いましょう!」 2022.01.09 12:09 Sun
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山本昌邦ナショナルチームダイレクターの役割とは?/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)の技術委員会は2月2日に技術委員会を開き、会議後に反町康治技術委員長がズームでの記者会見に応じた。 この会見で反町技術委員長は、新たにナショナルチームダイレクター(NTD)を復活させることを明らかにし、96年アトランタ五輪や02年日韓W杯で代表コーチを務め、04年アテネ五輪では監督としてチームを率いた山本昌邦氏の名前を挙げた。 反町技術委員長によるとNTD復活の経緯は次のようだ。 「私が(技術)委員長に就任したときは(NTDに)関塚さんがいた。コロナで代表の活動が中止や延期になった。サムライブルーだけ活動を続けたが、私が兼務してもやりくりできたが、ウイズコロナになり活動が増えるので、切り離してやらないと活動が希薄になってしまう。アンダーカテゴリーのマッチメイクも各国としっかり話をしたい。本来の形に戻っただけ。コロナが落ち着き、充実度を高めたい」ということだった。 確かに今年は3月にU20アジアカップウズベキスタン2023が、5月にはU17アジアカップ2023バーレーンが予定されていて、6月にはインドネシアで、11月にはペルーでそれぞれのW杯が控えている。さらに9月にはU23アジアカップカタール2024の予選が、12月には同じくカタールでパリ五輪のアジア最終予選が開催される。 森保ジャパンの活動が秋にならないと本格化しないぶん、アンダーカテゴリーの強化に専念するのは当然と言える。このため反町技術委員長も「マッチメイクは私一人で判断したい」としつつ、サムライブルーに帯同するのはNTDで、「私はダイレクターをサポートし、監督の評価とサポートをする」と役割の違いを話した。 さて、このNTDである。JFAにこの役職が誕生したのは2016年と記憶している。原博実技術委員長からバトンを受けた霜田正浩技術委員長(現松本山雅FC監督)だったが、西野朗氏が技術委員長に就任したことで、霜田氏はNTDという肩書きになった。 そして霜田氏は17年暮れ、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督には西野技術委員長とコミュニケーションを密にして欲しいとの思いからNTD職を辞した。ところがその後はご存じのように、JFAはハリルホジッチ監督とは契約を解除し、西野技術委員長がサムライブルーの監督に就任。ロシアW杯ではラウンド16でベルギーをあと一歩まで追い詰める「ロストフの悲劇」を演じた。 そしてロシアW杯の2ヶ月ほど前の18年4月、関塚隆氏が西野氏に代わって技術委員長に就任。森保ジャパンが誕生したが、20年3月に関塚氏はNTDとなり、新たに反町氏が技術委員長に就任した。本来なら関塚氏が森保ジャパンを検証する立場にあったが、同氏は20年11月に契約解除をJFAに申し入れてNTDを退任した。 こうして振り返ると、NTDそのものが新設されたポジションであり、過去2人の例からはその役割がはっきりしていない印象が強い。霜田氏が身を引いた理由は前述した通りだが、関塚氏はアジア最終予選の始まる21年を前に辞めている。反町技術委員長も述べていたように、20年はコロナで満足な活動ができなかったことも一因だろうか。 そして山本NTDである。海外での指導経験が豊富で、暑熱対策など特に中東での試合のエキスパートでもある。反町技術委員長が話したように、今後の山本NTDの役割はもっぱら森保監督のサポート役・相談役になるのではないかと推測している。例えて言うなら、磐田の監督に就任した横内昭展氏のような存在だ。 新たにサムライブルーのコーチに就任した名波浩氏と前田遼一氏は森保監督より5~10歳若い。このため経験豊富な山本氏をNTDとしてサポート役につけつつ、“チーム磐田”でバックアップしようとしているのではないだろうか。 2023.02.03 19:30 Fri
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宮本新会長誕生で『会長の決断』とは/六川亨の日本サッカー見聞録

JFA(日本サッカー協会)は3月23日、新会長に「内定」していた宮本恒靖氏を新たな理事による第5回理事会で、互選を経て第15代の会長に正式に就任したことを発表した。 この会見には22日に亀岡でのU-23日本対U-23マリを取材し、その足で24日のJ2リーグ山口対愛媛、25日に小倉でU-23日本対U-23ウクライナの取材を予定していて移動中だったため参加することができなかった。 ところが仕事仲間が当日、宮本会長の会見を取材した折り、机の上に昨年の会長選の際に作成した“マニュフェスト”があったため、余分に確保して親切にも郵送してくれた。 初めて目にしたマニュフェストの冒頭には「会長選の流れを決定づけた」と言われた岡田武史JFA副会長との対談が6ページにわたってあった。 対談の冒頭、岡田副会長は「代表監督選びについては技術委員会で候補者を選出して、最終的には会長と技術委員長を含めた数名で決めるんだけど、俺は最終的には会長がリーダーシップを発揮して決めなくてはいけないと考えている」と断言した。 その理由として「俺も代表監督時代から言ってはきたけど、技術委員長ではなくてやっぱり会長がやるべきことなんだよね」 「自分のサッカー観を持ったうえで決断するわけだから、(会長は)サッカーをしっかりと知っている人のほうが望ましいし、ツネなら言うまでもない」 元日本代表監督で現職の副会長にここまで言われては、会長選に立候補した鈴木徳昭氏の出番はないだろうと思った。鈴木氏は日本代表でもなければ、日産自動車に所属していた時でもJSLでのプレー経験はない。JFAとJリーグ、さらにW杯招致委員会、AFC、東京五輪招致委員会などで実務を担当してきた“裏方”だったからだ。 そして岡田副会長の「代表監督人事は会長」にも納得してしまった。 岡田監督は加茂周前監督からバトンタッチされ、“ジョホールバルの歓喜”で日本を初のW杯へ導いた。しかしフランスでは3連敗を喫したため、岡田監督の続投を求める声は皆無だった。99年にJ2札幌の監督に就任すると、2000年にはJ2優勝とJ1復帰を果たす。さらに03年からは横浜F・マリノスを率いてJ1リーグ連覇を達成するなど黄金時代を築いた。 そんな同氏が再び代表監督に就任したのが07年12月、イビチャ・オシム監督が脳梗塞で倒れたからだった。小野剛JFA技術委員長からの打診だったが、小野はフランスW杯でコーチに抜擢した旧知の仲だけに断ることはできなかっただろう。 こうして臨んだ南アW杯だったが、大会前にちょっとした“事件”があった。JFA会長に犬飼基昭が就任すると、技術委員長の強化担当に原博実を招聘。小野は「育成」の技術委員長と役職が変更になった。それでも小野は南アW杯前のスイス・オーストリアキャンプから岡田ジャパンを陰ながらサポートした。 南アW杯で岡田は日本人監督として初めてグループリーグを突破した。しかしラウンド16でパラグアイにPK戦の末に敗れた。中村俊輔の負傷が長引き、本田圭佑の0トップという大胆な発想も、岡田監督の評価にはつながらなかった。当時のサッカー界に、「監督は4年で代わるもの」という固定観念も少なくなかった。 岡田監督にしてみれば、早稲田大学の後輩であり、Jリーグでは監督としてこれといった実績のない原技術委員長に出処進退を決められるのは納得のできないことだったのではないだろうか。だから監督人事は「技術委員長ではなくてやっぱり会長がやるべきこと」と断言したと思えてならない。 この「会長が決断する」流れは田嶋幸三・前会長に受け継がれた。 JSLでのプレー経験こそあれ、Jリーグと代表での経験はないもののその実務手腕を見込んで原技術委員長が招いた霜田正浩(現松本監督)は、原がJFA専務理事に転出すると技術委員長に就任。しかし初めての会長選で原を破って会長に就任した田嶋は、原を2階級降格の理事にすることでJFAでの立場を失脚させる。 田嶋会長はロシアW杯を前に技術委員会を再編し、西野朗を技術委員長に招聘し、霜田をNTD(ナショナル・チーム・ダイレクター)に降格。霜田も自ら身を引くことになった。そしてW杯直前にはヴァイッド・ハリルホジッチ監督を解任し、西野を代表監督に据える人事を強行した。 22年カタールW杯で森保ジャパンはグループリーグでドイツとスペインを倒すジャイアントキリングを演じながらもベスト16でPK戦により散った。反町技術委員長は、一説には元チリ代表のビエルサ監督の招聘に乗り気だったという。しかし田嶋会長は大会直後にも森保続投を支持。森保監督と反町技術委員長との関係に配慮して、山本昌邦NTDを招聘したとの噂もある。そして反町技術委員長は3月を持って退任する予定だ。 代表監督人事は、最終的な決断は会長が下すのはどこの国も同じだろう。では技術委員会の役割は何なのか。これはこれで、はっきりさせておく必要がある。会長が「こう言ったから右に倣え」では、“忖度”であり技術委員会の存在意義そのものが問われかねない。 影山雅永技術委員長(男子)や佐々木則夫技術委員長(女子)などを理事職から外し、理事会のスリム化と女性理事の登用に積極的な宮本新会長。男女の代表戦の放映権の高騰により地上波で試合が見られないなど厳しい船出が待ち受けているかも知れないが、まずはパリ五輪男子の出場権獲得に万全の態勢で臨んで欲しい。 2024.03.30 11:00 Sat
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5連勝の“成功体験”からJ2昇格POへ…松本山雅FCの主将・菊井悠介「この街のために」「昇格を願う全ての方々のために」

松本山雅FCの霜田正浩監督とMF菊井悠介が、12月1日(日)に行われるJ2昇格プレーオフ準決勝・福島ユナイテッドFC戦(H)へ意気込んだ。 J2リーグ復帰を目指して今季が3年目となった松本。失意に暮れた過去2年を経て、昇格プレーオフが開催されることとなった今季は4位とし、準決勝のホーム開催をゲットした。 就任2年目の霜田監督は「今季当初から目標に掲げたJ2昇格。クラブも街の皆さまもこれを念頭に戦ってきました。自動昇格こそ掴めずも、可能性を残してあと2試合戦うチャンスが出来たこと…本当に嬉しく思います」と感慨深げ。 「ここまできたら、応援してくださる全ての方々のために、しっかり2つ勝って昇格する。J2へ行く。そうすることで目標を叶えたいと思っております。全力を尽くします」 指揮官は5連勝で締めくくったリーグ戦について「選手たちの自信になったと思います」とし、これを「成功体験」として昇格POへ抱負。 「自分たちのサッカーで点を獲る、ゴールを守る…プレーモデルを形にしながら、勝ったり負けたりしてきたわけですけど、終盤戦にきて5連勝という形で成功体験を手に入れた。これをPOでも継続したいですね」 また、キャプテン菊井は「このクラブのために、この街のために、勝つ。良い準備ができているし、早く試合をしたいなと思っています。勝って次のステージ(PO決勝戦)へ進みたいと思います」と意欲。ホーム・アルウィンでの福島撃破へ自信を垣間見せた。 対戦相手の印象、また警戒すべき選手を問われると、取材対応に同席した福島FW塩浜遼の名前を挙げ、そのサッカーをリスペクトした。 「福島さんは後ろから丁寧にビルドアップしますし、シンプルなクロスというよりも、ドリブル、パスでどんどん崩しにくる。得点力(※)はとても高いと思います。敵ながら観ていて面白いサッカーだなと感じます」 (※)リーグ2位タイの38試合64得点 「その中で、キャプテンの塩浜選手は両足でのシュートがありますし、僕たちとしては抑えないといけないポイントですね」 今回、松本としては最終節の勝ち点「3」により掴んだ準決勝ホーム開催。このアドバンテージを活かさないわけにはいかない。指揮官がファン・サポーターへ言葉を紡ぐ。 「やっぱり、アルウィンでサッカーをするっていうのは、僕たちにとって本当に大きな後押し。このアドバンテージは大きいです」 「もちろん僕たちにはやりたいサッカーというのがあるけれど、福島さんのチカラもリスペクトしないといけない。良い試合になるのは間違いないと思います。いろんな方の想いを背負って全力を出し切る…結果に繋げたいです」 最後は菊井。 「このクラブにきて3年。悔しい思いをした過去2年があり、とくに2年前は勝ち点『1』届きませんでした。この『1』を僕なりに探し続けた結果が今にあると思っています」 「同じように、この『1』を探した人たちというのが、サポーターの中にはたくさんいると思います。昇格を願う全ての方々のために、ピッチに出る選手は責任をもって戦います。それ以外の選手も、昇格のために一丸となります」 「まずは福島さんに勝てるように。良い準備をしていきたいと思いますし、この舞台に来れたのは積み上げがあったから。それらを今回も出したいと思います」 ◆J2昇格プレーオフ準決勝 2024年12月1日(日) 14:00KO 松本山雅FC vs 福島ユナイテッドFC サンプロアルウィン 2024.11.29 17:42 Fri

霜田正浩の監督履歴

就任日 退任日 チーム 種類
2023年2月1日 2024年12月12日 松本 監督
2021年6月10日 2022年5月25日 RB大宮 監督
2021年2月24日 2021年3月30日 サイゴン 監督
2021年1月1日 2021年2月23日 サイゴン アドバイザー
2018年2月1日 2021年1月31日 山口 監督
2017年8月1日 2017年12月31日 STVV アシスタントコーチ
2014年9月1日 2016年3月31日 日本 テクニカル・ディレクター
2014年2月1日 2017年1月23日 JリーグU-22選抜 アシスタントコーチ
2014年2月1日 2017年1月23日 U-21日本 アシスタントコーチ
2012年11月30日 2013年11月30日 U-20日本 監督
2010年10月1日 2014年8月31日 日本 チームコーディネーター
2007年2月1日 2008年8月31日 千葉 アシスタントコーチ
2006年11月1日 2007年1月31日 YSCC 監督
2006年2月1日 2006年8月15日 FC東京 アシスタントコーチ
2001年2月1日 2005年12月31日 FC東京 監督
1999年2月1日 2001年1月31日 京都 監督
1997年2月1日 1999年1月31日 Kyoto Sanga U18 監督
1994年2月1日 1997年1月31日 大塚製薬 アシスタントコーチ