中澤佑二
Yuji NAKAZAWA
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| ポジション | DF |
| 国籍 |
日本
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| 生年月日 | 1978年02月25日(47歳) |
| 利き足 | 右 |
| 身長 | 187cm |
| 体重 | 78kg |
| ニュース | 人気記事 | クラブ |
中澤佑二のニュース一覧
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「まさに死闘ってカンジ」歴史に残るバーレーンとの4-3の激闘!2004年大会プレイバックに反響「このゴールで中澤佑二に惚れた」
31日、日本代表はアジアカップ2023のラウンド16でバーレーン代表と対戦する。 過去の対戦成績は日本の8勝2敗となっているが、アジアカップの舞台で最後に対戦したのは2004年の中国大会での準決勝。記憶に残る激闘だった。 MF小野伸二、FW高原直泰ら当時の主力選手が欠場していた当時の日本は、開催国の中国サポーターにブーイングを浴びせられながらも決勝トーナメントに進出すると、準々決勝ではPK戦途中でのサイド変更とGK川口能活の神がかり的なセーブが印象深いヨルダン代表戦に勝利し、準決勝でバーレーンと対戦した。 しかし、バーレーン戦では開始6分に先制ゴールを許すと、40分にはMF遠藤保仁が不可解な判定で一発退場。日本はビハインドの状況で数的不利を負ってしまった。 数的不利の状況でもMF中田浩二とFW玉田圭司のゴールで逆転した日本だったが、その後2失点。2-3と1点ビハインドで試合終盤を迎えた。 それでも日本は最後まで諦めず。DFも攻めあがって同点ゴールを狙うと、90分にDF中澤佑二が値千金の同点ゴール。不屈の精神で同点に追いつくと、延長前半には玉田の独走ゴールが決まり、4-3で激闘を制していた。 なんとか決勝に進出した日本は、決勝で中国代表を撃破。見事に大会連覇を成し遂げていた。 久しぶりの対戦を前に『DAZN』は当時の試合映像をプレイバック。SNS上のファンも「このゴールで中澤佑二に惚れた」、「バーレーン戦といえばこの試合よな」、「痺れたね、玉田」、「まさに「死闘」ってカンジだった!」、「2004の大会は激熱だった」と当時を思い返している。 ベスト8を懸けた一戦は、31日の20時30分にキックオフ。『DAZN』で視聴が可能だ。 <span class="paragraph-title">【動画】当時の記憶が蘇る!2004年大会でのバーレーンとの激闘ハイライト</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet" data-media-max-width="560"><p lang="ja" dir="ltr">/<br>「バーレーンvs日本」<br>過去対戦をプレイバック<br>\<br><br>アジアカップ2004年大会で起きた<br>奇跡の大逆転劇<br><br><a href="https://twitter.com/hashtag/AFC%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#AFCアジアカップ</a> ラウンド16<br>バーレーン×日本<br>1/31(水)20:30(19:45配信開始)<br><a href="https://twitter.com/hashtag/DAZN?src=hash&ref_src=twsrc%5Etfw">#DAZN</a> 独占配信<br>出演:水沼貴史/小野伸二/佐藤寿人/下田恒幸/桑原学 <a href="https://t.co/x7Sals8iKu">pic.twitter.com/x7Sals8iKu</a></p>— DAZN Japan (@DAZN_JPN) <a href="https://twitter.com/DAZN_JPN/status/1752609401201189348?ref_src=twsrc%5Etfw">January 31, 2024</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2024.01.31 18:45 Wed2
横浜FMのDF中澤佑二も“アムロス” 「奈美恵様がいない生活。耐えられる自信がありません」
▽日本を代表する女性歌手の安室奈美恵さんが20日、来年9月16日に芸能界から引退することを発表した。その発表から数日経った現在もメディアにより、世間の“アムロス”が伝えられているが、Jリーグ界のレジェンドも動揺を隠しきれないようだ。 ▽その選手とは、横浜F・マリノスに所属する元日本代表DF中澤佑二(39)だ。中澤は早生まれながら安室さんと同学年。フィールドプレーヤーとしてJリーグ最多のフルタイム出場記録を更新するなど第一線で活躍するセンターバックは、かねてより安室さんのファンであることを公言してきた。 ▽その安室さんの引退発表を受けて、中澤は当日、自身のブログに「奈美恵様が引退。嘘だと言ってほしい」との悲しい気持ちを吐露。「奈美恵様がいない生活。耐えられる自信がありません。Byボンバー」とショックを隠さず、立ち直れない様子をうかがわせた。 2017.09.22 08:15 Fri3
清水や甲府などでプレーしたDF青山直晃が34歳で現役引退「楽しい思い出でしかありません」
2020シーズン限りで鹿児島ユナイテッドFCを退団していたDF青山直晃(34)が現役引退を発表した。 青山は愛知県出身で、前橋育英高校から2005年に清水エスパルスへと入団。高卒ルーキーながら1年目でデビューを果たすと、2年目からはレギュラーに定着した。 清水のディフェンスラインを支えていた青山だが、2009年に右ヒザ前十字じん帯損傷の重傷。2010年は1試合も出場しないまま終わると、2011年に横浜F・マリノスへと完全移籍する。 横浜FMでは、日本代表として活躍したDF中澤佑二、DF栗原勇蔵の前に出場機会はあまりなく2013年にヴァンフォーレ甲府へ完全移籍。甲府ではレギュラーとして2シーズンプレーすると、2015年には海外移籍。タイのムアントン・ユナイテッドへと移籍した。 タイでもレギュラーとしてプレーした青山は、4シーズンでタイ・プレミアリーグ(現タイ・リーグ1)で101試合に出場し4得点を記録。2019年にガンバ大阪へ完全移籍で加入すると、J1での出場がないまま1年で退団していた。 2020シーズンは鹿児島で明治安田J3の18試合に出場。しかし、シーズン終了後に契約満了で退団となっていた。 Jリーグでの通算成績はJ1で197試合9得点、J3で20試合、リーグカップで43試合出場2得点だった。 日本代表としては、A代表には選ばれなかったものの、世代別の日本代表を経験。2008年の北京オリンピックではバックアップメンバーに選ばれたが、本大会出場はならなかった。 青山はクラブを通じてコメントしている。 「16年間のプロサッカー人生!十二分に満喫することができました!色んな事がありましたが、楽しい思い出でしかありません」 「一緒に戦ったチームメイトと敵チームの選手、監督、コーチ、スタッフ、関係者の方々、本当にありがとうございました!!これからの新しいスタートも色んな事にチャレンジして、また楽しんでいきたいと思います」 「応援してくれたサポーターの皆さん、いつも戦う力になりました。本当にありがとうございました」 2021.01.22 13:21 Fri4
あの伝説の2004年アジアカップPK戦に出場していたヨルダン代表GKが現役引退
ヨルダン代表で長らく正守護神を務めたGKアメル・シャフィ(38)が現役引退を発表した。 シャフィは、母国のアル・ファイサリやアル・ヤルムークでプレー。2006年7月からエジプトのイスマイリーでプレー。1年でヨルダンに戻り、アル・ワフダート、シャバーブ・アル・オルドゥンでプレー。2019年1月からはサウジアラビアのアル・フェイハへとレンタル移籍。2020年6月に復帰していた。 ヨルダン代表としては2000年にデビュー。176試合に出場した名守護神として知られ、アジアカップでも4大会に出場。初出場の2004年大会では、伝説の試合に出場していた。 ヨルダン代表が準々決勝に進んだ2004年大会。その相手は日本代表。あのPK戦にまでもつれ込んだ死闘で守護神として出場していた。 1-1で迎えたPK戦では、日本が中村俊輔、三都主アレサンドロが連続で失敗。ここでキャプテンの宮本恒靖が主審に直談判し、PKのエンドを変更。すると福西崇史、中田浩二が成功。ヨルダンの3人目、4人目が失敗すると日本の5人目の中澤佑二が失敗するも、ヨルダンの5人目の失敗。鈴木隆行が成功するとヨルダンは再び失敗し、最後は宮本が決めて勝利した。 シャフィの引退に関しては、ヨルダンサッカー協会が発表。シャフィは「長い検討とアドバイスを経て、人生で最も困難な決断をした。25年のキャリアを終えることを正式に発表する」と語った。 また、「私がヨルダン代表で戦うのと同じレベルで準備をするのは難しいだろうと感じ、トップレベルにいる間に去ることを決意しました」と引退の理由を語った。 2021.02.09 20:20 Tue5
清水のFWディサロ燦シルヴァーノ、「LELE」のユニフォーム表記認められず…規定では「氏名、氏名の一部、登録名、登録名の一部」のみ
清水エスパルスは17日、FWディサロ燦シルヴァーノのユニフォーム表記について発表した。 2021シーズンにギラヴァンツ北九州から加入したディサロ燦シルヴァーノ。自身初となるJ1の舞台でのプレーは途中出場がメインとなり、24試合で1得点に終わっていた。 そのディサロ燦シルヴァーノだが、ユニフォーム表記は「DISARO'」となっていたが、清水は2022シーズンは「LELE」と愛称になることを発表していた。 「Jリーグ規約・規定」では、2019年からユニフォームのネーム表記に関して、「氏名、氏名の一部、登録名、登録名の一部」のみと定められており、「LELE」が認められなかったとしている。 かつては日本代表でも活躍した中澤佑二氏が横浜F・マリノスで「BOMBER」と愛称で表記されるなどしていた。 清水は「ディサロ選手の愛称「レレ」のネームを楽しみにしていただいた、ファン・サポーターの皆様には誠に申し訳ありません」と謝罪し、「2022オフィシャルユニフォームについて、19番LELEでご予約いただいたお客様には、エスパルス公式オンラインストアより、ご連絡メールをさせていただき、変更のご希望を確認させていただきたくお願いいたします」と、注文の変更を受け付けるとしている。 2022.01.17 11:30 Mon中澤佑二の移籍履歴
| 移籍日 | 移籍元 | 移籍先 | 種類 |
| 2019年1月8日 |
横浜FM |
引退 |
- |
| 2002年1月1日 |
東京V |
横浜FM |
完全移籍 |
| 1998年1月1日 |
|
東京V |
完全移籍 |

日本
横浜FM
引退
東京V