2026年W杯からアジア枠が「4.5」から「8.5」に増加…アジア予選の方式も大きく変更

2022.08.01 16:49 Mon
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アジアサッカー連盟(AFC)は1日、アメリカ、カナダ、メキシコが共催する2026年のワールドカップ(W杯)に関して、アジアの出場枠が「8」になることが決定。さらに、大陸間プレーオフの枠も「0.5」になることを発表した。

現在は「4.5」の枠があるアジア。予選で4枠と大陸間プレーオフで0.5枠がある状況。2022年のカタールW杯では、開催国のカタールとは別に、日本、サウジアラビア、韓国、イラン、そして大陸間プレーオフのオーストラリアが出場する。

W杯は32カ国が出場している中で、2026年大会からは出場国が48カ国に増加することが決定している。
またこれによりアジア予選の方式も変更。まずは合同予選ラウンド1としてFIFAランキングの26位か47位までの22カ国がホーム&アウェイで対戦し、11カ国が勝ち上がり。

次に合同予選ラウンド2として、1位から25位までの25カ国と、勝ち上がった11カ国の36カ国が4カ国ずつ9グループに分かれて予選を実施。上位2チームの18カ国がアジア予選に参加する。なお、この18カ国はアジアカップ2027への出場権も獲得する。

アジア予選は18カ国を6カ国3グループに分け、ホーム&アウェイ方式で総当たり戦を実施。上位2カ国が出場権を獲得する。

さらに各グループ3位と4位の6カ国が3カ国ずつ2グループに分かれ、1回戦総当たり。1位の2カ国がW杯に出場。2位同士がプレーオフを行い、勝利した方が大陸間プレーオフに進む。

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カタールW杯16強のオーストラリア代表がアーノルド監督と契約延長、2026年W杯まで「大きなタイトルに挑戦していきたい」

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京都契約満了から丸1年でブンデスデビュー。2000年世代のドリブラー・上月壮一郎が示した潜在能力と可能性【新しい景色へ導く期待の選手/vol.2】

2022年カタールワールドカップ(W杯)の後、長いウインターブレイクに入っていたドイツ・ブンデスリーガ1部が20日から再開。吉田麻也(シャルケ)や遠藤航(シュツットガルト)、鎌田大地(フランクフルト)ら日本代表戦士たちが新たなスタートを切った。 こうした中、若い世代の面々も頭角を現しつつある。その筆頭がシャルケでブンデスデビューを飾った上月壮一郎。久保建英(レアル・ソシエダ)、菅原由勢(AZ)、中村敬斗(LASKリンツ)らとともに2017年U-17W杯(インド)に参戦した2000年生まれの若きアタッカーだ。 上月は京都サンガのアカデミー出身。U-15・U-18を経て、2種登録だった2018年5月の横浜FC戦で公式戦デビューを飾った。2019年にはトップに昇格。同年は3試合、2020年に11試合と出番を増やしたが、曺貴裁監督が就任した2021年はわずか2試合しかプレーできなかった。そして同年末に契約満了という憂き目に遭ったのである。 「自分にとっては、ブンデスリーガであったり、プレミアリーグが憧れのリーグ。毎日毎日そこを意識しながら日々を過ごしています。自分の一番の武器は裏への動き出し。タテへの突破も少しはできていると思いますけど、まだまだ足りない。ドリブルも大事だけど、チームに貢献するための攻守の切り替えをしっかりやっていきたいですね」 2016年9月のAFC・U-16選手権(インド)に参戦していた時、16歳だった上月は自分のストロングや課題、近未来のビジョンをこう語っていた。だからこそ、21歳になったばかりの2021年末に京都を退団することになるとは想像だにしなかっただろう。 そこでいったんプロキャリアを断たれたわけだが、彼が見据えたのは10代の頃から憧れていた欧州だった。2022年になるや否やドイツへ渡り、翌2月に5部・デューレンに新天地を見出したのだ。 年代別代表とはいえ、日の丸をつけてW杯に参戦した若武者にとってドイツ5部というのは不本意な環境だったかもしれないが、上月は腐ることなく前向きに取り組み、半年間でリーグ11試合に出場。5ゴール5アシストという活躍を見せ、チームの4部昇格に貢献する。 目覚ましい働きを認めたシャルケからU-23チーム入りが認められ、2022年8月からプレー。9月からはトップチームの練習試合に参加し、W杯が終わった12月末にトップチーム昇格を現実にした。 そして、今季後半戦再開初戦となった1月21日のフランクフルト戦でスタメン出場。4-2-3-1の右MFのポジションに入ると、前半からアグレッシブな仕掛けとチャンスメークを披露する。前半32分には右サイドを持ちあがって右ポストをかすめる鋭いシュートを放つと、その1分後には爆発的なスピードで右サイドを駆け上がり、最前線へクロスを送る。これはFWマリウス・ビュルダーが決めていればアシストがついたはずだったが、惜しくも合わなかった。 そして、後半開始早々には左からのクロスに反応。ゴール前に積極果敢に飛び込み、絶妙のタイミングでヘッドを放ったが、これは相手守護神のケヴィン・トラップに防がれた。これらビッグチャンスの1つでも決まっていたらシャルケは貴重な勝ち点3を手にできただろうし、最下位脱出のきっかけをつかめた確率が高い。最終的に0-3で敗れたことを考えると、上月にとってはほろ苦いブンデスデビュー戦になったと言える。 それでも、チームメートの吉田が彼の一挙手一投足を高く評価した通り、上月が新たな可能性を示したのは紛れもない事実である。鎌田が2017年夏にフランクフルトデビューを飾ったのが21歳で、最初のシーズンはほとんど試合に出られず、22歳でシント=トロイデンに赴いて1年間実績を積み重ねたため、本格的にドイツで活躍できるようになったのは23歳から。そう考えると、上月が22歳で上々のスタートを切ったことを前向きに捉えていいはずだ。 彼ら2000年生まれのグループは東京五輪世代の中で一番下だったため、五輪に出られる可能性が低かった。その分、日本代表入りが遠のいてしまった部分は否定できない。 しかしながら、一足先に欧州へ渡った菅原や中村は今季コンスタントに試合に出ているし、瀬古歩夢(グラスホッパー)もスイスで奮闘している。この冬にセルティックへ移籍した小林友希もすでに新天地に適応。左利きのDFとしてアンジェ・ポステコグルー監督から重用され始めている。2000年生の彼らが一気に急成長し、2026年北中米W杯のメンバー入りしてくる可能性も少なくないのである。 そういう意味でも上月の今後は非常に興味深い。彼が「右の三笘薫(ブライトン)」と言われるような存在に大化けしてくれれば、日本サッカー界も新たな武器を得られる。ここからの爆発を楽しみに待ちたい。 <hr>【文・元川悦子】<br/><div id="cws_ad">長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。</div> 2023.01.24 21:45 Tue
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高校サッカーから欧州挑戦の成功例を作れるか?近未来の日本代表FW・福田師王の可能性 【新しい景色へ導く期待の選手/vol.1】

森保一監督の続投が決まり、名波浩・前田遼一両コーチの加入も正式決定するなど、3月に発足する新たな日本代表の陣容が固まりつつある。選手の方は2022年カタール・ワールドカップ(W杯)に参戦した三笘薫(ブライトン)、堂安律(フライブルク)、板倉滉(ボルシアMG)ら東京五輪世代が今後のベースになると見られる。が、世界を見渡せば、クロアチア代表DFヨシュコ・クヴァルディオル(RBライプツィヒ)やイングランド代表MFジュード・ベリンガム(ドルトムント)などもっと若い世代も活躍している。日本も2001年生まれ以降のパリ五輪世代の台頭が必要不可欠と言っていいだろう。 そこで注目されるのが、第101回高校サッカー選手権大会でベスト4に進出した神村学園のエースFW福田師王だろう。ご存じの通り、彼は高校卒業とともに板倉が在籍するボルシア・メンヘングラードバッハ入りすることが決まっている。 「自分がこの先、欧州でどう生き残っていくか、ステップアップしていくかっていうことにフォーカスして、選手権で優勝できなかった悔しさをバネに頑張りたい。高校から欧州へ行った成功例がまだあまり出ていないので、自分がその第一人者になれるようにしっかり活躍していきたいと思います」と本人は大会を制覇した岡山学芸館に敗れた際、こうコメントしていた。 確かに福田が言うように、高校から欧州というのは成功例が少ない。先駆者と言えるのが、中京大中京からグルノーブル入りした伊藤翔(横浜FC)と同校からアーセナル入りした宮市亮(横浜F・マリノス)。伊藤の方はフランス2部からのスタートだったが、思うように出場機会をつかめず、3年半でリーグ戦に出たのは5試合のみ。世界の壁にぶつかった格好だ。 宮市の方はアーセナルから最初にレンタルされたフェイエノールトで一世を風靡し、大いに注目されたが、その後の相次ぐケガでブレイクを果たせず、日本代表定着も叶っていない状況だ。 その後、約10年の時を経て、2022年1月にはチェイス・アンリが尚志からシュツットガルトへ移籍。現在はセカンドチームに当たるU-21チームでトレーニングを積んでいる模様だ。本人はジュビロ磐田から同U-21入りした伊藤洋輝のように一気にトップチームに這い上がるイメージを描いていたようだが、高卒新人がすんなり階段を駆け上がれるほど、欧州5大リーグは甘くない。そういった例があるからこそ、福田の行く末を不安視する人も少なくないのである。 「ボルシアMGに練習参加した時、重要だなと感じたのはコミュニケーション能力と結果。本当にゴールを決めればボールが来るようになるんだなと感じたので、そこにこだわっていかないといけないと思います。同じクラブの板倉さんやシャルケの吉田麻也さんも『海外へ行ったら人間性が鍛えられる』と言っていましたし、『本当にこっちに来てみないと分からないことが沢山あるから来い』と言ってくれた。その言葉がすごく大きかったし、背中を押されました」と本人はあえて苦難に挑んでいく覚悟だ。 福田自身が名前を挙げていたように、近くに海外経験豊富な先輩たちがいるのは大きなアドバンテージだ。加えて言うと、近隣の町・デュッセルドルフは欧州随一の日本人街で、日本サッカー協会の欧州拠点もある。年代別代表に招集されている福田はメンタルやフィジカル面のケアを受けることができるはずだ。そういった環境面は伊藤や宮市が欧州挑戦に踏み出した頃に比べると格段によくなっている。そのアドバンテージを生かしつつ、彼はいち早く言葉を覚え、異国の文化習慣に適応し、自分自身の力を発揮できるように努力することが肝要だ。 福田という選手は身長こそ178㎝とそこまで高くないが、前線の厳しいところでボールを収めることができ、裏に抜け出すスピードも併せ持っている。自らドリブルで持ち込んで豪快なシュートを決める能力もある。これだけスケール感のある点取屋はパリ五輪世代を見渡してもそうそういない。あとはプロの実績さえ積み重ねられれば、大ブレイクも十分あり得るのではないか。 「今まで6年間一緒にやってきた大迫(塁=セレッソ大阪)とはまた代表で会いたいですね」とも語っていたが、お互いの特徴を熟知する盟友とのホットラインが数年後、再び結成されるようなら理想的。大迫もまたセレッソ大阪というハイレベルな選手のひしめく環境で競争に勝ち抜かなければならないが、福田もJリーグを選んだ彼に負けたくないという思いは強いはず。どちらが急激な成長曲線を描けるのか。それもまた興味深い点である。 いずれにしても、福田のような例が今後はどんどん増えそうな雰囲気もある。だからこそ、彼には何としても成功してもらわなければいけない。日本屈指の若きFWがトップリーグの舞台に立つ日が今から楽しみだ。 <hr>【文・元川悦子】<br/><div id="cws_ad">長野県松本市生まれ。千葉大学卒業後、夕刊紙記者などを経て、94年からフリーのサッカーライターとなる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォローし、日本代表は特に精力的な取材を行い、アウェイでもほぼ毎試合足を運んでいる。積極的な選手とのコミュニケーションを活かして、選手の生の声を伝える。</div> <span class="paragraph-title">【動画】「化け物」と称された衝撃的なゴールを見せた福田師王(神村学園)</span> <span data-other-div="movie"></span> <blockquote class="twitter-tweet"><p lang="ja" dir="ltr">SPORTS BULL<a href="https://t.co/Ptl1tgimHs">https://t.co/Ptl1tgimHs</a><a href="https://twitter.com/hashtag/%E9%AB%98%E6%A0%A1%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC?src=hash&amp;ref_src=twsrc%5Etfw">#高校サッカー</a><a href="https://twitter.com/hashtag/NEXT100?src=hash&amp;ref_src=twsrc%5Etfw">#NEXT100</a> <a href="https://t.co/Ckgc9OhpsZ">pic.twitter.com/Ckgc9OhpsZ</a></p>&mdash; 高校サッカー日テレ公式 (@ntv_hss) <a href="https://twitter.com/ntv_hss/status/1609035153317433345?ref_src=twsrc%5Etfw">December 31, 2022</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script> 2023.01.19 21:30 Thu
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フットボールカンファレンスから思いついた提案/六川亨の日本サッカーの歩み

JFA(日本サッカー協会)が主催する指導者向けの講習会、「第13回フットボールカンファレンス」が1月14、15日の両日、横浜市内の会場でヨーロッパやアジアからゲストを招いて開催された(アーセン・ベンゲル氏やユルゲン・クリンスマン氏もズームで参加)。 田嶋幸三JFA会長の挨拶に続いてJFAのTSG(テクニカルスタディグループ)リーダーの木村康彦氏が、カタールW杯の分析を報告。ゴールに関しては、トータル172ゴールは過去最多で(32チームとなった98年フランス大会以降)、そのうちカウンターからは40ゴール、さらに92%がペナルティーエリア内のシュートだったことなどが報告された。 そして守備では「カウンターをやらせないカウンタープレスの高い意識とハードワーク」に加え、ボランチやアンカーの守備範囲の広さとインテンシティの強さを指摘しつつ、半分以上の選手がCLかELの出場チームに所属していたとのことだった。 大会全体としては、ヨーロッパのインシーズン中での開催と、全8会場が距離的に近いコンパクトな大会だったため、選手も試合ごとの移動がなく、気候も一定していて「レベルの高い大会」と位置づけた。 コンパクトな大会の利点は取材したメディアや観戦に訪れたファン・サポーターも大いに感じたはずだ。 登壇した反町技術委員長も「コロナでマッチメイクも中止になり、苦しい日々を過ごした」と振り返りつつ、カタールでのキャンプ地はアジア最終予選を突破する前に視察して予約していたこと。練習中にドローンを飛ばして、その映像をピッチで選手がすぐに見られるよう映像モニター付きのカートを用意したことなどを紹介した。 これまでのW杯なら、本大会の組分け抽選が終わり、グループステージの日程と試合会場が決まってからキャンプ地選びとなるが、カタールのスタジアムはほとんどがドーハ市内か近郊のため抽選会を待つ必要がなかった。そして選手はずっと同じ施設にステイして試合に集中できるだけに、ストレスもあまり感じなかったのではないだろうか。 前回のロシア大会も日本はグループステージで3会場に比較的近いカザンをベースキャンプ地にしたが、大変だったのが14年ブラジルW杯だ。キャンプ地のイトゥはサンパウロ市内からバスで1時間ほどかかる。さらにイトゥ市内からもキャンプ地までは徒歩で30分以上かかるというアクセスの悪さ。 初戦(コートジボワール戦)の行われたレシフェとサンパウロの距離はというと、沖縄から札幌に移動するのと同距離だ。アルベルト・ザッケローニ監督(今回のカンファレンスにも参加)は「選手に試合後、しっかりと食事を摂らせたい」との考えから1泊することを選んだが、多くのチームは遅くなってもキャンプ地まで戻り、翌日のクールダウンや練習に備えた。短期決戦での“一日"をどう使うかの考え方の相違だろう。 話をカタールW杯に戻すと、移動がないため「レベルの高い大会」だったと総括した。ならば、48チームに増える次回の大会こそ、98年フランス大会以前のグループステージ制に戻すべきである。 例えば86年メキシコW杯では、各グループの4か国は同一市内もしくは近郊の2会場で試合を行った。地元メキシコは3試合ともメイン会場のアステカ2000スタジアムだったし、ジーコ率いるブラジルは温暖なグァダラハラ市、イングランドはメキシコシティから最も遠く、アメリカ・テキサス州に近いモンテレイ市だった。 4年後のイタリアW杯も同じように、ローマとフィレンツェ、ミラノとボローニャ、トリノとジェノバ、ナポリとバーリなどが同一グループの試合会場となり、イタリアは3試合ともオリンピコで戦った。さらにローター・マテウスらインテルで3人がプレーしている西ドイツはミラノのサン・シーロで、ディエゴ・マラドーナのアルゼンチンは当然ナポリのサン・パオロでの試合となった(開幕戦だけはミラノ)。 試合会場が近ければ、グループステージ中の移動は少なくてすむ。その日のうちにキャンプ地に戻ることも可能だ。そして、利点は他にもある。 カタールW杯では大会期間中、現地で暮らす日本人の子供たちを練習に招待した。それと同じことが86年のW杯でもあった。ずっと同じキャンプ地にいるため、代表チームがお礼に地元の少年少女を練習に招待したのだ。こうした触れ合いもW杯ならではの素敵な経験となるのではないだろうか(各会場のボールボーイも地元の少年少女だった)。 ところが98年フランスW杯で、ミシェル・プラティニは「地元のファンがより多くのチームの試合を見られるようにしたい」と“グループ制"をやめて、チームが試合のたびに都市間を移動するシステムに変更した。 百歩譲って交通網の発達した(なおかつ時間に正確な)フランスやドイツ、日本ならまだしも、アメリカ、カナダ、メキシコと時差もあり3か国にまたがる大会で、さらにチーム数も増やすのだから、選手のコンディションを考慮しても移動のリスクは極力減らすべきである。監督、選手はもちろんのこと、それは誰もが歓迎すると思うのだが、いかがだろうか。 <hr>【文・六川亨】<br/><div id="cws_ad">1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた</div> 2023.01.16 22:00 Mon
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